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分岐・相良仁
そのあとのこと(side仁)
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「そんな訳でして」
「本当に申し訳ございませんでした……!」
「あの、僕、それでですね、息子さんにスマホ投げちゃって」
「とんでもないです、止めて、止めていただいて……! 人様のお嬢さんに、と、とんでもないことを」
華に馬乗りになっていた男子の母親は「情けない、情けない」と唇を噛み締めて泣いた。
男子は校長室の柔らかな革張りの茶色いソファで、ひたすら居心地悪そうにしている。
(反省してんのか?)
睨み付けると、その視線に気づいてこちらを見上げて、それからまた視線を下に戻した。全く。
(しかし、俺……やっぱ教師向いてないかもなぁ)
華のこととなると相変わらず振り切れてしまう癖があって冷静になれない。
当事者たちの保護者呼び出し。それぞれの保護者は低頭平身で顔も真っ青だった。
華のことは、それなりに周りも「お嬢様なんだろうなぁ」くらいの認識はあったと思う。時々ハイヤーが迎えにきてたし。
(でもまぁ、まさか「常盤コンツェルン」のお嬢様が普通の公立にいるなんて思わないよなぁ)
華の保護者で(俺の雇い主の)常盤サンはちょうど出張中だった。代わりに来たのがまさかの弁護士で、そのセンセーのまぁ威圧的なこと威圧的なこと。
保護者には関連会社にいる人なんかもいて、校長と教頭を含め軽いパニック状態になっていた。
「な、な、な、なんで我が校にそんな生徒がいるんだね」
音楽室にいた生徒を、全員保護者が迎えに来て、話をして帰宅したあと(もう深夜近いし続きは明日以降ということになった)校長は机でぷるぷると震えていた。
「し、しかも、そんな子を男子生徒が、お、押し倒していたぁ!?」
「校長落ち着いてください」
「さ、相良先生、君はなぜそんなに落ち着いて」
教頭が俺を真っ青な顔で見る。
(まぁ、俺があのバーサンに雇われてるなんて、この人たちは知らないもんなぁ)
知ってるのはもっと上の人たち。
「いいかね、もう、我々はダメかもしれん。きっと明日には市議や県議から圧力を受けた教育委員会から、とんでもないプレッシャーが現場にかけられる」
教頭は泡を飛ばす。
「はぁ」
「大丈夫だ、君たちに責任はとらせないから。いざとなれば、ぼ、僕が首を」
「その必要はありません」
校長の悲壮な決意に水をさしたのは、華の祖母で俺の雇い主。いつのまにか扉をあけていた。着物姿でビシッと決めている。
俺は少し、任侠映画を見ている気分になった。ジャパニーズヤクザ! なんちゃって。
「お電話いただきまして。常盤です。設楽華の祖母ですわ」
「あ、あ、夜遅くにご足労おかけいたしまして、その」
校長は立ち上がる。
「華から話を聞きました。あの子は大ごとになることを望んでいませんし、それに、いちばんの被害者は大友ひよりさんでは?」
「それはその通りですが、お嬢さんの心の傷は大きいかと思います。その、男子生徒に」
「あの子は案外図太いですよ。夕食は焼肉を散々食べて、更にデザートにイチゴパフェまで食べていたらしいですから」
「は」
「運動したからお腹が空いたと申しておりました」
「……はぁ」
俺は額に手を当てた。なんだかんだあいつ、ほんと回復早いんだよな……。前世で失恋したときも、気がついたら別の誰かと付き合ってたりしてたし。結局セカンド扱いされてたけど。
「処分などはお任せします。……きっちり守っていただいたようですし?」
ちらりと俺を見る。
「今回だけは、そのように」
「は、い」
雇い主は俺をちらりと見て、すぐに校長室から出て行く。
ふと校長に目をやると、放心したように宙を見つめていた。
「良かったですね?」
俺はそう言って肩をすくめた。
翌日の放課後、華が職員室に来た。しゅんとした顔をしている。
「あのう」
「……ちょっと話そうか」
他の先生の目もあるので、あくまで教師と生徒の演技をしながら移動する。いつも通りの、社会科準備室。
「ごめん」
「なにが」
コーヒーメーカーに粉をセットしていると、背後から華が呟いた。
「考え無しで、心配かけたから」
「……もういいよ」
コーヒーメーカーのスイッチを入れる。こぽこぽ、と水の音。
「キャンプの時もそうだった」
「まぁな」
「ほんと、私、おとな、なのに」
華の言葉が途切れ途切れになって、俺は振り向く。ぐしぐしと泣いていて、俺は途方に暮れてしまう。泣かせるつもりはなかったんだ、ほんとに。
「いいよ、心配かけて」
俺がそう言うと、華は不思議そうな顔をした。その間もポロポロと涙が溢れていて、ああ綺麗だなって俺は思う。
「心配したくてしてるから。大丈夫、守るから」
何があっても。命に代えても。
そう、心で付け加える。
「変なの」
華は手で目をこする。
「あんた昔から……ほんと、優しい」
それから華は笑う。
「助けてくれて、ありがと」
泣きながら笑う華はほんとに可愛くて、あーほんとなんで俺らこんな年齢差あんのって思う。抱きしめたいのに。
華のが先に死んでるんだから、華の方が年上であるべきじゃないか? まったくやってられない。
二杯分だけだから、コーヒーはすぐに入ってピーピーと電子音が鳴る。
俺は抱きしめる代わりに、カップに注いだコーヒーを渡した。
華は座ってそれを静かに飲む。
「……そういえば、なんで窓から入ってきたの?」
「鍵かかってたから、音楽準備室の窓から横に移動。窓割るつもりだったけど、鍵開いてたから良かった」
「えぇ……」
華は眉をひそめた。
「危ないからやめてよ」
「俺間に合わなかったら、脱がされるくらいはしてただろ」
「……まぁ、ひよりちゃん無事だったし、別にそれくらいは」
俺は机を叩いた。ごん! 思ったより音がでかくて、華はびくりと肩を揺らした。しまった、やっと落ち着いたところだったのに、と思うけど言葉が止まらない。「それくらいは」だと? ふざけるな。
「お前さ、昔から思ってるけど自己評価低いよな?」
「え、じ、自己評価?」
「自分を他人より下に置きすぎ。そんなんされて、大友喜ぶか?」
「えと、それは」
「大友だって自分が脱がされた方が良かったくらいは思うんじゃねぇの」
華は無言で俯いた。
「それに」
「……それに?」
「俺は嫌だ。俺が嫌だ」
「なんで」
「なんででも、だ」
俺は華にデコピンする。
「いたっ」
「とにかく! 無謀なことはすんな。頼ってくれ、俺を」
「……わかった?」
「なんで疑問形なんだよ」
そう突っ込みつつ、俺はそっと華の頭を撫でた。
不思議そうに見上げられる。
でもこれくらいは許してほしい。ほんとはぎゅうぎゅうに抱きしめたいくらいなんだから、ほんとに。
「本当に申し訳ございませんでした……!」
「あの、僕、それでですね、息子さんにスマホ投げちゃって」
「とんでもないです、止めて、止めていただいて……! 人様のお嬢さんに、と、とんでもないことを」
華に馬乗りになっていた男子の母親は「情けない、情けない」と唇を噛み締めて泣いた。
男子は校長室の柔らかな革張りの茶色いソファで、ひたすら居心地悪そうにしている。
(反省してんのか?)
睨み付けると、その視線に気づいてこちらを見上げて、それからまた視線を下に戻した。全く。
(しかし、俺……やっぱ教師向いてないかもなぁ)
華のこととなると相変わらず振り切れてしまう癖があって冷静になれない。
当事者たちの保護者呼び出し。それぞれの保護者は低頭平身で顔も真っ青だった。
華のことは、それなりに周りも「お嬢様なんだろうなぁ」くらいの認識はあったと思う。時々ハイヤーが迎えにきてたし。
(でもまぁ、まさか「常盤コンツェルン」のお嬢様が普通の公立にいるなんて思わないよなぁ)
華の保護者で(俺の雇い主の)常盤サンはちょうど出張中だった。代わりに来たのがまさかの弁護士で、そのセンセーのまぁ威圧的なこと威圧的なこと。
保護者には関連会社にいる人なんかもいて、校長と教頭を含め軽いパニック状態になっていた。
「な、な、な、なんで我が校にそんな生徒がいるんだね」
音楽室にいた生徒を、全員保護者が迎えに来て、話をして帰宅したあと(もう深夜近いし続きは明日以降ということになった)校長は机でぷるぷると震えていた。
「し、しかも、そんな子を男子生徒が、お、押し倒していたぁ!?」
「校長落ち着いてください」
「さ、相良先生、君はなぜそんなに落ち着いて」
教頭が俺を真っ青な顔で見る。
(まぁ、俺があのバーサンに雇われてるなんて、この人たちは知らないもんなぁ)
知ってるのはもっと上の人たち。
「いいかね、もう、我々はダメかもしれん。きっと明日には市議や県議から圧力を受けた教育委員会から、とんでもないプレッシャーが現場にかけられる」
