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【高校編】分岐・山ノ内瑛
十月十日
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「……何やってんのお前ら」
少し呆然と保健室の入り口に立つのは根岸くんその人で。
「……、えっと」
私は声が震えた。ええと、ええと、どうしたらいいんだろう?
ぐるぐると色んな考えが頭をめぐる。
「根岸」
アキラくんの声がした。
「黙っといてもらえん?」
すっ、と頭を下げた。
「あ、アキラくん」
「すまん華、俺が迂闊やった。……根岸、頼む」
私も横で頭を下げた。ぎゅう、っと手をにぎり合う。アキラくんと離れたくない。そんなことになったら、私はきっと私でいられなくなる。
「……どうかな」
少し勝ち誇ったように、根岸くんは言った。
「オレの言うこと、聞くなら聞いてやる。そーだな、その人ちょっと貸せよ。生意気な女とヤんのも楽しそうじゃん」
止める間もなく、アキラくんは根岸くんの胸ぐらを掴み上げていた。鼻がつきそうなほどの至近距離で、低く言う。
「こいつに指一本でも触れてみぃや、ブッコロス」
「は、じょーだん。じょーだんだって、でも、何かしら、なぁ?」
ニヤニヤする根岸くんに、アキラくんが低く言う。
「こんなんズルいし、使いたなかったんやけど……松井さんとのこと、口外せえへんって言っても?」
根岸くんは私を睨む。びくりと肩が震えた。
「ちゃうねん根岸、俺は松井さん本人から聞いたんや」
「チッ、あいつ……ペラペラと」
「そんな言い方ないでしょ!」
私は声を荒げた。
「松井さんがどんな気持ちで、」
「あれさ、オレの子じゃねーから」
吐き捨てるように、根岸くんは言う。
「……え?」
「数字があわねーんだよ」
イライラと根岸くんは続けた。
「いま4ヶ月なんだろ!? 山ノ内も知ってるよな!? オレ、四月も五月も、クソ忙しくてあいつに会う暇なんかなかったんだよ!」
(ん?)
ぽかん、と見つめる。んん? あれ?
「一軍に上がったばっかで! 付いていくので精一杯で! ……ま、結局いま2軍なんだけどな」
乾いた笑いの根岸くん。
アキラくんも困ったように眉をひそめていた。
「……あの、さ」
「なんだよ」
睨まれる。やだなぁ、背の高い子から睨まれるとそれなりに怖いんだけど。
「松井さんさ、妊娠14週って言ってたから、多分妊娠したの、六月あたまくらいかなと思うんだけど……」
「は!? お前あたまおかしいよな? 4ヶ月だっつんてんだろ、いま何月だよ!」
「8月だよ……ていうかごめん、そっか、そうだよね、知らないか」
男子中学生が……いや、女子でもいざ妊娠とかが身近になんないと知らないよなー……。
「あのさ、妊娠の週数の数え方って特殊でね? アキラくんスマホ貸して」
「? おう」
アキラくんのスマホ、カレンダーアプリをひらく。
「今が8月末でしょ? でね、1週ずつ戻っていって」
「……、五月末」
根岸くんはぼそりと言った。
「でさ、これ、変な話なんだけど」
うう、いいにくいな。まぁ仕方ない。
「妊娠週数って、前回の生理開始日から数えるんだよねー……」
「え? 生理中?」
アキラくんは割と平気そうに言い返してきた。まぁこの子お姉さん3人いるからな……。
「うん。で、当然そこは妊娠してないよね」
根岸くんはじっと聞いていた。
「このだいたい二週間後に、排卵って……え、わかる? 保健で習った?」
「おう」
アキラくんは答えた。根岸くんはカレンダーを穴が開くくらいに見つめている。
「要は、妊娠が成立したのって多分六月あたまなんだけど。根岸くん、心当たりは?」
「……あ、る」
押し出すような声だった。震えている。
(はいはいはいはい)
ふん、と思いながら私は考える。
(どーせ自分は関係ないとか思ってたから、他人事で酷いことも言えたわけだ?)
