440 / 702
【高校編】分岐・黒田健
イントネーション(side健)
しおりを挟む
設楽は、「母親の記憶がほとんどない」と言った。「悲しくない」とも。
(じゃあ)
俺はほんの少しだけ疑問に思う。
("おまじない"は誰との記憶だ?)
新聞に載っていた、設楽の母親のはずの女性を見て設楽は「この人」と言った。
昔、設楽が「自分の母親」について話したことがある。"おまじない"もその流れで教えてもらったものだ。
あの時の表情は、確かに愛情を抱いている相手を思い出してる時のものだった。
だから、作り話なんかじゃない。
そして、その相手に対して「この人」なんて形容も相応しくない。
俺の家に来た時の、「前こんな家に住んでた」っていう発言も。
(……ま、いいか)
そのうち話してくれんだろ、と俺は切り替えた。そんなことは大きな問題じゃねーんだ、少なくとも、俺と設楽の間では。
隣を歩く設楽を見下ろす。少し緊張してるみてーだけど、いつも通りの表情だ。
指定された、東京駅近くの商業ビル。エスカレーターに乗って約束のカフェに向かった。
「ここかな」
設楽がそう言って、店内を見回す。少し奥まった席で、手を挙げた男性がひとり。
「設楽さん?」
「あ、はいそうです、すみませんお忙しいところ」
設楽に続いて、俺は軽く頭を下げた。その人、アキラの父親がいるテーブルへ向かう。
店内はなんつうのか、明治だか大正だかの雰囲気。
店に入った時、設楽がぽそっと「大正ロマンってかんじ」と言っていたので、多分そんな感じなんだろう。
「日曜日もお仕事なんですか」
「まぁ少し立て込んでいてね」
座りながら設楽が聞くと、山ノ内さんはそう肩をすくめた。
「ええと、そっちは黒田くんだね」
「うす。よろしくお願いします」
「話は聞いてるよ。えーと、脳筋」
「……おたくの息子さん次会ったらシメるっす」
「あはは、勘弁してあげて」
山ノ内さんは軽く笑った後に、「で、どこから話せばいいのかな」と小さく言った。
「単刀直入に聞きます。私の母親の事件を担当したのは、山ノ内さんですか?」
山ノ内さんは少し目を細めて「そうですね」と答えた。
「教えて頂けませんか。事件について」
「それは難しいかな」
山ノ内さんは小さくいった。
「なぜです」
「ちょっと、事情があって」
「事情?」
「そう」
どうあっても言わないぞという表情の山ノ内さんに、設楽は「それなら」と言った。
「それなら、私が覚えていることを話すので、それが事実かどうか、それだけを教えてください」
山ノ内さんは少し考える表情になって、それから「わかった」と頷いた。
「季節は、多分冬だったと思います」
「冬?」
「違いましたか」
設楽が問い返す。
「雪が降っていたので」
「あってるよ」
山ノ内さんは静かに答えた。
「時間は早朝、まだ夜だったかも。4時前とか、それくらい」
今度は山ノ内さんは聞き返さなかった。静かに紅茶を口に運ぶ。
「アパートに住んでたと思うんです」
(やっぱり)
俺の家に来たときの「前住んでいた」は少なくともこの母親と、じゃない。
「寝室で寝てて、リビングから物音がして」
設楽は思い返すように言う。
「なんやろうと思って、」
唐突にでたその設楽の言葉に、俺は驚いて彼女の顔をそっと窺った。
(関西弁)
設楽の表情は変わらない。
(気づいていないのか?)
山ノ内さんはじっと設楽を見ていた。
「音がして、私、襖開けたんです」
関西のイントネーション。
「そしたら、お母さんが変な男の人に馬乗りになられよって、そんで、その男の人、包丁持っとって。びっくりして、私、思わず叫んでしまって」
設楽は必死で言葉を紡ぐ。
「その人、私の方見て。そしたらお母さん、その人に掴みかかって、華、逃げなさい言うから、でも私、お母さん置いて逃げられんって思って、その人引っ掻いたんです」
山ノ内さんはぴくりと反応した。
「引っ掻いた、んだね」
「はい、引っ掻きました」
設楽ははっきり頷く。
「そしたらその人、なんか叫んで、立ち上がって私の方に。包丁振り上げてきたから、あかん思って、ベランダの方に逃げて、お母さんがその人の足にしがみついて。そこでもみ合いになって、私、ベランダから落ちたんです」
山ノ内さんは小さくうなずく。合っているよ、というように。
「多分2階とかやなかったかなと思います。落ちた時、なんか麻痺してたんか、あんま痛くなくて、でも空から落ちてくる粉雪の様子ははっきり見えてて。綺麗やな、って思ったんです」
そこで、設楽ははあと息を吐いた。
「これで全部です」
そう言って「あってましたか?」という口調はいつも通り。どこにも関西のイントネーションはなかった。
(そうだ)
設楽は転校してきたとき「神戸から来ました」と言った。
そのあと聞かれた「関西弁しゃべれる?」に「話せない」とも答えていた。
(だけどさっきのは、関西の言葉だった)
設楽本人は全く気が付いていないけど。
「ねえ設楽さん」
山ノ内さんは真剣な目をして言う。
「その犯人の顔、覚えてる?」
「あ、はい、あ」
設楽は急に口を手で押さえた。そして真っ青な表情で俺を見る。
「黒田君」
「どうした」
「さっきすれ違った男の人」
「おう」
地下鉄の駅から上がってきてすぐにすれ違った、あの変な奴。
「あの人、同じ顔してた。お母さんを殺した人と」
(じゃあ)
俺はほんの少しだけ疑問に思う。
("おまじない"は誰との記憶だ?)
新聞に載っていた、設楽の母親のはずの女性を見て設楽は「この人」と言った。
昔、設楽が「自分の母親」について話したことがある。"おまじない"もその流れで教えてもらったものだ。
あの時の表情は、確かに愛情を抱いている相手を思い出してる時のものだった。
だから、作り話なんかじゃない。
そして、その相手に対して「この人」なんて形容も相応しくない。
俺の家に来た時の、「前こんな家に住んでた」っていう発言も。
(……ま、いいか)
そのうち話してくれんだろ、と俺は切り替えた。そんなことは大きな問題じゃねーんだ、少なくとも、俺と設楽の間では。
隣を歩く設楽を見下ろす。少し緊張してるみてーだけど、いつも通りの表情だ。
指定された、東京駅近くの商業ビル。エスカレーターに乗って約束のカフェに向かった。
「ここかな」
設楽がそう言って、店内を見回す。少し奥まった席で、手を挙げた男性がひとり。
「設楽さん?」
「あ、はいそうです、すみませんお忙しいところ」
設楽に続いて、俺は軽く頭を下げた。その人、アキラの父親がいるテーブルへ向かう。
店内はなんつうのか、明治だか大正だかの雰囲気。
店に入った時、設楽がぽそっと「大正ロマンってかんじ」と言っていたので、多分そんな感じなんだろう。
「日曜日もお仕事なんですか」
「まぁ少し立て込んでいてね」
座りながら設楽が聞くと、山ノ内さんはそう肩をすくめた。
「ええと、そっちは黒田くんだね」
「うす。よろしくお願いします」
「話は聞いてるよ。えーと、脳筋」
「……おたくの息子さん次会ったらシメるっす」
「あはは、勘弁してあげて」
山ノ内さんは軽く笑った後に、「で、どこから話せばいいのかな」と小さく言った。
「単刀直入に聞きます。私の母親の事件を担当したのは、山ノ内さんですか?」
山ノ内さんは少し目を細めて「そうですね」と答えた。
「教えて頂けませんか。事件について」
「それは難しいかな」
山ノ内さんは小さくいった。
「なぜです」
「ちょっと、事情があって」
「事情?」
「そう」
どうあっても言わないぞという表情の山ノ内さんに、設楽は「それなら」と言った。
「それなら、私が覚えていることを話すので、それが事実かどうか、それだけを教えてください」
山ノ内さんは少し考える表情になって、それから「わかった」と頷いた。
「季節は、多分冬だったと思います」
「冬?」
「違いましたか」
設楽が問い返す。
「雪が降っていたので」
「あってるよ」
山ノ内さんは静かに答えた。
「時間は早朝、まだ夜だったかも。4時前とか、それくらい」
今度は山ノ内さんは聞き返さなかった。静かに紅茶を口に運ぶ。
「アパートに住んでたと思うんです」
(やっぱり)
俺の家に来たときの「前住んでいた」は少なくともこの母親と、じゃない。
「寝室で寝てて、リビングから物音がして」
設楽は思い返すように言う。
「なんやろうと思って、」
唐突にでたその設楽の言葉に、俺は驚いて彼女の顔をそっと窺った。
(関西弁)
設楽の表情は変わらない。
(気づいていないのか?)
山ノ内さんはじっと設楽を見ていた。
「音がして、私、襖開けたんです」
関西のイントネーション。
「そしたら、お母さんが変な男の人に馬乗りになられよって、そんで、その男の人、包丁持っとって。びっくりして、私、思わず叫んでしまって」
設楽は必死で言葉を紡ぐ。
「その人、私の方見て。そしたらお母さん、その人に掴みかかって、華、逃げなさい言うから、でも私、お母さん置いて逃げられんって思って、その人引っ掻いたんです」
山ノ内さんはぴくりと反応した。
「引っ掻いた、んだね」
「はい、引っ掻きました」
設楽ははっきり頷く。
「そしたらその人、なんか叫んで、立ち上がって私の方に。包丁振り上げてきたから、あかん思って、ベランダの方に逃げて、お母さんがその人の足にしがみついて。そこでもみ合いになって、私、ベランダから落ちたんです」
山ノ内さんは小さくうなずく。合っているよ、というように。
「多分2階とかやなかったかなと思います。落ちた時、なんか麻痺してたんか、あんま痛くなくて、でも空から落ちてくる粉雪の様子ははっきり見えてて。綺麗やな、って思ったんです」
そこで、設楽ははあと息を吐いた。
「これで全部です」
そう言って「あってましたか?」という口調はいつも通り。どこにも関西のイントネーションはなかった。
(そうだ)
設楽は転校してきたとき「神戸から来ました」と言った。
そのあと聞かれた「関西弁しゃべれる?」に「話せない」とも答えていた。
(だけどさっきのは、関西の言葉だった)
設楽本人は全く気が付いていないけど。
「ねえ設楽さん」
山ノ内さんは真剣な目をして言う。
「その犯人の顔、覚えてる?」
「あ、はい、あ」
設楽は急に口を手で押さえた。そして真っ青な表情で俺を見る。
「黒田君」
「どうした」
「さっきすれ違った男の人」
「おう」
地下鉄の駅から上がってきてすぐにすれ違った、あの変な奴。
「あの人、同じ顔してた。お母さんを殺した人と」
0
お気に入りに追加
3,084
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!
神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう.......
だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!?
全8話完結 完結保証!!
ヒロインを虐めなくても死亡エンドしかない悪役令嬢に転生してしまった!
青星 みづ
恋愛
【第Ⅰ章完結】『イケメン達と乙女ゲームの様な甘くてせつない恋模様を描く。少しシリアスな悪役令嬢の物語』
なんで今、前世を思い出したかな?!ルクレツィアは顔を真っ青に染めた。目の前には前世の押しである超絶イケメンのクレイが憎悪の表情でこちらを睨んでいた。
それもそのはず、ルクレツィアは固い扇子を振りかざして目の前のクレイの頬を引っぱたこうとしていたのだから。でもそれはクレイの手によって阻まれていた。
そしてその瞬間に前世を思い出した。
この世界は前世で遊んでいた乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢だという事を。
や、やばい……。
何故なら既にゲームは開始されている。
そのゲームでは悪役令嬢である私はどのルートでも必ず死を迎えてしまう末路だった!
しかもそれはヒロインを虐めても虐めなくても全く関係ない死に方だし!
どうしよう、どうしよう……。
どうやったら生き延びる事ができる?!
何とか生き延びる為に頑張ります!
【完結】死がふたりを分かつとも
杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」
私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。
ああ、やった。
とうとうやり遂げた。
これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。
私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。
自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。
彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
モブ令嬢ですが、悪役令嬢の妹です。
霜月零
恋愛
私は、ある日思い出した。
ヒロインに、悪役令嬢たるお姉様が言った一言で。
「どうして、このお茶会に平民がまぎれているのかしら」
その瞬間、私はこの世界が、前世やってた乙女ゲームに酷似した世界だと気が付いた。
思い出した私がとった行動は、ヒロインをこの場から逃がさない事。
だってここで走り出されたら、婚約者のいる攻略対象とヒロインのフラグが立っちゃうんだもの!!!
略奪愛ダメ絶対。
そんなことをしたら国が滅ぶのよ。
バッドエンド回避の為に、クリスティーナ=ローエンガルデ。
悪役令嬢の妹だけど、前世の知識総動員で、破滅の運命回避して見せます。
※他サイト様にも掲載中です。
使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後
有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。
だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。
それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。
王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!?
けれど、そこには……。
※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。
悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
完 あの、なんのことでしょうか。
水鳥楓椛
恋愛
私、シェリル・ラ・マルゴットはとっても胃が弱わく、前世共々ストレスに対する耐性が壊滅的。
よって、三大公爵家唯一の息女でありながら、王太子の婚約者から外されていた。
それなのに………、
「シェリル・ラ・マルゴット!卑しく僕に噛み付く悪女め!!今この瞬間を以て、貴様との婚約を破棄しゅるっ!!」
王立学園の卒業パーティー、赤の他人、否、仕えるべき未来の主君、王太子アルゴノート・フォン・メッテルリヒは壁際で従者と共にお花になっていた私を舞台の中央に無理矢理連れてた挙句、誤り満載の言葉遣いかつ最後の最後で舌を噛むというなんとも残念な婚約破棄を叩きつけてきた。
「あの………、なんのことでしょうか?」
あまりにも素っ頓狂なことを叫ぶ幼馴染に素直にびっくりしながら、私は斜め後ろに控える従者に声をかける。
「私、彼と婚約していたの?」
私の疑問に、従者は首を横に振った。
(うぅー、胃がいたい)
前世から胃が弱い私は、精神年齢3歳の幼馴染を必死に諭す。
(だって私、王妃にはゼッタイになりたくないもの)
未来の記憶を手に入れて~婚約破棄された瞬間に未来を知った私は、受け入れて逃げ出したのだが~
キョウキョウ
恋愛
リムピンゼル公爵家の令嬢であるコルネリアはある日突然、ヘルベルト王子から婚約を破棄すると告げられた。
その瞬間にコルネリアは、処刑されてしまった数々の未来を見る。
絶対に死にたくないと思った彼女は、婚約破棄を快く受け入れた。
今後は彼らに目をつけられないよう、田舎に引きこもって地味に暮らすことを決意する。
それなのに、王子の周りに居た人達が次々と私に求婚してきた!?
※カクヨムにも掲載中の作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる