255 / 702
分岐・鍋島真
苦虫(side真)
しおりを挟む
意外かもしれないけれど、僕って案外正々堂々してるんだよね。
そんなわけで僕はわざわざ中等部のサッカー部の練習グラウンドまで足を運んだ。猛暑なのに炎天下なのに、彼らは一生懸命走り回ってる。室外競技なんてやるもんじゃないよ、ほんと。
「あれー、鍋島先輩」
行きすがら話しかけられて、僕は微笑む。剣道着に身を包んだ後輩たち。時々指導に行ってるから、中等部の子たちとも顔見知りだ。
「今日いらしてくれる日でしたっけ?」
「ごめんね、今日は別の用事」
「先輩来てくださると、女子が気合入るんで助かるんですよ」
あはは、と笑う剣道少年たち。僕は微笑んで手を振った。
剣道を始めたのは、色々理由はある。……いつでも相手を殺せると思うと、少し心に余裕ができるかなと思ったんだ。でも始めてみて、竹刀を振ってる時は結構無心になれて、性に合ってたのかなとも思う。
かしゃりとフェンスに寄りかかって、少年を待つ。
ほどなくして、僕を見る視線に気づいた。フェンスから体を起こして、向き直る。フェンス越しに彼と目があった。華の許婚、鹿王院樹。
「やー」
気軽に手を挙げてみせると、樹クンたら素直に嫌そうな顔をした。まったく、素直なんだから。僕は肩をすくめる。
「何かご用ですか」
「少し話したいなって」
「俺の方に話はありませんが」
「華のことだよ」
わざと呼び捨てで言う。にこりと笑うと、樹クンは露骨に眉をひそめた。
「カフェテリアで待ってるね。高等部のほう」
「……分かりました」
そう言って踵を返す少年の背中を僕は見つめる。4つも違うのに、背は樹クンのほうが高い。少しね。僕だって175はあるのに。ちょっと不公平だなと思う。
(キミはなんでも持ってるね)
ああ、でも両親と一緒には暮らしてないのか。でも殴る親よりいい。あんな親がいるくらいなら、親なんかいないほうがいい。僕はそう思う。
カフェテリアの、窓際を陣取る。夏休みで、閑散としていた。
アイスコーヒーの汗を掻くグラスが涼しげだ。
スマホ(おニューだ!)をいじって、華の写真を眺める。可愛い。
勉強を教わりに、たまに塾帰りにウチに来るから、なんやかんやと言い訳をして写真を撮る。好きな子の写真って欲しくない? 僕は欲しい。眺めてたい。本物が一番だけど。どの写真も顔をしかめてるけど。
「その子がいまのお気に入り?」
背後からの声に、僕は緩慢に振り向いた。
「やあ」
微笑む。何度か寝たことがある同級生の女の子。
「やぁ、じゃないわよ。なんで返事くれないの? 既読にもなんないし」
「あー、スマホ壊れちゃって」
「今手に持ってるのはなに」
「新しいやつ」
「ふーん」
彼女は眉をひそめて「引き継ぎしてなかったの? 新しいアカウント教えてよ」と言った。
「やだ」
「は?」
「やだって」
「なんで」
僕は肩をすくめる。
「好きな人が出来たから、もう他の子と遊ばないんだ」
「はー?」
彼女は悪い冗談を聞いた、って顔をして笑った。
「ま、真くんに好きなひと、あはは」
「ね? オモシロイでしょ」
彼女はケタケタと笑う。
「あー、笑った」
「笑いを提供できて嬉しいよ」
「でも」
彼女は質の違う微笑みを浮かべる。
「きっとアナタはその子に振られるわ」
「えー? なんで」
「初恋は実らないのよ」
「あっは、なるほど」
「振られたらまた遊びましょ」
彼女は気軽な感じで手を振って歩いて行ってしまった。うーん、手厳しい。千晶もだけど、どうして僕が振られる前提で話が進むんだ。謎すぎる。
「真さん」
中等部の制服を着て、樹クンは立っていた。わざわざ着替えたのか。真面目だねぇ。
「飲み物いらないの?」
「いいです、忙しいんで」
樹クンは硬い声で言った。
「単刀直入にお願いします」
「なるほど」
僕は足を組んで微笑む。
「じゃあ端的に言うね。あの子、華、僕にちょうだい」
樹クンは特に驚く様子はなかった。ただ、相変わらずの硬い声で「ダメです」とだけ呟いた。
「華は渡せません」
「……華が僕の方がいい、って言ったら?」
樹クンはほんの少し目を見開く。
「そんなこと、あるはずがありません」
「どーしてさー? 華の自由意志は?」
僕は突っかかる。
「華は恋しちゃいけないの?」
「相手が他の人間なら、俺は身を引きますが」
樹クンは淡々と言う。
「あなただけは、ダメです。あなたは破綻してる」
「破綻!」
僕は笑った。
「よく言われるよ!」
「理解してるなら、引いてください」
樹クンは真摯な目で言う。
「お願いします」
「やだ」
