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【高校編】分岐・山ノ内瑛
やつあたり
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チ、と根岸はもう一度舌打ちして、私の腕を掴んだ。
「ちょ、痛」
「アンタしつこいな、こっち来い」
「痛いって!」
ギリギリと掴まれた腕。
ふと見上げると焦ったような顔。
(別に、人前で松井さんのこと、わざわざ話さないよっ)
そう思うけど、私の腕を掴んだまま、ずんずんと根岸は歩いていく。友達っぽい子たちは、ぽかんとしてたりびっくりしてたり。そりゃそうだ。
「困るんだよ、こんなとこまで来られて」
連れてこられたのは人気があまりないジムの手前の廊下。ジムの中を見るけど、誰もトレーニングしている様子はない。
シンと冷たい廊下。窓からはガラス越しに、蝉の声が小さく響いていた。シャワシャワシャワシャワ、って。
(アブラゼミだな)
なんとなく、そんな関係ないことを思う。
「困ってるのはさ、松井さんじゃないの」
「は?」
「何自分勝手なコト言ってんの?」
「てめー、何の関係があんだよ」
「友達だからに決まって、」
がん! と壁を叩かれて壁際に追い詰められた。きっ、と睨み返す。
「口挟むな、クソ女」
「なんですって」
反射的に上がった手を(平手打ち一発くらいは許されるでしょ!?)簡単に掴まれてしまった。
は、と嗤われる。私は目を逸らさない。
しばらく睨み合ってると、ふと大きく壁を蹴る音がした。びくりとしてそちらを見ると、アキラくんが物凄く冷たい目でこちらを見ていた。
「何しとんねん根岸」
「山ノ内、」
「何しとるんや言うてんねんけど」
「や、お前関係ないし」
「それは俺が決めることや」
ぐい、と根岸を私から引き離した。
「アンタもさっさと去ね」
「……あの、えっと」
唐突すぎて反応できない私を、アキラくんは冷たく睨んだ。
(あ)
私はほんの少し震えて、踵を返す。
(初めて睨まれた)
あんな声が私に向くのも、初めてだった。
心配そうに、何人かの男子がこちらを見ていた。私はその横を小走りで通り過ぎる。きっとひどい顔をしていた。涙目だし。
(分かってるんだけど、)
ぽろりと涙がこぼれた。
体育館の外はやっぱりひどく暑くて、蝉はうるさくて、気がおかしくなりそうだった。
(だって付き合ってるのバレちゃだめだし)
キツイこと言われるのも、睨まれるのも、演技なはずなのに。
(うーん、セーリ前だからかな)
ちょっと、不安定だ。まぁ昨日色々考えすぎて、眠れてないところもある、と思う。
涙を拭いながら歩く。
(後で謝らなきゃ)
助けに来てくれたのに、あんな風に泣いちゃったりして。
高等部の敷地まで来て、ふう、と一息ついた。
木陰のベンチに座る。ふと見上げると、木漏れ日が眩しい。きらきら、落ちてきてるみたいで。
「設楽?」
聞き慣れた声がして、首を戻した。
「あ、黒田くん」
「……何があった」
少し、その目が険しくなる。
「あ、えっと。なにもないよ」
「嘘つけ。泣いてんじゃねーか」
「え、あ、汗。汗入った」
「嘘下手くそだなお前」
今から部活なのか、制服の黒田くんは近づいてきて、がしがしと頭を撫でてくれた。
「うう」
「変な顔してんな」
「知ってます……」
ふと、黒田くんは視線を上げて目を細めた。それから「無理すんなよ」と私にいう。
「無理?」
「全部嫌になったら俺のとこ来るか」
「?」
「考えとけ」
最後はデコピンされた。
(な、なんなんだ……)
黒田くんはにかり、と笑うと踵を返す。その背中が少し遠くなったくらいに、私の背後から大好きな声がして、思わず振り返った。
「華」
「アキラくん」
肩で息をしている。全身汗だくだ。
少し距離をとったまま話す。誰が通るか分からないから。
「ごめん、華、睨んで。一応言うとくけど、あれ、演技やねんからな」
「ううん、分かってるよ。こっちこそ、私、助けてくれたのに」
本当は、駆け寄って抱きしめたい。抱きしめられたい。
