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【高校編】分岐・鹿王院樹

Shall we dance?

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「だーめだよハナ、買ってもらわなきゃ」
「え、なんで」

 桜もすっかり散ったとある土曜日、圭くんとイースターの話になった。ドレスは借りるって話をすると、圭くんに怒られた。
 庭の四阿だ。鯉のいる池が見える。圭くんが写生しているのを見つけて、オヤツ片手に寄っていったのだ。

「ていうか、イツキもそろそろ買いに行こうって言うとおもうよ。ハナが借りるつもりなんて思ってない」
「でももったいなくない?」

 ドレスなんか滅多に着ないし。てか何でもいいや、その場から浮いてなきゃ、なんて思っちゃう。

「これからは着る機会増えるとおもう」
「なんで?」

 なんで、ばっかりだなぁ。
 圭くんは私の鼻をつまんだ。

「そもそもハナがドレスなんか借りたら、鹿王院は許婚にドレスも買ってやらないのか、って言われちゃう」
「え」

 そうなのか……。
 私はぱちくりと圭くんを見つめた。

「それにハナ、そろそろイツキがお仕事で出かけてるパーティ、一緒にって誘われると思うよ。その、」

 圭くんはほんの少し言い淀んだ。

「パートナーとして」
「……パートナー」

 私は何度か瞬きをする。パートナー。将来の、伴侶。

(少なくとも、今の時点では、私はそう扱われるということ)

 目を伏せた私に、圭くんは不思議そうに手を重ねた。

「ハナ?」
「あ、ごめん」

 微笑んで圭くんを見あげた。…….そう、「見上げた」。圭くんは私の背を越してしまった。

(ほんと、一瞬だったよなぁ)

 苦笑してしまう。可愛い可愛い弟だっていうのは変わらないんだけど。

「ねぇハナ、なにが不安なの?」
「なにが、って」
「イツキ、何か不安にさせてるの? ハナのこと?」
「そんなことないよ」

 私はかぶりを振った。

「大事にされてるな、って思うよ」
「じゃあなんでそんな顔するの?」
「……、例えば」

 私は口を開いた。

「例えば、樹くんに好きな人ができたらどうしよ、とかは思うかな。身の振り方とか」
「そんなこと心配してたの」

 圭くんは呆れたように言った。

「そんなこと心配しなくて大丈夫、ハナ。ありえないから」
「そんなこと分からない」

 私はむ、と口を尖らせた。

「ヒトの感情なんか一番分からない」

 中でも恋なんか一瞬で落ちちゃうと思う。

「そうかも、だけど……でもハナ、仮に例えそうなったとしても、ハナが不安になることは何もないんだよ。ハナが思ってる以上に、ハナの立場は軽んじられるものじゃない」

 圭くんは淡々と言う。

「それに、もしそうなったら」
「なったら?」
「……秘密」

 まだね、と言って圭くんは微笑んだ。綺麗な翡翠の瞳。
 私は首を傾げた。
 しばらく圭くんが絵を描くのを眺めながらカリントウを食べた。銀座の老舗のカリントウ。最近のお気に入りです。銀座でしか買えないから買いだめしてしまう……。甘すぎないからいくらでも食べられちゃう。

「食べ過ぎじゃない?」

 圭くんはスケッチ帳から目を離さずに言った。

「湿気たら美味しくないもーん」

 言い訳と一緒に立ち上がった。怒られる前に退散だ。カリントウの袋を抱えて家に入る。部屋で宿題をしつつ、(カリントウも食べつつ)つい考えるのはドレスのこと。

(今月末の月曜かあ)

 そんなに時間はない。
 でも、樹くんが買ってくれようとくれまいと、どっちにしろレンタルはダメっぽい。周りから樹くんがそう見られるのはイヤだし。

(……なんでもいいって訳じゃないみたいだからなぁ)

 セミアフタヌーンドレス準拠、らしい。厳密ではないみたいだけど、袖アリで、丈は膝からミモレくらい。

(私一人で決めるのは危険だなぁ)

 レンタルならその中から選べば無難なのになぁ……。

(まぁゼータクな悩みだなぁ)

 まぁ場から浮かなきゃいいよね。とりあえずデパートのお姉さんにでも聞けばいっか、と思っているとドアがノックされた。

「はい?」
「華」

 樹くんの声がして、私は「どーぞ」と椅子から立ち上がった。朝から部活に行っていたけど、今日は半日練習だったみたいです。

「どうしたの?」
「今から大丈夫か?」
「なにが?」
「遅くなったがイースターのドレスをそろそろ買いにいこう」

 樹くんは笑った。

「すまない、新学期と部活でバタバタしていてなかなか時間が」
「ええと、うん、大丈夫」

 やっぱり買う前提だったのか、ていうか。

(パーティーのパートナーはもしかして、私、選んでもらえてるのでしょうか)

