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分岐・相良仁

いじめの現場

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 ひよりちゃんの様子がおかしい。
 廊下ですれ違った時とかに、いつも一緒にいた同じクラスの子がいない。
 話しかけると、いつも通りに笑ってくれてはいる、けど。
 休み時間にひよりちゃんを訪ねてみたら、ぽつりと一人座って外を眺めていた。胸がぎゅうっとなってしまった。

「大丈夫かな」
「いじめ、始まってる気がする」

 私と千晶ちゃんは放課後、教室に2人残って話し合う。

「テニス部の子に聞いたらいつも通りだって。だから、やっぱり多分……クラスだと思う」

 千晶ちゃんの言葉に、私は眉をひそめる。決めつけはダメだって分かってるけど、やっぱり東城さんのあの態度が気になっているのだ。
 その時、がらり、と教室のドアが開く。

「?」

 立っていたのは、なんとなく見たことのある女の子。

(あれ?)

 確か、東城さんの友達だ。
 首を傾げてみていると、その子は私たちのところに走り寄ってきた。

「あの、さ、設楽さんと鍋島さんってさぁ、大友さんと仲いい、よね?」
「? うん」

 どうしたんだろう、と首をかしげる。

「あのさ、……あたしが言ったって、誰にも言わないで欲しいんだけど」
「、うん」

 私は少し真剣に答える。なにか、ひどく嫌な予感がする。

「あたし、いくらなんでも東城、やりすぎかなって思って」
「やりすぎ?」
「うん」

 女の子は俯いた。

「ちょっとさ、先生には言えないし。あたしが止めても、東城絶対聞かないし。てか、まぁ、あたしがハブられるだけなんだけどさ。でも、止めて欲しくて……ほんとに、やりすぎ」
「なにをしようとしてるの?」

 私は少し焦りながら聞いた。
 女の子は、少し言いにくそうに言う。

「脱がせて、裸の写真ネットに上げてやるって」
「は!?」

 私は立ち上がった。
 想定以上のことが起きようとしていた。

「あの、ごめん、わたしがチクったっての」
「大丈夫、絶対言わないから。ねぇ、どこにいるの?」
「お、音楽室。今日、吹部が他校に練習行ってるから、誰もいなくて。防音しっかりしてるから騒いでも大丈夫だって、東城が」

 私と千晶ちゃんは教室を飛び出た。

「ごめん、千晶ちゃん、相良先生に伝えてもらえる?」
「え、華ちゃん」
「とにかく時間稼ぐ!」

 待ってる時間はない。とにかく止めなくては。

「わ、わかった、すぐに行くから」

 千晶ちゃんは職員室へ向かって階段を降り、私は逆に階段を駆け上がる。
 音楽室は四階のすみっこで、私は日頃の運動不足を後悔した。とにかく急がなきゃなのに!
 なんとかたどり着き、ドアをひねる。

(鍵、)

 私は舌打ちをこらえる。鍵が閉まっている。
 ドアをがんがん、と叩くと、ドアのすりガラスのところに誰かの影が立った。

「開けなさい! 私の友達になにしてんのよ!」

 少しだけ、ドアの向こうで何か話す気配があった。
 それから、かちゃりとドアが開いて、私は飛び込む。

「ひよりちゃんっ」

 背後で、ばたりとドアが閉められた。

(しまった)

 振り向くが、そこには東城さんの取り巻きが笑って鍵を閉めたところだった。

「バカじゃん?」

 くすくす、と笑われる。
 私はぐっと唇を噛み締めながら、周りを見渡す。
 東城さんとその友達ーーもとい、取り巻きがいるのは分かっていた。

(まさか男子がいるなんて)

 想定外たった。
 それも、去年私のことをプールでからかった男子。それから、その友達(確か、体育会の時倉庫でふざけてた人だ)が、笑いながら私を見ている。
 ひよりちゃんは、東城さんたちに押さえつけられながらも、脱がされまいと抵抗していた。
 私は「やめなさい!」と叫ぶ。

「は、華ちゃあんっ」
「もう大丈夫!」

 私はひよりちゃんを力づけるように言った。

「もうすぐ先生も来るからね!」
「なにが大丈夫よ、先生来たからってなに? ちょっと仲良くふざけてただけじゃん、ねぇ?」

 東城さんはニヤニヤと笑う。

「さっさと脱がせて写真撮っちゃお。そしたらコイツら言うこと聞くしかなくなるじゃん。先生にもふざけてただけですって証言してよねー?」

 その言葉に、男子二人は笑みを深めた。

「つか、さあ、増えたじゃん。しかも設楽さん」
「ラッキー」

 ニヤニヤと笑うその下卑た表情に、思わず鳥肌が立つ。去年、プールで私をバカにした男子と、体育会の時に暴れてあわやひよりちゃんに怪我をさせそうになった男子。
 よりによって、この2人が東城さんと組んでたなんて。

「……この下衆野郎、最っ低」
「は?」

 蔑む目線で、無言でそいつらを睨む。ほんとに最低だと思ったから。

「なんだよ、その目は。立場分かってんのか」

 その目線にさすがにイラついたのか、肩を押されて、床に倒れこむ。上から強く肩を押さえつけられて、思わず顔をしかめた。

「じゃあさぁ、大友に手ぇ出されたくないんならさ、お前が代わりに相手しろよ」
「だな、俺らのオモチャになってよ。そしたら大友から手ぇ引いてやるから」
「……ふっざっけんなっ」

 脛を蹴って、距離を取ろうとするけど案外力が強くてうまくいかない。

「ね、や、やめようよ」

 東城の取り巻きの1人が言う。

「やりすぎだって」
「なんで?」

 ケタケタ、と東城は笑った。

「動画撮っといてあげるー。バラしたらネットにばらまくからね」
「華ちゃん、華ちゃん」

 東城たちに押さえつけられたひよりちゃんが、泣きじゃくる。

(つか、仁は何してるのあいつは!)

 ニヤニヤしている男子に、思い切り頭突きをくらわす。

「ってぇな!」

 頭はグラグラするけど、押さえつける力が緩んだ隙に、起き上がってひよりちゃんの方に走る。けど、すぐに腕を掴まれて引き倒された。したたかに身体を打ち付ける。

「バカにしやがって」

 馬乗りになってくる男子を、私は強く睨みつける。

「ゲス、クソ野郎、最低」
「全くその通りだよな」

 飄々とした声が、突然音楽室に響いた。
 がらり、と窓が開いていた。外側から。

「……え?」

 思わず外を凝視する。

「え、仁、ここ、四階」

 人前なのも忘れて、つい「仁」呼びしてしまう。

「そーだね、四階だね」

 仁は何でもないことのように、よいしょ、と言いながら窓から入ってきた。

「で?」

 仁は頭をかしげる。

「誰から死にたい?」

 そう言いつつ、ノーモーションでスマホを投げた。私の上にいた男子の頭に直撃し、肩から手が離れた隙に、ひよりちゃんに駆け寄る。

「ひよりちゃん!」

 東城さんは少し呆然としていたせいか、すぐに手を離した。ひよりちゃんを抱き起すと、仁が私たちをぐいっと後ろに隠す。

「あの、仁」
「後先考えろ」

 低い声で言われて、私はびくりと肩を揺らした。
 おそるおそる、仁の顔を盗み見る。
 こんなに怒ってる仁みるの、ほんとに久しぶりだった。前世に、そうだ、二股かけられてたバイト先の先輩殴った時以来ーーううん、その時より、怒っていた。
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