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分岐・鍋島真

衝動(side真)

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「ねえ先生が華さんのボディーガードだってことは本人知らないんですかね」

 華を廊下に追い出してから、僕はそっと相良さんに囁いた。
 ばっ、と僕の顔を見る相良さん。
 眠ったからか、少し頭がクリアになってる。

(あは)

 僕はこっそり笑う。
 敦子さんに「華には護衛がいる」と聞いてから、僕はこっそり調べたんだ。

(どれだけ無能なのかな、と思って)

 ただ、どうやら、あの日新幹線で華の護衛についていたのは、この人ではないらしい。この人はあくまで、指揮責任者なだけみたいだ。
 眉をひそめて僕を見る相良さんに、僕は閑雅に微笑んで見せた。

「お願いがあるんです」
「……なに」
「石宮瑠璃を呼び出してください」
「なんで」
「千晶の失踪に関係あるみたいなんです」

 にこりと微笑んだ。余裕たっぷりに、そう見えるように。

 生徒指導室に呼び出した石宮瑠璃は、僕の姿を認めると「とても嬉しそう」にした。まるでーー褒めてもらえる、と、そう思っているかのように。
 内扉で繋がった、隣の部屋には華と彼女の護衛さんがいる。こちらの声くらいは聞こえるはずだ。

「ま、真さんっ」
「……知り合いだったかな?」

 僕の方では記憶にない。もっとも、こういうのは珍しくない。僕は人より目立つ容姿をしているから。

「うぇ、あ、これから知り合うっていうか」

 石宮はもじもじとした。……いちいちそうしなきゃ喋れないんだろうか?

「これから、真さんが瑠璃のこと好きになるって、いうか! きゃ!」
「へぇ~」

 思わず鼻で笑いそうになった。ダメダメ。でもこんなに頭のネジどっかイっちゃった子めったにいないよね。

「そうなんだね」
「そ、そうなんですっ。だ、だから、瑠璃」

 石宮の目の光が、急に冷たいものになった。口元には、似合わない微笑み。

「神様にお願いして、悪役令嬢をお片づけしてもらったんです」

 悪役令嬢? 千晶のこと?

「お片づけ」
「そうですっ」

 ぱ、と石宮の目に元の光が戻ってきた。

「お片づけですっ」
「それは、千晶のこと?」
「はい。そ、それからっ」

 石宮は笑う。
 醜悪だと思う。
 自分が正しいと疑っていない笑顔。
 吐き気がした。
 僕の吐き気なんか無視して、石宮は言う。

「設楽華です」

 ひどい耳鳴りが聞こえたような気がした。

「そっかあ」

 僕は衝動と戦う。
 まだ、だめだ。まだ。

「瑠璃は僕のために神様にお願いしてくれたんだね」
「そ、そうなんですっ」

 石宮は、その両手を頬に当て、嬉しそうにクネクネとした。ワカメかな?

「そうなんだね、可愛い瑠璃。ねぇ瑠璃、僕も神様にお礼を言いたいな」
「わ、わぁっ」

 石宮は嬉しそうに、ぴょん、と小さく飛び跳ねた。ノミかな?

「そ、それは喜びますっ」
「どこへ行けば会えるのかな?」
「は、はいっ」

 こくこくと勢いよく石宮は頷いた。
 頭のネジのサイズが合ってないので、耳からネジが出てきちゃうんじゃないかなって心配になるよね。
 石宮は懇切丁寧に(ちらちらと僕を見ながら)説明しながら、地図を描いた。

「なるほどね」

 僕はその地図を受け取る。

「あ、あ、あ、あのっ」
「もう教室戻っていいよ」
「え、でも、あの、その!?」

 僕は笑ってーーわざとじゃない。計算してでもない。単に本当に自然に唇が歪んだ。
 片手で、石宮の頬をギリギリと掴む。

「い、いたっ、え、ま、真しゃ、」

 石宮の顔が恐怖と痛みで歪む。

「早く僕の目の前から消えろ」

 僕がお前を殺す前に。
 目の前がどんどん赤くなる、手に力が入っている。石宮の骨が軋む音。
 ふと、その白い首が目に入る。

(ああ僕はバカだなぁ)

 何かスイッチが入ったように、僕は自然とそう思った。
 見下ろすように、ソレを見る。
 顔の骨折ったって死なないよね?
 首を締めなきゃ。頸動脈をしめて、気道をしめて、骨を折って、

(よりにもよって、僕の大事なものを)

 そうだ、別にひとりくらい殺したってーー。
 ふと、背中に温かさを感じた。やわらかな温かみ。

「真さん、やめてください」

 ふと力が抜ける。その声。耳朶にしみるような。
 無言で手をだらりと下ろして、僕は首だけで背後を見た。
 僕にしがみつく華。

「大丈夫ですから」
「……わかった」

 何が大丈夫なのかは分からない。けれど、君がそう言うなら、きっとそれはそうなんだ。

「な、し、設楽華っ! ま、真さんになにをっ」
「はいはいキミは教室」

 相良さんが石宮を引きずるように出て行く。
 僕は体ごと、華のほうに向き直る。

「ありがと」

 お礼を言った。そうだ、あの子を殺してる暇はないんだった。

「いえ」

 華は少し目を伏せる。僕はそんな彼女を抱きしめた。

「僕、怖い?」
「怖いですよヒト殺す目してましたよ……」

 怖い、と言うのに華は僕を抱きしめ返してくれた。小さい子にするみたいに、そっと背中を撫でて。

「落ち着くまでこうしてていい?」
「いいですよ」

 僕はしばらく華を抱きしめる。実のところ、僕は抱きしめるんじゃなくて、しがみついて縋り付いて、ただ救いを求めてるだけなのかもしれなかった。
 
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