273 / 702
分岐・鍋島真
衝動(side真)
しおりを挟む
「ねえ先生が華さんのボディーガードだってことは本人知らないんですかね」
華を廊下に追い出してから、僕はそっと相良さんに囁いた。
ばっ、と僕の顔を見る相良さん。
眠ったからか、少し頭がクリアになってる。
(あは)
僕はこっそり笑う。
敦子さんに「華には護衛がいる」と聞いてから、僕はこっそり調べたんだ。
(どれだけ無能なのかな、と思って)
ただ、どうやら、あの日新幹線で華の護衛についていたのは、この人ではないらしい。この人はあくまで、指揮責任者なだけみたいだ。
眉をひそめて僕を見る相良さんに、僕は閑雅に微笑んで見せた。
「お願いがあるんです」
「……なに」
「石宮瑠璃を呼び出してください」
「なんで」
「千晶の失踪に関係あるみたいなんです」
にこりと微笑んだ。余裕たっぷりに、そう見えるように。
生徒指導室に呼び出した石宮瑠璃は、僕の姿を認めると「とても嬉しそう」にした。まるでーー褒めてもらえる、と、そう思っているかのように。
内扉で繋がった、隣の部屋には華と彼女の護衛さんがいる。こちらの声くらいは聞こえるはずだ。
「ま、真さんっ」
「……知り合いだったかな?」
僕の方では記憶にない。もっとも、こういうのは珍しくない。僕は人より目立つ容姿をしているから。
「うぇ、あ、これから知り合うっていうか」
石宮はもじもじとした。……いちいちそうしなきゃ喋れないんだろうか?
「これから、真さんが瑠璃のこと好きになるって、いうか! きゃ!」
「へぇ~」
思わず鼻で笑いそうになった。ダメダメ。でもこんなに頭のネジどっかイっちゃった子めったにいないよね。
「そうなんだね」
「そ、そうなんですっ。だ、だから、瑠璃」
石宮の目の光が、急に冷たいものになった。口元には、似合わない微笑み。
「神様にお願いして、悪役令嬢をお片づけしてもらったんです」
悪役令嬢? 千晶のこと?
「お片づけ」
「そうですっ」
ぱ、と石宮の目に元の光が戻ってきた。
「お片づけですっ」
「それは、千晶のこと?」
「はい。そ、それからっ」
石宮は笑う。
醜悪だと思う。
自分が正しいと疑っていない笑顔。
吐き気がした。
僕の吐き気なんか無視して、石宮は言う。
「設楽華です」
ひどい耳鳴りが聞こえたような気がした。
「そっかあ」
僕は衝動と戦う。
まだ、だめだ。まだ。
「瑠璃は僕のために神様にお願いしてくれたんだね」
「そ、そうなんですっ」
石宮は、その両手を頬に当て、嬉しそうにクネクネとした。ワカメかな?
「そうなんだね、可愛い瑠璃。ねぇ瑠璃、僕も神様にお礼を言いたいな」
「わ、わぁっ」
石宮は嬉しそうに、ぴょん、と小さく飛び跳ねた。ノミかな?
「そ、それは皆さん喜びますっ」
「どこへ行けば会えるのかな?」
「は、はいっ」
こくこくと勢いよく石宮は頷いた。
頭のネジのサイズが合ってないので、耳からネジが出てきちゃうんじゃないかなって心配になるよね。
石宮は懇切丁寧に(ちらちらと僕を見ながら)説明しながら、地図を描いた。
「なるほどね」
僕はその地図を受け取る。
「あ、あ、あ、あのっ」
「もう教室戻っていいよ」
「え、でも、あの、その!?」
僕は笑ってーーわざとじゃない。計算してでもない。単に本当に自然に唇が歪んだ。
片手で、石宮の頬をギリギリと掴む。
「い、いたっ、え、ま、真しゃ、」
石宮の顔が恐怖と痛みで歪む。
「早く僕の目の前から消えろ」
僕がお前を殺す前に。
目の前がどんどん赤くなる、手に力が入っている。石宮の骨が軋む音。
ふと、その白い首が目に入る。
(ああ僕はバカだなぁ)
何かスイッチが入ったように、僕は自然とそう思った。
見下ろすように、ソレを見る。
顔の骨折ったって死なないよね?
