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分岐・山ノ内瑛

"そっか"

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 驚いて女の子たちを見つめる私の横にアキラくんがいるのを見て、千晶ちゃんは少し驚いた顔をしてから、小さい声で言った。

「この子たち、……半分くらい洗脳されてるみたいなの」

 疲れた声で続ける。

「一体どうやったのかは、分からないけど……そうだ、大変なの!」

 千晶ちゃんは私を見た後、真さんと仁の方を見て「石宮さんが!」と少し大きな声で言った。

「石宮さん、殺されちゃうかも!」
「殺される?」

 仁が反応した。

「穏やかじゃないなぁ。どういうこと?」
「さっきまで、石宮さんもここにいたんですけど」

 千晶ちゃんは仁に言う。真さんは石宮さんの安否には興味があるのかないのか、スマホを耳に当てて通話したままだ。

「信者の人たちが来て、……あの子を無理やり連れて行ったんです。生け贄に、するんだって」
「瑠璃様は尊い犠牲におなりになるのです!」

 さめざめと泣いていた女の子のひとりが叫ぶ。

「瑠璃様の血がなくては、教祖様はイエス様をお産みになれないから!」
「ちょーっと意味は分からへんねんけど」

 アキラくんが言う。

「どこ連れて行かれよったん、そいつ」
「……多分、教会。そんなことを言ってたから」
「ほな、華はここにおり」

 アキラくんは笑って言った。

「俺とセンセで見てくるわ。すぐケーサツ来るらしいし、ここの方が安全やろ」
「え、」

 私はアキラくんを見上げる。

「ダメだよ、そんな危ない」
「危ないから連れて行きたくないねんけど」
「ふーたーりーとーもー、ダメに決まってんだろ」

 仁の呆れ声。

「ここで待機っ」
「でも仁、石宮さん殺されちゃうかもなんだよ!?」
「お前の安全が最優先」

 仁がそう言い切った時、つんざくような金切り声が、廊下の窓の外から響いた。

「なに!?」

 部屋を出て、廊下の窓にかけよる。見おろすと、教会の扉が開いている。眼下を石宮さんが数人の男の人に追いかけられながら泣き叫んでいた。

「石宮さんっ」

 思わず叫ぶと、信者の男がこちらに気づいた。

「なぜそこにいる!?」
「あ」

 あーもう、と仁はおデコに手を当てた。

「こーなりゃ破れかぶれだ。あの子助けるぞ」

 仁が私の手を取って走りだそうとすると、その繋いだ部分をアキラくんにチョップされた。

「えんがちょー」
「なんだよ」
「華は俺とや」

 アキラくんが私と手を繋ぎ直す。

「なっ、華」

 にこり、と笑われてつられて笑い返す。あは、ほんとマイペース。

「そんな場合じゃ」
「知らんわ」

 つーん、とアキラくんは仁から顔をそむける。

「あーもう。まぁいいや、遅れないで……鍋島さんも一緒の方がいいだろう、その子たちは大丈夫だと思うけど」
「なんで?」

 私が聞くと仁は言った。

「その子たちは逃げるなんて考えてないでしょ、あいつらも。何かするとかはないと思うよ」
「そっか。……千晶ちゃん!」
「う、ん」

 千晶ちゃんは後ろ髪を引かれる表情をしながらも私の手を取る。私たちは走り出した。階段を駆け下りる。
 一階に降りた時、建物のエントランスに石宮さんが走りこんできた。

「ひ、ひぃ、ひぃっ、た、たすけて」
「やぁだよお」

 真さんがスッと前に出た。

「ま、真さんっ! る、瑠璃を助けに来てくれたんですねっ」

 石宮さんは両手を組み、うるうる、と真さんを見上げた。

「ちがうよ?」

 真さんは笑った。綺麗な口角の上げ方だった。笑顔のお手本、みたいな。

「君を"断罪"しにきたんだよ」
「だんざい?」

 石宮さんはきょとん、と首を傾げた。まるで初めて聞いた言葉みたいに。

「そう、断罪」
「だんざい、……え? 断罪?」
「いたぞ!」

 呆然としている石宮さんの腕を、建物に飛び込んできた男が掴む。

「どーぞどーぞ、何が何だかわかんないけど、その子連れてって。うちの千晶は返してもらいます」

 真さんは千晶ちゃんを抱き寄せた。

「よくもまぁ、可愛いかわいーい、僕の千晶に手を出してくれたよね。死ぬ前に身の程が知れて良かったねぇ」
「お、お兄様!?」

 千晶ちゃんは石宮さんへ手を伸ばした。

「その子を離しなさい!」
「ダメよ」

 そう言いながら現れたのは、1人の女性。綺麗な長い黒髪に、赤い服、青いショールを羽織っていた。

「……あの女が教祖」

 千晶ちゃんがぼそっ、と言う。

「諦めなさい! もう警察がきます!」
「そうね。知ってるわ。ふふ、警察が来る前に、羊を神に捧げなくては。どうせ捕まるのなら、せめて生贄を」
「……は!?」
「あの子の血さえ飲めればいい!」

 あはははは、と女は笑った。

「そうすれば、たとえ監獄の中にいようと、わたしは、わたしは」

 ゾクリと肌が粟立つ。私は思わずアキラくんの手を握りしめた。アキラくんはぎゅう、と握り返してくれた。少しだけ安心する。

「あー、一個ええ? オバハン」
「おばっ」

 女はこれでもか、というくらいに目を見開いてアキラくんをにらんだ。アキラくんは飄々と言葉を続ける。

「あんなぁ、ちょっと俺には話が見えてないねんけどな」
「ふ、……そうね、蒙昧な愚民には分からないでしょうね」
「モーマイもグミンも知らんわ。けど一個だけ分かることがあんねん」
「なによ」
「後ろの人たち、みんな意識ないで」

 アキラくんはニヤリと笑って顎で女の背後を指した。

「……は?」

 女が振り返ると、そこには数人の信者が倒れていた。

(護衛だのボディーガードだの言っても……なんか信じられなかったけど)

 これくらい当然、って顔で仁は笑った。ほんとにあっという間にのしてしまったのだ。足元には石宮さんが呆然と座り込んでいる。

「あ、あの」

 震える声で石宮さんは言った。真さんだけを見つめている。

「る、瑠璃はヒロインですよ? 断罪されるべきは、そ、そこの、鍋島千晶さん、と、設楽華さん、で」

 震える手で、千晶ちゃんと私を順番に指差す。

「な、なんで、瑠璃の、こと、断罪だなん、て」

 真さんは必死な石宮さんの方を見さえもしなかった。ただ、千晶ちゃんの全身をペタペタと触っている。

「うん、怪我はないみたいだね」
「ちょ、やめてくださいお兄様っ」
「病院で検査しなくちゃ」
「その必要はっ」

 兄妹の会話は「あああああ!」という教祖の女の声で遮られた。

「なんで! なんで邪魔をする! このままだとハルマゲドンが来るというのに! 邪教の輩め!」

 ふぅふぅと息荒く言う女がフラフラと近づいてくる。アキラくんが私の前に立ってくれて、でもその前に仁が彼女を押さえつけた。

「あんまり女性に手荒なことはしたくないんですけど」
「う、うふふ、うふ、うふふ、さぁ首を切っておしまい!」

 女が叫ぶ。裏返った、耳にとても不快な声。私は仁に叫んだ。

「仁っ、うしろっ」
「チッ」

 仁は私の声の前に振り向いていた。石宮さんが、どこかに隠れていたのだろうか、突然現れた男に髪の毛を掴まれて無理やり立ち上がらせられている。男の手には、鉈のようなものが握られていた。

「かしこまりました、教祖様」
「、野郎」

 仁が教祖を離し、男へと向かう。男は石宮さんから手を離して、鉈を振りかざし仁に斬りかかろうとする。
 仁はすうっとそれを避けた。動きが分かってたみたいに。そして男の腕を捻り上げて、そのまま嫌な音がするくらいそれを続けた。ぼきり、と音がして男はくぐもった声で唸る。

「よく時間を稼いでくれました!」

 女は引きつった笑みを浮かべながら、石宮さんに飛びついた。

「や、やぁっ、なんなんですかっ」
「怖がることはありません」

 女はそう言いながら、小さなナイフを右手に握っていた。

「血さえ飲めればいいのだから」

 妖艶と言ってもいいくらいの表情で、女は言う。そして無理矢理、石宮さんの頭を押して首を大きく露わにさせた。

(なにする気!?)

 血がどうの、とか言ってた。首を切りつける気だ!

「だめっ」

 私は走り出す。

「華っ」

 アキラくんが叫んで、追ってくれるけど、私は一足先に石宮さんの身体にすがりついた。なぜだか、脳裏には松影ルナが浮かんでいた。憎々しげに私を見つめる松影ルナ。

(死なせたくない)

 ただ、それだけを思った。

「邪魔をするなっ」

 叫んで私ともみ合いになった女を、アキラくんが抱えるように引き離す。すぐに仁も加わって、腕を捻り上げて地面に伏せさせた。かしゃん、と落ちるナイフ。

「勘弁してよー、あいつケガさせたらクビなんだって」

 女は言葉ともうめき声ともつかない低い声をただ発しながら、周りを睨みつけていた。
 アキラくんはふう、と息をついてから私をぎゅうと抱きしめる。
 石宮さんが呆然とそれ見ているのが、視界に入った。ぼそぼそと何かを呟いて、それから天井を見上げていた。

「そっか」

 ぽつりと石宮さんは呟いた。

(?)

 話しかけようとして、それをアキラくんの焦った声に遮られる。

「な、何やってんねん」
「危ないと思って」
「それで自分になんかあったらどないするつもりやったんや!」

 アキラくんは「はぁ」と大きく息をついた。ぎゅうぎゅう、と私を強く抱きしめる。

「もー、俺生きて行かれへんねんから、華になんかあったら。ちゃんと覚えといて」
「……うん」

 ごめんね、と私がアキラくんを抱きしめ返したその時に、大きな足音とともに、に紺色の警官隊がなだれ込んできた。大声で何か確認しあってるけど、……やることはほとんどないと思う。教祖の女は仁が確保してるし、他の人ものされちゃってたし。

「センセの独壇場やったな」
「ね」

 意外だよ、と呟くとアキラくんは笑った。

「まぁなにかしら隠してる感じはしててんけどな、あのセンセ」
「そう?」
「それよりなんや、華とセンセなんか距離近なってるやん。なんでなん、なんで名前呼び捨てなん」

 半目で言われて思わずたじろぐ。

「あは」

 私は苦笑いした。どう説明しよう?
 それから離れた。アキラくんは不思議そうに私を見る。私は微笑んだ。
 それから、私は振り向いた。呆然と座り込み続けている石宮さん。力強く、彼女を抱きしめる。

(今度は)

 ぽろり、と涙がこぼれた。

(今度は、助けられた)

 ぽろりぽろり、と溢れて止まらない。
 だって私、本当は、ルナのことだって死んでほしくなかった。
 あの子は、怖かったし、憎かったけれど、でも、それでもーーなぜか、嫌いでは、なかったのだ。

「良かった、助かって、良かった」

 それだけを繰り返す私に、石宮さんは不思議そうに首を傾げた。

「あ、悪役令嬢のあなたが、なんで瑠璃が助かったことを喜んでるの?」
「バカねぇ」

 私は石宮さんのほっぺたをうにょん、とつねった。

「嫌いになれないからよ、あなたのことが」
「……あなたって、お人好しなのねぇ」

 石宮さんはぱちぱち、と何度も瞬きをしながらぽつりと言って、それから笑った。
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