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分岐・鍋島真
恐怖と恭順(side真)
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「いいなぁ僕も免許取ろうかな」
「先に受験なんじゃないの」
「え、別に空き時間で通えません?」
「……あ、そ」
運転しながら、呆れたように相良さんは呟いた。その"宗教施設"へ向かう道中。
外は曇天。重い雲ーー雪でも降るのだろうか。しんと冷えている。
「運転じょーずですね」
「どーもー」
「褒めてるのに」
「なんか腹立つんだよなぁ」
僕は笑った。素直な人だなぁ、嫌いではない。
「で、どうすんの?」
「なにがですか?」
「え、何かあんだろ? 正面から行って素直に言うこと聞く相手だとは思えねーんだけど」
「ええ」
僕はうなずく。
「ですので、このまま車で突っ込んでください、どーんと」
「は?」
「アクセルベタ踏みで」
「いやバカかお前俺捕まるじゃん」
「え、ダメですか?」
「ダメダメに決まってんじゃん」
「僕は別に困んないですけど」
「俺が困るよ! つかこれまだローン残ってんだからな!」
「貧乏な人って大変ですねぇ」
「これだからおセレブは!」
はてさて。楽しいお遊びはさておき、どうしたものかなぁ。
「そもそもどういう宗教なんだよ」
気を取り直したのか、相良さんは平静な声で尋ねてくる。
「どこまでご存知で?」
「あー」
相良さんは一瞬首を傾げて「報道されてる範囲だけだな」と答えた。
「教祖が自称・隠れキリシタンの末裔で、宗教自体が自称・カトリックで」
「バチカンからは認められてない」
僕は口を挟んだ。
「らしいな。カルト扱い……つか、カルトなんだろ」
「公庁も注視してるらしいですね」
「なんだ知ってたのか」
「まぁ」
僕だってそれなりにネットワークはある。
「そして"世界の終わり""終末"に対する恐怖心を煽って、信者を集めている」
「ノストラダムスみたいだな」
「先生ってもしかして信じてたクチですか?」
小学生の頃、読んだ本に書いてあった。よくある、小学校低学年向けのトンデモ本。ネッシーの死体(実のところウバザメの死骸)の写真だとか、イエティーの目撃談だとかが載ってるやつ。
「まさか」
「1999年7月、恐怖の大王が降りてくるんでしたっけ?」
「……んなもん来なかったよ」
「まるで来て欲しかったような口ぶりですね」
僕は口元に手を当てて、少しだけ微笑む。相良さんは唇を真一文字に結んで前を向いていた。
「相良さんって」
「今度はなんだよ」
「いつから華を好きなんですか」
「はぁ!?」
ハンドルが変な方向に切られかける。うわぁやめてよ今から千晶を華麗に救出して「すてきお兄様!」って言ってもらう予定なんだから……って言わないか。言わないかな。
「好きとか、なんだよ」
「え? 明らかにオンナとして見てるでしょ? ロリコン」
「だからロリコンじゃない!」
「ですね」
僕はおとなしく引いた。相良さんの目は少女に向けるものじゃない。あの中身ーー時折僕にも見せる、あの"中身"に向かっている気がするから。
「ーーお前こそなんなんだよ、やたらと華に付きまとってんじゃないか」
「あっは、懸命なアプローチですよ」
「マジなの?」
「マジですよ」
「どの程度?」
「さあ」
僕は肩をすくめた。
「初恋なんで良く分かりません」
「あーそ」
「でも、多分華に死ねと言われたら死ねますよ」
相良さんはちらり、と僕を見た。
「できれば殺されたいんですけど」
「えっなにそれ……」
「え? 殺されたいくらい好きってことですよ」
「ごめん良く分かんない……」
「えっ」
分かんないのか。あの嫋やかな指で殺されるなら、本望もいいとこなんだけど。
「……あ、あれか」
相良さんが言う。施設が見えてきた。高い塀の内側に、安普請の建物と石造りの教会が見えた。
相良さんは近くの路肩に車を止めた。
「で、どうすんの」
「まー、それは任せてもらうとして」
「正面突破とか、そんなんは勘弁な」
「えー、正々堂々行きましょうよ」
「やだよ、なんか手段考えるよ俺も」
「ですかー……」
僕はシートベルトを外しながら、なんでもないことのように続けて言う。
「昨日、華が僕の家に泊まってたでしょう」
「あー」
知ってるけど、という顔で相良さんは返事をした。
「寝ました」
「は?」
「僕、華と寝ました」
「……はぁ!?」
「そんな感じなんで」
うそだろ、と相良さんは呟いていた。
「あっは、好きです愛してます結婚してくださいって懇願したら、案外あっさり」
「ウッソだろ、あいつ未だにそんな感じなのかよマジかよウソだろウソだと言ってくれ」
言ってる意味が一部良くわかんないけど、まぁいいや。
(ウソは言っていない)
文字通り、寝てただけだけど。
「アホみたいな寝顔ですよね」
「あーもーやめてくれほんと」
相良さんはぐったりとハンドルに身体を預ける。
「ショック死しそう」
「そんなに好きなんですか?」
「あーうん、好き……」
僕はにっこり笑う。
「やっぱりロリ」
「それは違う。あーはーぁ、うん、分かった。もう何でもいいや。とりあえず行こう」
相良さんは軽く首を回した。吹っ切れた顔をしてる、っていうかショックすぎて物事がどうでも良くなってる目をしてる。簡単なヒトだなぁ。華限定かもだけど。
「もーこうなりゃストレス発散だ、大暴れしてやる」
破れかぶれって顔してるから僕は笑う。だめだめ、下手に理性なんか残してるから迷いとか躊躇とか生まれるんだよ。
そんなものいらない。やるときは徹底的に。生まれてきたことを後悔させるくらいに、遺伝子の1つ1つに、僕に対する恐怖と恭順を刻みつけてやらなきゃならない。
「先に受験なんじゃないの」
「え、別に空き時間で通えません?」
「……あ、そ」
運転しながら、呆れたように相良さんは呟いた。その"宗教施設"へ向かう道中。
外は曇天。重い雲ーー雪でも降るのだろうか。しんと冷えている。
「運転じょーずですね」
「どーもー」
「褒めてるのに」
「なんか腹立つんだよなぁ」
僕は笑った。素直な人だなぁ、嫌いではない。
「で、どうすんの?」
「なにがですか?」
「え、何かあんだろ? 正面から行って素直に言うこと聞く相手だとは思えねーんだけど」
「ええ」
僕はうなずく。
「ですので、このまま車で突っ込んでください、どーんと」
「は?」
「アクセルベタ踏みで」
「いやバカかお前俺捕まるじゃん」
「え、ダメですか?」
「ダメダメに決まってんじゃん」
「僕は別に困んないですけど」
「俺が困るよ! つかこれまだローン残ってんだからな!」
「貧乏な人って大変ですねぇ」
「これだからおセレブは!」
はてさて。楽しいお遊びはさておき、どうしたものかなぁ。
「そもそもどういう宗教なんだよ」
気を取り直したのか、相良さんは平静な声で尋ねてくる。
「どこまでご存知で?」
「あー」
相良さんは一瞬首を傾げて「報道されてる範囲だけだな」と答えた。
「教祖が自称・隠れキリシタンの末裔で、宗教自体が自称・カトリックで」
「バチカンからは認められてない」
僕は口を挟んだ。
「らしいな。カルト扱い……つか、カルトなんだろ」
「公庁も注視してるらしいですね」
「なんだ知ってたのか」
「まぁ」
僕だってそれなりにネットワークはある。
「そして"世界の終わり""終末"に対する恐怖心を煽って、信者を集めている」
「ノストラダムスみたいだな」
「先生ってもしかして信じてたクチですか?」
小学生の頃、読んだ本に書いてあった。よくある、小学校低学年向けのトンデモ本。ネッシーの死体(実のところウバザメの死骸)の写真だとか、イエティーの目撃談だとかが載ってるやつ。
「まさか」
「1999年7月、恐怖の大王が降りてくるんでしたっけ?」
「……んなもん来なかったよ」
「まるで来て欲しかったような口ぶりですね」
僕は口元に手を当てて、少しだけ微笑む。相良さんは唇を真一文字に結んで前を向いていた。
「相良さんって」
「今度はなんだよ」
「いつから華を好きなんですか」
「はぁ!?」
ハンドルが変な方向に切られかける。うわぁやめてよ今から千晶を華麗に救出して「すてきお兄様!」って言ってもらう予定なんだから……って言わないか。言わないかな。
「好きとか、なんだよ」
「え? 明らかにオンナとして見てるでしょ? ロリコン」
「だからロリコンじゃない!」
「ですね」
僕はおとなしく引いた。相良さんの目は少女に向けるものじゃない。あの中身ーー時折僕にも見せる、あの"中身"に向かっている気がするから。
「ーーお前こそなんなんだよ、やたらと華に付きまとってんじゃないか」
「あっは、懸命なアプローチですよ」
「マジなの?」
「マジですよ」
「どの程度?」
「さあ」
僕は肩をすくめた。
「初恋なんで良く分かりません」
「あーそ」
「でも、多分華に死ねと言われたら死ねますよ」
相良さんはちらり、と僕を見た。
「できれば殺されたいんですけど」
「えっなにそれ……」
「え? 殺されたいくらい好きってことですよ」
「ごめん良く分かんない……」
「えっ」
分かんないのか。あの嫋やかな指で殺されるなら、本望もいいとこなんだけど。
「……あ、あれか」
相良さんが言う。施設が見えてきた。高い塀の内側に、安普請の建物と石造りの教会が見えた。
相良さんは近くの路肩に車を止めた。
「で、どうすんの」
「まー、それは任せてもらうとして」
「正面突破とか、そんなんは勘弁な」
「えー、正々堂々行きましょうよ」
「やだよ、なんか手段考えるよ俺も」
「ですかー……」
僕はシートベルトを外しながら、なんでもないことのように続けて言う。
「昨日、華が僕の家に泊まってたでしょう」
「あー」
知ってるけど、という顔で相良さんは返事をした。
「寝ました」
「は?」
「僕、華と寝ました」
「……はぁ!?」
「そんな感じなんで」
うそだろ、と相良さんは呟いていた。
「あっは、好きです愛してます結婚してくださいって懇願したら、案外あっさり」
「ウッソだろ、あいつ未だにそんな感じなのかよマジかよウソだろウソだと言ってくれ」
言ってる意味が一部良くわかんないけど、まぁいいや。
(ウソは言っていない)
文字通り、寝てただけだけど。
「アホみたいな寝顔ですよね」
「あーもーやめてくれほんと」
相良さんはぐったりとハンドルに身体を預ける。
「ショック死しそう」
「そんなに好きなんですか?」
「あーうん、好き……」
僕はにっこり笑う。
「やっぱりロリ」
「それは違う。あーはーぁ、うん、分かった。もう何でもいいや。とりあえず行こう」
相良さんは軽く首を回した。吹っ切れた顔をしてる、っていうかショックすぎて物事がどうでも良くなってる目をしてる。簡単なヒトだなぁ。華限定かもだけど。
「もーこうなりゃストレス発散だ、大暴れしてやる」
破れかぶれって顔してるから僕は笑う。だめだめ、下手に理性なんか残してるから迷いとか躊躇とか生まれるんだよ。
そんなものいらない。やるときは徹底的に。生まれてきたことを後悔させるくらいに、遺伝子の1つ1つに、僕に対する恐怖と恭順を刻みつけてやらなきゃならない。
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