521 / 702
【高校編】分岐・相良仁
雨の海
しおりを挟む
結局また雨が降り出した。
しとしと、レベルじゃなくてバケツをひっくり返したような雨!
「これさすがに送るわ、2人とも」
仁が車のキーを持って言った。
「……そうさせて頂いて構いませんか。迎えに来てもらうのも」
この雨ではためらいますね、と千晶ちゃん。お迎えって多分運転手さんだけど。
カフェの前まで車をまわしてもらって、ぎゃーぎゃー言いながら、2人で後部座席に乗り込んだ。
「きゃーっもうなにこれ」
「ちょっとの距離だったのにっ」
カフェの入り口から車まですぐだし、傘もさしていたのに、しとどに濡れてしまった。
「ほらタオル」
ぽい、と運転席からタオル二枚が頭に降ってきた。
軽く拭いてタオルを肩にかけた。結構冷える。
「あのさー、鍋島さん」
「なんですか」
「ちょっと華連れてくから、先に送るね」
「……そうですか」
千晶ちゃんはそう返事した。
「まぁ前世からのご縁ですし、その辺は大事にされて構わないと思うのですが……まぁ、わたしは。華ちゃん見てて、樹くんとこのまま幸せになってくれたらなぁ、なんて思うようになってきてますので」
千晶ちゃんは言う。
「現世、今でのお立場なんかもよくよくお考えくださいね」
にっこり、と運転席に向かって微笑む千晶ちゃん。
仁はなにも言わなかった。
千晶ちゃんを送り届けて、私はしばらく後部座席で黙って雨を眺めていた。
「なぁ」
「なに」
「こっち来ない?」
仁が言う。助手席ってことだろう。
路肩にとめてもらって、移動した。
シートベルトを締める。
「寒くない?」
「うん」
タオルあるからあったかい、と返した。梅雨寒って感じだ、ほんとに、今日は。
「てきとーに流すわ」
「……うん」
すぐに帰す気はないらしい。車はゆっくりと動き出した。
「あのさ」
「なに?」
「最初はな」
仁は苦笑いした。
「お前のこと誘拐しちゃおうと」
「誘拐!?」
犯罪だ! 唐突になにを!
「うん。攫って逃げようと思ってた」
悪びれもなく、飄々と仁は言い切った。
「うわーお」
「なんだよその反応」
「いやぁ極端だなと」
「だってそうじゃなきゃ、」
仁は前を向いたまま言う。
「お前、別のやつと結婚するじゃん」
「……わかんないけどね?」
樹くんがほかの人に恋するかもだし、……でもあのクソ真面目な樹くんのことだ、そんな感情押さえつけてしまうのかも。
ゲームではできてた婚約破棄、それだけ"華"が酷かったのかもしれない。
「だからな、そうするつもりで……でも、お前はそれ嫌なんだよな?」
「え、うん」
私はうなずく。
だって、そんなことになったら敦子さんが困る。敦子さんは今頑張っているところらしいのだ。お仕事のことは、よく分からないけれど……。
「だからさ、じゃあ邪魔なやつ消そうと思って」
「……邪魔?」
「例えばお前の大伯父とか」
「大伯父様……」
御前。そう呼ばれる、常盤の妖怪だかなんだかよくわからないクソジジイ……最も、失脚寸前らしいけど、って。
私はばっと仁を見た。
「……なにしたの?」
「さあ」
少し楽しげに、仁は言った。
「何をしたんでしょうね、ボクは」
「ええええええ」
怖い怖い怖い。なにそれ!
