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分岐・鍋島真
芍薬(side真)
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少し肌寒くなってきたなぁって頃、ふらりと参考書買いに行った先のデパート、そこの一階の花屋で僕は立ち止まった。
「これ綺麗ですね」
微笑んで話しかけると、店員さんはほんの少し頬を染めた。僕はとても綺麗なので、大抵こんな反応を返される。とっても便利。
「綺麗ですよね、赤なんですけど、可愛らしい色味で」
可愛らしい。たしかに真紅というよりは、唐紅。
似合うだろうなと思った。あの子に。
「……、これ、ブーケにしてもらえますか」
「かしこまりました」
ほかに何か、と聞かれたので「それだけで」と返した。
出来上がった花束片手に、僕は「なにしてるんだろ」と思う。思うけど足は華の家方面。今日は車ナシなので、電車に乗る。いろんな視線が僕に向いた。花束もあるし余計に目立ってる。まぁ、慣れてるから別に構わない。
駅からの道、僕はぐるぐる考えていた。なにを? 僕にもよく分からない。
インターフォンを押す時緊張して、僕は自嘲した。小学生じゃあるまいし!
「あら、真さん。お久しぶりね」
家にいたのは敦子さんだけで、僕は少し気が抜けた。
「華さんは?」
「今日はおでかけ」
家に上げてくれながら、敦子さんは笑った。
「圭と樹くんと、美術展に」
「……仲がいいんですね」
「そうねぇ」
敦子さんは笑った。
「仲良くしてくれてるわ」
「そうですか」
そうですか。
勧められるままに、ソファに座る。お手伝いさんは休みらしくて、敦子さんがコーヒーを淹れてくれた。
「先日はありがとうございました」
コーヒー、と言うと敦子さんは笑う。
「あまり飲まないから、人に勧められたのを買ったのだけど」
「美味しかったです」
「良かったわ」
ローテーブルに置かれたホットコーヒー、苦味も渋みも僕好み。
「ところで、今日は」
「ああ、これを」
「ピオニーね」
とてもいい香り、と敦子さんは笑う。
「華に?」
「……模試の結果が良かったので」
取ってつけたように理由を作る。
「かなり良かったみたいね、真さんに勉強見てもらえて良かったわ」
敦子さんに花束を渡す。
「渡しておきます」
「はい」
「真さんはそのまま内部進学?」
「いえ、」
僕は一拍おいて続けた。
「外部を受けます」
「あら、じゃあ受験じゃない」
華の勉強なんか見ている暇ないんじゃないの、と言われて肩をすくめた。
「あれくらいで成績落とすようなことはないので」
「あら優秀なのねぇ」
返事はせず、少し微笑んでコーヒーを含んだ。
「お父様はお元気?」
「おかげさまで」
「そろそろ国政に出られるのかしら」
「、ええ」
小さく返事をした。
「そのつもりのようです」
「お祖父様の地盤を?」
「いえ、落下傘で」
「あらじゃあ大変ねぇ」
僕は静かに笑った。父親は政党の方針で、国政選挙に落下傘候補として挑む。北関東の割と広い選挙区。
(そうなれば家にあまり帰ってこなくなるな)
それはとても嬉しいことだ。とても。
「……あなたのお父様とは色々あったけれど」
敦子さんの言葉に、僕はうなずく。
「ご存知だと思うけれど」
