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分岐・鍋島真

祈りに似て(side真)

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 華の名前を呼ぶことは、どこか祈りにも似ている。
 そう思う。
 神様なんかは信じていない。そう、サンタクロース同様に。
 かつて、幼く小さく愚かだった僕は、何度も"かみさま"に祈ったのだ。どこかにいるかもしれない、彼、あるいは彼女に向かって。
 痣だらけの背中を丸め、蹴り壊された望遠鏡を抱きしめ、唇を痛いほど噛み締めて、口の中に広がる血の味に吐き気を催しながら。
 ただ、祈った。
 願いは叶えられなかった。ひとつも。
 けれど、いや、だからこそ、そんな僕にもしも信仰心というものがあるとするなら、それはきっと華への感情だ。


「ここにいると見て間違いないと思います」
「はいこれ警察に行きましょうはい没収~」

 相良さんによって僕の手から取り上げられた、そのメモというか地図。華は覗き込もうとして、頭をはたかれていた。

「ま、僕、暗記してますけど」
「いや行かないでね!?」

 相良さんは言う。

「これだけの情報で」

 僕は冷笑する。

「警察が動くとでも? それも、……宗教団体相手に」

 石宮に描かせたメモにあるのは、最近世間を少し騒がせている宗教団体。勧誘が過激だの、パフォーマンスがうるさいだの、いかにもワイドショーが食いつきそうな「うさんくさい」新興宗教団体。実際食いついて、面白おかしく報道していた。

「これで何も見つからなければ、大々的にアンチ警察キャンペーンされますよ」

 その煩わしさを想定すれば、警察も及び腰になるだろう。直接的な証拠は何もないんだ。

「君のお父上のほうから、手を回してもらうとかできないのか」

 華がぴくりと動いた。ほんの少し、だけ。

「……頼んでみます」

 期待はあまりしないでおこう、と思う。あの父親が動くとは思えないから。

「まぁ、1人でも行きますけどね、僕」
「え、私も!」

 華が僕を見上げる。相良さんは目を剥いた。

「だーめーだーめー。なんでそんな危ないところに……」
「だって先生、千晶ちゃんが捕まってるかもなのに」

 僕は華を見る。にっこりと笑いかけた。

「君はね、ここにいるといいよ」
「え、なんで! 私も探したい」
「足手まといだから」

 変わらず、にこりと微笑んだまま。……傷ついたかな。それとも、僕の言葉には傷つきもしないかな。

「あ、え、でも」

 華の目が揺れて、僕は息が苦しくなる。傷ついてくれるんだ。僕なんかの言葉に。

「設楽さんは保健室にいて」

 相良さんが、ふと口を開く。

「え、なんでですか」
「逃げ出さないように」

 相良さんはひょい、と華を担ぎ上げた。

「え、先生、ちょっと」
「はーい暴れない」

 廊下をスタスタ歩いていく相良さん。 
 僕は相良さんの前に立ちはだかった。

「僕が運びますよ?」
「いーえ? わざわざ鍋島のお坊ちゃんの手をこの跳ねっ返り運ぶくらいで煩わせる訳には?」

 軽く肩をすくめた。僕より10センチ近く高い背。185あるかないか?
 ああヤダヤダ、なんで華の周りってこんなデカイやつばっかなんだろ。

「相良さんって」
「なんだよ」
「何人くらいヒト殺してます?」
「……は?」

 一瞬の隙をついて、華を無理やり腕に取り返した。取り返す、ってまぁ(まだ)僕のものではないらしいんだけど。僕のものなつもりではあるんだけど。

「どこまで運ぶんですか? 保健室でいいんですか」

 華を抱え直して腕に抱えたまま、尋ねる。

「いやいや、どっちでもいいから下ろしてくださいよ!」

 華は暴れるけど、がっちりホールドして離さない。

「……保健室まで」
「了解でーす」
「お前、ほんとムカつくな」

 褒め言葉です。僕はにっこりと笑う。相良さんは苦虫を噛んだような顔をした。
 ガラリと保健室の扉を開けると、白衣を着た養護教諭が目を剥いた。

「ちょっと、どうしたんです」
「小西せんせー、設楽さん僕が戻るまでここから出さないでね」

 相良さんが言うと、養護教諭は、っていうか華の護衛さんだよね、は苦々しく言った。

「……はいはい、分かりましたよ」
「ちょっと、先生たち勝手に何を」

 僕は華を保健室のソファに降ろすと、さっさと廊下に出る。ぴしゃり、と扉を閉めた。

「僕も行きますよ」
「……へえ?」

 相良さんからの同行の申し出に、僕は眉を上げた。

「ムカつくガキの子守もお仕事のうちなんですか?」
「いやこれは個人的に……鍋島、えーとお前の妹、心配だから」

 飄々と相良さんは言う。

「へぇ? ロリ?」

 ふーん、って顔をして、顎に指を当てて言う。

「ちーがーいーまーすー。どいつもこいつも、俺をロリコン扱いしやがって」

 "俺"、ね。素はそっちかな?
 ブツブツ言う相良さんはだけど、小さく言った。

「一応、教師だから。生徒は心配するよ、そりゃ」
「偽教師でも?」
「案外向いてるかもしれなくてね」

 そう嘯く相良さんは、まぁ、割と教師っぽい顔をしていた。
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