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【高校編】分岐・鹿王院樹

やきもち(side樹)

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「だ、から本当に知らないって」
「仲が良さそうだった」

 あれからすぐ帰宅して、華を部屋に閉じ込めたーーというのは外聞が悪い。単に華が部屋まで着いてきただけだ。
 腕の中で頬を赤くして言う華の額に、俺は口付けた。やや乱暴に。

「仲がいい、っていうか、……っ」

 華が驚いて俺を見る。知ったことか。
 その華奢な腕を掴んで、袖を肘までずらした。腕の内側に唇を落とす。強く。

「い、つき、くんっ」
「……余計な虫がつかないように」
「虫ってなぁに!」

 華は半泣きだ。上気した頬も、驚いてか潤んだ瞳も可愛くて仕方ない。

「男だ」
「心配しなくてもモテませんよ!」

 華は腕を確認して「まぁ長袖だから」と呟いた。

「……、首にもつけたいところだがな」

 華はひゃっ! と小さく叫んで首を抑えた。

「ダメダメ、圭くんに怒られるよっ」
「分かってる」

 またそんなことをすれば、華がアメリカに連れてかれるかもしれないことも。

「……樹くん、心配性すぎ」

 華が眉を下げて言った。

「華のことなど、心配しても心配したりない。本当に無防備だし」
「こんなことをした人が言っていいセリフではないですけどね!?」

 華は腕の内側のキスマークを見せて、少し頬を膨らませた。でも怒っている感じではない。

「そう怒るな」

 そう言って頬に口付ける。

「怒っては、ないけど」

 案の定、華はそう言って照れたように目を伏せた。長い睫毛が少し震えた。
 俺はため息を一つ。

(さて、俺の理性、いつまで保つだろう)

 そんな風に華を抱きしめながら思う。

 翌日学校へ行くと、机の上に果たし状が置いてあった。

「果たし状じゃねーって、それ」
「む、ではなんだ。昼休み、中庭にて待つとあるぞ」
「だからさ」

 岡村はがくりと肩を落とした。

「……まぁいいや、人生、勉強だよな。ふつうに行ってみろ」
「? 分かった」

 不思議に思いながらも、昼休み言われた通りの場所に出向く。
 いたのは、隣のクラスの女子。高校からのスポーツ特待での入学組だ。

「何の用だ」

 開口一番そう言うと、女子はほんの少し口ごもった後に「好きです」とハッキリ言った。

「?」

 何をだろう。首を傾げていると、女子は更に続けた。

「好きです、付き合って、もらえませんか」
「男女交際という意味か?」
「っ、はい」
「それは無理だ」

 端的に答えた。

「華がいる」
「その、……、設楽さんに、バレないようにとか」
「どういう意味だ」
「だ、って」

 女子はあたかも勇気を振りしぼって、という顔で続ける。

「設楽さん、すっごいワガママだって、鹿王院くん、付き合わされてるって。性格きつくて、束縛凄くてって」
「耳障りだから口を閉じてもらえるか」

 淡々と告げる。

「……え?」

 女子はやや呆然とした顔で俺を見上げた。何かおかしいことを言っただろうか?

「? 耳障りだと言った」
「そ、んな」
「当たり前だろう」

 俺は続けた。

「最愛の人のことをそのように言われて、聞いていたいという人間がいるだろうか」
「さい、あい」
「最も愛している人という意味だ」

 俺の返答に、女子は目を瞠る。

「……え、と、ご、めんなさい……」
「いや、分かってもらえたら構わない。俺こそ言いすぎた」

 頭を下げて、踵を返した。
 教室に帰ると、岡村が「どうだった?」と少し興味ありげに聞いてきた。

「……、少なくとも果たし状ではなかった」
「なんだった?」
「秘密だ」
「そーですか」

 岡村は少し笑って、個包装のチョコをくれた。俺はお礼を言ってそれを食べる。甘い。少しラズベリーの味。
 岡村の机にあるパッケージを、まじまじと見る。

「なんだよ」
「いや、華が好きそうだから買って帰ろうと思って」
「お前って、ほんと最初に考えるのが華さんだよな」
「そうだろうか?」

 他の人は違うのだろうか。何かを見て、聞いて、食べて、最初に最愛の人を思い浮かべるのは変わったことなのだろうか?

(まぁいいか)

 少なくとも、俺は「そう」なのだから、それでいい。
 部活帰りにコンビニでそのチョコを買う。華の厳命でポイントを貯めているが、結構貯まってきた。ポイントでスイーツを買うのが、華は嬉しいらしい。
 秋の日は釣瓶落としで、もうとっぷり暗闇だ。

(そろそろマフラーくらい出すか)

 秋風にふかれて、マフラーをどこにしまったか考えた。
 帰宅して、家に入る前に庭の鯉の様子を見に行く。鷺やらカラスやらに最近狙われていて、ネットを張っているのだがやはり心配になる。
 ふと、窓ガラス越しの広縁に、華が一人で立っているのが見えた。こちらには気づいていないのだろう、ぼうっと空を見上げている。
 俺もその方向を見た。満月だ。

(きれいだ)

 薄雲越しの月は、ぼんやりと柔らかく光る。
 華に視線を戻す。華は腕に触れた。昨日、俺がキスマークを付けた腕。
 そっと袖をめくり、華はそこに触れた。愛おしそうな目線に、俺の心臓がぎゅうっとなる。
 そして華は腕を上げて、そこに口付けた。だが、すぐに離す。照れたように、ひとり頬を染めて。華は頬に手を当てて何かを呟いた。
 じきに、誰かに呼ばれたように振り向きながら、廊下を歩いて行った。吉田さんだろうか。そろそろ夕食だから……俺も家に入らなくてはならない。
 しかし。

(……目の前でされていたらヤバかった)

 俺は鯉の池の前にしゃがみこむ。

「…….あんなの、反則だろう」

 思わずそう呟いた。空を見上げる。天頂では、あいかわらず柔らかく月が輝いていた。
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