やっと責任を感じたか、と何か言ってやろうとして、私はぎょっとする。
「ど、どうしたの?」
「おれ、ひ、ひどい、ことを」
ぼたぼた、と根岸くんは涙を流していた。
「そ、そだよ?」
私は驚きながらも言う。
「傷つくのは松井さんなんだよ。もういっぱいいっぱい傷ついてるのに、赤ちゃん守りたい一心で耐えてるんだよ!?」
根岸くんは何も言わなかった、というより言えないみたいだった。うぐ、ぐ、と絞り出すみたいに泣いていた。
「ゆ、許して、もらえると、思いますか」
その言葉にぎょっとする。
「は?」
「おれ、あいつ、のこと、すき、で」
「好きならなんでそないなことしたんや」
がん、とアキラくんはベッドの足を蹴った。
「俺はあの人のことなんも知らん。知らんけどやで? 良い人なんは分かるわ。穏やかな人なんやろな、あんま怒らへん人なんやろな、とも。せやのに、なに強要してるんや。しかも、オヤの仕事まで持ち出して。そんなん、犯してるんと一緒やぞ。犯罪や」
アキラくんは一気に言う。根岸くんは言い返せないみたいで、でも少し息を整えたあと、ぽそりと言った。
「オレのこと、飽きたのかなって……」
「は?」
アキラくんは聞き返す。
「覚えてるだろ? 高等部との練習試合。六月の」
「……おう」
「あんときにさ、あいつ、別のやつ応援してたんだ」
「あ」
私はぽん、と手を叩いた。
「同じクラスの人、応援してた」
「……っ、だから、そいつのこと、好きになったのかもとか思って、不安で、イラついて、その日に」
根岸くんは黙った。
(そんな理由で)
私は呆然と根岸くんを見つめた。
「そ、んな理由で、松井さんの人生めちゃくちゃにしたの?」
根岸くんはまた泣いていた。やっとやっと、遅すぎるけど、根岸くんは理解したみたいだった。自分がしでかしたとんでもないことに。
「そんな、簡単に、妊娠するなんて」
「するときはするよ。実際そうなってるでしょ」
うう、と根岸くんは肩を落とした。
少し呆然と保健室の入り口に立つのは根岸くんその人で。
「……、えっと」
私は声が震えた。ええと、ええと、どうしたらいいんだろう?
ぐるぐると色んな考えが頭をめぐる。
「根岸」
アキラくんの声がした。
「黙っといてもらえん?」
すっ、と頭を下げた。
「あ、アキラくん」
「すまん華、俺が迂闊やった。……根岸、頼む」
私も横で頭を下げた。ぎゅう、っと手をにぎり合う。アキラくんと離れたくない。そんなことになったら、私はきっと私でいられなくなる。
「……どうかな」
少し勝ち誇ったように、根岸くんは言った。
「オレの言うこと、聞くなら聞いてやる。そーだな、その人ちょっと貸せよ。生意気な女とヤんのも楽しそうじゃん」
止める間もなく、アキラくんは根岸くんの胸ぐらを掴み上げていた。鼻がつきそうなほどの至近距離で、低く言う。
「こいつに指一本でも触れてみぃや、ブッコロス」
「は、じょーだん。じょーだんだって、でも、何かしら、なぁ?」
ニヤニヤする根岸くんに、アキラくんが低く言う。
「こんなんズルいし、使いたなかったんやけど……松井さんとのこと、口外せえへんって言っても?」
根岸くんは私を睨む。びくりと肩が震えた。
「ちゃうねん根岸、俺は松井さん本人から聞いたんや」
「チッ、あいつ……ペラペラと」
「そんな言い方ないでしょ!」
私は声を荒げた。
「松井さんがどんな気持ちで、」
「あれさ、オレの子じゃねーから」
吐き捨てるように、根岸くんは言う。
「……え?」
「数字があわねーんだよ」
イライラと根岸くんは続けた。
「いま4ヶ月なんだろ!? 山ノ内も知ってるよな!? オレ、四月も五月も、クソ忙しくてあいつに会う暇なんかなかったんだよ!」
(ん?)
