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【高校編】分岐・黒田健
職務質問(side健)
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「そいつが犯人ってことはないよ」
落ち着いた山ノ内さんの声。
「絶対に出所はしてない……再審を求めて、いま係争中なんだ」
「再審?」
俺は思わず聞き返す。あの新聞記事によると、無期懲役で確定したんじゃなかったのか。
「彼の有罪の決め手になったのが、華さんの爪に残ってた彼の皮膚なんだ」
俺はうなずく。記事にもそうあった。
設楽は自分の指先をじっと見つめている。
「で、今彼と彼の弁護士が主張しているのが、その皮膚片がいつ華さんの爪に入ったか、ってこと」
山ノ内さんはコーヒーをひとくち飲んで、続ける。
「彼らが言うには、事件の前日夜、つまり数時間前だね、家を訪ねた時にひっかかれた、と」
「その記憶はありませんけど」
設楽は言った。
「ひっかいたのは、あの時です」
「……もしかしたら、その証言を頼むかも」
山ノ内さんは言いにくそうに言った。
「します」
設楽は即答した。
「私、」
「すぐに決めなくていいよ」
山ノ内さんは言う。
「そもそも受理されるかも分からない」
淡々という山ノ内さんに、設楽は神妙に頷いた。
その日は設楽を家まで送って、くれぐれも考えすぎないように言い含めた。
「いいか、お前はひとりで考えすぎるし突っ走るから、絶対一人で行動するな」
「う、分かったよ」
バツが悪そうな顔をする設楽の額にデコピン一発、少し痛そうなそこにキスを落とす。
「じゃあな、また」
「うん……次いつ会えるかな」
「スケジュール分かり次第メールするわ」
「うん」
嬉しそうな設楽が玄関に入るまで見届けて、踵を返す。すぐ横を大型バイクが走り抜けて、俺はすこしだけ目を伏せた。
(……見張られてるってのは、まぁ、気持ちいいもんじゃねぇよなぁ)
"そいつら"の存在に気づいたのは随分前だけど、多分小学生の頃にはもういたんだろうと思う。
尾行、とはまた違う。もしかしたら設楽のばーさんがなにか噛んでんじゃねぇかなとも思っているが、確証はない。
翌日、俺は初めて(高熱が出た小学生以来で)朝練をサボった。
向かうは国会議事堂前。昨日と同じところ。
行き交うのは、出勤する省庁あたりの人間か? 制服姿の高校生に、軽く目線を送るものの、気を止めるような人間はいない。忙しいんだろうと思う。
時折パトカーが巡回だろうか、赤色灯をつけたまま道路を忙しく行き来する。サイレンは鳴っていないが、まぁ気ぜわしくはなるーー。
何もしてないのに。俺は苦笑した。
スマホで時計を見る。
(授業も間に合わねーな)
こうなりゃ学校サボるか、なんて思いながら人の波を見る。
(いねぇな)
外したか、と俺は思う。昨日の男。スーツだったし、この辺で働いてんのかと思ったんだけど。
人の波も落ち着いてきた。
「きみ」
「……うっす」
二人組の、制服の警察官が目の前に立っている。やたらとにこやかなのが、かえって怖い。
「どうしたの? ずっとここにいるよね」
「学校の課題で」
俺は目線を図書館方面に向けた。
「図書館行かないといけねーんすけど、ダチが寝坊したみたいで」
「そうなの? 学生証ある?」
素直に学生証を渡す。
「荷物も見ていいかな?」
「うす」
これも素直に鞄を渡した。
「やたらと素直だね? 慣れてる?」
その言葉に苦笑いする。職質なんか慣れててたまるか。
「父親がケーカンっす」
「あれ、この学校……で、黒田か。ごめん、空手してる?」
「うっす」
「やっぱり。もしかして黒田警部補の息子さんかな?」
「お知り合いっすか」
意外な気持ちで、俺はその警察官を見た。親父と同じくらいの年齢か。
「いや、似てるなとは思ったんだよね」
「神奈川県警の黒田さん?」
もう1人の若い警官が少し面白そうに言った。
「あの黒田さん?」
「そう、あの」
俺はなんだか居た堪れない気持ちになった。何してんだあのクソ親父。何したんだ。警視庁にまで知られてんぞ……!
