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分岐・鍋島真

苦虫(side真)

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 意外かもしれないけれど、僕って案外正々堂々してるんだよね。
 そんなわけで僕はわざわざ中等部のサッカー部の練習グラウンドまで足を運んだ。猛暑なのに炎天下なのに、彼らは一生懸命走り回ってる。室外競技なんてやるもんじゃないよ、ほんと。

「あれー、鍋島先輩」

 行きすがら話しかけられて、僕は微笑む。剣道着に身を包んだ後輩たち。時々指導に行ってるから、中等部の子たちとも顔見知りだ。

「今日いらしてくれる日でしたっけ?」
「ごめんね、今日は別の用事」
「先輩来てくださると、女子が気合入るんで助かるんですよ」

 あはは、と笑う剣道少年たち。僕は微笑んで手を振った。
 剣道を始めたのは、色々理由はある。……いつでも相手を殺せると思うと、少し心に余裕ができるかなと思ったんだ。でも始めてみて、竹刀を振ってる時は結構無心になれて、性に合ってたのかなとも思う。
 かしゃりとフェンスに寄りかかって、少年を待つ。
 ほどなくして、僕を見る視線に気づいた。フェンスから体を起こして、向き直る。フェンス越しに彼と目があった。華の許婚、鹿王院樹。

「やー」

 気軽に手を挙げてみせると、樹クンたら素直に嫌そうな顔をした。まったく、素直なんだから。僕は肩をすくめる。

「何かご用ですか」
「少し話したいなって」
「俺の方に話はありませんが」
「華のことだよ」

 わざと呼び捨てで言う。にこりと笑うと、樹クンは露骨に眉をひそめた。

「カフェテリアで待ってるね。高等部のほう」
「……分かりました」

 そう言って踵を返す少年の背中を僕は見つめる。4つも違うのに、背は樹クンのほうが高い。少しね。僕だって175はあるのに。ちょっと不公平だなと思う。

(キミはなんでも持ってるね)

 ああ、でも両親と一緒には暮らしてないのか。でも殴る親よりいい。あんな親がいるくらいなら、親なんかいないほうがいい。僕はそう思う。
 カフェテリアの、窓際を陣取る。夏休みで、閑散としていた。
 アイスコーヒーの汗を掻くグラスが涼しげだ。
 スマホ(おニューだ!)をいじって、華の写真を眺める。可愛い。
 勉強を教わりに、たまに塾帰りにウチに来るから、なんやかんやと言い訳をして写真を撮る。好きな子の写真って欲しくない? 僕は欲しい。眺めてたい。本物が一番だけど。どの写真も顔をしかめてるけど。

「その子がいまのお気に入り?」

 背後からの声に、僕は緩慢に振り向いた。

「やあ」

 微笑む。何度か寝たことがある同級生の女の子。

「やぁ、じゃないわよ。なんで返事くれないの? 既読にもなんないし」
「あー、スマホ壊れちゃって」
「今手に持ってるのはなに」
「新しいやつ」
「ふーん」

 彼女は眉をひそめて「引き継ぎしてなかったの? 新しいアカウント教えてよ」と言った。

「やだ」
「は?」
「やだって」
「なんで」

 僕は肩をすくめる。

「好きな人が出来たから、もう他の子と遊ばないんだ」
「はー?」

 彼女は悪い冗談を聞いた、って顔をして笑った。

「ま、真くんに好きなひと、あはは」
「ね? オモシロイでしょ」

 彼女はケタケタと笑う。

「あー、笑った」
「笑いを提供できて嬉しいよ」
「でも」

 彼女は質の違う微笑みを浮かべる。

「きっとアナタはその子に振られるわ」
「えー? なんで」
「初恋は実らないのよ」
「あっは、なるほど」
「振られたらまた遊びましょ」

 彼女は気軽な感じで手を振って歩いて行ってしまった。うーん、手厳しい。千晶もだけど、どうして僕が振られる前提で話が進むんだ。謎すぎる。

「真さん」

 中等部の制服を着て、樹クンは立っていた。わざわざ着替えたのか。真面目だねぇ。

「飲み物いらないの?」
「いいです、忙しいんで」

 樹クンは硬い声で言った。

「単刀直入にお願いします」
「なるほど」

 僕は足を組んで微笑む。

「じゃあ端的に言うね。あの子、華、僕にちょうだい」

 樹クンは特に驚く様子はなかった。ただ、相変わらずの硬い声で「ダメです」とだけ呟いた。

「華は渡せません」
「……華が僕の方がいい、って言ったら?」

 樹クンはほんの少し目を見開く。

「そんなこと、あるはずがありません」
「どーしてさー? 華の自由意志は?」

 僕は突っかかる。

「華は恋しちゃいけないの?」
「相手が他の人間なら、俺は身を引きますが」

 樹クンは淡々と言う。

「あなただけは、ダメです。あなたは破綻してる」
「破綻!」

 僕は笑った。

「よく言われるよ!」
「理解してるなら、引いてください」

 樹クンは真摯な目で言う。

「お願いします」
「やだ」

 僕はあえて優美に微笑んでみせた。

「くれないなら、奪い取るだけだよ」

 樹クンはただ僕をじっと見つめていた。僕は立ち上がる。一応宣戦布告は終わったし、おはなしおーわり。

「じゃあ僕行くね」

 一方的に宣言して、僕はスタスタとカフェテリアを出た。
 夏の空は青い。眩しくて真っ青。気を失いそうなくらいに。そこに、恐ろしいくらい白い入道雲が浮かんでいて、僕はなんだか寂しくなる。
 華に会いたいと思う。
 うん、会いたい。
 誰かに会いたいなんて感情が僕にあるなんてねぇ。
 そんなわけで華の塾帰りを待ち伏せした。暑い。時刻は夕方になりかかっているのに、セミはうるさいしアスファルトは目玉焼き焼けそうだし、ほんと夏って好きじゃないなぁ。
 少しぼーっとしてしまっていただろうか、突然自分が日陰になって驚いた。
 華が少し背伸びをして、日傘を僕に差しかけていた。

「何してるんですか」
「キミを待ってた」
「なぜ」

 華はその綺麗な眉をひそめた。

「熱中症になりますよ」
「そうだね」

 僕が微笑むと、華は苦虫を噛んだような顔をした。その顔さえ愛おしくて、やっぱり僕はキミが欲しいなぁとそう強く思うんだ。
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