 じっと樹くんを見上げた。樹くんは不思議そうに私を見た。

(うーん、もう決まってたりしたら恥ずかしいな、聞くの)

 ダメ元だ。うん。

「樹くん、パーティーの、ね」

 樹くんは不思議そうに瞬きをして、それから「はっ」という顔をした。

「済まない、その、」

(あ、他にいるんだ)

 中等部から毎回ペアの子とかいるのかもだし。

「あ、いいの分かってる、単に一応聞こうかなって思っただけで」
「そうか」

 樹くんは微笑んだ。

「華はダンスは」
「踊れるわけないじゃん」

 見る専で行くつもり、っていうかこのままならサボる気満々だ。

「少し練習しよう」
「え、いいよう。私多分足踏むし」

 ていうか、エスカレーター組は皆踊れるらしいので驚愕だ。

「スローワルツくらいなら大丈夫」
「えー」
「10くらいステップ覚えたらなんとか」
「じゅうっ!」

 無理だー。いや、できるかもなんだけど(悪役令嬢スペック)やる気がない。だってダンスパーティーなんか参加して、樹くんが別の人とキャッキャしてるの見てどうすんの私。
 暗い顔をしたのが気になったのか、樹くんは私の頬に手を当てた。

「華?」
「私、サボる」
「む」
「相手もいないし」
「?」
「? どうしたの?」
「華は俺のパートナーだろう」
「ん?」

 首を傾げた。どっかから話がズレてたっぽいぞ、どうやら。

「ごめん樹くん、樹くん私とパートナー?」
「そのつもりだ、最初から」

 不思議そうな樹くん。

「や、ごめん、その」

 私は赤面しちゃうのを感じた。

「……樹くん、他にダンスのパートナーの人、いるのかなって」

 樹くんはほんの少し眉を寄せて、それから「ふう、」と息をついた。

(あ、呆れられた?)

 私は俯いた。許婚だから当然なのかな、一緒なの。

「華」

 樹くんが両手で私の頬を包み込む。

「すまない、俺は本当に言葉が足りない」
「樹くん」
「配慮も足りない」
「や、ごめん、私」
「はっきり言おう。俺は華と参加したい。最初に謝ったのも、誘っていなかったことに、初めて気づいただけで」

 樹くんは「華がパートナーなのは、当たり前だと思っていたから」とほんの少し小さい声で言う。ちょっと申し訳なさそう。

「それに、さっきのため息も自分に対して呆れているだけだ」
「?」
「俺は本当に成長しないなぁ」
「そんなこと、」
「華」

 樹くんは片膝をついて、私の手を取った。

「俺のパートナーで参加してもらえないだろうか」
「え、と、その」
「俺と踊ってください」

 私は取られた手を赤くなりながら見つめる。なんだろこの展開!

「は、い」

 樹くんはじっと私を見つめて、何も言わず立ち上がった。それから少しためらった後に、私を抱きしめた。

「不安にさせて、済まなかった」
「……うん」
「久々にちゃんと参加するからな、楽しみだ」
「久々?」

 私は樹くんを見上げた。

「うむ。中等部は全部サボった」

 部活のやつらと、と樹くんは淡々と言う。

「え、さぼり?」
「幼稚園から毎年やっているからな、卵探し」

 卵探して。言い方。

「さすがに飽きた」
「今年はいいの?」

 樹くんは、ふ、と笑う。

「華と一緒だから」
「え」
「楽しみになってきた」

 さらり、と髪を梳かれた。

「そもそもあれはなぁ、中等部まではともかく、一昔前まで高等部では半分お見合いの要素があったんだ」
「お見合いぃ?」
「今でこそその色は薄まったがな、昔の話だ」

 樹くんはそう言って私の手を取った。

「何色のドレスがいい、華」

 どんな色でもデザインでも似合うだろうが、なんて言って微笑んでくれる。

「ええと」

 私は答えに詰まった。

(どうしよう)

 急に楽しみになってきてしまった。自分でも単純だなぁと思うけど、急に色々迷いが出てくる。

(釣り合ってない、って周りの人に思われるのも嫌だし)

 いや、もちろん釣り合ってないんだけどね。それでも、少しでもちゃんとしてみせたいってこと。
 でもそれより何より、だ。

(私、樹くんに綺麗だなって思ってもらいたい)

 うん、恋する乙女(?)はいつだってバカみたいなんです。
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