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【高校編】分岐・相良仁

ピアス(side仁)

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 普通にチクった。華を閉じ込めたやつらの件。俺が怒るより、ご本人様降臨のほうが嫌だろうと思って。

「……ありがとうございました」

 鹿王院樹は眉間のシワをこれでもか、というほど深くして呟いた。

「あとはこちらで対処します」
「よろしくです」

 俺がにっこり笑うと、ほとんど同じ目線にある少年と目が合う。その目には困惑が浮かんでいた。

(?)

「……あなたは」
「はぁ」
「優秀な護衛だと思いますが」
「お褒めに預かりまして?」

 少年はまっすぐな瞳で俺を見つめる。

「華のことをどう思っているんです」
「護衛対象」

 即答すぎた?
 じっと少年を観察するけど、「そうですか」と返事があっただけだった。

「それでさ」

 イースターの翌日。第二社会準備室で、華は言う。

「謝りに来てくれたんだよ」
「来てくれた、ってさ」

 俺は華の耳たぶを氷で冷やしながら言った。それから消毒液でぬぐう。
 制服の白いブレザー(汚れが目立ちそうだよなっていつも思う)は脱いで、念のために肩にタオルをかけていた。多分大丈夫だけど。

「当たり前じゃん。お前、閉じ込められたんだぞ」
「でも怖くなかったもん」

 ふふ、と華は笑う。

「優秀な護衛さんがいるから、私には」
「……さいですか」

 お前の許婚にも言われたわ、とは言わない。

「そろそろかな」
「う、ちょっと待って心の準備が」
「こういうのは勢いなんだよ」
「ま、ね」
「ちなみにさ」

 俺はなんとなく気になってたことを聞く。

「前世はなんでピアス開けたの?」
「なんでだっけ? 普通におしゃれ?」
「あ、そ」
「なんでそんなこと?」
「なんでもない」

 いや、ほかの男が開けてたんならやだなぁって……、前世に嫉妬してどうする。

「さていきます」

 華が返事する前に、ばちん! とピアッサーのボタンを押した。ピアッサーには先が尖ったピアスが付いてて、それが耳たぶを貫通する仕組みなんだけど、まぁ痛いよね普通。

「……っ、た」

 華が苦しそうに眉をひそめる。

「……似合うじゃん」

 ファーストピアスはルビーにした。華の誕生石。まぁ安モンのピアッサーだから本物かわかんないし、そもそもすぐ外すんだけどさ、目立つといけないから。校則違反校則違反。

「そ?」
「うん」

 ふふ、と華は少し嬉しそうに言う。

「はい反対」
「早いよ!」
「勢い勢い」

 反対側も同じファーストピアス。ばちん、というピアッサーの音。
 やっぱり痛そうにしかめる表情は、どこか扇情的だ。

「……」
「なにその顔」
「なんでも? はい」

 透明の樹脂製のピアスを渡す。

「これに付け替えといて」

 穴が塞がらないように、しばらくはピアスを付けっ放しにしないといけない。

「……して?」
「は?」
「だめ?」

 華はピアスにそっと触れながら言った。

「思ったより痛すぎて」

 こんなに痛かったかなぁ、と華は言う。

「まぁ俺開けたことないから分かんないけど」
「そういやそうだったね」

 華は俺を見上げて笑った。

「仁もあけよ」
「え」
「開けてあげる」

 うふふ、と華は少し楽しそうに笑う。

「もうないのピアッサー」
「……もう一個だけあるけど」
「あけよあけよ」

 痛みで変なテンションになっているのか、華は嬉しそうだ。

「ちょっと待って俺もういい大人なんだけど」
「年齢関係ある?」
「いやぁ……」

 でもな、と思い直す。
 華にピアスを開けてもらう。一生消えない傷をつけてもらうなんて、それって幸せすぎないか?

「どっちにあける?」

 俺の逡巡なんか無視して、俺を見上げて華は言う。

「……、左」

 左耳のピアスは「誇りを持ってあなたを守る」だったっけな、意味。
 誇りもクソもないけど。ただ守るだけ。死ぬまで。

「冷やす?」
「いや、いいや」

 俺は肩をすくめた。こうなったら一気にやってくれ、と思う。
 椅子に座って「煮るなり焼くなり好きにしろ」と言うと、立ち上がって華は笑った。
 華が消毒だけしてくれた。すーすーして、くすぐったい。
 見上げると、結構真剣な顔つきをしていた。あんまり見られない顔なので良く見ておこう、と思って少し見つめる。

「……なによ」
「いやぁ?」

 にやりと笑うと、華はムッとした顔でばちん! とピアッサーのボタンを押した。

「いてててっ」
「にやにやしてるから」
「だからってさ」

 いきなりはないんじゃないの、いきなりは。

「あは、似合うじゃん」

 そして自分の耳に手をやる。

「お揃いだね」

 薄く笑う。初めて見る表情で、俺はぽかんとそれを眺めた。前世でも、現世でも、見たことのなかった表情だった。
 だけど、その表情はすぐ消える。

「……なによ?」
「いや、」

 俺は樹脂製のピアスを手に取り「こっちに代えてやるよ」と笑った。動揺を悟られたくなかった。

(なんだ、あのカオ)

 まるで恋してる人みたいな顔じゃん。
 心臓が早鐘を打ったみたいになってる。
 華はまた元の椅子に座り直す。

「痛くしないでね」
「……善処します」

 ファーストピアスを外すと、少し血が出たので拭う。ついでにもう一度消毒した。華の血。

「ごめん、自分でやるよ、やっぱり」

 血、付くよね、と申し訳なさそうな華に俺は首を振る。

「やらせて」
「でも」
「いいから」

 そっと柔らかな耳たぶを掴んで、樹脂製のピアスをいれた。

「いっ、た」
「ごめん」
「んー、大丈夫」

 さっきよりは、と華が俺を見上げる。

「こっちも」

 もう片耳からも、ファーストピアスを外す。ぽつり、と血が溢れて、華のシャツにつかないようにすぐに拭う。消毒もして、また樹脂製のピアスを入れた。華が痛みで、きゅっと眉を寄せる。

「ふ、」

 華の吐息が漏れた。痛みを我慢してる声。
 俺がそうさせていると思うと、なんて愛しい声と表情だろうと思う。俺ってSだったのか……?

「よし」
「ありがと」

 華は俺を見上げて笑った。

「仁はピアスそのままでいいの?」
「浮くかな、やっぱ」
「つけてあげる」

 華はあの笑い方をした。薄く笑う。なんていうか、中身相応の笑顔だと思う。子供の笑い方じゃない。

(期待しちゃうなー……)

 俺がそれを願っているから、そう見えるだけの微笑み、なのかもしれない。

「いいよ、それこそ血ぃ付くぞ」
「中学の時、あんたの血まみれになったことあったし」

 今更今更、と華が笑った。

「あー」

 鍋島誘拐事件の時だ。信者にナタでやられた傷、あの時、華が必死で止血しようとしてくれたらしい傷。

「……じゃあ」

 お願いします、とまた座る。華は少し嬉しそうに俺の耳に触れた。

「痛い?」
「そりゃ痛いよ」

 元軍人だろうがなんだろうが、痛いものは痛い。

「外すね」

 じきに、樹脂製のピアスを入れられる。微動だにしなかったら、華が「あれ」って顔をしてオモシロイ。

「痛くないの?」
「痛いの分かってりゃ大丈夫だよ」
「えー、我慢強い」

 華が少し見直したような声で言う。
 それから俺は、机の影にこっそり置いていた紙袋を華に差し出した。

「え、なにこれ」
「ピアス。休みの日とかはこっちしてね」
「えっえっえ、ほんとにくれるの!? ごめん、ほんと、申し訳ないよ」

 華は眉を下げた。

「こんなに準備とかしてくれたのに」
「そもそも、俺がお前にピアスあげたかっただけだから」
「でもなぁ」
「それこそ返されても困るぞ」
「うー、……いつかお礼する」
「楽しみにしてるよ」

 お礼なんかいらない。
 そう思いながら、俺はそっと自分のピアスに手を添えた。
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