ぽかん、と見つめる。んん? あれ?
「一軍に上がったばっかで! 付いていくので精一杯で! ……ま、結局いま2軍なんだけどな」
乾いた笑いの根岸くん。
アキラくんも困ったように眉をひそめていた。
「……あの、さ」
「なんだよ」
睨まれる。やだなぁ、背の高い子から睨まれるとそれなりに怖いんだけど。
「松井さんさ、妊娠14週って言ってたから、多分妊娠したの、六月あたまくらいかなと思うんだけど……」
「は!? お前あたまおかしいよな? 4ヶ月だっつんてんだろ、いま何月だよ!」
「8月だよ……ていうかごめん、そっか、そうだよね、知らないか」
男子中学生が……いや、女子でもいざ妊娠とかが身近になんないと知らないよなー……。
「あのさ、妊娠の週数の数え方って特殊でね? アキラくんスマホ貸して」
「? おう」
アキラくんのスマホ、カレンダーアプリをひらく。
「今が8月末でしょ? でね、1週ずつ戻っていって」
「……、五月末」
根岸くんはぼそりと言った。
「でさ、これ、変な話なんだけど」
うう、いいにくいな。まぁ仕方ない。
「妊娠週数って、前回の生理開始日から数えるんだよねー……」
「え? 生理中?」
アキラくんは割と平気そうに言い返してきた。まぁこの子お姉さん3人いるからな……。
「うん。で、当然そこは妊娠してないよね」
根岸くんはじっと聞いていた。
「このだいたい二週間後に、排卵って……え、わかる? 保健で習った?」
「おう」
アキラくんは答えた。根岸くんはカレンダーを穴が開くくらいに見つめている。
「要は、妊娠が成立したのって多分六月あたまなんだけど。根岸くん、心当たりは?」
「……あ、る」
押し出すような声だった。震えている。
(はいはいはいはい)
ふん、と思いながら私は考える。
(どーせ自分は関係ないとか思ってたから、他人事で酷いことも言えたわけだ?)
やっと責任を感じたか、と何か言ってやろうとして、私はぎょっとする。
「ど、どうしたの?」
「おれ、ひ、ひどい、ことを」
ぼたぼた、と根岸くんは涙を流していた。
「そ、そだよ?」
私は驚きながらも言う。
「傷つくのは松井さんなんだよ。もういっぱいいっぱい傷ついてるのに、赤ちゃん守りたい一心で耐えてるんだよ!?」
根岸くんは何も言わなかった、というより言えないみたいだった。うぐ、ぐ、と絞り出すみたいに泣いていた。
「ゆ、許して、もらえると、思いますか」
その言葉にぎょっとする。
「は?」
「おれ、あいつ、のこと、すき、で」
「好きならなんでそないなことしたんや」
がん、とアキラくんはベッドの足を蹴った。
「俺はあの人のことなんも知らん。知らんけどやで? 良い人なんは分かるわ。穏やかな人なんやろな、あんま怒らへん人なんやろな、とも。せやのに、なに強要してるんや。しかも、オヤの仕事まで持ち出して。そんなん、犯してるんと一緒やぞ。犯罪や」
アキラくんは一気に言う。根岸くんは言い返せないみたいで、でも少し息を整えたあと、ぽそりと言った。
「オレのこと、飽きたのかなって……」
「は?」
アキラくんは聞き返す。
「覚えてるだろ? 高等部との練習試合。六月の」
「……おう」
「あんときにさ、あいつ、別のやつ応援してたんだ」
「あ」
私はぽん、と手を叩いた。
「同じクラスの人、応援してた」
「……っ、だから、そいつのこと、好きになったのかもとか思って、不安で、イラついて、その日に」
根岸くんは黙った。
(そんな理由で)
私は呆然と根岸くんを見つめた。
「そ、んな理由で、松井さんの人生めちゃくちゃにしたの?」
根岸くんはまた泣いていた。やっとやっと、遅すぎるけど、根岸くんは理解したみたいだった。自分がしでかしたとんでもないことに。
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