上 下
274 / 702
分岐・鍋島真

祈りに似て(side真)

しおりを挟む
 華の名前を呼ぶことは、どこか祈りにも似ている。
 そう思う。
 神様なんかは信じていない。そう、サンタクロース同様に。
 かつて、幼く小さく愚かだった僕は、何度も"かみさま"に祈ったのだ。どこかにいるかもしれない、彼、あるいは彼女に向かって。
 痣だらけの背中を丸め、蹴り壊された望遠鏡を抱きしめ、唇を痛いほど噛み締めて、口の中に広がる血の味に吐き気を催しながら。
 ただ、祈った。
 願いは叶えられなかった。ひとつも。
 けれど、いや、だからこそ、そんな僕にもしも信仰心というものがあるとするなら、それはきっと華への感情だ。


「ここにいると見て間違いないと思います」
「はいこれ警察に行きましょうはい没収~」

 相良さんによって僕の手から取り上げられた、そのメモというか地図。華は覗き込もうとして、頭をはたかれていた。

「ま、僕、暗記してますけど」
「いや行かないでね!?」

 相良さんは言う。

「これだけの情報で」

 僕は冷笑する。

「警察が動くとでも? それも、……宗教団体相手に」

 石宮に描かせたメモにあるのは、最近世間を少し騒がせている宗教団体。勧誘が過激だの、パフォーマンスがうるさいだの、いかにもワイドショーが食いつきそうな「うさんくさい」新興宗教団体。実際食いついて、面白おかしく報道していた。

「これで何も見つからなければ、大々的にアンチ警察キャンペーンされますよ」

 その煩わしさを想定すれば、警察も及び腰になるだろう。直接的な証拠は何もないんだ。

「君のお父上のほうから、手を回してもらうとかできないのか」

 華がぴくりと動いた。ほんの少し、だけ。

「……頼んでみます」

 期待はあまりしないでおこう、と思う。あの父親が動くとは思えないから。

「まぁ、1人でも行きますけどね、僕」
「え、私も!」

 華が僕を見上げる。相良さんは目を剥いた。

「だーめーだーめー。なんでそんな危ないところに……」
「だって先生、千晶ちゃんが捕まってるかもなのに」

 僕は華を見る。にっこりと笑いかけた。

「君はね、ここにいるといいよ」
「え、なんで! 私も探したい」
「足手まといだから」

 変わらず、にこりと微笑んだまま。……傷ついたかな。それとも、僕の言葉には傷つきもしないかな。

「あ、え、でも」

 華の目が揺れて、僕は息が苦しくなる。傷ついてくれるんだ。僕なんかの言葉に。

「設楽さんは保健室にいて」

 相良さんが、ふと口を開く。

「え、なんでですか」
「逃げ出さないように」

 相良さんはひょい、と華を担ぎ上げた。

「え、先生、ちょっと」
「はーい暴れない」

 廊下をスタスタ歩いていく相良さん。 
 僕は相良さんの前に立ちはだかった。

「僕が運びますよ?」
「いーえ? わざわざ鍋島のお坊ちゃんの手をこの跳ねっ返り運ぶくらいで煩わせる訳には?」

 軽く肩をすくめた。僕より10センチ近く高い背。185あるかないか?
 ああヤダヤダ、なんで華の周りってこんなデカイやつばっかなんだろ。

「相良さんって」
「なんだよ」
「何人くらいヒト殺してます?」
「……は?」

 一瞬の隙をついて、華を無理やり腕に取り返した。取り返す、ってまぁ(まだ)僕のものではないらしいんだけど。僕のものなつもりではあるんだけど。

「どこまで運ぶんですか? 保健室でいいんですか」

 華を抱え直して腕に抱えたまま、尋ねる。

「いやいや、どっちでもいいから下ろしてくださいよ!」

 華は暴れるけど、がっちりホールドして離さない。

「……保健室まで」
「了解でーす」
「お前、ほんとムカつくな」

 褒め言葉です。僕はにっこりと笑う。相良さんは苦虫を噛んだような顔をした。
 ガラリと保健室の扉を開けると、白衣を着た養護教諭が目を剥いた。

「ちょっと、どうしたんです」
「小西せんせー、設楽さん僕が戻るまでここから出さないでね」

 相良さんが言うと、養護教諭は、っていうか華の護衛さんだよね、は苦々しく言った。

「……はいはい、分かりましたよ」
「ちょっと、先生たち勝手に何を」

 僕は華を保健室のソファに降ろすと、さっさと廊下に出る。ぴしゃり、と扉を閉めた。

「僕も行きますよ」
「……へえ?」

 相良さんからの同行の申し出に、僕は眉を上げた。

「ムカつくガキの子守もお仕事のうちなんですか?」
「いやこれは個人的に……鍋島、えーとお前の妹、心配だから」

 飄々と相良さんは言う。

「へぇ? ロリ?」

 ふーん、って顔をして、顎に指を当てて言う。

「ちーがーいーまーすー。どいつもこいつも、俺をロリコン扱いしやがって」

 "俺"、ね。素はそっちかな?
 ブツブツ言う相良さんはだけど、小さく言った。

「一応、教師だから。生徒は心配するよ、そりゃ」
「偽教師でも?」
「案外向いてるかもしれなくてね」

 そう嘯く相良さんは、まぁ、割と教師っぽい顔をしていた。
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです

坂合奏
恋愛
「I love much more than you think(君が思っているよりは、愛しているよ)」  祖母の策略によって、冷徹上司であるイギリス人のジャン・ブラウンと婚約することになってしまった、二十八歳の清水萌衣。  こんな男と結婚してしまったら、この先人生お先真っ暗だと思いきや、意外にもジャンは恋人に甘々の男で……。  あまりの熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです。   ※物語の都合で軽い性描写が2~3ページほどあります。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

嫌われ者の悪役令嬢の私ですが、殿下の心の声には愛されているみたいです。

深月カナメ
恋愛
婚約者のオルフレット殿下とメアリスさんが 抱き合う姿を目撃して倒れた後から。 私ことロレッテは殿下の心の声が聞こえる様になりました。 のんびり更新。

処理中です...