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分岐・鍋島真
赤い糸は見えますか
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「プラネタリウム行こう」
真さんがそう言い出したのは、カフェで模試の成績を私に見せた直後のこと。
「勉強教えてあげる」
天体苦手なんでしょ、と真さんは笑った。
「……まじですか」
(いやいやいや、待って華。落ち着くのよ)
私はじとりと真さんを見た。なにか思惑があるに違いないですよ?
(なにを企んで)
真さんはニコリと笑った。
「企んでないよ」
「企んでますよね」
「ヤダなぁ~もう。いいの? 僕の教え方、多分すっごい分かりやすいよ?」
「千晶ちゃんからそんな話聞いたことありませんけど」
「千晶は、僕が教えようとしても教わってくれないからさ」
真さんは笑う。
「千晶も一緒ならいいデショ?」
「……まぁ。それは」
正直、教わりたいのは本当なのだ。
「千晶ちゃんも一緒なら、よろしくお願いします」
私はそう言った。たしかにそう言ったのだ。
なのに。
「あは、ごめんごめん伝え忘れててさ」
「帰ります……!」
待ち合わせしたプラネタリウムがある科学館、その前にいたのは真さん1人だった。
「えー」
真さんは口を尖らせるけど、知ったことではありません。
「私、まだ忘れてないんですからね!? 書斎事件」
「書斎? 何かしたっけ」
「最悪最低のプロポーズです」
「ああ、あれ根に持ってるの? あは、ごめんごめん」
真さんは微笑みながら近づいてきた。静かな動き。本当に黒猫、みたいな……。目は優雅な三日月。
「ちゃんとするから。そのうち、ちゃんと」
「しなくていいです、結構です」
「給料三ヶ月分のダイヤモンドを」
「いりませんっ」
ていうか、なんかいちいち古いんだよなぁ何よ給料3ヶ月分のダイヤモンドって。いつのキャッチコピーだ。真さん、いちいち何かしら古い言い方するし、あんま高校生っぽくないんだよなぁ……。
なんて考えて、はた、と気づく。
(真さんも……、前世持ちだったりして)
ちらり、と真さんを見上げる。不思議そうに私を見る真さんに「前世とかどう思います?」と聞いてみた。
「痛い子の妄想」
「ハイ」
即答でした。いや、そうハッキリ言われると悲しいものが……。
「なんで? 唐突だね? あ、もしかして前世から僕と君が赤い糸で、的な話?」
「そんな話は5000パーセントないんで安心してください」
いやむしろ、前世で私をセカンド扱いしくさった奴らの誰かの可能性はなきにしもあらずなんだけど! でもここまで性格破綻者はいなかった気がする。うん。
「ないのかぁ」
「ないですね」
真さんはふ、と笑って私の手を取った。
「え、やめてください」
「見えたらいいのにね」
私の小指に触れる。
「運命の赤い糸。そしたら分かりやすいのに」
自分の小指もすっと立てて、私の小指に絡ませた。
「ねぇ、僕は誰に恋したらいいのかな」
「……」
縋るような目だったから、私は一瞬言葉を無くした。子供の目だった。この人が高校生で子供、っていうのではなくて、本当に幼い子供。
「探してるんだけど見つからないんだ」
「……何をですか」
私は言いながら、指を振りほどいた。まったく油断も隙もない……。
「運命の人。僕だけのこと愛してくれる人」
「そのうち見つかるんじゃないでしょうかねぇ」
テキトーに答えてやると、真さんは笑った。だけど、その笑い方がいつもの余裕綽々な感じじゃなくて少し乾いた笑い方で、私はほんの少しだけ、心にさざ波みたいなのを作ってしまった。
この人、こんなふうな顔もするんだ、って、そう思ってしまった。
「……ま、いいや」
真さんは私の手を握る。
「え、ほんとやめてください」
「やだー。はいチケット」
「え」
私はチケットを無理矢理渡された。そして入口へ、無理矢理引きずられる。
「その、真さん」
真さんは、ぱっと手を離して私と向き合う。そして上品に頭を下げた。
「え、え!?」
「こないだの件は謝るよ」
そして頭をあげて、寂しそうに私を見た。
「もうあんなことはしないし、その埋め合わせだと思ってここは付き合って?」
「え」
私は何度か瞬きをした。
(謝りたかった、ってこと?)
私はうーん、と腕を組んだ。
(ならここは付き合ってあげるべき?)
あれくらいは水に流してあげるのが、大人の度量ってやつなのではないでしょうか。私の中身は、大人なのだし。
「分かりました」
「よし行こう」
私が頷くと、真さんはさっさと私の手を取って歩き出した。なんだか釈然としないけど、まぁいいや。
(そう、私は大人なんだから)
いちいちこの子に振り回されちゃダメだ。大人の余裕を持って接してあげなくては。
「……って、ちょっと、なんですかこの繋ぎ方」
「え、いいデショべつに」
「いやいやなんか、その」
俗に言う恋人繋ぎ。指と指をからませるような繋ぎ方。
「あは、照れてるの?」
「照れてませんっ」
からかわれてる! 子供だと思って!
(よゆーなんだからこんなのっ)
私はふん、と鼻息荒く真さんを見上げた。
「ヨユーですっ、受けて立ちます!」
真さんはきょとん、と私を見た後、また爆笑した。この人私で笑いすぎじゃない?
「あは、ほんと君って、」
その言葉は続かなくて、真さんはほんの少し驚いた顔をして私を見つめた。
「なんですか」
「いや、なんでも?」
真さんは微笑む。
綺麗な笑い方。だけど、私はほんの少し、さっきの爆笑みたいな笑い方のほうが、……しっくりきていた。
(あっちが、この人の本当の笑い方なんじゃないかな)
そんなふうに、思ったのだった。
真さんがそう言い出したのは、カフェで模試の成績を私に見せた直後のこと。
「勉強教えてあげる」
天体苦手なんでしょ、と真さんは笑った。
「……まじですか」
(いやいやいや、待って華。落ち着くのよ)
私はじとりと真さんを見た。なにか思惑があるに違いないですよ?