「あ、ごめん変な意味じゃないよ。あんなにいい刑事さん、なかなかいない」
「合同捜査で、ウチの本部長が怒鳴られた話は語り草だよ」
「……ご迷惑を」
ひたすら恐縮した。警官2人は朗らかに笑うと、「友達早く来るといいな」とあっさりと俺を解放してくれた。
それからすぐのことだ。
植え込みのある壁近くで張り込み続けて、もう時刻は10時を過ぎようとしているーーその時やっと、俺は動いた。
「見つけた」
手首を掴まれたその男は、一瞬ぽかんとした後ハッとした表情になった。
「は、離して」
「逃げねーならいいっすよ」
じっと見つめる。男はしばらく逡巡して、それからため息をつくように「……昨日、設楽華さんといましたね」と呟いた。身体から力が抜ける。俺は手を離した。
「あんた、なんなんすか」
「何、とは」
「設楽の母親殺した男の何」
男は、ぎくりと肩を揺らした後、低い声で、絞るように言った。
「あの男はーー設楽さんを殺したのは、僕の父親です……」
それから弱々しく笑った。
「まさか街中で会うなんて思いもしませんでした」
「話聞かせてもらえるっすか」
「少し待ってもらえますか」
男は、その紫の風呂敷包みを軽く持ち上げた。
「書類を届けなくてはいけないので」
「どこに」
「そこ」
男の目線の先には、国会議事堂。
「逃げも隠れも、しませんから」
そう言って、彼は俺に名刺を渡した。
「……自衛官なんすか」
「ええと、自衛隊員、といえばそうなんですけど」
男ーー名刺によると、上田さんは困ったように笑った。
「僕は防衛庁の職員です……国会図書館のカフェでいいかな」
俺は頷いた。今日はもう、学校へ行く気はなかった。
落ち着いた山ノ内さんの声。
「絶対に出所はしてない……再審を求めて、いま係争中なんだ」
「再審?」
俺は思わず聞き返す。あの新聞記事によると、無期懲役で確定したんじゃなかったのか。
「彼の有罪の決め手になったのが、華さんの爪に残ってた彼の皮膚なんだ」
俺はうなずく。記事にもそうあった。
設楽は自分の指先をじっと見つめている。
「で、今彼と彼の弁護士が主張しているのが、その皮膚片がいつ華さんの爪に入ったか、ってこと」
山ノ内さんはコーヒーをひとくち飲んで、続ける。
「彼らが言うには、事件の前日夜、つまり数時間前だね、家を訪ねた時にひっかかれた、と」
「その記憶はありませんけど」
設楽は言った。
「ひっかいたのは、あの時です」
「……もしかしたら、その証言を頼むかも」
山ノ内さんは言いにくそうに言った。
「します」
設楽は即答した。
「私、」
「すぐに決めなくていいよ」
山ノ内さんは言う。
「そもそも受理されるかも分からない」
淡々という山ノ内さんに、設楽は神妙に頷いた。
その日は設楽を家まで送って、くれぐれも考えすぎないように言い含めた。
「いいか、お前はひとりで考えすぎるし突っ走るから、絶対一人で行動するな」
「う、分かったよ」
バツが悪そうな顔をする設楽の額にデコピン一発、少し痛そうなそこにキスを落とす。
「じゃあな、また」
「うん……次いつ会えるかな」
「スケジュール分かり次第メールするわ」
「うん」
嬉しそうな設楽が玄関に入るまで見届けて、踵を返す。すぐ横を大型バイクが走り抜けて、俺はすこしだけ目を伏せた。
(……見張られてるってのは、まぁ、気持ちいいもんじゃねぇよなぁ)
"そいつら"の存在に気づいたのは随分前だけど、多分小学生の頃にはもういたんだろうと思う。
尾行、とはまた違う。もしかしたら設楽のばーさんがなにか噛んでんじゃねぇかなとも思っているが、確証はない。
翌日、俺は初めて(高熱が出た小学生以来で)朝練をサボった。
