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分岐・鍋島真
紅茶とコーヒー
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プラネタリウムのロビーは閑散としていた。ひんやりとした空調が心地よい。
「夏休みなのに」
「科学館のほうなら、人いるんじゃないかな」
こっちはプラネタリウムだけだから、と真さんは穏やかに言った。
「来たことあるんですか?」
「……たまにね」
真さんは勝手知ったる、って感じで、少し古びた赤い絨毯の上をさくさく歩いていく。手は相変わらず恋人繋ぎ(?)のままで、私は引っ張られて歩く。
エレベーターホールのすぐ横に、小さな喫茶室が併設されていた。
「まぁそこそこだよ、ここ」
「……上からですね」
「褒めてるのに」
真さんは肩をすくめた。
喫茶室は古き良き、って感じのどこかノスタルジックな雰囲気の、こじんまりとしたお店だった。磨き込まれた木製のカウンターに男の人がひとり。窓の外は相変わらずの酷暑。きっと蝉もうるさい。
テーブルにつくと、カウンターにいた男のひと、多分店長さんっぽい人が少し驚いたような顔をして、すぐにお水を持ってきてくれた。
会釈すると、店長さんは「ご注文お決まりになったらお呼びください」とメニューをおいてカウンターに戻って行った。
「コーヒーは美味しい」
真さんが、ぽつりと言った。
(お、褒めた)
私はほんの少し驚いてしまう。
「紅茶はそうでもない」
「……じゃあ紅茶にします」
真さんは片眉をあげて、私を見た。
「君って天邪鬼?」
「すみませーん、アイスティーひとつ」
私が無視して言うと、真さんは呆れたような顔をした。なんか、今日は表情豊かだこの人。
「てか注文しないんですか」
「僕、コーヒーしか頼まないから」
真さんは言う。
「そんなにきてるんですか、ここ」
「たまにね」
また同じ返事。たまに、ね。
しばらくして、私の前にアイスティー、真さんの前にホットコーヒーが運ばれてきた。
さっそく飲んでみる。美味しい。喉が渇いてたのもあるかもだけど。
「ふつうに美味しいじゃないですか!」
真さんは「ふーん」って顔をして、私のグラスを勝手に手に取った。何の躊躇もなく、ストローに口をつけられる。
(む、この人あれだ、女子にこれして嫌がられたことないんだ)
せめて私は嫌がってやろう、と思い切り眉をしかめたけど、真さんは関知しませんって顔。
「じゃあこれ茶葉当てて」
「……アッサム!」
「なるほど」
真さんはにっこりと笑った。
「じゃあ美味しく感じるかな」
「なんですかその含みのある言い方!」
「なんでも~? さて」
真さんはぱん、と軽く手を叩いた。
「じゃあ見せて」
「……うう、ハイ」
私はカバンから取り出したプリント数枚を渡す。模試の結果。
真さんは薄い眼鏡を取り出した。
「え、メガネなんですか」
「少しね」
銀フレームの眼鏡に、真さんは少し触れた。
「ちょっと近視」
「へぇ」
「割と女の子に好評」
「……さいですか」
どうでもいい情報を得てしまった。
まぁ似合うけども。
「地学が全体的に苦手だね」
「うう、はい、基礎は割と大丈夫だと思うんですけど」
「は?」
真さんは冷たい声で笑うように言った。
「基礎ができてないから応用できてないんじゃん」
「う」
「基礎完璧だったら応用いくらでも効くから」
「……はい」
耳が痛い。うう、その通りでございます……。
「まぁギリ間に合うよ、中二の夏だから」
「そ、そうなんですか?」
「中二の夏がラインだね、ここ超えちゃうと基礎のやり直しがきつくなる。小学生からやるからね」
「え、え、小学生!?」
私、成績いいほうなんだけど……。
(まさか小学生理科からやり直しを命じられるとは)
びっくりしてみていると、真さんは静かに笑った。
「できないの?」
「な、なにがですか?」
「それとも怖い?」
真さんは優雅に笑う。
「自分が小学校理科もきちんと理解してなかったことを思い知らされるのが」
「怖くなんかありませんっ」
私はぱん、とテーブルを叩く。
「それくらいの度量はあるつもりですっ」
大人ですし!?
ふんす、と鼻息荒く言うと、真さんはくすくすと笑った。
「いいね、その調子で頼むよ」
私は赤面した。どうやらノせられたらしい。しかも簡単に。
(うう、高校生に手のひらで転がされている……)
「このあたりは中3だよね?」
「あ、はい、塾ではもうやってます」
「基本もユルユルなのに先取りしすぎてもね~」
真さんは鼻で笑った。うう、なにも言えない……。
「まぁいいや。地学全般教えるよ」
「え、あ、ありがとう、ございます……?」
私はぱちぱちと瞬きをして言った。
「なんで親切にしてくれるんですか?」
「え、なに急に」
「悪巧みしてます?」
「してないって」
真さんは綺麗に笑って、コーヒーを飲んだ。綺麗すぎて同じ人間だと時々思えない。
(でもさっきの大爆笑は、人間ぽかった)
ちゃんと血が通ってる感じがした。
「まぁ、……勉強?」
「勉強?」
「観察というか」
「観察、ですか?」
「ふふ、そうだ、こうしよう。3対7の法則かな」
「なんですか、それ?」
「インプット3に対してアウトプット7が一番勉強の定着率がいいんだって、さ」
「へぇ?」
私は首を傾げた。
「インプットはそれこそ勉強、教科書読んだり暗記したりね。アウトプットは問題を解く、声に出す、なんでもいいんだけど」
真さんは私を指差した。指先まで優美。男の人なのに。
「君に教えることが、僕の勉強になる」
「……中学生とかの範囲でも、ですか?」
「今さっき言ったよね? 基礎が大事なんだって」
「……ハイ」
真さんレベルで中学の範囲復習してるなら、私はほんと小学生からやんなきゃダメだ。
私は気を引き締め直して、「よろしくお願いします」と素直に頭を下げた。
「夏休みなのに」
「科学館のほうなら、人いるんじゃないかな」
こっちはプラネタリウムだけだから、と真さんは穏やかに言った。
「来たことあるんですか?」
「……たまにね」
真さんは勝手知ったる、って感じで、少し古びた赤い絨毯の上をさくさく歩いていく。手は相変わらず恋人繋ぎ(?)のままで、私は引っ張られて歩く。
エレベーターホールのすぐ横に、小さな喫茶室が併設されていた。
「まぁそこそこだよ、ここ」
「……上からですね」
「褒めてるのに」
真さんは肩をすくめた。
喫茶室は古き良き、って感じのどこかノスタルジックな雰囲気の、こじんまりとしたお店だった。磨き込まれた木製のカウンターに男の人がひとり。窓の外は相変わらずの酷暑。きっと蝉もうるさい。
テーブルにつくと、カウンターにいた男のひと、多分店長さんっぽい人が少し驚いたような顔をして、すぐにお水を持ってきてくれた。
会釈すると、店長さんは「ご注文お決まりになったらお呼びください」とメニューをおいてカウンターに戻って行った。
「コーヒーは美味しい」
真さんが、ぽつりと言った。
(お、褒めた)
私はほんの少し驚いてしまう。
「紅茶はそうでもない」
「……じゃあ紅茶にします」
真さんは片眉をあげて、私を見た。
「君って天邪鬼?」
「すみませーん、アイスティーひとつ」
私が無視して言うと、真さんは呆れたような顔をした。なんか、今日は表情豊かだこの人。
「てか注文しないんですか」
「僕、コーヒーしか頼まないから」
真さんは言う。
「そんなにきてるんですか、ここ」
「たまにね」
また同じ返事。たまに、ね。
しばらくして、私の前にアイスティー、真さんの前にホットコーヒーが運ばれてきた。
さっそく飲んでみる。美味しい。喉が渇いてたのもあるかもだけど。
「ふつうに美味しいじゃないですか!」
真さんは「ふーん」って顔をして、私のグラスを勝手に手に取った。何の躊躇もなく、ストローに口をつけられる。
(む、この人あれだ、女子にこれして嫌がられたことないんだ)
せめて私は嫌がってやろう、と思い切り眉をしかめたけど、真さんは関知しませんって顔。
「じゃあこれ茶葉当てて」
「……アッサム!」
「なるほど」
真さんはにっこりと笑った。
「じゃあ美味しく感じるかな」
「なんですかその含みのある言い方!」
「なんでも~? さて」
真さんはぱん、と軽く手を叩いた。
「じゃあ見せて」
「……うう、ハイ」
私はカバンから取り出したプリント数枚を渡す。模試の結果。
真さんは薄い眼鏡を取り出した。
「え、メガネなんですか」
「少しね」
銀フレームの眼鏡に、真さんは少し触れた。
「ちょっと近視」
「へぇ」
「割と女の子に好評」
「……さいですか」
どうでもいい情報を得てしまった。
まぁ似合うけども。
「地学が全体的に苦手だね」
「うう、はい、基礎は割と大丈夫だと思うんですけど」
「は?」
真さんは冷たい声で笑うように言った。
「基礎ができてないから応用できてないんじゃん」
「う」
「基礎完璧だったら応用いくらでも効くから」
「……はい」
耳が痛い。うう、その通りでございます……。
「まぁギリ間に合うよ、中二の夏だから」
「そ、そうなんですか?」
「中二の夏がラインだね、ここ超えちゃうと基礎のやり直しがきつくなる。小学生からやるからね」
「え、え、小学生!?」
私、成績いいほうなんだけど……。
(まさか小学生理科からやり直しを命じられるとは)
びっくりしてみていると、真さんは静かに笑った。
「できないの?」
「な、なにがですか?」
「それとも怖い?」
真さんは優雅に笑う。
「自分が小学校理科もきちんと理解してなかったことを思い知らされるのが」
「怖くなんかありませんっ」
私はぱん、とテーブルを叩く。
「それくらいの度量はあるつもりですっ」
大人ですし!?
ふんす、と鼻息荒く言うと、真さんはくすくすと笑った。
「いいね、その調子で頼むよ」
私は赤面した。どうやらノせられたらしい。しかも簡単に。
(うう、高校生に手のひらで転がされている……)
「このあたりは中3だよね?」
「あ、はい、塾ではもうやってます」
「基本もユルユルなのに先取りしすぎてもね~」
真さんは鼻で笑った。うう、なにも言えない……。
「まぁいいや。地学全般教えるよ」
「え、あ、ありがとう、ございます……?」
私はぱちぱちと瞬きをして言った。
「なんで親切にしてくれるんですか?」
「え、なに急に」
「悪巧みしてます?」
「してないって」
真さんは綺麗に笑って、コーヒーを飲んだ。綺麗すぎて同じ人間だと時々思えない。
(でもさっきの大爆笑は、人間ぽかった)
ちゃんと血が通ってる感じがした。
「まぁ、……勉強?」
「勉強?」
「観察というか」
「観察、ですか?」
「ふふ、そうだ、こうしよう。3対7の法則かな」
「なんですか、それ?」
「インプット3に対してアウトプット7が一番勉強の定着率がいいんだって、さ」
「へぇ?」
私は首を傾げた。
「インプットはそれこそ勉強、教科書読んだり暗記したりね。アウトプットは問題を解く、声に出す、なんでもいいんだけど」
真さんは私を指差した。指先まで優美。男の人なのに。
「君に教えることが、僕の勉強になる」
「……中学生とかの範囲でも、ですか?」
「今さっき言ったよね? 基礎が大事なんだって」
「……ハイ」
真さんレベルで中学の範囲復習してるなら、私はほんと小学生からやんなきゃダメだ。
私は気を引き締め直して、「よろしくお願いします」と素直に頭を下げた。
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