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【高校編】分岐・鹿王院樹

ヒトを噛んではいけません(side樹)

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「いいか華、ヒトの鎖骨は噛んではいけない」

 こんな台詞を吐く日がくるとは思わなかった。
 しかし、本当にギリギリだった……、俺の理性。というか、あんなことどこで覚えたんだ、なぜ鎖骨なんだ。

「甘噛みでも?」
「甘噛みが良くない。というかだな、俺の理性がどっか行くような真似はしないでくれ……!」
「どっか行かせようとしたんだもん」

 つん、と少し拗ねた口調の華は本当に可愛らしい。

「だもん、じゃない」
「はーい。友達友達、お友達だからね」

 手を繋いでラウンジから出て、空港内を歩く。今度は手を掴んで、ではなく、指を絡ませて、ちゃんと繋いで。

(お友達は)

 ひとり、笑ってしまう。

(きっと、こんな手の繋ぎ方はしない)

 ふと、ひとりの女子と目があった。同じ年くらいか。

「?」

 その子は気まずそうにさっと目線をそらして、さっさと歩いて行ってしまった。

「? どしたの」
「いや、なんでも」

 特に見覚えのある顔ではなかった、と思うのだが。
 迎えの車に乗り込む。華は電車で帰るつもりだったらしい。遠慮せずに乗ってくれて構わないのに。
 華はしばらく車窓を見つめていたが、ふと硬い声で俺を呼んだ。

「樹くん」
「華?」

 少し思い悩んでいそうな声で、思わず手を握りしめた。

「あのね、樹くん」
「なんだ」
「ちょおおおっとね、学校で。変な子に最近絡まれてるんだけど、まぁ実害はないんだけど」
「……変な?」

 俺は知らず、眉間が寄るのを感じた。

(石宮だとか、……小学校の時の松影だとか)

 あの手の"変な"人間なら華に近づかないよう注意しなくてはならない。

「どういうことだ」
「うーんと、説明はしづらいんだけど」

 華は困ったように笑う。

「私に階段から落とされたりした、とか、廊下で足をひっかけられた、とか」

 華がそんなことをするはずがない。

「なぜそんな嘘を?」
「ええと……」

 華は言い淀む。

「以前、何か接触があったことは?」
「あ、それは……ない。ほんと初対面でいきなり階段落ちされたの」
「階段?」

 華が言うには、2段目くらいの高さから踊り場にダイブしたらしい。

「いや、それでも十分痛いと思うんだけどね」
「いや、そもそもの行動が痛いだろう」

 目的が分からない。華を陥れようとしている? なんのために?

「それで、その話を1年中心に……あ、その子1年生なんだけど、噂が立ってて」
「大丈夫なのか?」
「あ、うん。その子の階段落ちの時、私、友達といたし。あと黒田くんがたまたま目撃してくれてて、2年ではそんな噂されてないみたい」

 黒田か。

「礼をしておこう」
「ほんとに助かっちゃったよ」

 はにかむように笑う華。少し、ほんの少しだけ胸がちりりと痛んだ。悋気、嫉妬、そんなもので。

「ん、樹くん?」

 一瞬だけのキス。ぽうっとした目で見つめられた。
 運転手の佐賀は見て見ぬ振りなのか、目線は前を向いたまま。

「どうしたの?」
「なんでもない」

 本当は。

(できるのなら)

 さっさと抱いてしまいたい。全身に、俺のものだという印をつけてしまいたい。そうすれば、俺のこの悋気ヤキモチも少しは収まるだろうから。
 そんな感情はぐっと押し込んで、そっと微笑む。華は不思議そうに笑った。

「そいつの素性は分かってるのか」
「す、素性……おおげさだなぁ」

 そう言いながら華は、そいつの名前を教えてくれた。
 桜澤青花さくらざわあおか。1年、特進クラスの生徒らしい。

(なるほどな)

 しかし、なぜそんなことをする?

(調べてみるか)

 そう思いつつ、もし石宮のような人間だったら、と思う。こちらの話は聞く耳を持たないだろう。
 華の頭をガシガシ撫でた。

「わ、わ、なに!?」
「なんでも」

 しかし、華はやたらと変な奴に目をつけられるなぁ。見た目よりぼーっとしてるからだろうか?
 俺としては、そういうところが大好きなのだが……どうなのだろう、俗な言葉でいうなら「舐められて」しまうのだろうか?

(まぁどっちにしろ、)

 俺は華を守るだけだ、とそう思う。

「あ」

 ふと思いついたように、華は言った。

「あの、それでね。変な子なんだ、けど……樹くん、手を出さないでね」
「どういうことだ」
「いまのとこ、実害ないし。その、怒ったりしないでね」
「なぜ」
「えーとね、そのー」

 華は少し言い淀んだ。

「絶対大丈夫なのは分かってるんだけど」
「なにがだ」
「その子とあんま接触して欲しくないの……」
「なぜ」
「なにがなんでもー!」

 華は拗ねたように言う。

「?」

 不思議に思いながらも、了承してうなずく。しかし、釘くらいは刺しておこうと思う。

(……このキツイ目つきも少しは役に立つだろう)

 窓ガラスに反射する自分を見る。よくキツイだの険しいだの言われる目付き。気にしてはいないが、まぁ、誰かを威圧するのには有効なのだろうと思う。

(華は最初から怖がらなかったなぁ)

 初めから、にこにこと俺を見上げてくれた。
 ふと思い出して、暖かい気持ちになる。

「そういえばさ、樹くん、修学旅行行けそうなの?」
「行く」

 こくりと頷いた。

「やっぱあの変な両生類目当て?」

 変な、とは。失礼な。ホライモリだ。一応、現地ではドラゴンの幼体だという伝承まであるというのに。

「いや、……結婚式の教会の下見だ」
「ん?」

 華がぽかんとした顔をした。
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