でもそれは出来なくて。
「……あとで、また」
「、うん」
アキラくんは、ちょっと切なそうな顔をして、また走っていった。
(元気だなぁ)
よく、この炎天下を走れるよなぁ。
(追いかけてきてくれたんだ)
私は胸がぎゅうとなって、切なくて嬉しくて、これくらいで感情がジェットコースターみたいになるのが不思議でたまらない。
キンキンにクーラーがついた地下書庫、そこでぼうっと本を読むことにした。
ちょっと集中して読んでいると、すぐ近くで声がした。
「なに読んどんの」
「あ、えっとね」
振り返った途端に、キスされた。
「ふ、あ、アキラくん」
唐突だ。横の席に座ったアキラくんは、私を軽く抱きしめた。
「泣かせてもた」
「あ、ごめん、あれほんと。なんか寝不足もあってちょっと不安定だった」
「ちゃうねん。怖かったやろ? 誰の女や思ーとんねんって言いたかってん、けど言えんで腹たって、」
華に当たってどないすんねんなぁ、とアキラくんは眉を下げた。
「せやけどさぁ、なんやこっちの人、ちょっと何や言うただけで怖がんねん。ヤクザみたいやゆーて」
「ヤクザ」
ぷ、と吹き出すと頬をぷにっとつままれた。
「あー、良かった。笑ってくれた」
「うん、心配かけてごめん」
「ええねん」
はー、とアキラくんは私の首に唇を寄せた。
「嫌われてたらどないしようかと」
「嫌うわけないじゃん」
「知ってる。知ってるけどやな」
「ひゃあ!」
耳! 耳をそんな風にしない!
「華って耳弱いよな?」
「うう」
私は耳を抑えて、少し涙目でアキラくんを見る。
「そーいう涙目は最高にイイんやけどな」
「ど、どえす!」
ふ、とアキラくんは笑った。
「好きなくせに」
「わ、だから、もー」
文句を言いつつ、身体から力が抜けちゃうので、アキラくんにちょっとしがみついた。
「あんな、華」
ふと、声が真剣なトーンに戻る。
「?」
「他の人んとこなんか、行かんといてな」
「行くわけないよ?」
「知ってんねんけどな」
アキラくんは、ぎゅうぎゅうと私を抱きしめる。私も抱きしめ返した。アキラくんの心配とか不安とか、全部消えてしまいますようにと祈りながら。
「ちょ、痛」
「アンタしつこいな、こっち来い」
「痛いって!」
ギリギリと掴まれた腕。
ふと見上げると焦ったような顔。
(別に、人前で松井さんのこと、わざわざ話さないよっ)
そう思うけど、私の腕を掴んだまま、ずんずんと根岸は歩いていく。友達っぽい子たちは、ぽかんとしてたりびっくりしてたり。そりゃそうだ。
「困るんだよ、こんなとこまで来られて」
連れてこられたのは人気があまりないジムの手前の廊下。ジムの中を見るけど、誰もトレーニングしている様子はない。
シンと冷たい廊下。窓からはガラス越しに、蝉の声が小さく響いていた。シャワシャワシャワシャワ、って。
(アブラゼミだな)
なんとなく、そんな関係ないことを思う。
「困ってるのはさ、松井さんじゃないの」
「は?」
「何自分勝手なコト言ってんの?」
「てめー、何の関係があんだよ」
「友達だからに決まって、」
がん! と壁を叩かれて壁際に追い詰められた。きっ、と睨み返す。
「口挟むな、クソ女」
「なんですって」
反射的に上がった手を(平手打ち一発くらいは許されるでしょ!?)簡単に掴まれてしまった。
は、と嗤われる。私は目を逸らさない。
しばらく睨み合ってると、ふと大きく壁を蹴る音がした。びくりとしてそちらを見ると、アキラくんが物凄く冷たい目でこちらを見ていた。
「何しとんねん根岸」
「山ノ内、」
「何しとるんや言うてんねんけど」
「や、お前関係ないし」
「それは俺が決めることや」
ぐい、と根岸を私から引き離した。
「アンタもさっさと去ね」
「……あの、えっと」
唐突すぎて反応できない私を、アキラくんは冷たく睨んだ。
(あ)
私はほんの少し震えて、踵を返す。
(初めて睨まれた)
あんな声が私に向くのも、初めてだった。
心配そうに、何人かの男子がこちらを見ていた。私はその横を小走りで通り過ぎる。きっとひどい顔をしていた。涙目だし。
(分かってるんだけど、)