(なにを企んで)
真さんはニコリと笑った。
「企んでないよ」
「企んでますよね」
「ヤダなぁ~もう。いいの? 僕の教え方、多分すっごい分かりやすいよ?」
「千晶ちゃんからそんな話聞いたことありませんけど」
「千晶は、僕が教えようとしても教わってくれないからさ」
真さんは笑う。
「千晶も一緒ならいいデショ?」
「……まぁ。それは」
正直、教わりたいのは本当なのだ。
「千晶ちゃんも一緒なら、よろしくお願いします」
私はそう言った。たしかにそう言ったのだ。
なのに。
「あは、ごめんごめん伝え忘れててさ」
「帰ります……!」
待ち合わせしたプラネタリウムがある科学館、その前にいたのは真さん1人だった。
「えー」
真さんは口を尖らせるけど、知ったことではありません。
「私、まだ忘れてないんですからね!? 書斎事件」
「書斎? 何かしたっけ」
「最悪最低のプロポーズです」
「ああ、あれ根に持ってるの? あは、ごめんごめん」
真さんは微笑みながら近づいてきた。静かな動き。本当に黒猫、みたいな……。目は優雅な三日月。
「ちゃんとするから。そのうち、ちゃんと」
「しなくていいです、結構です」
「給料三ヶ月分のダイヤモンドを」
「いりませんっ」
ていうか、なんかいちいち古いんだよなぁ何よ給料3ヶ月分のダイヤモンドって。いつのキャッチコピーだ。真さん、いちいち何かしら古い言い方するし、あんま高校生っぽくないんだよなぁ……。
なんて考えて、はた、と気づく。
(真さんも……、前世持ちだったりして)
ちらり、と真さんを見上げる。不思議そうに私を見る真さんに「前世とかどう思います?」と聞いてみた。
「痛い子の妄想」
「ハイ」
即答でした。いや、そうハッキリ言われると悲しいものが……。
「なんで? 唐突だね? あ、もしかして前世から僕と君が赤い糸で、的な話?」
「そんな話は5000パーセントないんで安心してください」
いやむしろ、前世で私をセカンド扱いしくさった奴らの誰かの可能性はなきにしもあらずなんだけど! でもここまで性格破綻者はいなかった気がする。うん。
「ないのかぁ」
「ないですね」
真さんはふ、と笑って私の手を取った。
「え、やめてください」
「見えたらいいのにね」
私の小指に触れる。
「運命の赤い糸。そしたら分かりやすいのに」
自分の小指もすっと立てて、私の小指に絡ませた。
「ねぇ、僕は誰に恋したらいいのかな」
「……」
縋るような目だったから、私は一瞬言葉を無くした。子供の目だった。この人が高校生で子供、っていうのではなくて、本当に幼い子供。
「探してるんだけど見つからないんだ」
「……何をですか」
私は言いながら、指を振りほどいた。まったく油断も隙もない……。
「運命の人。僕だけのこと愛してくれる人」
「そのうち見つかるんじゃないでしょうかねぇ」
テキトーに答えてやると、真さんは笑った。だけど、その笑い方がいつもの余裕綽々な感じじゃなくて少し乾いた笑い方で、私はほんの少しだけ、心にさざ波みたいなのを作ってしまった。
この人、こんなふうな顔もするんだ、って、そう思ってしまった。
「……ま、いいや」
真さんは私の手を握る。
「え、ほんとやめてください」
「やだー。はいチケット」
「え」
私はチケットを無理矢理渡された。そして入口へ、無理矢理引きずられる。
「その、真さん」
真さんは、ぱっと手を離して私と向き合う。そして上品に頭を下げた。
「え、え!?」
「こないだの件は謝るよ」
そして頭をあげて、寂しそうに私を見た。
「もうあんなことはしないし、その埋め合わせだと思ってここは付き合って?」
「え」
私は何度か瞬きをした。
(謝りたかった、ってこと?)
私はうーん、と腕を組んだ。
(ならここは付き合ってあげるべき?)
あれくらいは水に流してあげるのが、大人の度量ってやつなのではないでしょうか。私の中身は、大人なのだし。
「分かりました」
「よし行こう」
私が頷くと、真さんはさっさと私の手を取って歩き出した。なんだか釈然としないけど、まぁいいや。
(そう、私は大人なんだから)
いちいちこの子に振り回されちゃダメだ。大人の余裕を持って接してあげなくては。
「……って、ちょっと、なんですかこの繋ぎ方」
「え、いいデショべつに」
「いやいやなんか、その」
俗に言う恋人繋ぎ。指と指をからませるような繋ぎ方。
「あは、照れてるの?」
「照れてませんっ」
からかわれてる! 子供だと思って!
(よゆーなんだからこんなのっ)
私はふん、と鼻息荒く真さんを見上げた。
「ヨユーですっ、受けて立ちます!」
真さんはきょとん、と私を見た後、また爆笑した。この人私で笑いすぎじゃない?
「あは、ほんと君って、」
その言葉は続かなくて、真さんはほんの少し驚いた顔をして私を見つめた。
「なんですか」
「いや、なんでも?」
真さんは微笑む。
綺麗な笑い方。だけど、私はほんの少し、さっきの爆笑みたいな笑い方のほうが、……しっくりきていた。
(あっちが、この人の本当の笑い方なんじゃないかな)
そんなふうに、思ったのだった。
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