僕はあえて優美に微笑んでみせた。
「くれないなら、奪い取るだけだよ」
樹クンはただ僕をじっと見つめていた。僕は立ち上がる。一応宣戦布告は終わったし、おはなしおーわり。
「じゃあ僕行くね」
一方的に宣言して、僕はスタスタとカフェテリアを出た。
夏の空は青い。眩しくて真っ青。気を失いそうなくらいに。そこに、恐ろしいくらい白い入道雲が浮かんでいて、僕はなんだか寂しくなる。
華に会いたいと思う。
うん、会いたい。
誰かに会いたいなんて感情が僕にあるなんてねぇ。
そんなわけで華の塾帰りを待ち伏せした。暑い。時刻は夕方になりかかっているのに、セミはうるさいしアスファルトは目玉焼き焼けそうだし、ほんと夏って好きじゃないなぁ。
少しぼーっとしてしまっていただろうか、突然自分が日陰になって驚いた。
華が少し背伸びをして、日傘を僕に差しかけていた。
「何してるんですか」
「キミを待ってた」
「なぜ」
華はその綺麗な眉をひそめた。
「熱中症になりますよ」
「そうだね」
僕が微笑むと、華は苦虫を噛んだような顔をした。その顔さえ愛おしくて、やっぱり僕はキミが欲しいなぁとそう強く思うんだ。
そんなわけで僕はわざわざ中等部のサッカー部の練習グラウンドまで足を運んだ。猛暑なのに炎天下なのに、彼らは一生懸命走り回ってる。室外競技なんてやるもんじゃないよ、ほんと。
「あれー、鍋島先輩」
行きすがら話しかけられて、僕は微笑む。剣道着に身を包んだ後輩たち。時々指導に行ってるから、中等部の子たちとも顔見知りだ。
「今日いらしてくれる日でしたっけ?」
「ごめんね、今日は別の用事」
「先輩来てくださると、女子が気合入るんで助かるんですよ」
あはは、と笑う剣道少年たち。僕は微笑んで手を振った。
剣道を始めたのは、色々理由はある。……いつでも相手を殺せると思うと、少し心に余裕ができるかなと思ったんだ。でも始めてみて、竹刀を振ってる時は結構無心になれて、性に合ってたのかなとも思う。
かしゃりとフェンスに寄りかかって、少年を待つ。
ほどなくして、僕を見る視線に気づいた。フェンスから体を起こして、向き直る。フェンス越しに彼と目があった。華の許婚、鹿王院樹。
「やー」
気軽に手を挙げてみせると、樹クンたら素直に嫌そうな顔をした。まったく、素直なんだから。僕は肩をすくめる。
「何かご用ですか」
「少し話したいなって」
「俺の方に話はありませんが」
「華のことだよ」
わざと呼び捨てで言う。にこりと笑うと、樹クンは露骨に眉をひそめた。
「カフェテリアで待ってるね。高等部のほう」
「……分かりました」
そう言って踵を返す少年の背中を僕は見つめる。4つも違うのに、背は樹クンのほうが高い。少しね。僕だって175はあるのに。ちょっと不公平だなと思う。
(キミはなんでも持ってるね)
ああ、でも両親と一緒には暮らしてないのか。でも殴る親よりいい。あんな親がいるくらいなら、親なんかいないほうがいい。僕はそう思う。
カフェテリアの、窓際を陣取る。夏休みで、閑散としていた。
アイスコーヒーの汗を掻くグラスが涼しげだ。
スマホ(おニューだ!)をいじって、華の写真を眺める。可愛い。
勉強を教わりに、たまに塾帰りにウチに来るから、なんやかんやと言い訳をして写真を撮る。好きな子の写真って欲しくない? 僕は欲しい。眺めてたい。本物が一番だけど。どの写真も顔をしかめてるけど。
「その子がいまのお気に入り?」
背後からの声に、僕は緩慢に振り向いた。
「やあ」
微笑む。何度か寝たことがある同級生の女の子。
「やぁ、じゃないわよ。なんで返事くれないの? 既読にもなんないし」
「あー、スマホ壊れちゃって」
「今手に持ってるのはなに」
「新しいやつ」
「ふーん」
彼女は眉をひそめて「引き継ぎしてなかったの? 新しいアカウント教えてよ」と言った。
「やだ」
「は?」
「やだって」
「なんで」
僕は肩をすくめる。
「好きな人が出来たから、もう他の子と遊ばないんだ」
「はー?」
彼女は悪い冗談を聞いた、って顔をして笑った。
「ま、真くんに好きなひと、あはは」
「ね? オモシロイでしょ」
彼女はケタケタと笑う。
「あー、笑った」
「笑いを提供できて嬉しいよ」
「でも」
彼女は質の違う微笑みを浮かべる。
「きっとアナタはその子に振られるわ」
「えー? なんで」
「初恋は実らないのよ」
「あっは、なるほど」
「振られたらまた遊びましょ」
彼女は気軽な感じで手を振って歩いて行ってしまった。うーん、手厳しい。千晶もだけど、どうして僕が振られる前提で話が進むんだ。謎すぎる。