ぽろりと涙がこぼれた。
体育館の外はやっぱりひどく暑くて、蝉はうるさくて、気がおかしくなりそうだった。
(だって付き合ってるのバレちゃだめだし)
キツイこと言われるのも、睨まれるのも、演技なはずなのに。
(うーん、セーリ前だからかな)
ちょっと、不安定だ。まぁ昨日色々考えすぎて、眠れてないところもある、と思う。
涙を拭いながら歩く。
(後で謝らなきゃ)
助けに来てくれたのに、あんな風に泣いちゃったりして。
高等部の敷地まで来て、ふう、と一息ついた。
木陰のベンチに座る。ふと見上げると、木漏れ日が眩しい。きらきら、落ちてきてるみたいで。
「設楽?」
聞き慣れた声がして、首を戻した。
「あ、黒田くん」
「……何があった」
少し、その目が険しくなる。
「あ、えっと。なにもないよ」
「嘘つけ。泣いてんじゃねーか」
「え、あ、汗。汗入った」
「嘘下手くそだなお前」
今から部活なのか、制服の黒田くんは近づいてきて、がしがしと頭を撫でてくれた。
「うう」
「変な顔してんな」
「知ってます……」
ふと、黒田くんは視線を上げて目を細めた。それから「無理すんなよ」と私にいう。
「無理?」
「全部嫌になったら俺のとこ来るか」
「?」
「考えとけ」
最後はデコピンされた。
(な、なんなんだ……)
黒田くんはにかり、と笑うと踵を返す。その背中が少し遠くなったくらいに、私の背後から大好きな声がして、思わず振り返った。
「華」
「アキラくん」
肩で息をしている。全身汗だくだ。
少し距離をとったまま話す。誰が通るか分からないから。
「ごめん、華、睨んで。一応言うとくけど、あれ、演技やねんからな」
「ううん、分かってるよ。こっちこそ、私、助けてくれたのに」
本当は、駆け寄って抱きしめたい。抱きしめられたい。
でもそれは出来なくて。
「……あとで、また」
「、うん」
アキラくんは、ちょっと切なそうな顔をして、また走っていった。
(元気だなぁ)
よく、この炎天下を走れるよなぁ。
(追いかけてきてくれたんだ)
私は胸がぎゅうとなって、切なくて嬉しくて、これくらいで感情がジェットコースターみたいになるのが不思議でたまらない。
キンキンにクーラーがついた地下書庫、そこでぼうっと本を読むことにした。
ちょっと集中して読んでいると、すぐ近くで声がした。
「なに読んどんの」
「あ、えっとね」
振り返った途端に、キスされた。
「ふ、あ、アキラくん」
唐突だ。横の席に座ったアキラくんは、私を軽く抱きしめた。
「泣かせてもた」
「あ、ごめん、あれほんと。なんか寝不足もあってちょっと不安定だった」
「ちゃうねん。怖かったやろ? 誰の女や思ーとんねんって言いたかってん、けど言えんで腹たって、」
華に当たってどないすんねんなぁ、とアキラくんは眉を下げた。
「せやけどさぁ、なんやこっちの人、ちょっと何や言うただけで怖がんねん。ヤクザみたいやゆーて」
「ヤクザ」
ぷ、と吹き出すと頬をぷにっとつままれた。
「あー、良かった。笑ってくれた」
「うん、心配かけてごめん」
「ええねん」
はー、とアキラくんは私の首に唇を寄せた。
「嫌われてたらどないしようかと」
「嫌うわけないじゃん」
「知ってる。知ってるけどやな」
「ひゃあ!」
耳! 耳をそんな風にしない!
「華って耳弱いよな?」
「うう」
私は耳を抑えて、少し涙目でアキラくんを見る。
「そーいう涙目は最高にイイんやけどな」
「ど、どえす!」
ふ、とアキラくんは笑った。
「好きなくせに」
「わ、だから、もー」
文句を言いつつ、身体から力が抜けちゃうので、アキラくんにちょっとしがみついた。
「あんな、華」
ふと、声が真剣なトーンに戻る。
「?」
「他の人んとこなんか、行かんといてな」
「行くわけないよ?」
「知ってんねんけどな」
アキラくんは、ぎゅうぎゅうと私を抱きしめる。私も抱きしめ返した。アキラくんの心配とか不安とか、全部消えてしまいますようにと祈りながら。
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