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分岐・鍋島真
ジャバウォック(side真)
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怪物ですらない、弱ぼらしいボロコーヴ。
鏡の中の僕を見る。虚勢。虚構。
微笑んでみる。
僕は僕が嫌いだ。
千晶が帰ってこない。
「そうですか」
時刻はすでに21時を回っていた。いつもはなんの連絡もなしに、千晶が遅くなるなんてことはない。
僕は最寄りの駅ーー昼間は観光客でごった返す駅前、けれど今は閑散としているそこで、スマホの向こうから聞こえる声にお礼を言った。
「いえ、すみません。失礼します」
近くの警察署、中学生が巻き込まれた事故について問い合わせた。答えはノー。
暗闇で、ぼんやり光るスマートフォン。
(自主的な家出ならまだいい)
いかな千晶でも、あの家にほとほと嫌気がさすこともあるだろう。
クソみたいな父親。自分に関心のない祖父。まぁ、僕のことは置いておいて。
僕はもう一度、スマホをタップして電話をかける。
『この電話は、ただいま電波の届かないところに……、』
変わらぬ機械的な女性の応答。
僕は舌打ちして視線を上げた。
(心当たりを探すしかないけど)
スマホが着信を告げて、僕はそれをとった。
『真さん、すみません、いまメール見て』
慌てた華の声。僕の希望がくしゃりと潰れた。千晶が1人で家を出たとして、頼るなら華だけだと思う。
(華の声は何も知らない)
演技してるような声ではない。華は本当に何も知らない。
「……心当たり、ない? 千晶が行くような」
自分でも弱々しい声で驚く。
『すみません、……あ、でも』
「関係ないことでもいいよ、教えて」
『ほんとに関係ないかもなんですけど』
そう言って、華はひとりの転校生の話をした。
千晶からも聞いていた。やたらと自分と華を構う、変な女子が転校してきたと。何か含みのある顔をしていたがーーあの表情は何だったのだろう?
『その、千晶ちゃんと私に、少し攻撃的なところがあって……でもいくらなんでも関わってはいないとは』
思うんですけど、という声は少し尻すぼみになった。自信がないのかもしれない。千晶が心配なだけかもしれない。
『あの』
「なあに」
『いまどこですか』
「? 駅前」
ウチの近くの、と言うと『今から行きます』と電話の向こうで華が言った。
「や、夜遅いから。危ないから」
それに雨も降りそうだし、と思う。冬の雨は冷たくて嫌いだ。
「僕も一度帰宅するから」
そう言うと、華はやっと退いた。
22時を過ぎて、やっと父親は重い腰を上げた。警察に連絡、すぐに警察は動いた。
(早く動いてくれていたら)
言い争う暇はない。僕は家を出ようとする。落ち着いてなんかいられない。
「ああ、真」
父親に言われて振り向いた。父親はスーツに着替えて、どこかへ行こうとしている。僕はただ目を瞠った。
「今から少し出る」
「……どこへ、です」
父親が答えたのは、もうじき立候補予定の北関東。
「急な会合があってな。なにか動きがあれば佐藤に連絡しろ」
娘のことだろう?
秘書に?
僕は目の前が真っ赤になってしまったような感覚に襲われたーー血の繋がりなんかなくたって、15年近く育てて来た娘だろうに!
「……あなたは」
思わず低い声が出る。父親は軽く眉を上げただけだった。
「真」
ぽん、と肩を叩かれた。びくり、と身体が揺れる。それだけで。たった、それだけで。
「あまり1人の人間に思い入れを作るな。弱点になる」
僕はただ父親を睨みつけた。実に10年ぶりに。
(弱点?)
そんなの構わない、それすら守れるだけの力を手に入れたならばーー。
ただ、現実問題として、僕は弱くて見窄らしいボロコーヴなのだった。
父親は眉を軽く上げた。僕は思わず、その胸元を掴み上げた。弱いくせに。父親はそれを振り払い、僕らは睨み合う。
「あのー」
ふわりとした声がして、僕はハッと声の方を見た。玄関の両開き扉、そこに傘を閉じた華が立っていた。傘の先からは、ぽつりと水滴。ついに降り出したか。
「ごめんなさい、お邪魔します……」
「これは、常盤のお嬢さん。千晶を心配して?」
「はい、あの、夜分、ご迷惑かと」
「とんでもありません」
にこやかに、華に近づく父親。
「どうせその辺りをほっつき歩いているだけなのです、すぐに戻りますよ」
そう言って、華に触れようとした。
反射的に身体が動いて、2人の間に割り込んだ。
「……もうお時間では? "お父様"」
「……そうだな」
父親は口だけで笑って、扉から出て行った。
ぱたり、と閉まる扉。
華は厳しい目つきでその扉を見た。それから僕に向き直り「何もされてませんね?」と僕を見上げる。
「なにも、って」
「殴られたり、蹴られたり、暴言を吐かれたり」
「……されてないよ」
「そうですか」
華は少し安心したように僕を見る。
「千晶ちゃんから連絡は」
「……ないよ。また探しに行くところ」
「付いていきます。……、ご迷惑ですか」
「いや、……、でも」
僕は肩をすくめた。
「雨が降ってるの」
「はい」
「無理せず帰って。風邪なんかひかせられない」
「落ち着いてられません」
きっぱりと華は言う。
「多分、私ひとりで探しにいきますよ、帰したら」
「……それはそれは」
確かこの子にはボディーガードがいるはずだ。でもこのあいだの例もある……微妙に信用できない。
「……、わかった」
僕は小さく頷いた。
「そのかわり無理しないでね」
「真さんもですよ」
華がやたらと大人びた表情でそう言うから、僕は少し気圧されて、小さく頷き返した。
鏡の中の僕を見る。虚勢。虚構。
微笑んでみる。
僕は僕が嫌いだ。
千晶が帰ってこない。
「そうですか」
時刻はすでに21時を回っていた。いつもはなんの連絡もなしに、千晶が遅くなるなんてことはない。
僕は最寄りの駅ーー昼間は観光客でごった返す駅前、けれど今は閑散としているそこで、スマホの向こうから聞こえる声にお礼を言った。
「いえ、すみません。失礼します」
近くの警察署、中学生が巻き込まれた事故について問い合わせた。答えはノー。
暗闇で、ぼんやり光るスマートフォン。
(自主的な家出ならまだいい)
いかな千晶でも、あの家にほとほと嫌気がさすこともあるだろう。
クソみたいな父親。自分に関心のない祖父。まぁ、僕のことは置いておいて。
僕はもう一度、スマホをタップして電話をかける。
『この電話は、ただいま電波の届かないところに……、』
変わらぬ機械的な女性の応答。
僕は舌打ちして視線を上げた。
(心当たりを探すしかないけど)
スマホが着信を告げて、僕はそれをとった。
『真さん、すみません、いまメール見て』
慌てた華の声。僕の希望がくしゃりと潰れた。千晶が1人で家を出たとして、頼るなら華だけだと思う。
(華の声は何も知らない)
演技してるような声ではない。華は本当に何も知らない。
「……心当たり、ない? 千晶が行くような」
自分でも弱々しい声で驚く。
『すみません、……あ、でも』
「関係ないことでもいいよ、教えて」
『ほんとに関係ないかもなんですけど』
そう言って、華はひとりの転校生の話をした。
千晶からも聞いていた。やたらと自分と華を構う、変な女子が転校してきたと。何か含みのある顔をしていたがーーあの表情は何だったのだろう?
『その、千晶ちゃんと私に、少し攻撃的なところがあって……でもいくらなんでも関わってはいないとは』
思うんですけど、という声は少し尻すぼみになった。自信がないのかもしれない。千晶が心配なだけかもしれない。
『あの』
「なあに」
『いまどこですか』
「? 駅前」
ウチの近くの、と言うと『今から行きます』と電話の向こうで華が言った。
「や、夜遅いから。危ないから」
それに雨も降りそうだし、と思う。冬の雨は冷たくて嫌いだ。
「僕も一度帰宅するから」
そう言うと、華はやっと退いた。
22時を過ぎて、やっと父親は重い腰を上げた。警察に連絡、すぐに警察は動いた。
(早く動いてくれていたら)
言い争う暇はない。僕は家を出ようとする。落ち着いてなんかいられない。
「ああ、真」
父親に言われて振り向いた。父親はスーツに着替えて、どこかへ行こうとしている。僕はただ目を瞠った。
「今から少し出る」
「……どこへ、です」
父親が答えたのは、もうじき立候補予定の北関東。
「急な会合があってな。なにか動きがあれば佐藤に連絡しろ」
娘のことだろう?
秘書に?
僕は目の前が真っ赤になってしまったような感覚に襲われたーー血の繋がりなんかなくたって、15年近く育てて来た娘だろうに!
「……あなたは」
思わず低い声が出る。父親は軽く眉を上げただけだった。
「真」
ぽん、と肩を叩かれた。びくり、と身体が揺れる。それだけで。たった、それだけで。
「あまり1人の人間に思い入れを作るな。弱点になる」
僕はただ父親を睨みつけた。実に10年ぶりに。
(弱点?)
そんなの構わない、それすら守れるだけの力を手に入れたならばーー。
ただ、現実問題として、僕は弱くて見窄らしいボロコーヴなのだった。
父親は眉を軽く上げた。僕は思わず、その胸元を掴み上げた。弱いくせに。父親はそれを振り払い、僕らは睨み合う。
「あのー」
ふわりとした声がして、僕はハッと声の方を見た。玄関の両開き扉、そこに傘を閉じた華が立っていた。傘の先からは、ぽつりと水滴。ついに降り出したか。
「ごめんなさい、お邪魔します……」
「これは、常盤のお嬢さん。千晶を心配して?」
「はい、あの、夜分、ご迷惑かと」
「とんでもありません」
にこやかに、華に近づく父親。
「どうせその辺りをほっつき歩いているだけなのです、すぐに戻りますよ」
そう言って、華に触れようとした。
反射的に身体が動いて、2人の間に割り込んだ。
「……もうお時間では? "お父様"」
「……そうだな」
父親は口だけで笑って、扉から出て行った。
ぱたり、と閉まる扉。
華は厳しい目つきでその扉を見た。それから僕に向き直り「何もされてませんね?」と僕を見上げる。
「なにも、って」
「殴られたり、蹴られたり、暴言を吐かれたり」
「……されてないよ」
「そうですか」
華は少し安心したように僕を見る。
「千晶ちゃんから連絡は」
「……ないよ。また探しに行くところ」
「付いていきます。……、ご迷惑ですか」
「いや、……、でも」
僕は肩をすくめた。
「雨が降ってるの」
「はい」
「無理せず帰って。風邪なんかひかせられない」
「落ち着いてられません」
きっぱりと華は言う。
「多分、私ひとりで探しにいきますよ、帰したら」
「……それはそれは」
確かこの子にはボディーガードがいるはずだ。でもこのあいだの例もある……微妙に信用できない。
「……、わかった」
僕は小さく頷いた。
「そのかわり無理しないでね」
「真さんもですよ」
華がやたらと大人びた表情でそう言うから、僕は少し気圧されて、小さく頷き返した。
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