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分岐・相良仁

中学編エピローグ【続きは高校編へ】

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 仁の目が覚めて数日後。
 年の瀬も差し迫って、って感じでなんだか街の雰囲気も忙しないし、私も何もないのに何となく浮き足立ってしまってた、そんな日のことだ。
 県警の応接室で「では今回はわざわざご足労いだたき」と締めの言葉に入ろうとした刑事さんに、私は言った。

「あの、あの子はこれからどうなるんですか」
「あの子、とは……石宮瑠璃さんですか」
「はい」

 刑事さんは少し難しい顔をした。

「あの子の処遇を決めるのは我々ではありません。家庭裁判所であり、裁判官であり……、まぁ、いずれは更生施設に行くことになるとは思います」

 私は頷いた。刑事さんは続ける。

「しかし、その前に……彼女は"少し"思い込みが激しかったり、しますので。まずはその辺りのケアが優先されるか、と思います」

 含みのある言い方だった。どこかに入院するのかもしれないし、どちらにしろ石宮さんが元の暮らしに戻ることはないんだろうと思う。
 そう思いながら刑事さんと廊下を歩いていると、背後から金切り声が聞こえてきた。

「し、したらはなぁぁぁあっ」

 どきりとして振り向く。
 そこには、暴れないようにであろう、白い拘束服でぐるぐる巻きにされた石宮さんが女性の警官に押さえつけられているところだった。腰に紐がまかれて、それを別の警官が持っている。

「なぜいるんだっ」

 私を送ろうとしていた刑事さんが叫ぶ。

「調べが長引きましてっ」
「いいから連れて行けっ!」

 引きずられるように廊下を歩かされる石宮さんは、なおも叫ぶ。

「なんでっ、なんでっ!? 悪役令嬢のアナタが勝って、ヒロインの瑠璃が負けるのっ!? そんなわけないのに! そんなはずがないのにっ!」

 私は石宮さんをただ見つめた。
 石宮さんはぼろぼろと泣く。

「したらはなっ! おまえが幸せになれるはずがない! おまえは悪役令嬢なんだからっ!」

 私はふう、と息を吐いた。そして、ツカツカと石宮さんに歩み寄る。

「し、設楽さん?」
「大丈夫なので」

 私は石宮さんのすぐ近くで止まった。刑事さんたちは不安そうに私を見ている。ふう、ふう、と石宮さんの荒い呼吸を聞きながら、私は淡々と告げた。

「誰も、石宮さんを特別だなんて、思ってないよ」
「……え?」
「石宮瑠璃は、"ゲーム"ではヒロインだったかもしれない。でも、現実では、石宮さん、あなたは普通の人なの」

 石宮さんは妙な顔をした。笑い飛ばそうとして、出来なかった顔、みたいな。

「あなたは選ばれてなんかない」
「……うそ」
「あなたは特別じゃない」
「や、めて」
「あなたは!」

 私は石宮さんを見つめた。まっすぐ。

「ただの承認欲求の強いワガママなクソガキ」

 ひぅ、と石宮さんは息を吸った。

「もう誰も巻き込まないで。あなたの承認欲求を満たすためだけに」
「ちが、瑠璃、そんなんじゃ、ちがう」
「違わない」

 私はとん、と石宮さんの胸を指でついた。

「本当はわかってるんでしょ? 自分が何者でもないってことくらい」
「ちが、」
「そうじゃなきゃ」

 私は石宮さんを睨みつけた。

(あ、やば)

 泣きそうになってる。ここ数日、仁のことで不安でいっぱいになってたから。自分のせい、なんて考えながらも、やっぱり最後の怪我の直接的な原因の片棒を担いでいたのはこの子で!
 私はぐっと涙をこらえて口を開いた。

「そうじゃなきゃ、あなた、なんで警察に捕まってるの」
「けい、さつ」
「あなたが悪いことしたからでしょ」
「ちがう、瑠璃は」
「違わないの」

 私はさらに一歩近づく。そして石宮さんを抱きしめた。拘束服のゴワリとした感触。

「……え?」

 腕の中で、石宮さんは戸惑った声を出した。
 私の中に複雑な感情が渦巻く。怒り。憎しみ。悲しみ。

「……でも」

 私は掠れた声で言った。

「あなたが、殺されなくて良かった」
「……瑠璃が?」
「うん」

 私はふ、と息を吐いて石宮さんから少し離れた。
 石宮さんが殺されそうになっているのを見たとき、私の頭に浮かんでいたのは松影ルナだった。
 私は石宮さんを見つめる。

(生きてる)

 思うことはある。思うことしかない、ってくらいある。でも。それでも……今度は助けられた。あの子みたいに、冷たい海に返さずに済んだ。

(この子に対する、これは唯一の、ポジティブな感情)

 もちろん仁の命が失われていたら、私はきっとこの子にこんな感情すら抱けなかったのだろうけど。

「じゃあね」

 ぽかん、と私を見る石宮さんに背を向けて、私は廊下を歩き出した。

(仁に会いたい)

 なんでかは分からない。それでもただ、あの人に会いたかった。
 刑事さんに見送られて、タクシーに乗り込む。病院の名前を告げると、タクシーは動き出した。
 病室では仁は暇そうに新聞を読んでいた。

「よ」
「暇そーだね」
「うるせーな」

 仁はいつも通りの口調で笑う。

(ほんとにこの人、私にプロポーズしたんだろうか)

 あれ以来そんな素振りは一切ないので、夢だったんじゃないかとすら思えてきている。

(ほんとに夢だったりして)

 私はそんな風に思う。

「あーあ、正月も入院かぁ」
「当たり前じゃん」

 私は呆れて言った。死にかけたっていうのに!

「年越しも病院」
「だから当たり前じゃん、って」
「寂しい」
「テレビでも見てたら」
「華も来てよ」
「は?」

 私が眉をひそめて仁を見ると、仁はいたずらっぽく笑った。

「お嬢様の権力でさ、年越しいっしょにしようぜ」
「……いやよ、私は家で年越しそば食べるんだもん」
「えー」

 仁は不服そうに言った。

「いいじゃん、俺だって好きな子と年越しくらいしたい」
「……は」

 呆然としてる間に、話を続けられた。

「来年は花火しようぜ」
「花火?」
「カウントダウンして、新年と同時に打ち上げ花火」
「外国でやってるやつだ」
「それそれ」

 仁は楽しそうに言う。

「来年も再来年もしよう。その次もその次も、ずーっと。じーさんばーさんになっても、ずーっと」

 まぁ俺のが随分先にジーさんなるんだけどな、と笑う仁。

「あの、その、仁」

 仁は笑った。

「言っただろ、今度は押していくって」
「……は」

 私はやっぱりぽかんとしてしまう。

「イエスの返事がもらえるまで、こまめにプロポーズしていく所存」
「な、え、好きになったらって言ってたくせに」
「あんま悠長なこと言ってたらお前他のやつに持ってかれそうなんだもん」

 仁は笑って「で、大晦日来てくれんの」なんて言うから私はつい意地悪を返してしまう。

「目の前で年越し蕎麦とか色々食べていいなら」
「てめ、俺がまだ満足にモノを食べてはいけないことを知っていながら……!」

 悔しそうだけど「分かった」と仁は言う。

「お前がいてくれるなら、なんでもいーや」

 清々しい笑顔で言われるから、私は少し赤面してしまう。
 誰かにこんなに想われてるってことが、こんなに面映ゆくてドキドキするものだとは、思っていなかったのです。

(どうしよう)

 私はちらりと仁を見た。仁は少し嬉しそうにしている。
 なんだかその内押し切られそうな、そんな予感が、少しだけ、ほんの少しだけ、している年の瀬なのでありました。
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