教頭は泡を飛ばす。
「はぁ」
「大丈夫だ、君たちに責任はとらせないから。いざとなれば、ぼ、僕が首を」
「その必要はありません」
校長の悲壮な決意に水をさしたのは、華の祖母で俺の雇い主。いつのまにか扉をあけていた。着物姿でビシッと決めている。
俺は少し、任侠映画を見ている気分になった。ジャパニーズヤクザ! なんちゃって。
「お電話いただきまして。常盤です。設楽華の祖母ですわ」
「あ、あ、夜遅くにご足労おかけいたしまして、その」
校長は立ち上がる。
「華から話を聞きました。あの子は大ごとになることを望んでいませんし、それに、いちばんの被害者は大友ひよりさんでは?」
「それはその通りですが、お嬢さんの心の傷は大きいかと思います。その、男子生徒に」
「あの子は案外図太いですよ。夕食は焼肉を散々食べて、更にデザートにイチゴパフェまで食べていたらしいですから」
「は」
「運動したからお腹が空いたと申しておりました」
「……はぁ」
俺は額に手を当てた。なんだかんだあいつ、ほんと回復早いんだよな……。前世で失恋したときも、気がついたら別の誰かと付き合ってたりしてたし。結局セカンド扱いされてたけど。
「処分などはお任せします。……きっちり守っていただいたようですし?」
ちらりと俺を見る。
「今回だけは、そのように」
「は、い」
雇い主は俺をちらりと見て、すぐに校長室から出て行く。
ふと校長に目をやると、放心したように宙を見つめていた。
「良かったですね?」
俺はそう言って肩をすくめた。
翌日の放課後、華が職員室に来た。しゅんとした顔をしている。
「あのう」
「……ちょっと話そうか」
他の先生の目もあるので、あくまで教師と生徒の演技をしながら移動する。いつも通りの、社会科準備室。
「ごめん」
「なにが」
コーヒーメーカーに粉をセットしていると、背後から華が呟いた。
「考え無しで、心配かけたから」
「……もういいよ」
コーヒーメーカーのスイッチを入れる。こぽこぽ、と水の音。
「キャンプの時もそうだった」
「まぁな」
「ほんと、私、おとな、なのに」
華の言葉が途切れ途切れになって、俺は振り向く。ぐしぐしと泣いていて、俺は途方に暮れてしまう。泣かせるつもりはなかったんだ、ほんとに。
「いいよ、心配かけて」
俺がそう言うと、華は不思議そうな顔をした。その間もポロポロと涙が溢れていて、ああ綺麗だなって俺は思う。
「心配したくてしてるから。大丈夫、守るから」
何があっても。命に代えても。
そう、心で付け加える。
「変なの」
華は手で目をこする。
「あんた昔から……ほんと、優しい」
それから華は笑う。
「助けてくれて、ありがと」
泣きながら笑う華はほんとに可愛くて、あーほんとなんで俺らこんな年齢差あんのって思う。抱きしめたいのに。
華のが先に死んでるんだから、華の方が年上であるべきじゃないか? まったくやってられない。
二杯分だけだから、コーヒーはすぐに入ってピーピーと電子音が鳴る。
俺は抱きしめる代わりに、カップに注いだコーヒーを渡した。
華は座ってそれを静かに飲む。
「……そういえば、なんで窓から入ってきたの?」
「鍵かかってたから、音楽準備室の窓から横に移動。窓割るつもりだったけど、鍵開いてたから良かった」
「えぇ……」
華は眉をひそめた。
「危ないからやめてよ」
「俺間に合わなかったら、脱がされるくらいはしてただろ」
「……まぁ、ひよりちゃん無事だったし、別にそれくらいは」
俺は机を叩いた。ごん! 思ったより音がでかくて、華はびくりと肩を揺らした。しまった、やっと落ち着いたところだったのに、と思うけど言葉が止まらない。「それくらいは」だと? ふざけるな。
「お前さ、昔から思ってるけど自己評価低いよな?」
「え、じ、自己評価?」
「自分を他人より下に置きすぎ。そんなんされて、大友喜ぶか?」
「えと、それは」
「大友だって自分が脱がされた方が良かったくらいは思うんじゃねぇの」
華は無言で俯いた。
「それに」
「……それに?」
「俺は嫌だ。俺が嫌だ」
「なんで」
「なんででも、だ」
俺は華にデコピンする。
「いたっ」
「とにかく! 無謀なことはすんな。頼ってくれ、俺を」
「……わかった?」
「なんで疑問形なんだよ」
そう突っ込みつつ、俺はそっと華の頭を撫でた。
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