向かうは国会議事堂前。昨日と同じところ。
行き交うのは、出勤する省庁あたりの人間か? 制服姿の高校生に、軽く目線を送るものの、気を止めるような人間はいない。忙しいんだろうと思う。
時折パトカーが巡回だろうか、赤色灯をつけたまま道路を忙しく行き来する。サイレンは鳴っていないが、まぁ気ぜわしくはなるーー。
何もしてないのに。俺は苦笑した。
スマホで時計を見る。
(授業も間に合わねーな)
こうなりゃ学校サボるか、なんて思いながら人の波を見る。
(いねぇな)
外したか、と俺は思う。昨日の男。スーツだったし、この辺で働いてんのかと思ったんだけど。
人の波も落ち着いてきた。
「きみ」
「……うっす」
二人組の、制服の警察官が目の前に立っている。やたらとにこやかなのが、かえって怖い。
「どうしたの? ずっとここにいるよね」
「学校の課題で」
俺は目線を図書館方面に向けた。
「図書館行かないといけねーんすけど、ダチが寝坊したみたいで」
「そうなの? 学生証ある?」
素直に学生証を渡す。
「荷物も見ていいかな?」
「うす」
これも素直に鞄を渡した。
「やたらと素直だね? 慣れてる?」
その言葉に苦笑いする。職質なんか慣れててたまるか。
「父親がケーカンっす」
「あれ、この学校……で、黒田か。ごめん、空手してる?」
「うっす」
「やっぱり。もしかして黒田警部補の息子さんかな?」
「お知り合いっすか」
意外な気持ちで、俺はその警察官を見た。親父と同じくらいの年齢か。
「いや、似てるなとは思ったんだよね」
「神奈川県警の黒田さん?」
もう1人の若い警官が少し面白そうに言った。
「あの黒田さん?」
「そう、あの」
俺はなんだか居た堪れない気持ちになった。何してんだあのクソ親父。何したんだ。警視庁にまで知られてんぞ……!
「あ、ごめん変な意味じゃないよ。あんなにいい刑事さん、なかなかいない」
「合同捜査で、ウチの本部長が怒鳴られた話は語り草だよ」
「……ご迷惑を」
ひたすら恐縮した。警官2人は朗らかに笑うと、「友達早く来るといいな」とあっさりと俺を解放してくれた。
それからすぐのことだ。
植え込みのある壁近くで張り込み続けて、もう時刻は10時を過ぎようとしているーーその時やっと、俺は動いた。
「見つけた」
手首を掴まれたその男は、一瞬ぽかんとした後ハッとした表情になった。
「は、離して」
「逃げねーならいいっすよ」
じっと見つめる。男はしばらく逡巡して、それからため息をつくように「……昨日、設楽華さんといましたね」と呟いた。身体から力が抜ける。俺は手を離した。
「あんた、なんなんすか」
「何、とは」
「設楽の母親殺した男の何」
男は、ぎくりと肩を揺らした後、低い声で、絞るように言った。
「あの男はーー設楽さんを殺したのは、僕の父親です……」
それから弱々しく笑った。
「まさか街中で会うなんて思いもしませんでした」
「話聞かせてもらえるっすか」
「少し待ってもらえますか」
男は、その紫の風呂敷包みを軽く持ち上げた。
「書類を届けなくてはいけないので」
「どこに」
「そこ」
男の目線の先には、国会議事堂。
「逃げも隠れも、しませんから」
そう言って、彼は俺に名刺を渡した。
「……自衛官なんすか」
「ええと、自衛隊員、といえばそうなんですけど」
男ーー名刺によると、上田さんは困ったように笑った。
「僕は防衛庁の職員です……国会図書館のカフェでいいかな」
俺は頷いた。今日はもう、学校へ行く気はなかった。
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