265 / 702
分岐・鍋島真
手を繋ぐこと
しおりを挟む
銀閣寺をさらりと見た後、真さんは「さて」と言った。
「名残惜しいけど駅に戻ろうか」
「え、もうですか」
午後3時前。超短時間な観光だ。
「うん。19時から僕、お話し合いにでないと」
真さんは笑わずに目を細めた。
(あ、話し合い……)
敦子さんも出るはずだ。
昨日のことを思い出して、きゅう、と眉を寄せる。真さんはよく分からない表情でそれを見た。
だけど私の手を握るそれに力が入ったから、きっと心配してくれているんだろうな、とは思う。
「真さんって実はいい人なんですか?」
「僕?」
真さんはきょとんとして、その後すぐに破顔した。
「あっは、悪い人だよ僕は」
「え、そうなんですか」
「悪い悪い。でも」
手を繋いでいるのと反対側の手で、私の頬に触れた。
「君の前では、真摯でありたいとは思ってる」
「はぁ」
真摯、ねぇ。
「てか、保護者説明なのに真さんが出るんですか」
言いながら少し後悔する。だって、この人たちの父親は。
真さんは気にしていない素ぶりで「うんそうだよ」と笑った。
「あの」
「なに?」
「……、ごめんなさい」
「なんで? 普通は父親が出るよ、普通は」
「でも、その」
申し訳なくなる。真さんとお父さんの関係を、失念していたわけではないんだけれど。
「華はさ」
「はぁ」
真さんは明るい声で私の手を引き、歩き出す。前を歩いているから、その表情は見えない。
「華は、どんな母親になりたい?」
「え」
母親?
唐突な質問に面食らう。
「僕はね」
「……はい」
「僕が欲しかった父親になりたい」
「欲しかった父親?」
「そう」
相変わらず表情は見えない。
「天体観測したいな。キャンプとかも行ってみたい」
楽しそうな声。
「キャンプなんか、したことないんだけど」
「真さんは」
私は思わず口にした。
「いつもそうやって泣いてたんですか」
「泣く?」
真さんは振り返る。笑顔。
「泣いてなんかないけど」
「そうですね」
私は答えた。繰り返す。
「そうですね」
とても泣きたい気持ちで。真さんの手を、強く握る。
「へんな華」
笑う真さんは楽しそうで、悲しそうで、とても、綺麗だった。
みていられなくて、私は空を仰ぐ。
12月の空は、ひどく優しい。
帰りの新幹線、駅まで店員さんがロールケーキを持ってきてくれていて(そんなサービスあるの?)受け取って新幹線に乗る。
「いやもうほんとスッッゴイ嬉しいです特別限定抹茶ロールケーキ!」
両手でケーキの箱を抱えてにまにましていると、「ん」と手を差し出された。
「はい?」
「その箱持ってあげるから、手、繋ごう」
「えー」
真さんって手ぇ繋ぎたがりだよなぁ。他の女の子とのデート……いや私とはデートでもないんだろうけど、ちゃんとした(?)デートでもそんな感じなんだろうか?
まぁいいや、と箱を渡して手を繋ぐ。やっぱり恋人繋ぎで真さんは満足そうに微笑んだ。
「新幹線で飲む飲み物買って帰りましょ」
京都の老舗お茶屋さんのカフェを見つけて、指を指す。
「どうせ甘ったるい、よくわかんないの買うんでしょ」
呆れ顔の真さんを無視して、テイクアウトで抹茶フラペチーノを購入。生クリームたっぷりだ。あまそー。満足。
真さんはブラックコーヒー。
「あ、一緒で」
口を挟む間もなくお会計されてしまう。同じ紙袋に入れてもらった。厚紙でできた台座入りの紙袋。
「あの、すみません。さっきのカフェも払ってもらってますし」
お店を出てから、これくらい返します、と財布を出そうとしたら鼻を摘まれた。
「僕が出したいの」
「でもですね」
「その財布鴨川に投擲されたい?」
「いえすみませんでした」
なんつう実力行使。投擲て。
せめて、と紙袋は私が持った。零さないようにしなくちゃ。
駅の構内で、敦子さん圭くん、千晶ちゃん、ひよりちゃんにお土産を買った。
ひよりちゃんには元気出して欲しいし、ちょっと笑える感じのパッケージのお菓子。
「荷物増えたね」
両手に紙袋の私を見て、真さんは笑いながら言った。
「旅の醍醐味、ですっ」
私の答えを「ふうん」と聞き流しながら真さんは紙袋をひとつ、私から奪い取る。お土産入りの重い方。
「え、ほんと申し訳ないんですけど」
「だって手をつなげないデショ」
バカなのアホなのって顔で真さんは言う。
「はぁ」
「行こうか」
当然のように真さんはやっぱり恋人繋ぎで私の手を引く。
(甘えたがり? なのかな)
そういえば、ちらっと同じ年か年上としか付き合ったことがない、とか言ってたかも。
(なるほどねぇ)
ちらりと繋がれた手に目をやる。ぎゅうっと握られた手。今日離したのって、ほんと数えるくらい。
「手を繋ぐの好きなんですねぇ」
「ん?」
真さんは不思議そうに私を見る。
「や、ずうっと繋いでるから」
「あっは、華とだけだよ。華と繋ぐのは好き」
「あは」
私はきゅうと眉を寄せて笑う。まったく、この子はほんとに高校生だろうか?
「お上手ですねえ、さすが。モテる解答」
「そういうわけじゃないんだけどね」
そういう真さんの綺麗な横顔を眺めながら、私はこの人の横にいることが苦痛ではなくなっていることに、ぼんやりと気づき始めていた。
「名残惜しいけど駅に戻ろうか」
「え、もうですか」
午後3時前。超短時間な観光だ。
「うん。19時から僕、お話し合いにでないと」
真さんは笑わずに目を細めた。
(あ、話し合い……)
敦子さんも出るはずだ。
昨日のことを思い出して、きゅう、と眉を寄せる。真さんはよく分からない表情でそれを見た。
だけど私の手を握るそれに力が入ったから、きっと心配してくれているんだろうな、とは思う。
「真さんって実はいい人なんですか?」
「僕?」
真さんはきょとんとして、その後すぐに破顔した。
「あっは、悪い人だよ僕は」
「え、そうなんですか」
「悪い悪い。でも」
手を繋いでいるのと反対側の手で、私の頬に触れた。
「君の前では、真摯でありたいとは思ってる」
「はぁ」
真摯、ねぇ。
「てか、保護者説明なのに真さんが出るんですか」
言いながら少し後悔する。だって、この人たちの父親は。
真さんは気にしていない素ぶりで「うんそうだよ」と笑った。
「あの」
「なに?」
「……、ごめんなさい」
「なんで? 普通は父親が出るよ、普通は」
「でも、その」
申し訳なくなる。真さんとお父さんの関係を、失念していたわけではないんだけれど。
「華はさ」
「はぁ」
真さんは明るい声で私の手を引き、歩き出す。前を歩いているから、その表情は見えない。
「華は、どんな母親になりたい?」
「え」
母親?
唐突な質問に面食らう。
「僕はね」
「……はい」
「僕が欲しかった父親になりたい」
「欲しかった父親?」
「そう」
相変わらず表情は見えない。
「天体観測したいな。キャンプとかも行ってみたい」
楽しそうな声。
「キャンプなんか、したことないんだけど」
「真さんは」
私は思わず口にした。
「いつもそうやって泣いてたんですか」
「泣く?」
真さんは振り返る。笑顔。
「泣いてなんかないけど」
「そうですね」
私は答えた。繰り返す。
「そうですね」
とても泣きたい気持ちで。真さんの手を、強く握る。
「へんな華」
笑う真さんは楽しそうで、悲しそうで、とても、綺麗だった。
みていられなくて、私は空を仰ぐ。
12月の空は、ひどく優しい。
帰りの新幹線、駅まで店員さんがロールケーキを持ってきてくれていて(そんなサービスあるの?)受け取って新幹線に乗る。
「いやもうほんとスッッゴイ嬉しいです特別限定抹茶ロールケーキ!」
両手でケーキの箱を抱えてにまにましていると、「ん」と手を差し出された。
「はい?」
「その箱持ってあげるから、手、繋ごう」
「えー」
真さんって手ぇ繋ぎたがりだよなぁ。他の女の子とのデート……いや私とはデートでもないんだろうけど、ちゃんとした(?)デートでもそんな感じなんだろうか?
まぁいいや、と箱を渡して手を繋ぐ。やっぱり恋人繋ぎで真さんは満足そうに微笑んだ。
「新幹線で飲む飲み物買って帰りましょ」
京都の老舗お茶屋さんのカフェを見つけて、指を指す。
「どうせ甘ったるい、よくわかんないの買うんでしょ」
呆れ顔の真さんを無視して、テイクアウトで抹茶フラペチーノを購入。生クリームたっぷりだ。あまそー。満足。
真さんはブラックコーヒー。
「あ、一緒で」
口を挟む間もなくお会計されてしまう。同じ紙袋に入れてもらった。厚紙でできた台座入りの紙袋。
「あの、すみません。さっきのカフェも払ってもらってますし」
お店を出てから、これくらい返します、と財布を出そうとしたら鼻を摘まれた。
「僕が出したいの」
「でもですね」
「その財布鴨川に投擲されたい?」
「いえすみませんでした」
なんつう実力行使。投擲て。
せめて、と紙袋は私が持った。零さないようにしなくちゃ。
駅の構内で、敦子さん圭くん、千晶ちゃん、ひよりちゃんにお土産を買った。
ひよりちゃんには元気出して欲しいし、ちょっと笑える感じのパッケージのお菓子。
「荷物増えたね」
両手に紙袋の私を見て、真さんは笑いながら言った。
「旅の醍醐味、ですっ」
私の答えを「ふうん」と聞き流しながら真さんは紙袋をひとつ、私から奪い取る。お土産入りの重い方。
「え、ほんと申し訳ないんですけど」
「だって手をつなげないデショ」
バカなのアホなのって顔で真さんは言う。
「はぁ」
「行こうか」
当然のように真さんはやっぱり恋人繋ぎで私の手を引く。
(甘えたがり? なのかな)
そういえば、ちらっと同じ年か年上としか付き合ったことがない、とか言ってたかも。
(なるほどねぇ)
ちらりと繋がれた手に目をやる。ぎゅうっと握られた手。今日離したのって、ほんと数えるくらい。
「手を繋ぐの好きなんですねぇ」
「ん?」
真さんは不思議そうに私を見る。
「や、ずうっと繋いでるから」
「あっは、華とだけだよ。華と繋ぐのは好き」
「あは」
私はきゅうと眉を寄せて笑う。まったく、この子はほんとに高校生だろうか?
「お上手ですねえ、さすが。モテる解答」
「そういうわけじゃないんだけどね」
そういう真さんの綺麗な横顔を眺めながら、私はこの人の横にいることが苦痛ではなくなっていることに、ぼんやりと気づき始めていた。
0
お気に入りに追加
3,084
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?
tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」
「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」
子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。
悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる