上 下
630 / 702
【高校編】分岐・鹿王院樹

虫干し

しおりを挟む
 鹿王院家の書斎は広い。とてもとても広い。小さい図書室くらいはあると思う。そこに背の高い本棚が所狭しとならんで、少しかびくさい。

「だって高いところに手が届くの樹、アナタだけじゃない」

 というのが静子さんの意見で、まぁ確かにその通りなのだ。

「だからと言ってこの忙しい時に」

 樹くんはやっぱり不服顔だ。
 樹くんの練習が午前中だけだった晴れた土曜日、私と樹くんは本棚を前に、しばし呆然としていた。

(どこから手をつけよう?)

 そもそも何冊あるんだろ。

「でもまぁ、梅雨前に虫干ししたい気持ちは分かるよ」

 大量の本。亡くなった静子さんの旦那さん、要は樹くんのおじいさんだけど、その方が遺した本がほとんどで、静子さんはあまり掃除の業者の人とか、他の人に触らせたくないみたいなのだ。

「まぁ華と2人だから良しとしよう」

 樹くんは少し気を取り直したみたいに言った。

「とりあえずさ、高いとこの本からにしよう? 私が手が届くところは、樹くんの合宿中にでもやっておくから」
「……悪いな」
「大丈夫、圭くんにも手伝ってもらうし」
「圭か」
「? うん」
「絆されるなよ」
「?」
「……嫌になるな」
「なにが?」

 樹くんは私の頭を、髪を梳くように撫でる。気持ちよくて、目を細めた。

「自分が、だ」
「?」

 樹くんを見上げると、頬に手を添えられる。そっとキスをされて、やっぱりそっと離れて行く。
 天窓から入ってくる、四月の優しい太陽の光が、少し薄暗い書斎に舞うホコリをきらきらと光らせて少し幻想的だ。
 単なるホコリなのに。
 樹くんといると、なんだか世界が輝いて見える。

(太陽みたいなひと、かもしれない)

 少なくとも、私にとっては。
 樹くんがいないと、きっともう生きていけない。息もできないし何も見えない。

(あー、重症だ)

 こんなに誰かに執着? 依存? なんだろう、そんなタイプじゃなかった、はずなのに。
 胸がぎゅうっとなって、おねだりするみたいに手を伸ばす。樹くんは優しく笑って、抱きしめてくれた。

「好きだ」
「うわぁ」
「なんだその反応は」
「き、急だったから」

 耳元で急に言うから!
 樹くんは少し楽しげに身体を揺らした。

「そろそろ慣れてもいいのではないか」
「えー、でもね、お友達だし」
「華の言うお友達は、こんなことするのか」
「な、仲良しだから……?」

 おでことおでこを合わせて、超至近距離で笑い合う。

「さて」

 樹くんは身体を離した。

「片付けてしまうか、いちゃついてるのがばーさんにバレる前に」

 いちゃつく、という単語が樹くんの口から出るのにいまだに慣れないけれど、片付けなきゃなのには同意だ。お日様が気持ちいい内に虫干ししちゃわないといけない。
 樹くんがとってくれた本を、一緒に運んで濡れ縁に並べた。

「直射日光はまずいらしいからな」
「てか、色んな本があるねー」

 歴史小説から、推理小説まで。漢籍っぽい本もあれば古い和綴じの本もあった。

「……これ、ほんもの?」
「かもな」
「あんな風な保管でいいのかな」

 資料館とかに置いてありそうなものじゃないのかな……。でも、静子さんが大事にしてるものだし。

「さてなぁ」
「まぁ、とりあえず片付けていこっか」

 どんどんもってきて、どんどん虫干しして行く。
 書斎に戻ったとき、ふとアルバムが目に入った。

「アルバムだー」

 低いところにあったので、手に取る。

「あ、これ赤ちゃんの樹くん?」
「……本当だ」
「ちいさーい、かわいーい」

 樹くんのお母さんに抱っこされてる樹くんは今よりとても小さい(当たり前だ)。かなり立派な兜が飾ってある。初節句、との小さなメモが貼ってあった。

「きゃー、可愛い可愛い」

 思わずお子様スマホで写真を撮る。

「華、その、やめよう」
「なんでー!? こんなに可愛いのにっ」
「いや、なんだろう、気恥ずかしい」
「ほかのないのかなー」

 なんとなく手に取ったのは、少し古いアルバム。

「あれ、これ若い頃の敦子さんだ……って、あれ」

 添えられたメモの文字。「敦子とお嬢さん」。背後には「命名・笑」……エミって"私"の、華のお母さんの名前じゃないっけ……? あれ、えっと?
 ばっと顔を上げると、樹くんは気まずそうな顔をした。

「……樹くん、何か知ってるの」
「いや、その」
「敦子さんって、私のほんとのおばあちゃんなの!?」
「……その、だな」
「ネタは上がってるのよ!」
「そんな昔の刑事ドラマみたいに……俺から言ってもいいものか」
「言って」

 じっとみていると、樹くんはふう、とため息をついた。

「……そうらしい」
「なんで、わざわざ"本当のおばあちゃんのイトコ"なんて嘘」
「言い出せなかったそうなんだ」
「?」
「華のご両親の結婚に反対したから。それで、駆け落ちされたんだろう。華のご両親は。笑さんには、当時……許婚がいたから」
「ああ」

 それで駆け落ちしてたのか。
 樹くんは、ほんの少し悲しそうに言った。

(なんでそんな顔?)

 首を傾げたけど、樹くんは優しく私を撫でただけだった。

「まぁばーさんからの又聞きなのだがな。認めてやればよかった、と言っていたらしい。華を引き取る時にも、今更、のうのうと実の祖母を名乗るなどできない、と」
「そんな」

 私は何度か瞬きをした。今更、だなんて。そんな。

「……それから、敦子さんの立場は数年前から微妙なところにあってな」
「微妙?」
「まぁ端的に言えば、御前との権力争いだ」
「御前……大伯父様?」

 あのクソジジイだ。未だにちょー元気。

「うむ」
「それとどう関係があるの」
「万が一、自分が権力争いに負けたり、その、先に死んだりした場合、華を御前たちの良いようにさせないよう、華を常盤から離すつもりだったらしい」
「?」

 良いようにさせる?
 なんのことだろう。

「その際に、華が気持ちよく常盤から離れられるよう、自分のことなど気にしないよう、という配慮のようだ。実の祖母だと、華は自分を気にかけて御前たちのいう通りにしてしまうかもしれないから、と」
「本当のおばあちゃんかどうか、なんて関係ないよ! 敦子さんは敦子さんなのに」

 いや、あのクソジジイの言うことなんか聞くつもりないけれど!

「その辺りは敦子さんも読みが外れたな」

 樹くんはほんの少し微笑んだ。

「華は優しいから」
「優しいとかじゃないよ……もう、変な気遣いして」

 メールや電話じゃダメだ。
 今度あった時、ちゃんと話そう。もう子供じゃないんだから、って。

「もっとも」

 樹くんは私を抱きしめた。少し強く。

「樹くん?」
「華を、御前たちの良いようになど俺がさせないが」

 樹くんはそう言って笑う。でもその目はほんの少しだけ、いつもより険しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

くだらない結婚はもう終わりにしましょう

杉本凪咲
恋愛
夫の隣には私ではない女性。 妻である私を除け者にして、彼は違う女性を選んだ。 くだらない結婚に終わりを告げるべく、私は行動を起こす。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...