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【高校編】分岐・山ノ内瑛

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「え、退学取り消しになった!?」

 あまりに唐突で驚いてしまったけど、いい知らせ、だよね? 敦子さんからのプレッシャーが上手くいったのか、それとも別の何かがあったのか。

「そうなの」

 松井さんは少しだけ、笑う。

「それに、絶対にこれ以上口外しないことを条件に、認知こそしないけれど経済的な支援もしてくれる、って」
「急だね?」

 まぁ、根岸家としても後で認知を求めて裁判、とかになるよりはよほどいいのか。
 そんな風に思いながら、図書館を出て行く松井さんを見送る。
 ごおお、と小さい空調の音が響く地下車庫の閲覧室で本を読んでいると、少し身体が冷えていることに気がついた。
 時計を見上げる。

(……アキラくんの部活終わるの、もう少し先かな)

 ちょっとだけカフェテリアへ行こう、そう決めて席を立つ。
 暑い暑い室外へ出て、ふうふう、とため息をつきながらカフェテリアへやっとの思いでたどり着く。

(ほんとに夏は苦手だなー……)

 前世ではそうでもなかったから、単純に、華の身体が夏が苦手なだけだろう。
 そしてガラス扉の前で私はショックで言葉を失った。

「き、機材トラブルのため本日休み……!?」

 ここまで歩いてきたのに……!?
 張り紙の下の方に"中等部のカフェテリアは開いております"と書いてある。

「しょーがないなー……」

 踵を返す。
 蝉の声が響く道をだらだらと歩く。もう少しで中等部のカフェテリア、ってところでふと身体が傾いだ。

「ん?」

 頭がくらくらして、身体から力がぬける。

(あ、やば、熱中症?)

 気をつけてたのにーー。
 思わずしゃがみこんだ。

(どうしよう)

 ぐらぐらする。目の奥から暗くなって、幾何学模様のようなものなんか見えてくる。

(あ、これマジでヤバいやつじゃない?)

 少し吐き気もする。
 じゃりじゃり、と走るような足音がしてざわざわと人の声がした。

「え、設楽先輩」
「女王陛下」
「大丈夫っすか?」
「熱中症?」
「先生呼んでこいよ」

 男の子たちの声。誰だろう。めまいがして顔が上げられない。
 ふと、ふわりと浮遊感を感じる。慌てて、なんとか目を開けようとすると「無理せんでええ」と低く言われた。

(あ)

 アキラくん、だ。
 私は安心して、身体を預ける。
 しばらくして、ひんやりとした空気に包まれる。

(室内?)

「先生、この人倒れてはった」
「え、高等部の子かな、大丈夫?」

 優しそうな女性の声。養護の先生かな?

「大丈夫?」

 言われて、なんとか目を開く。どうやら応急ベッドに寝かされたみたいで、テキパキと身体を冷やされた。シャツのボタンも外される。

「あー、先生、また後で様子見にきます」

 アキラくんはそう言った。ほんの少しだけ、瞳が交差して、指先が触れる。

「? あ、知ってる子?」
「……いえ」

 アキラくんは目をそらして、保健室を出て行った。

「飲めるかな」
「あ、はい」

 身体を冷やされたからか、少し体調がマシになる。支えられながら、経口補水液を飲まされた。

「念のため病院行ったほうがいいかも」
「ですかー……。ちょっと休んで行っていいですか?」
「もちろん」

 ベッドに移動させてもらって、少しだけ眠ることにした。他に人はいない。夏休みだしね。

「寝不足だったりした?」
「あ、はい……あと。その」
「あ、生理中?」
「です」
「あ、じゃあそれもあるかもね」

 先生に体温計を渡される。測るけど熱はない。
 しばらく横になっていると、すっかり楽になってきた。

(帰ろうかな)

 図書館にいけば、アキラくん会えるだろうか。どうかな。少し迷っていると、先生がしゃっとカーテンを開いた。

「ごめんね、ちょっと出るけど構わない? 体調良くなったら帰ってていいわよ」

 先生は笑う。

「病院も大丈夫そうなら、様子見でいいと思うわよ」
「はい」

 私は頷いた。
 先生が出て行って、私はのろのろと身繕いをする。シャツのボタンをとめて、ベッドを降りようとしたときに、ガラリと扉が開く。

「失礼します」

 アキラくんの声に顔を上げた。

「あ、アキラくん。さっきありがとう」

 Tシャツにジャージのアキラくんは、室内を少しキョロキョロと見る。

「誰もいないよ」

 私がそう言うと、アキラくんはゆっくり私に近づいてきた。

「……大丈夫なん?」
「うん」

 ベッドに腰掛け、アキラくんを見上げる。アキラくんは少し安心したように笑って、私の髪を梳いた。その手に擦り寄るように頬を寄せた。アキラくんは「びっくりしたで、ほんま」と笑った。

「ランニングしてたら華しゃがみこんでるんやもん」
「え! この暑い中そんなことしてんの!?」

 驚いて顔をあげる。熱中症とかなっちゃうじゃん……。

「せやけど外の部活のやつらは一日中こんなんやで?」
「うわぁ……」

 そういえば樹くん日焼けしてるよなぁ、なんてぼんやり思う。熱中症とか、気をつけてもらわないと。
 むにりと左頬を捻られた。

「……や、俺が悪いんやけどさ」
「?」
「いま許婚のこと考えた?」
「え、あ、そうだけど、違」

 慌てて否定しようとすると、右頬もつねられる。

「ひゃってほひゃに外でふかつしてるひょもだちいないんだもん」
「何言うてるかわからーん」

 そう言って、アキラくんはぱっと両手を離した。

「うう」

 別に痛いってほどのものじゃないんだけどさ。

「俺のやんな、華は」
「うん」
「他の男のことなんか、考えんとって」

 切なそうに言うアキラくんに、私は何も言わず、ぽんぽん、と自分の横を叩く。

「?」
「座って」

 不思議そうにアキラくんは私の横に座った、座ったと同時に噛み付くみたいにキスをした。

「ぷは、華!?」
「ばかばか、アキラくん、わかってるくせに、私がアキラくんしかいないことくらい」

 アキラくんは少しだけ呆然としたあと、ふ、と笑って私を抱きしめた。

「うん、知ってる。ごめんなー」
「ううん」

 ぎゅう、と抱きしめ返す。
 とても自然に、当たり前みたいに、そっとキスを交わす。何度も、何度も。とても幸せで、溶けてしまいそうなくらいに幸せで。
 だから私たちは、保健室の扉が開くその瞬間まで、誰かがやってきたことに気がついていなかったのだ。
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