「敢えて挑んだ者が勝つ、邪魔されたら撃破あるのみ」
「ねぇ、私が死んでる間に何があったの? 超攻撃的になってない?」
「はっはっは」
仁はわざとらしく、でも楽しそうに笑う。
「ついでに再就職先も確保してきた」
「再就職先ぃ?」
「そうそう。お前が高校卒業したら、俺教師辞めるし」
言いながら、仁はウィンカーを出して路肩に車を止めた。
雨の海が見える。こんな日は、誰も海になんか来ない。
「え」
もったいない、という感情が顔に出たのか、仁は少し笑った。
「なに、俺、教師合ってた?」
シートベルトを外しながら、仁は言った。
「? うん、向いてそうだった」
「そうかー。でも生徒に手ぇ出しといて教師は続けらんねーわ」
かちゃり、と私のシートベルトも外される。なんでだろ。
「なにしてんの? てか、手、とかいうほどまだ何もされてないし、卒業してからなら」
セーフじゃないの、という言葉はキスに吸い込まれた。
「ちょ、」
「無理」
口の中食べられてるみたいなキス。片手で後頭部を支えるように、深く深く深く。
息ができない。酸欠みたいになって、頭がくらくらする。
「ずっと」
仁が言う。笑っているけど、泣いていた。
「ずっとこうしたかった」
「……ごめんね」
「そんなん聞きたくない」
私の目からも、ポロリと涙がこぼれた。仁がそれを指で拭う。
「好き」
なんとか、そう言った。お互いボロボロだ。なんか色々。
「俺も好き。めっちゃ好き、ずっと好きだった」
「うん」
ぎゅう、とお互いを抱きしめる。
「あーーーー」
仁が泣いてるのに、笑いながら言う。
「そんな感じです」
「どんなまとめよ」
一応突っ込んだ。
「あとなにが邪魔?」
「やめて、なんかサイコパスだよその質問の仕方」
にこやかな仁にそう言う。
「いやもう俺、なりふり構ってらんないからさ」
「いやもう少し構って」
「ちゅーしたから元気百倍だし」
「な、」
「絶対幸せにするから、結婚してください」
仁はそう言って、私の左手を取る。そしてその薬指に口付けた。
「あの」
「なに? この期に及んでまだ抵抗するの」
「しないけど、」
「うん」
「幸せにするから、より、幸せになろうとかの方が、私、好き」
「……お前らしいな」
仁はにやりと笑って、私を抱きしめた。
外は強い強い雨が降っていて、窓ガラスの向こうなんかほとんど見えなくて、実際のところ、私たちの未来もそんな感じなんだと思う。
それでも、私はこの温もりを信じたいと、そう思うんだ。
しとしと、レベルじゃなくてバケツをひっくり返したような雨!
「これさすがに送るわ、2人とも」
仁が車のキーを持って言った。
「……そうさせて頂いて構いませんか。迎えに来てもらうのも」
この雨ではためらいますね、と千晶ちゃん。お迎えって多分運転手さんだけど。
カフェの前まで車をまわしてもらって、ぎゃーぎゃー言いながら、2人で後部座席に乗り込んだ。
「きゃーっもうなにこれ」
「ちょっとの距離だったのにっ」
カフェの入り口から車まですぐだし、傘もさしていたのに、しとどに濡れてしまった。
「ほらタオル」
ぽい、と運転席からタオル二枚が頭に降ってきた。
軽く拭いてタオルを肩にかけた。結構冷える。
「あのさー、鍋島さん」
「なんですか」
「ちょっと華連れてくから、先に送るね」
「……そうですか」
千晶ちゃんはそう返事した。
「まぁ前世からのご縁ですし、その辺は大事にされて構わないと思うのですが……まぁ、わたしは。華ちゃん見てて、樹くんとこのまま幸せになってくれたらなぁ、なんて思うようになってきてますので」
千晶ちゃんは言う。
「現世、今でのお立場なんかもよくよくお考えくださいね」
にっこり、と運転席に向かって微笑む千晶ちゃん。
仁はなにも言わなかった。
千晶ちゃんを送り届けて、私はしばらく後部座席で黙って雨を眺めていた。
「なぁ」
「なに」
「こっち来ない?」
仁が言う。助手席ってことだろう。
路肩にとめてもらって、移動した。
シートベルトを締める。
「寒くない?」
「うん」
タオルあるからあったかい、と返した。梅雨寒って感じだ、ほんとに、今日は。
「てきとーに流すわ」
「……うん」
すぐに帰す気はないらしい。車はゆっくりと動き出した。
「あのさ」
「なに?」
「最初はな」
仁は苦笑いした。
「お前のこと誘拐しちゃおうと」
「誘拐!?」
犯罪だ! 唐突になにを!