「真さん」
中等部の制服を着て、樹クンは立っていた。わざわざ着替えたのか。真面目だねぇ。
「飲み物いらないの?」
「いいです、忙しいんで」
樹クンは硬い声で言った。
「単刀直入にお願いします」
「なるほど」
僕は足を組んで微笑む。
「じゃあ端的に言うね。あの子、華、僕にちょうだい」
樹クンは特に驚く様子はなかった。ただ、相変わらずの硬い声で「ダメです」とだけ呟いた。
「華は渡せません」
「……華が僕の方がいい、って言ったら?」
樹クンはほんの少し目を見開く。
「そんなこと、あるはずがありません」
「どーしてさー? 華の自由意志は?」
僕は突っかかる。
「華は恋しちゃいけないの?」
「相手が他の人間なら、俺は身を引きますが」
樹クンは淡々と言う。
「あなただけは、ダメです。あなたは破綻してる」
「破綻!」
僕は笑った。
「よく言われるよ!」
「理解してるなら、引いてください」
樹クンは真摯な目で言う。
「お願いします」
「やだ」
僕はあえて優美に微笑んでみせた。
「くれないなら、奪い取るだけだよ」
樹クンはただ僕をじっと見つめていた。僕は立ち上がる。一応宣戦布告は終わったし、おはなしおーわり。
「じゃあ僕行くね」
一方的に宣言して、僕はスタスタとカフェテリアを出た。
夏の空は青い。眩しくて真っ青。気を失いそうなくらいに。そこに、恐ろしいくらい白い入道雲が浮かんでいて、僕はなんだか寂しくなる。
華に会いたいと思う。
うん、会いたい。
誰かに会いたいなんて感情が僕にあるなんてねぇ。
そんなわけで華の塾帰りを待ち伏せした。暑い。時刻は夕方になりかかっているのに、セミはうるさいしアスファルトは目玉焼き焼けそうだし、ほんと夏って好きじゃないなぁ。
少しぼーっとしてしまっていただろうか、突然自分が日陰になって驚いた。
華が少し背伸びをして、日傘を僕に差しかけていた。
「何してるんですか」
「キミを待ってた」
「なぜ」
華はその綺麗な眉をひそめた。
「熱中症になりますよ」
「そうだね」
僕が微笑むと、華は苦虫を噛んだような顔をした。その顔さえ愛おしくて、やっぱり僕はキミが欲しいなぁとそう強く思うんだ。
0
お気に入りに追加
3,084
あなたにおすすめの小説
愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。
梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。
ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。
え?イザックの婚約者って私でした。よね…?
二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。
ええ、バッキバキに。
もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません
れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。
「…私、間違ってませんわね」
曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話
…だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている…
5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
婚約破棄された貧乏令嬢ですが、意外と有能なの知っていますか?~有能なので王子に求婚されちゃうかも!?~
榎夜
恋愛
「貧乏令嬢となんて誰が結婚するんだよ!」
そう言っていましたが、隣に他の令嬢を連れている時点でおかしいですわよね?
まぁ、私は貴方が居なくなったところで困りませんが.......貴方はどうなんでしょうね?
とある令嬢の勘違いに巻き込まれて、想いを寄せていた子息と婚約を解消することになったのですが、そこにも勘違いが潜んでいたようです
珠宮さくら
恋愛
ジュリア・レオミュールは、想いを寄せている子息と婚約したことを両親に聞いたはずが、その子息と婚約したと触れ回っている令嬢がいて混乱することになった。
令嬢の勘違いだと誰もが思っていたが、その勘違いの始まりが最近ではなかったことに気づいたのは、ジュリアだけだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる