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分岐・鍋島真

クソガキ

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 私は人を殺したくない。
 たとえ、ちょっと(いや、だいぶ?)苦手な真さんでも、だ。
 だから昨日、レストランで私はこう答えた。

「あの、殺したくないです」
「えー? ザンネン」

 真さんはケタケタ笑った。ただ、目だけ真剣なままだったからゾッとした。え、なに、真さん、ガチの変態さんですのん……?
 そのあとは何だかいつも通りの真さんだった。少し力も抜けた。
 メニューもロブスター黄金焼きだの、フカヒレの土鍋煮だの豪華メニューで半ば真さんいるの忘れてモリモリ食べてしまったので、正直、話の内容とか良く覚えてない。だから「昨日約束したじゃん」と不服そうな顔をしてる真さんに、私はちょっと申し訳なくなる。

「すみません、覚えてなくてですね」
「酷いなぁ」
「いや行きます、行きますって」

 そう答えると、真さんは少し機嫌が治ったような顔をした。
 そんな訳でやってきたプラネタリウム、再び。
 人気のないロビー、古びた紅い絨毯。ひんやりとした空調が心地よい。

(なんでまたここなんでしょう)

 やっぱり天体好き?

(そしてなぜ、また手を繋がれているのでしょう)

 相変わらずのカップル繋ぎ。ふと気づく。

(……この人、女子と手をつなぐ時絶対コレなのでは)

 ゆえに私と(なぜか)手をつなぐ時でもコレになってしまうのか!

(なんという女たらし……!)

 呆れて見上げると、不思議そうな顔をされた。そんな顔さえやたらと整っていて腹がたつ。くそう。

「……何日か前」
「はぁ」
「樹クンといたね」
「は?」
「手を繋いで」
「ああ」

 写真集買いに行った時だ。

「お似合いだった」
「え、そうですか」

 少し照れる。カッコ可愛いからなぁ、あの子は。許婚的に、あんまり釣り合ってないような気は常々してるんだけど。

「……った、」

 突然手に力を入れられて、私はびくりと真さんを見上げた。

「……ごめん」

 少し呆然と、真さんは言う。

「なんか、力入っちゃって」
「やめてくださいよ」

 別にめちゃくちゃ痛かった訳じゃないけど、びっくりする。

「ほんとごめん」
「どうしたんですか」
「痛かった?」
「大丈夫ですよ」

 真さんは私の手を両手で持って、少し眺めた。なぜか傷ついた表情をしている。

「……真さん?」
「蛙の子は蛙なのかなぁ」
「?」
「僕の父親はね」

 真さんはぽつりと言った。

「よく僕を殴ったよ」
「、え」
「身内に暴力を振るう人間にだけは、なりたくなかったのに」

 何度も真さんは瞬きをする。まるで、泣きそうな顔。というか、私、身内カウントされてるんですね。いつの間に。

「いっときの激情で、僕は君に暴力を」
「あ、あんなの暴力に入りませんって」

 私は真さんの目の前で、手をぐーぱーした。

「何ともありませんっ! それに」

 にこりと微笑んでみせた。

「真さんは、きっと大丈夫ですよ」
「そうかな」
「そうですよ」
「エビデンスある?」
「ええと、ないですけど」
「ないんじゃん」
「ないですけど!」

 私は胸を張る。

「勘ですけど! 私の勘は当たるんです」

 割と、と言い添えると真さんはまた泣きそうな顔をした。ひどく幼い顔だった。

「ごめんね」
「ほんとに大丈夫で、」

 ぎゅう、と抱きしめられる。

「痛かった?」
「……痛かったんですね、真さんは」

 私は背中を撫でた。なんて言えば良いんだろう。

「痛かったよ」

 この人は、ずっと傷ついて生きてきたんだ。だからって、あんな風に女の人とっかえひっかえしてて良い訳はないんだけど。

(探してるって言ってた)

 赤い糸を。
 早く見つかるといい、と私は思う。その糸の先にいる人だけが、きっとこの人を救えるんだろうから。

「さっきの、怖かった?」
「真さんは……怖かったんですか」
「怖かった」

 ふう、と真さんは息をつく。さらりとした髪が、首に当たってこそばゆい。

「僕より、……千晶に手を出されやしないかと、それが一番怖かった」
「……もう暴力はないんですか」
「うまく立ち回れるようになってからは」

 今は大丈夫、と小さく言われる。
 私はとんとん、と背中を叩いた。

(人様のお家のことだから、口出しはできないけれど)

 でも中身アラサーとしては、ちょっと注意しておきたい。もしまた似たようなことが起きそうになるなら、何らかの手を打たなくてはならないと思う。

「……ごめんね」

 小さく言って、真さんは身体を離した。

「ドン引き?」
「いえ、心配はしてます」

 そう答えると、真さんは少し意外そうな顔をした。

「千晶? 僕?」
「ふたりとものこと」
「大丈夫、千晶は僕が命に代えても守るから」

 たった1人の妹だからね、と真さんは言う。

「真さんは?」
「ん?」
「真さんは、誰が守ってくれるの」
「僕は賢いから大丈夫」
「……大丈夫じゃないんでしょう」

 私は真さんの手を握った。

「あなたはまだ子供なのに」
「……キミって何歳?」
「ちゃかさないで」

 私は真剣に言う。

「約束してください。またもし何かあったら、ううんありそうだったら、誰でもいい、信頼できる大人に相談するって」
「信頼、ねぇ」

 真さんは肩をすくめた。

「そんな大人がいたら、僕みたいには育ってないよ」
「じゃあ、私でもいいんで」

 そう言うと、真さんは少し驚いた顔をした。

「敦子さんに相談します。……敦子さんはそこで人を見捨てるような人じゃないので」
「いい保護者だね」

 真さんは寂しそうに笑った。
 それから少し黙る。

「あのさ」
「何ですか」
「キスしていい?」

 唐突に何を言いだすんだ、この男子高校生クソガキ

「嫌です」
「あれー」

 いつも通りに飄々とした表情と声だけど、その目がやっぱり幼い子供のままで、私はつい「……頬にならいいですよ」なんて言ってしまう。誰かに甘えたいんだろうな、と思ってしまったのだ。

「いいの」
「ほっぺですよ!?」
「わーい」

 気楽な感じで私の頬にキスしてくる真さんだけど、私の腕をそっと掴む手がほんの少し震えていた。
 どうやらこの人緊張しているらしいぞ、と気づいた時、私はなぜだか不思議な気持ちになった。
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