「うん。攫って逃げようと思ってた」
悪びれもなく、飄々と仁は言い切った。
「うわーお」
「なんだよその反応」
「いやぁ極端だなと」
「だってそうじゃなきゃ、」
仁は前を向いたまま言う。
「お前、別のやつと結婚するじゃん」
「……わかんないけどね?」
樹くんがほかの人に恋するかもだし、……でもあのクソ真面目な樹くんのことだ、そんな感情押さえつけてしまうのかも。
ゲームではできてた婚約破棄、それだけ"華"が酷かったのかもしれない。
「だからな、そうするつもりで……でも、お前はそれ嫌なんだよな?」
「え、うん」
私はうなずく。
だって、そんなことになったら敦子さんが困る。敦子さんは今頑張っているところらしいのだ。お仕事のことは、よく分からないけれど……。
「だからさ、じゃあ邪魔なやつ消そうと思って」
「……邪魔?」
「例えばお前の大伯父とか」
「大伯父様……」
御前。そう呼ばれる、常盤の妖怪だかなんだかよくわからないクソジジイ……最も、失脚寸前らしいけど、って。
私はばっと仁を見た。
「……なにしたの?」
「さあ」
少し楽しげに、仁は言った。
「何をしたんでしょうね、ボクは」
「ええええええ」
怖い怖い怖い。なにそれ!
「敢えて挑んだ者が勝つ、邪魔されたら撃破あるのみ」
「ねぇ、私が死んでる間に何があったの? 超攻撃的になってない?」
「はっはっは」
仁はわざとらしく、でも楽しそうに笑う。
「ついでに再就職先も確保してきた」
「再就職先ぃ?」
「そうそう。お前が高校卒業したら、俺教師辞めるし」
言いながら、仁はウィンカーを出して路肩に車を止めた。
雨の海が見える。こんな日は、誰も海になんか来ない。
「え」
もったいない、という感情が顔に出たのか、仁は少し笑った。
「なに、俺、教師合ってた?」
シートベルトを外しながら、仁は言った。
「? うん、向いてそうだった」
「そうかー。でも生徒に手ぇ出しといて教師は続けらんねーわ」
かちゃり、と私のシートベルトも外される。なんでだろ。
「なにしてんの? てか、手、とかいうほどまだ何もされてないし、卒業してからなら」
セーフじゃないの、という言葉はキスに吸い込まれた。
「ちょ、」
「無理」
口の中食べられてるみたいなキス。片手で後頭部を支えるように、深く深く深く。
息ができない。酸欠みたいになって、頭がくらくらする。
「ずっと」
仁が言う。笑っているけど、泣いていた。
「ずっとこうしたかった」
「……ごめんね」
「そんなん聞きたくない」
私の目からも、ポロリと涙がこぼれた。仁がそれを指で拭う。
「好き」
なんとか、そう言った。お互いボロボロだ。なんか色々。
「俺も好き。めっちゃ好き、ずっと好きだった」
「うん」
ぎゅう、とお互いを抱きしめる。
「あーーーー」
仁が泣いてるのに、笑いながら言う。
「そんな感じです」
「どんなまとめよ」
一応突っ込んだ。
「あとなにが邪魔?」
「やめて、なんかサイコパスだよその質問の仕方」
にこやかな仁にそう言う。
「いやもう俺、なりふり構ってらんないからさ」
「いやもう少し構って」
「ちゅーしたから元気百倍だし」
「な、」
「絶対幸せにするから、結婚してください」
仁はそう言って、私の左手を取る。そしてその薬指に口付けた。
「あの」
「なに? この期に及んでまだ抵抗するの」
「しないけど、」
「うん」
「幸せにするから、より、幸せになろうとかの方が、私、好き」
「……お前らしいな」
仁はにやりと笑って、私を抱きしめた。
外は強い強い雨が降っていて、窓ガラスの向こうなんかほとんど見えなくて、実際のところ、私たちの未来もそんな感じなんだと思う。
それでも、私はこの温もりを信じたいと、そう思うんだ。
20
お気に入りに追加
3,085
あなたにおすすめの小説
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです
坂合奏
恋愛
「I love much more than you think(君が思っているよりは、愛しているよ)」
祖母の策略によって、冷徹上司であるイギリス人のジャン・ブラウンと婚約することになってしまった、二十八歳の清水萌衣。
こんな男と結婚してしまったら、この先人生お先真っ暗だと思いきや、意外にもジャンは恋人に甘々の男で……。
あまりの熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです。
※物語の都合で軽い性描写が2~3ページほどあります。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる