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【高校編】分岐・相良仁

大人の余裕

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「余裕とか全然ねーや。どこで売ってんの大人の余裕」
「売り物ではない気もする……」
「マジで返さないでよ」

 仁はちょっとヘコんでるみたいだった。

「ほんとお前のこととなると、視界が狭くなるし頭に血がのぼるし、独占欲凄いし」
「あのさ仁、私もだよ」

 私は仁を抱きしめ返す。

「私もやきもち妬いた。だから、意地悪言ったの。ごめんね」
「お互い様?」
「だね」
「でもほんとごめん、こんなとこまで」

 連れ出しちゃったよ、と仁はほんとに反省してるみたいだったけど、途中から私はあんまり話を聞いてなかった。少し身体を離して、車の窓から外を見つめる。

「華?」
「仁、ほらみて、すごい綺麗」

 私は指差す。
 夕陽だ。
 金色に滲んで行く空。藍色と水色、それから濃い朱色が入り混じって、それが金にきらきらと彩られている。

「きれー……」
「お前ってさ、ほんとに」
「ん?」
「なんでもない。……好き」

 唇が重なった。でもいつもの食べられちゃうようなのとは違う、優しい優しいキス。
 仁は私の頬を優しく包み込む。

「あのさぁ、夜とか寂しいんだよ」
「? 夜?」
「寂しい。お前がいないから寂しい」

 仁はため息をついた。私から手を離して、座席に寄りかかるようにしながら私を見つめる。

「24時間見てたいのに」
「それはヤダ」
「えー……こっちおいで」

 急に少し甘い声で言われて、戸惑いながら首を傾げた。

「ほれ」

 膝をぽんぽんする仁。

「え、膝?」
「そうそう」

 にこにこと仁は言う。このひと、ほんと膝に私乗せるの好きだな?

(今までのひとにも、こんな感じだったのかな)

 ふとそんな考えがよぎって、少しだけもやっとしてしまう。

「華?」
「なんでも」

 えい、と仁に飛び込むように膝に乗る、というかしがみつくみたいになってしまう。

「えー、どうしたんだよお前」

 嬉しそうに仁が言う。なんか、……でれでれって感じ。

(そんなに好きでいてくれるの)

 こんなにワガママなのに。

(独占欲強いのも、余裕がないのも私の方だ)

 首に腕を回して、自分からキスをしたーー初めてかも。
 腰に手を回されて、後頭部を優しく撫でられる。

(大人の余裕、か)

 あるじゃん、なんて思う。

「……どうしたの積極的」
「だめ?」
「大歓迎。はー可愛い」

 頬にキスされて、頬どころかおでこにもまぶたにも、首にも耳にも唇を落とされる。

「ねー」
「なに?」
「私はとても悪い子です」
「子て」

 呆れたように、仁は言う。

「中身何歳?」
「外見は16」
「まぁ、」

 それはね、と仁は言った。

「てかなんで悪いの」
「ヤキモチ妬くし」
「いやそれは俺の方が」
「独占欲強いし」
「俺の方が強い」
「ワガママだし」
「……なに?」
「だから」

 少し上目遣いに、言う。

「オシオキ、して?」
「だあああああああ」

 仁は謎の叫び声をあげて私の肩を掴んで少し引き離した。

「バカか!」
「バカってなに」

 私は口を尖らせる。

「そのつもりで来たんでしょう」
「けど! だけど! お前から言われるとリミッター外れるから! やめろ!」
「それは困るような困らないような」
「困るから……」

 仁は大変情けない声を出して、私を抱きしめ直した。

「大事にさせてよ」
「ん?」
「ちゃんと大事にさせて」

 仁は抱きしめる手を離して、丁寧に私の手を取った。私の左手の甲に唇を落として、それから薬指に口付けた。

「わかった。……ごめんね?」
「いや。あー、こんなんだから前世でチャンス逃しまくったんだよな俺は」

 仁はそう言って、ちょっとだけ寂しそうに笑った。

(なんだろ)

 その顔が、なんだかとても切なくて苦しくて、このひとが愛しくて、私は仁を抱きしめる。

「……華? 泣いてんの」
「ご、めんね、うう、」
「どうした? 俺なんかした?」

 私は違う違う、と声にならない声でなんとか伝えようとして、うまく言えなくて、ただ首をふる。
 私が泣きじゃくってる間、仁は優しく私の背中を撫でてくれていた。

 泣き止んで、私は助手席に戻る。

「えー行っちゃうの」
「そろそろ帰ろうよ暗いよ晩御飯食べたいよ」

 泣いたらお腹が空いちゃったのだ。

「お前って」
「なに?」
「いや、」

 仁はふは、と吹き出して、それから「分かったよお姫様」とからかうように言った。

「あ、そーだ。はい」

 カバンから包みを取り出す。

「え、あ、サンキュ」

 仁は少し戸惑いながら受け取ってくれた。件のチョコレート。

「……あれ? 手作り?」
「わ、悪い!?」

 なんだか照れて、シュリちゃんみたいなツンデレ的対応になってしまう。

「ちが、うそ、まじ? スッゲー嬉しい。どうしよう」
「そんなに喜ばなくても……」
「だってお前、念願だぞ? 前世からずっと食べたかったんだぞお前の手料理」
「え、言えば作ったのに。前世でも」
「言えるかよ。あー、食べられるかな。もったいなくて」
「そこは食べてよ」

 食べない方がもったいない。
 仁は恭しい、と言ってもいいような態度で包みを解いた。中身は一口大のトリュフ。

「……食べさせて?」

 仁が少し、甘えた口調で言ってくる。

「は?」
「なにその冷たい対応……いいじゃん」
「……」

 私は無言で(だって、照れる)チョコをつまんで仁の口に入れた。

「甘っ」
「甘すぎた?」
「いや、ちょうどいい。……味見する?」

 にやりと笑う仁。
 私は嫌な予感がして、一瞬身を引いたけど間に合わなかった。
 口腔に広がる甘み。甘噛みされる舌、おかされていく口の中。

「お前の方が甘い」
「……なにそれ」
「いやまじで」

 仁はそう言ってちょっと笑うから、私はまだ自分が「子供の身体」なのが少し疎ましいと思う。
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