首を締めなきゃ。頸動脈をしめて、気道をしめて、骨を折って、
(よりにもよって、僕の大事なものを)
そうだ、別にひとりくらい殺したってーー。
ふと、背中に温かさを感じた。やわらかな温かみ。
「真さん、やめてください」
ふと力が抜ける。その声。耳朶にしみるような。
無言で手をだらりと下ろして、僕は首だけで背後を見た。
僕にしがみつく華。
「大丈夫ですから」
「……わかった」
何が大丈夫なのかは分からない。けれど、君がそう言うなら、きっとそれはそうなんだ。
「な、し、設楽華っ! ま、真さんになにをっ」
「はいはいキミは教室」
相良さんが石宮を引きずるように出て行く。
僕は体ごと、華のほうに向き直る。
「ありがと」
お礼を言った。そうだ、あの子を殺してる暇はないんだった。
「いえ」
華は少し目を伏せる。僕はそんな彼女を抱きしめた。
「僕、怖い?」
「怖いですよヒト殺す目してましたよ……」
怖い、と言うのに華は僕を抱きしめ返してくれた。小さい子にするみたいに、そっと背中を撫でて。
「落ち着くまでこうしてていい?」
「いいですよ」
僕はしばらく華を抱きしめる。実のところ、僕は抱きしめるんじゃなくて、しがみついて縋り付いて、ただ救いを求めてるだけなのかもしれなかった。
華を廊下に追い出してから、僕はそっと相良さんに囁いた。
ばっ、と僕の顔を見る相良さん。
眠ったからか、少し頭がクリアになってる。
(あは)
僕はこっそり笑う。
敦子さんに「華には護衛がいる」と聞いてから、僕はこっそり調べたんだ。
(どれだけ無能なのかな、と思って)
ただ、どうやら、あの日新幹線で華の護衛についていたのは、この人ではないらしい。この人はあくまで、指揮責任者なだけみたいだ。
眉をひそめて僕を見る相良さんに、僕は閑雅に微笑んで見せた。
「お願いがあるんです」
「……なに」
「石宮瑠璃を呼び出してください」
「なんで」
「千晶の失踪に関係あるみたいなんです」
にこりと微笑んだ。余裕たっぷりに、そう見えるように。
生徒指導室に呼び出した石宮瑠璃は、僕の姿を認めると「とても嬉しそう」にした。まるでーー褒めてもらえる、と、そう思っているかのように。
内扉で繋がった、隣の部屋には華と彼女の護衛さんがいる。こちらの声くらいは聞こえるはずだ。
「ま、真さんっ」
「……知り合いだったかな?」
僕の方では記憶にない。もっとも、こういうのは珍しくない。僕は人より目立つ容姿をしているから。
「うぇ、あ、これから知り合うっていうか」
石宮はもじもじとした。……いちいちそうしなきゃ喋れないんだろうか?
「これから、真さんが瑠璃のこと好きになるって、いうか! きゃ!」
「へぇ~」
思わず鼻で笑いそうになった。ダメダメ。でもこんなに頭のネジどっかイっちゃった子めったにいないよね。
「そうなんだね」
「そ、そうなんですっ。だ、だから、瑠璃」
石宮の目の光が、急に冷たいものになった。口元には、似合わない微笑み。
「神様にお願いして、悪役令嬢をお片づけしてもらったんです」
悪役令嬢? 千晶のこと?
「お片づけ」
「そうですっ」
ぱ、と石宮の目に元の光が戻ってきた。
「お片づけですっ」
「それは、千晶のこと?」
「はい。そ、それからっ」
石宮は笑う。
醜悪だと思う。
自分が正しいと疑っていない笑顔。
吐き気がした。
僕の吐き気なんか無視して、石宮は言う。
「設楽華です」
ひどい耳鳴りが聞こえたような気がした。
「そっかあ」
僕は衝動と戦う。
まだ、だめだ。まだ。
「瑠璃は僕のために神様にお願いしてくれたんだね」
「そ、そうなんですっ」
石宮は、その両手を頬に当て、嬉しそうにクネクネとした。ワカメかな?
