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分岐・鹿王院樹

再会

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 相良先生の車は、国産のSUV車。

(あ、懐かしい)

 前世で、友達が乗ってたのに似た車。
 当たり前みたいに助手席に座ってしまって(だって、そいつの車にはいつもそう乗っていたから)後部座席のが良かったかな? とチラリと先生を見遣るけど、先生は全く気にしていないようだった。
 しばらく乗っていると、なんだか眠くなる。こんな時なのに、と思うけど、昨日あまり寝ていないせいだろうか。

「寝てな」
「え。でも」
「いいから」

 先生は笑う。

「お前は昔から、助手席では寝るタイプだった」
「……え?」
「こんな時に言うのもなんだけど、他人の目が無いのって車の中くらいだから」

 車は赤信号で停止する。
 そして先生は、とある名前を呼んだ。

「     」

 私は目を見開く。だってそれは、私の、かつての、前世での、名前。

「……え?」
「久しぶりだな」

 先生は、目を細める。

「誰だか分かる?」
「え、もしかして」

 私はとある名前を告げた。さっき思い出していた、このSUV車と似た車に乗っていた、友達。

「せいかーい」
「え、うそ、うそでしょ?」
「嘘なわけあるか」
「え、でも……、えぇっ!?」

 青信号で、車は出発する。

「事細かに話せばいいか? お前の前世における恋愛遍歴について?」
「あ、すみません、遠慮します……」

 私は片手をあげて頭を下げた。あまり思い返したく無い、男運の無い恋愛遍歴。

「お前さ」
「え、なに、……ですか」
「いいよ、敬語。きもちわりー」
「いやだって、えー!? なんで? いつ私だって気づいたの!?」

 私はパニックになって、彼を見つめる。仁はただ、ふっと笑って口を開いた。

「あのさ。前世の名前で呼んでいい?」
「いや、うーん、えっと」

 私は眉を下げて、少し笑った。

「もう私、華なんだよね」
「……そっか」

 彼は笑う。

「呼び捨てしていい?」
「うん、別に」
「俺のことも呼び捨てでいーよ、前世まえみたいに」
「……今の下の名前なんだっけ?」
「ひどっ、何年担任してると思ってんの」
「えっだって下の名前とか使わなくない!?」
「そーだけどさー」

 ちょっと拗ねる彼から下の名前を聞き出す。ジン。ニンベンに漢数字の2で「仁」。

「いい名前じゃん」
「お前のも」

 ニヤリと仁は笑って、その笑顔にはものすごく見覚えがあってーー私は泣いてしまう。

「え、華」
「だ、だって、会えると思わないじゃん」

 ぐすぐす、と鼻水なんかも垂らしちゃう私の顔に、仁は乱暴にタオルを渡してきた。うう、こういうところ、変わらない。女扱いしてくれないんだから、もう!

「拭いとけ」
「はぁい」

 涙がなんとか止まったところで、家の前に着く。

「あーあ、ひでぇ顔」
「は!? ほんとアンタそーゆーとこ変わんないな、もう」

 こういうやり取りも、なんか懐かしくて、私は笑ってしまう。
 車から降りよう、とドアを開いたところで仁が言った。

「いま家誰かいんの」
「えっと」
「華!」

 樹くんが車に駆け寄ってきてくれた。

(帰ってたのか!)

 早退させてしまった。樹くんは優しいから、そりゃ電話の向こうであんなことが起きたらそうしてくれるよなぁ、なんて思う。相手が私だろうと、そうでなかろうと。

「大丈夫だったか」
「うん、先生助けてくれた、し、わぁっ」

 車から抱っこして降ろされる。そのお姫様抱っこのまま、樹くんは家に向かってさくさくと歩き出した。

「い、樹くん、私歩けるよ!?」
「そうか」
「いやそうかじゃなくて」
「泣いたのか」
「あ」

 私は目に手をやる。

「いやえっと、これは安心して? みたいな」

 しどろもどろに言い訳すると(まさか前世からの友達に再会して、とは言えない)樹くんはきゅうっと私を抱きしめた。

(心配かけてごめんなさい)

 私はそう思いながら、その背中に手を伸ばして、ぎゅうっと抱きしめ返す。

「あのう」

 仁が所在なさげに付いてくる。

「あんまり人前でいちゃつかないでもらえます?」

 仁に目をやると、ちょっと苦々しい表情で、私は今更ながらに赤面する。

(そりゃ昔からの友達の、こんなとこ見せられたら気まずいよねっ)

 慌てて降りようとしたけれど、樹くんは何か考えるような顔で仁を見て、それから私を抱え直して、また変わらず広い庭をさくさくと玄関に進んでいった。

(あれー?)

 なんでしょね、この空気?
 私は首を傾げた。
 玄関に入ると、器用に靴を脱がされた。

「まだ降ろしてくれないの?」
「ダメだ」

 物音を聞きつけて、お手伝いの吉田さんが慌てて向かってきた。

「華様、ご無事で」
「あ、はい」

 樹くんが知らせていたのだろう、吉田さんは私を見てホッとした顔をした。

「警察を呼んでありますから」
「え、そうなんですか」
「北野先生の知り合いが県警にいらっしゃって、その方が来て下さるそうです」

 北野先生……は、確か樹くんとこの会社の顧問弁護士さんだ。わざわざ連絡をとってくれたらしい。

「上がってください」
「遠慮なく」

 樹くんの言葉に、仁は短くそう答えて、私たちは広間へ進む。私は抱えられたまま……、なぜに!? なんだか色々状況が読めないのですが。
 広間の座卓前に座るけど、うん、なぜ私は未だに樹くんのお膝の上なのでしょうか。

「えと、あの?」
「大事な許婚を守っていただき、ありがとうございます」

 私の戸惑いを無視して、樹くんは仁に頭を下げた。

「いやまぁ、…….仕事なんで?」
「それだけでは無さそうでしたが」
「いやだなぁ、僕ロリコンじゃないですよはっはっは」
「……だと良いのですが」

 ぎゅう、と私を抱く手に力が入った。

(?)

 不思議に思って樹くんを見上げる。目が合うと、その目にほんの少し、焦燥の色が浮かんでいるように見えて、私はやっぱり首を傾げた。
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