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【高校編】分岐・鹿王院樹

"ワガママ"な許婚の噂(side???)

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 12組において、特にエスカレーター組じゃなくてスポーツ推薦で高校から入ってきたオレたちにとって、鹿王院樹は特に目を惹く存在だった。
 まぁ単に見た目が整っているとか、背が高い、とかもあるけど(とは言え、もっとデカイやつもクラスにいる)入学式で美少女お姫様抱っこしてたりその子が許婚だったり、そもそもが超お坊ちゃんだったりと、まぁとにかく話題性に事欠かないヤツだったのだ。

 女子からの目線も熱かった。

「えー、かっこいい」
「同じクラスラッキーだね」

 同時に鹿王院に「決まった相手」がいるのが不満みたいではあった。
 鹿王院のいないところで、決まって女子たちはヒソヒソとそんな話をしていた。

「許婚とかってさぁ、オヤとかに勝手に決められちゃうの?」
「かわいそー」
「恋愛とかできないじゃんね」

 ひそひそ、と噂話。
 まぁたしかに、とオレも最初は思った。
 美少女許婚は羨ましいけど、あれだけイケメンだったらもっと遊びたいとか色々あんじゃないの、と。
 それに、こんな噂もあった。

「あの子、かなりワガママだって」
「あ、鹿王院君本人が言ってって噂聞いた」
「それそれ、あいつはワガママだからみたいに言ってたんだって」
「やっぱりねー、目つきとかキツそうだし」
「性格きつそう」
「わかるー」
「鹿王院くんカワイソー」

 勝手な憶測が尾ひれをつけていってるよな、なんてオレは側から見る分には思ってた。
 まぁそんな女子からの熱視線に気づいているのかいないのか、当の鹿王院は日々を淡々とこなしていた。
 ある授業でグループ学習になった時、オレはなんとなく、同じ班になった鹿王院に話しかけた。

「許婚、可愛いよな」

 鹿王院はほんの少し、眉を寄せた。それから「そうだな」と答えた。

「ハナは可愛い」
「ハナちゃんて言うのか」

 無言で鹿王院はオレを見た。その目がなんとなく不機嫌そうで、オレは首をかしげる。

「ええと……あ」

 オレ鈍いな。
 苦笑いして手を振る。

「鹿王院、世間話、世間話。これ。お前の許婚に何かしようとか思ってないから」

 鹿王院は少し驚いたような顔で、それから眉を下げて「すまん」と笑った。

「自分でも気にしすぎなのは了解しているのだが」
「まぁあれだけ可愛かったらな~」

 話しながらオレは思う。なぁんだ、「恋愛できない」とかないじゃんな。コイツあの子に恋してるんだから。

「なにハナちゃん?」

 鹿王院は紙に「設楽華」と書いてくれた。

「華ちゃんか、名は体を表すってやつだな」
「そうだろう」

 少し自慢げな鹿王院。なんだ、意外に可愛いやつだな。

「あ、でもワガママとか噂聞いたけど」
「そうなのか? まぁワガママだろうか、そんなことを言うこともあるが」
「へぇ」

 当たる噂話もあるもんだな、とオレは思った。ワガママなのか。まぁあれだけ美人なら何でも許せるか。でもちょっと興味あるなぁ。

「例えば?」
「そうだな」

 ふむ、と鹿王院は考えるそぶりをした。というか、結構喋るなこいつ。無愛想なヤツかと勝手に思っていたけど。

「俺が気に入って良く着ているジャージがあるんだが」
「ジャージ?」

 うむ、と鹿王院は頷いた。

「3月に選抜に選ばれて、合宿に参加していたのだが」
「あー、そういやお前って代表にも呼ばれてるんだよな」

 すげえな、と言うと苦笑された。

「ジュニアオリンピックの金メダリストに言われたくはないな」
「お、知っててくれてた?」

 マイナー競技だから、知られてないかと思ってたけど。

「クラスの人間がどの競技をしているかくらいは把握している。特殊なクラスだしな」
「まぁな」

 さっきからこちらをチラチラ見ている女子達だって(華ちゃんを性格悪いに違いない、って噂をしてた子たち)陸上にフィギュアスケートにバレーボール、それぞれ有力な選手ばかりだ。

「まぁそれで、俺は一週間くらい家を空けたんだ」
「てか、その言い方ってさ……一緒に住んでるって噂、まじ?」
「それは本当だ。華の保護者は今アメリカにいて」
「あー」

 そういうことか、とオレは思った。ド庶民だから良く分からないけど、いずれ結婚するならもう一緒に暮らしちゃえってこと? あー、羨ましいな、それ。好きな子といつも一緒にいられるなんて。
 オレの表情をどう思ったのか、鹿王院はまた苦笑いした。

「俺たちはキスもまだだぞ」
「は?」

 オレはぽかんと見つめた。うっそ至近距離に好きな子いて?

「手を出したのがバレたら華は多分アメリカに連れて行かれる」
「うっそ、キツイなそれ」
「生殺しだ。しかも華は分かってるのか分かってないのか、……あれは分かってないな、平気で部屋に来る。風呂上がりとかに」
「うーわ」
「くっついて来られると可愛いのだが、……色々と困る。だが少し距離を取ろうとしたりすると怒ったり拗ねたりするからな、うむ、その辺はワガママだ」

 淡々と言うけど、うん、ただのノロケですね。まぁ大変そうだけど、高校生男子としては。

「つか、ジャージはどうなったんだ」

 脱線してた。

「ああ、それでな。合宿前日にそのジャージを持っていくなと言い出して」
「?」

 オレは首を傾げた。ジャージ?

「とにかく置いていけの一点張りで、まぁ仕方なく置いていったのだが」

 鹿王院の口元がほんの少し、緩んだ。俺の許婚はメチャクチャ可愛いんだって自慢したくてしょうがない感じ。

「帰宅して祖母から聞いたところによると、家にいる間ずっと華が着ていたらしい」
「へぇ?」

 オレは笑った。

「華ちゃん、鹿王院いなくて寂しかったんだな」

 鹿王院がいつも着ているジャージで寂しさを紛らわせていたんだろう。ぶかぶかだったろうに。

「本人はバレてないと思っているらしいんだがな」

 ワガママだろう? と鹿王院は笑って立ち上がった。

「そろそろこれを提出してこよう」

 課題のプリントだ。すっかり忘れていた。

「あ、すまん」
「構わん」

 鹿王院はプリント片手に、さっさと教卓に向かっていった。

(つか、ワガママって)

 単なるノロケじゃないですか。
 ご馳走さまです。
 甘いケーキを食べさせられたような気持ちでふと女子達を見ると、少ししょげていた。まぁさすがにアレ聞いちゃったらね、チャンスないの分かるよね、なんて考えてたら後ろから肩を叩かれた。

「?」
「ノロケ聞きおつかれ。あいつ華ちゃんの話ずうっとしてるからな」

 苦笑してるのは、鹿王院と確か幼稚園から同じとかいう男子だ。サッカー部。

「え、そうなの」
「小学校の頃からだぞ。ずっとだぞ」

 そして笑う。

「オレ以外にノロケ聞き要員が出来て嬉しいわ、よろしくな」
「え、うそ」

 なんだか良く分からない要員にされてしまった。

「まぁいっか、オレもノロケ返せば」
「え、お前彼女いんの!?」
「他校だけど」
「裏切り者!」

 いないなんて一言も言ってないのに、裏切り者にされてしまった。
 正直、青百合なんて馴染めるかなとか不安だったけど、まぁ少なくともクラスメイトは鹿王院始め、案外取っ付きやすそうな感じだし、高校生活、ちょっと楽しみになってきたな、なんて思ってオレは笑った。
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