「笑さんのことは存じ上げています」
華の母親、笑。
かつての父親の許婚。でも、その結婚話が進む一方で、父親は愛人に僕を産ませていた。
(僕が鍋島の家に引き取られたのは、笑さんが駆け落ちしたからだ)
彼女の駆け落ち直後に、あの人はムンプスウイルスに感染した。
まぁ端的に言えばおたふく風邪で、よく言われる話だけど「大人のおたふく風邪はヤバイ」。
(予防接種って大事だよねぇ)
僕はコーヒーに目を落とした。
父親は生殖能力を失って、致し方なく僕を引き取った。後継のために。
(さすがに、笑さんと結婚してたら僕を引き取るって選択肢はなかったよね)
その時はどうしていたんだろう。親戚の子とでも嘘をついて、結局引き取られていたのかもしれない。
現実は、僕の養育係として(ただそのためだけに)ほとんど無理矢理、遠縁の女性を妻に迎えた。
もちろんそんな風な結婚が幸せな訳がない。
その人は恋人と逢引を重ねて、結果千晶が生まれ、さすがに家を出てどこかへ行った。
世間体のため、そのためだけに千晶は父親が引き取った。
2人の間に、どんな話し合いがあってそうなったのか、詳しいことは僕でも知らない。
そんな訳で、僕には血の繋がりがあるんだかないんだか(遠縁のヒトらしいから、なんとなくはあるんだろうけど)な妹ができた。
(千晶は知らない)
教える気もない。
知る必要がないからだ。血の繋がりがあろうがなかろうが、千晶が妹だっていうのは変わりないんだから。
「あの頃はゴタゴタしたけれど、華はあなたとも千晶さんとも仲良くしてるみたいで」
良かったわ、と微笑む敦子さんに、僕もにこりと笑う。
「では僕は、この辺で」
「じきに帰ってくるわよ」
「いえ」
他の男とデートした後の華に(義理の弟くんも一緒みたいだけど)あまり会いたくなかった。きっと楽しかっただろうから。
玄関先まで、敦子さんが送ってくれた。
「お花ほんとうにありがとうね。華からもまた連絡させます」
「いえ、お気遣いなく」
では、と玄関を出ようとした矢先、ふと敦子さんが言った。
「赤の芍薬の花言葉は、誠実、だったかしら」
「そうですか」
誠実。
僕には似合わない言葉だろうか?
(きっと華はそう言うだろう)
似合いませんね、十中八九、そう言う。笑いながらだろうか? それとも特に表情もなく?
その時、僕はどう返せばいいんだろう。どんな顔をすればいいんだろう。
分からないまま、僕は歩く。
(君に会いたい)
「これ綺麗ですね」
微笑んで話しかけると、店員さんはほんの少し頬を染めた。僕はとても綺麗なので、大抵こんな反応を返される。とっても便利。
「綺麗ですよね、赤なんですけど、可愛らしい色味で」
可愛らしい。たしかに真紅というよりは、唐紅。
似合うだろうなと思った。あの子に。
「……、これ、ブーケにしてもらえますか」
「かしこまりました」
ほかに何か、と聞かれたので「それだけで」と返した。
出来上がった花束片手に、僕は「なにしてるんだろ」と思う。思うけど足は華の家方面。今日は車ナシなので、電車に乗る。いろんな視線が僕に向いた。花束もあるし余計に目立ってる。まぁ、慣れてるから別に構わない。
駅からの道、僕はぐるぐる考えていた。なにを? 僕にもよく分からない。
インターフォンを押す時緊張して、僕は自嘲した。小学生じゃあるまいし!
「あら、真さん。お久しぶりね」
家にいたのは敦子さんだけで、僕は少し気が抜けた。
「華さんは?」
「今日はおでかけ」
家に上げてくれながら、敦子さんは笑った。
「圭と樹くんと、美術展に」
「……仲がいいんですね」
「そうねぇ」
敦子さんは笑った。
「仲良くしてくれてるわ」
「そうですか」
そうですか。
勧められるままに、ソファに座る。お手伝いさんは休みらしくて、敦子さんがコーヒーを淹れてくれた。
「先日はありがとうございました」
コーヒー、と言うと敦子さんは笑う。
「あまり飲まないから、人に勧められたのを買ったのだけど」
「美味しかったです」
「良かったわ」
ローテーブルに置かれたホットコーヒー、苦味も渋みも僕好み。
「ところで、今日は」
「ああ、これを」
「ピオニーね」
とてもいい香り、と敦子さんは笑う。
「華に?」
「……模試の結果が良かったので」
取ってつけたように理由を作る。
「かなり良かったみたいね、真さんに勉強見てもらえて良かったわ」
敦子さんに花束を渡す。
「渡しておきます」
「はい」
「真さんはそのまま内部進学?」
「いえ、」
僕は一拍おいて続けた。
「外部を受けます」
「あら、じゃあ受験じゃない」
華の勉強なんか見ている暇ないんじゃないの、と言われて肩をすくめた。
「あれくらいで成績落とすようなことはないので」
「あら優秀なのねぇ」
返事はせず、少し微笑んでコーヒーを含んだ。
「お父様はお元気?」
「おかげさまで」
「そろそろ国政に出られるのかしら」
「、ええ」
小さく返事をした。
「そのつもりのようです」
「お祖父様の地盤を?」
「いえ、落下傘で」
「あらじゃあ大変ねぇ」
僕は静かに笑った。父親は政党の方針で、国政選挙に落下傘候補として挑む。北関東の割と広い選挙区。
(そうなれば家にあまり帰ってこなくなるな)
それはとても嬉しいことだ。とても。
「……あなたのお父様とは色々あったけれど」
敦子さんの言葉に、僕はうなずく。
「ご存知だと思うけれど」
「笑さんのことは存じ上げています」
華の母親、笑。
かつての父親の許婚。でも、その結婚話が進む一方で、父親は愛人に僕を産ませていた。
(僕が鍋島の家に引き取られたのは、笑さんが駆け落ちしたからだ)
彼女の駆け落ち直後に、あの人はムンプスウイルスに感染した。
まぁ端的に言えばおたふく風邪で、よく言われる話だけど「大人のおたふく風邪はヤバイ」。
(予防接種って大事だよねぇ)
僕はコーヒーに目を落とした。
父親は生殖能力を失って、致し方なく僕を引き取った。後継のために。
(さすがに、笑さんと結婚してたら僕を引き取るって選択肢はなかったよね)
その時はどうしていたんだろう。親戚の子とでも嘘をついて、結局引き取られていたのかもしれない。
現実は、僕の養育係として(ただそのためだけに)ほとんど無理矢理、遠縁の女性を妻に迎えた。
もちろんそんな風な結婚が幸せな訳がない。
その人は恋人と逢引を重ねて、結果千晶が生まれ、さすがに家を出てどこかへ行った。
世間体のため、そのためだけに千晶は父親が引き取った。
2人の間に、どんな話し合いがあってそうなったのか、詳しいことは僕でも知らない。
そんな訳で、僕には血の繋がりがあるんだかないんだか(遠縁のヒトらしいから、なんとなくはあるんだろうけど)な妹ができた。
(千晶は知らない)
教える気もない。
知る必要がないからだ。血の繋がりがあろうがなかろうが、千晶が妹だっていうのは変わりないんだから。
「あの頃はゴタゴタしたけれど、華はあなたとも千晶さんとも仲良くしてるみたいで」
良かったわ、と微笑む敦子さんに、僕もにこりと笑う。
「では僕は、この辺で」
「じきに帰ってくるわよ」
「いえ」
他の男とデートした後の華に(義理の弟くんも一緒みたいだけど)あまり会いたくなかった。きっと楽しかっただろうから。
玄関先まで、敦子さんが送ってくれた。
「お花ほんとうにありがとうね。華からもまた連絡させます」
「いえ、お気遣いなく」
では、と玄関を出ようとした矢先、ふと敦子さんが言った。
「赤の芍薬の花言葉は、誠実、だったかしら」
「そうですか」
誠実。
僕には似合わない言葉だろうか?
(きっと華はそう言うだろう)
似合いませんね、十中八九、そう言う。笑いながらだろうか? それとも特に表情もなく?
その時、僕はどう返せばいいんだろう。どんな顔をすればいいんだろう。
分からないまま、僕は歩く。
(君に会いたい)
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