上 下
275 / 702
分岐・鍋島真

恐怖と恭順(side真)

しおりを挟む
「いいなぁ僕も免許取ろうかな」
「先に受験なんじゃないの」
「え、別に空き時間で通えません?」
「……あ、そ」

 運転しながら、呆れたように相良さんは呟いた。その"宗教施設"へ向かう道中。
 外は曇天。重い雲ーー雪でも降るのだろうか。しんと冷えている。

「運転じょーずですね」
「どーもー」
「褒めてるのに」
「なんか腹立つんだよなぁ」

 僕は笑った。素直な人だなぁ、嫌いではない。

「で、どうすんの?」
「なにがですか?」
「え、何かあんだろ? 正面から行って素直に言うこと聞く相手だとは思えねーんだけど」
「ええ」

 僕はうなずく。

「ですので、このまま車で突っ込んでください、どーんと」
「は?」
「アクセルベタ踏みで」
「いやバカかお前俺捕まるじゃん」
「え、ダメですか?」
「ダメダメに決まってんじゃん」
「僕は別に困んないですけど」
「俺が困るよ! つかこれまだローン残ってんだからな!」
「貧乏な人って大変ですねぇ」
「これだからおセレブは!」

 はてさて。楽しいお遊びカンバセーションはさておき、どうしたものかなぁ。

「そもそもどういう宗教なんだよ」

 気を取り直したのか、相良さんは平静な声で尋ねてくる。

「どこまでご存知で?」
「あー」

 相良さんは一瞬首を傾げて「報道されてる範囲だけだな」と答えた。

「教祖が自称・隠れキリシタンの末裔で、宗教自体が自称・カトリックで」
「バチカンからは認められてない」

 僕は口を挟んだ。

「らしいな。カルト扱い……つか、カルトなんだろ」
「公庁も注視してるらしいですね」
「なんだ知ってたのか」
「まぁ」

 僕だってそれなりにネットワークはある。

「そして"世界の終わり""終末"に対する恐怖心を煽って、信者を集めている」
「ノストラダムスみたいだな」
「先生ってもしかして信じてたクチですか?」

 小学生の頃、読んだ本に書いてあった。よくある、小学校低学年向けのトンデモ本。ネッシーの死体(実のところウバザメの死骸)の写真だとか、イエティーの目撃談だとかが載ってるやつ。

「まさか」
「1999年7月、恐怖の大王が降りてくるんでしたっけ?」
「……んなもん来なかったよ」
「まるで来て欲しかったような口ぶりですね」

 僕は口元に手を当てて、少しだけ微笑む。相良さんは唇を真一文字に結んで前を向いていた。

「相良さんって」
「今度はなんだよ」
「いつから華を好きなんですか」
「はぁ!?」

 ハンドルが変な方向に切られかける。うわぁやめてよ今から千晶を華麗に救出して「すてきお兄様!」って言ってもらう予定なんだから……って言わないか。言わないかな。

「好きとか、なんだよ」
「え? 明らかにオンナとして見てるでしょ? ロリコン」
「だからロリコンじゃない!」
「ですね」

 僕はおとなしく引いた。相良さんの目は少女に向けるものじゃない。あの中身ーー時折僕にも見せる、あの"中身"に向かっている気がするから。

「ーーお前こそなんなんだよ、やたらと華に付きまとってんじゃないか」
「あっは、懸命なアプローチですよ」
「マジなの?」
「マジですよ」
「どの程度?」
「さあ」

 僕は肩をすくめた。

「初恋なんで良く分かりません」
「あーそ」
「でも、多分華に死ねと言われたら死ねますよ」

 相良さんはちらり、と僕を見た。

「できれば殺されたいんですけど」
「えっなにそれ……」
「え? 殺されたいくらい好きってことですよ」
「ごめん良く分かんない……」
「えっ」

 分かんないのか。あのたおやかな指で殺されるなら、本望もいいとこなんだけど。

「……あ、あれか」

 相良さんが言う。施設が見えてきた。高い塀の内側に、安普請の建物と石造りの教会が見えた。
 相良さんは近くの路肩に車を止めた。

「で、どうすんの」
「まー、それは任せてもらうとして」
「正面突破とか、そんなんは勘弁な」
「えー、正々堂々行きましょうよ」
「やだよ、なんか手段考えるよ俺も」
「ですかー……」

 僕はシートベルトを外しながら、なんでもないことのように続けて言う。

「昨日、華が僕の家に泊まってたでしょう」
「あー」

 知ってるけど、という顔で相良さんは返事をした。

「寝ました」
「は?」
「僕、華と寝ました」
「……はぁ!?」
「そんな感じなんで」

 うそだろ、と相良さんは呟いていた。

「あっは、好きです愛してます結婚してくださいって懇願したら、案外あっさり」
「ウッソだろ、あいつ未だにそんな感じなのかよマジかよウソだろウソだと言ってくれ」

 言ってる意味が一部良くわかんないけど、まぁいいや。

(ウソは言っていない)

 文字通り、寝てただけだけど。

「アホみたいな寝顔ですよね」
「あーもーやめてくれほんと」

 相良さんはぐったりとハンドルに身体を預ける。

「ショック死しそう」
「そんなに好きなんですか?」
「あーうん、好き……」

 僕はにっこり笑う。

「やっぱりロリ」
「それは違う。あーはーぁ、うん、分かった。もう何でもいいや。とりあえず行こう」

 相良さんは軽く首を回した。吹っ切れた顔をしてる、っていうかショックすぎて物事がどうでも良くなってる目をしてる。簡単なヒトだなぁ。華限定かもだけど。

「もーこうなりゃストレス発散だ、大暴れしてやる」

 破れかぶれって顔してるから僕は笑う。だめだめ、下手に理性なんか残してるから迷いとか躊躇とか生まれるんだよ。
 そんなものいらない。やるときは徹底的に。生まれてきたことを後悔させるくらいに、遺伝子の1つ1つに、僕に対する恐怖と恭順を刻みつけてやらなきゃならない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

処理中です...