「そうなんだね、可愛い瑠璃。ねぇ瑠璃、僕も神様にお礼を言いたいな」
「わ、わぁっ」
石宮は嬉しそうに、ぴょん、と小さく飛び跳ねた。ノミかな?
「そ、それは皆さん喜びますっ」
「どこへ行けば会えるのかな?」
「は、はいっ」
こくこくと勢いよく石宮は頷いた。
頭のネジのサイズが合ってないので、耳からネジが出てきちゃうんじゃないかなって心配になるよね。
石宮は懇切丁寧に(ちらちらと僕を見ながら)説明しながら、地図を描いた。
「なるほどね」
僕はその地図を受け取る。
「あ、あ、あ、あのっ」
「もう教室戻っていいよ」
「え、でも、あの、その!?」
僕は笑ってーーわざとじゃない。計算してでもない。単に本当に自然に唇が歪んだ。
片手で、石宮の頬をギリギリと掴む。
「い、いたっ、え、ま、真しゃ、」
石宮の顔が恐怖と痛みで歪む。
「早く僕の目の前から消えろ」
僕がお前を殺す前に。
目の前がどんどん赤くなる、手に力が入っている。石宮の骨が軋む音。
ふと、その白い首が目に入る。
(ああ僕はバカだなぁ)
何かスイッチが入ったように、僕は自然とそう思った。
見下ろすように、ソレを見る。
顔の骨折ったって死なないよね?
首を締めなきゃ。頸動脈をしめて、気道をしめて、骨を折って、
(よりにもよって、僕の大事なものを)
そうだ、別にひとりくらい殺したってーー。
ふと、背中に温かさを感じた。やわらかな温かみ。
「真さん、やめてください」
ふと力が抜ける。その声。耳朶にしみるような。
無言で手をだらりと下ろして、僕は首だけで背後を見た。
僕にしがみつく華。
「大丈夫ですから」
「……わかった」
何が大丈夫なのかは分からない。けれど、君がそう言うなら、きっとそれはそうなんだ。
「な、し、設楽華っ! ま、真さんになにをっ」
「はいはいキミは教室」
相良さんが石宮を引きずるように出て行く。
僕は体ごと、華のほうに向き直る。
「ありがと」
お礼を言った。そうだ、あの子を殺してる暇はないんだった。
「いえ」
華は少し目を伏せる。僕はそんな彼女を抱きしめた。
「僕、怖い?」
「怖いですよヒト殺す目してましたよ……」
怖い、と言うのに華は僕を抱きしめ返してくれた。小さい子にするみたいに、そっと背中を撫でて。
「落ち着くまでこうしてていい?」
「いいですよ」
僕はしばらく華を抱きしめる。実のところ、僕は抱きしめるんじゃなくて、しがみついて縋り付いて、ただ救いを求めてるだけなのかもしれなかった。
0
お気に入りに追加
3,084
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!
神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう.......
だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!?
全8話完結 完結保証!!
使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後
有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。
だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。
それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。
王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!?
けれど、そこには……。
※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。
婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?
荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」
そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。
「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」
「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」
「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」
「は?」
さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。
荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります!
第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。
表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。
【完結】死がふたりを分かつとも
杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」
私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。
ああ、やった。
とうとうやり遂げた。
これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。
私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。
自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。
彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
未来の記憶を手に入れて~婚約破棄された瞬間に未来を知った私は、受け入れて逃げ出したのだが~
キョウキョウ
恋愛
リムピンゼル公爵家の令嬢であるコルネリアはある日突然、ヘルベルト王子から婚約を破棄すると告げられた。
その瞬間にコルネリアは、処刑されてしまった数々の未来を見る。
絶対に死にたくないと思った彼女は、婚約破棄を快く受け入れた。
今後は彼らに目をつけられないよう、田舎に引きこもって地味に暮らすことを決意する。
それなのに、王子の周りに居た人達が次々と私に求婚してきた!?
※カクヨムにも掲載中の作品です。
悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
そして乙女ゲームは始まらなかった
お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。
一体私は何をしたらいいのでしょうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる