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【高校編】分岐・山ノ内瑛

決断

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「根岸やったんか」

 アキラくんがそう言ってため息をついた。
 いつもの地下書庫。

(まさかの年下とは)

 まぁ、アキラくんも一個下だし、人のことは言えないんだけど。

「その根岸くん、はバスケ部の?」
「せやで。幼稚園からココ通うとるハズや。ガチおぼっちゃまやな」

 いつもの書庫。私たちは密やかに会話をする。
 松井さんの話を聞いたその日に、私は松井さんの家にお邪魔した。

「ご両親、泣いて謝ってたの」
「松井さんに?」
「仕事のこと出されて、断れなかったって。お父さん辛そうで……」

 もらい泣きしてしまったのだ。
 結局4人でひたすら泣いて、とりあえず話をしなくてはということで彼氏を呼び出したんだけれど。

「態度、ひっっどくて」

 思い出すたびにイライラする!

(まさかあんなセリフをガチで聞く日が来るとは思いませんでしたよ……)

"何回かヤった程度で彼女ヅラすんなよ"
"それ本当にオレの子?"
"次は弁護士連れてくるわ"

 その場で張り倒そうかと思った。
 しかし、松井さんのお父さんの立場を考えてぐっと堪えた。なんとか。ほんとに、ギリギリに。
 彼氏ーーそこで名前を知ったんだけどその根岸とかいうヤツは、本当に最低野郎だった。
 その時中等部の制服を着ていたので、アキラくんに名前と特徴を伝えると「知ってる」と返ってきたのだ。
 スマホで写真を見せてもらう。

「そう、こいつ」
「まじか、……俺らの前ではフツーのヤツやねんけどな」

 アキラくんは眉をひそめた。

「そっちが素なんやろか」
「どうかな……」

 分からない。おそらく、どちらも根岸くんなのだろう。

「とりあえず、今日病院行くんだって」
「そか」

 なんとなく、お互い押し黙る。

「あのね」
「ん?」

 私はアキラくんを見上げた。

「あのね……アキラくん、したいとかないの」
「なにを?」
「そ、そういう? こと」

 私は目線をウロウロさせた。

「昨日は、嬉しかったよ。真剣に考えてくれてるなぁって。でも、その」

 あのね、と、しどろもどろになる。

(私だって中身はオトナで)

 記憶上だけど、まぁそれなりに経験がある。だから、まぁなんとなぁくアキラくん我慢してくれてるなぁとは考えていたのだ。

(そりゃそうだよね)

 付き合ってて、2人きりで、キスとかしていちゃついちゃってたりしたらさ、うん。
 ちらりと見上げると、アキラくんはやっぱり真剣な目をしていた。

「そらしたいで、当たり前やん」
「う、うん」
「でもな華。昨日も言うたけど、そないな半端なことはできひんねん、俺には」

 ぎゅう、と抱きしめられる。

「俺、そんなんしたくて華とおるわけちゃうし」
「うん」
「もしかして、なんか不安にさせてもた?」
「ううん」

 私はゆるゆると首を振った。

(私、大事にされてるなぁ)

 感謝しないとだなぁと思う。
 その時、足音が聞こえてスッと離れる。振り向くと、青い顔をした松井さんだった。

「松井さん」
「し、設楽さん」

 ぎゅう、と抱きつかれた。

「どうしたの? なにがあったの」
「混乱、してて」

 松井さんの身体はふるふると震えていた。

「あのね、……病院行って、いまさっき、学校の先生方ともお話したの」
「うん」

 松井さんの目からぽろり、と涙がこぼれた。

「相良先生だけは庇ってくれたんだけど、……他の先生はわたしが悪いの一点張りで」
「は!?」

 思わず大きな声が出た。松井さんが悪い!?

「ちょ、ちょっと落ち着こう」

 泣きじゃくる松井さんを抱きしめながら、私は彼女の背中を撫でるしかできなかった。
 しばらく泣いた後、すんすんとしやくり上げる松井さんを椅子に座らせて、ゆっくりと話を聞く。

「あのね、病院行って。いま、14週……4ヶ月、なんだって」
「うん」
「あ、赤ちゃん、心臓動いて、て、」

 ぽろりと松井さんの目から綺麗な涙がこぼれた。

「せ、背伸び、したの」
「赤ちゃんが?」
「う、うん。お腹の、中で、すっごい動いてて」

 松井さんは顔を手で覆う。

「おろすなんてできない。可愛いの」
「松井さん」
「根岸くんのことなんか、……どうでも良くなってきて」
「え」
「とにかくこの子を無事に産みたい」
「ほえー」

 きっぱりと顔を上げた松井さんをぽかんと見つめる。母は強しってこういうこと?

「でもね、そうするなら退学だって……」

 松井さんは目を伏せた。

「そもそも、しばらく停学になりそう。夏休みだから、そこまで影響ないかもなんだけど」
「てか、根岸くんは? 停学とか?」
「あのね、根岸くんにはそういうの……ないみたい」

 松井さんはぽつりと言う。

「え?」

 ない? ないって?
 妊娠させたのは、根岸の軽挙が原因なのに?

「先生方も、お前が根岸くんを惑わしたんだろうの一点張りで……、ほら、根岸くんは幼稚園からここだし、ね」
「はー?」

 私は眉をひそめて立ち上がった。ぷちーん、だ!

「抗議してくる!」

 松井さんは驚いた顔でぎゅっと私のシャツの裾を掴む。

「だ、だめ、設楽さんまで目を付けられちゃうよ」

 私は「でも」と松井さんを見た。

「このままじゃダメじゃん、松井さんだけ苦労して、根岸はなんも無いんじゃ変だよ」

 だいたい、この学校は妙に男子優位なところがあるのだ。歴史的経緯があるにしても、女子だけ校則が厳しいとか、……今回のことだってそうだ。男子側はなんのペナルティもないなんて!
 旧弊的で、内側もガチガチに古い考えに固まってて。

「変、だけど」

 松井さんは肩をすくめた。

「もういいの、わたし。高校は通信で卒業するし、資格取ってお父さんの会社で働こうかなと」
「だーめー」

 私は考える。何か手はないか。

(松井さんも赤ちゃん産んだ後復学できて、根岸にもキッチリ責任取らせる方法)

「あ」

 ふと思いついて、ぱん、と手を叩いた。

「なんかあるんか、華」

 アキラくんの問いに、私は小さく頷いた。うまくいく保証なんて、なにもないけど。
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