上 下
236 / 702
分岐・鹿王院樹

石宮瑠璃の祈り(各分岐共通)

しおりを挟む
 石宮瑠璃は祈っていた。真摯な祈り。目を薄く閉じ、ただ一心に祈る。
 ただ、未だ、祈るべき対象は見つかっていない。

 瑠璃が最初に「自分が選ばれた存在」であることに気がついたのは、彼女がまだ7歳か、そこらの年齢の時だった。
 ある日、ふと、公園で幼馴染である石橋鉄斗と(瑠璃は小さい頃、てつと、と発音できず"てっと"と呼んでいた)遊んでいて、フェンスの外側にある側溝から、何かの声がしたことに気がついた。

「ネコだ」

 鉄斗の言葉に、瑠璃は公園を出て、側溝まで走る。動物が好きだったのだ。

「ほんとだ」

 子猫が、側溝に落ちかけている。数日前に降った大雨のせいで、側溝の中はカフェオレ色の水がたっぷりと流れていたが、彼らには早い流れには見えなかった。
 だから瑠璃は、特に気にせず、無造作に猫をだっこしようとする。助けようと思ったのだ。
 しかし、子猫は突然現れた、その大きなイキモノに怯え、側溝の淵からその手を離した。

「あっ」

 瑠璃と鉄斗は同時に叫ぶ。だが、緩やかに見えた側溝の流れは実は速く、子猫はあっという間に見えなくなった。

「どうしよう」

 鉄斗がオロオロとしていると、瑠璃は泣き出した。ルリのせいで猫ちゃん落ちちゃった、ルリのせいだ、と。
 鉄斗はとにかく家に走り、大人を呼んだ。猫も瑠璃もどうにかしてもらわなくてはならない。
 側溝に大人を連れて戻ると、瑠璃の姿は無かった。そこからは大騒ぎだった。瑠璃もまた、側溝に落ちた可能性もあった。警察と消防がかけつけ、捜索がはじまった。
 鉄斗はひどく叱られた。
 鉄斗は叱られながら瑠璃について考えた。心配だった。
 そこで、5つ上の兄に頼んで、自転車の後ろに乗せてもらい、側溝の下流へ向かった。

「あっ」

 側溝が暗渠に入らんとする、その入り口、流れてきた草やゴミが溜まっているところに子猫がいた。弱ってはいたが、幸い生きているようだった。自力で上に登ろうとしている。
 鉄斗の兄が腕を伸ばし、猫をつかむ。弱っていたためか、抵抗はない。
 自分の服を脱いで、鉄斗はその猫を暖めた。瑠璃が喜ぶだろう、と思った。

 家に戻ると、瑠璃が見つかった、と母親に言われた。ほんの少し先の公園で、ひとり、ぼうっとしていたらしい。

「熱が出ちゃって」

 母親と共に瑠璃の家を訪ねると、瑠璃の母親は安心したように笑いながらいった。

「鉄くんのせいじゃないからね?」
「いえほんと、鉄が目を離すから」
「大人を呼びに行ってくれたのよねぇ」

 何事もなかったこともあり、大人たちはすっかり和やかになっていた。

 翌日、鉄斗は瑠璃の熱が下がったと聞いて、子猫を連れて瑠璃の家に向かった。
 子猫は家で飼うことが許され、鉄斗が小学校に行っている午前中のうちに、病院へ連れて行ってもらったらしい。
 多少の衰弱はあるものの、健康状態に問題はなかった。強い猫だと皆が言った。

「るり、熱大丈夫か? ほら、ねこ、無事だったぞ」

 誇らしげに猫を見せる。

「あ、てっと」

 布団にくるまった瑠璃は笑った。だが、鉄斗はその笑顔に違和感を抱いた。

「?」
「ごめんなさい、瑠璃、猫苦手なの」
「え」
「その猫ちゃん、捨ててくれる?」
「……は!?」

 鉄斗は呆然と猫を抱いたまま、立ちすくんだ。
 鉄斗の知っている瑠璃は、動物が好きで、少なくとも「捨てる」なんてことは言わないはずだった。

「だって、てっと、瑠璃のこと好きでしょ?」

 自分のお願いは何でも聞いてもらえる、そう確信している笑顔だった。

「なにいってんだ、お前」

 そう言った時、腕の中の子猫の毛が逆立った。明らかに、瑠璃に対して威嚇をしている。

「ほら、瑠璃、猫のそういうとこ、嫌いなんだって」
「……もういいよ」

 鉄斗は猫を抱いたまま、瑠璃の家を出た。

(おれの知ってる、るりじゃない)

 その違和感を、じきに鉄斗は成長と共に忘れて行った。
 ただ、幼馴染である石宮瑠璃に対してあまり良い感情は抱かず育った。自分勝手で、自分の尺度でしか周りをみなくて、さも悲劇のヒロインぶって、自分はみんなのために頑張ってますって顔をして。自分が周りからどんな感情を向けられているかにも、無頓着だった。瑠璃は自分が愛されていると信じていたから。

 瑠璃は祈る。
 かたち無き神に。

(あたしはあの時、選ばれた)

 前世の記憶を返してもらった。単にここがゲームの世界だから、云々じゃない。

(きっと、あたしは何か成し遂げなくちゃいけない)

 それが何かは、分からない。ただきっと、神に愛されたからには、それゆえに記憶を返されたからには、なにか使命があるのだろう、とそう信じていた。
 瑠璃は、さまざまな宗教について調べてみた。だが、それは無駄足だった。
 そもそも「自分が選ばれた」と思うこと自体が、多くの宗教において忌避されていた。

「瑠璃は選ばれたのに」

 自分は選ばれた存在なのに。
 その思いは日毎に強くなった。

 ふと、ある日SNSにとあるメッセージが届いた。それは、瑠璃が待ち望んでいたものだった。
 瑠璃こそが選ばれた人間である、そう書かれたメッセージだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華
恋愛
テンプレ悪役令嬢であるセリーナは、乙女ゲームの舞台から穏便に退場する為、処女を散らそうと決意する。そのお相手に選んだのは能面執事のクラウスで…… ちょっとお馬鹿なお嬢様が、色気だだ漏れな狼執事や、ヤンデレなお義兄様に迫られあわあわするお話。 ※ギャグとシリアスとホラーの混じったラブコメです。寸止め。生殺し。 完結感謝。後日続編投稿予定です。 ※ちょっとえっちな表現を含みますので、苦手な方はお気をつけ下さい。 表紙は、綾切なお先生にいただきました!

処理中です...