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分岐・鍋島真

手を繋ぐこと

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 銀閣寺をさらりと見た後、真さんは「さて」と言った。

「名残惜しいけど駅に戻ろうか」
「え、もうですか」

 午後3時前。超短時間な観光だ。

「うん。19時から僕、お話し合いにでないと」

 真さんは笑わずに目を細めた。

(あ、話し合い……)

 敦子さんも出るはずだ。
 昨日のことを思い出して、きゅう、と眉を寄せる。真さんはよく分からない表情でそれを見た。
 だけど私の手を握るそれに力が入ったから、きっと心配してくれているんだろうな、とは思う。

「真さんって実はいい人なんですか?」
「僕?」

 真さんはきょとんとして、その後すぐに破顔した。

「あっは、悪い人だよ僕は」
「え、そうなんですか」
「悪い悪い。でも」

 手を繋いでいるのと反対側の手で、私の頬に触れた。

「君の前では、真摯でありたいとは思ってる」
「はぁ」

 真摯、ねぇ。

「てか、保護者説明なのに真さんが出るんですか」

 言いながら少し後悔する。だって、この人たちの父親は。
 真さんは気にしていない素ぶりで「うんそうだよ」と笑った。

「あの」
「なに?」
「……、ごめんなさい」
「なんで? 普通は父親が出るよ、普通は」
「でも、その」

 申し訳なくなる。真さんとお父さんの関係を、失念していたわけではないんだけれど。

「華はさ」
「はぁ」

 真さんは明るい声で私の手を引き、歩き出す。前を歩いているから、その表情は見えない。

「華は、どんな母親になりたい?」
「え」

 母親?
 唐突な質問に面食らう。

「僕はね」
「……はい」
「僕が欲しかった父親になりたい」
「欲しかった父親?」
「そう」

 相変わらず表情は見えない。

「天体観測したいな。キャンプとかも行ってみたい」

 楽しそうな声。

「キャンプなんか、したことないんだけど」
「真さんは」

 私は思わず口にした。

「いつもそうやって泣いてたんですか」
「泣く?」

 真さんは振り返る。笑顔。

「泣いてなんかないけど」
「そうですね」

 私は答えた。繰り返す。

「そうですね」

 とても泣きたい気持ちで。真さんの手を、強く握る。

「へんな華」

 笑う真さんは楽しそうで、悲しそうで、とても、綺麗だった。
 みていられなくて、私は空を仰ぐ。
 12月の空は、ひどく優しい。

 帰りの新幹線、駅まで店員さんがロールケーキを持ってきてくれていて(そんなサービスあるの?)受け取って新幹線に乗る。

「いやもうほんとスッッゴイ嬉しいです特別限定抹茶ロールケーキ!」

 両手でケーキの箱を抱えてにまにましていると、「ん」と手を差し出された。

「はい?」
「その箱持ってあげるから、手、繋ごう」
「えー」

 真さんって手ぇ繋ぎたがりだよなぁ。他の女の子とのデート……いや私とはデートでもないんだろうけど、ちゃんとした(?)デートでもそんな感じなんだろうか?
 まぁいいや、と箱を渡して手を繋ぐ。やっぱり恋人繋ぎで真さんは満足そうに微笑んだ。

「新幹線で飲む飲み物買って帰りましょ」

 京都の老舗お茶屋さんのカフェを見つけて、指を指す。

「どうせ甘ったるい、よくわかんないの買うんでしょ」

 呆れ顔の真さんを無視して、テイクアウトで抹茶フラペチーノを購入。生クリームたっぷりだ。あまそー。満足。
 真さんはブラックコーヒー。

「あ、一緒で」

 口を挟む間もなくお会計されてしまう。同じ紙袋に入れてもらった。厚紙でできた台座入りの紙袋。

「あの、すみません。さっきのカフェも払ってもらってますし」

 お店を出てから、これくらい返します、と財布を出そうとしたら鼻を摘まれた。

「僕が出したいの」
「でもですね」
「その財布鴨川に投擲されたい?」
「いえすみませんでした」

 なんつう実力行使。投擲て。
 せめて、と紙袋は私が持った。零さないようにしなくちゃ。
 駅の構内で、敦子さん圭くん、千晶ちゃん、ひよりちゃんにお土産を買った。
 ひよりちゃんには元気出して欲しいし、ちょっと笑える感じのパッケージのお菓子。

「荷物増えたね」

 両手に紙袋の私を見て、真さんは笑いながら言った。

「旅の醍醐味、ですっ」

 私の答えを「ふうん」と聞き流しながら真さんは紙袋をひとつ、私から奪い取る。お土産入りの重い方。

「え、ほんと申し訳ないんですけど」
「だって手をつなげないデショ」

 バカなのアホなのって顔で真さんは言う。

「はぁ」
「行こうか」

 当然のように真さんはやっぱり恋人繋ぎで私の手を引く。

(甘えたがり? なのかな)

 そういえば、ちらっと同じ年か年上としか付き合ったことがない、とか言ってたかも。

(なるほどねぇ)

 ちらりと繋がれた手に目をやる。ぎゅうっと握られた手。今日離したのって、ほんと数えるくらい。

「手を繋ぐの好きなんですねぇ」
「ん?」

 真さんは不思議そうに私を見る。

「や、ずうっと繋いでるから」
「あっは、華とだけだよ。華と繋ぐのは好き」
「あは」

 私はきゅうと眉を寄せて笑う。まったく、この子はほんとに高校生だろうか?

「お上手ですねえ、さすが。モテる解答」
「そういうわけじゃないんだけどね」

 そういう真さんの綺麗な横顔を眺めながら、私はこの人の横にいることが苦痛ではなくなっていることに、ぼんやりと気づき始めていた。
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