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分岐・鹿王院樹

フリでも嬉しい(一部共通)

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 昼休み、次の授業が体育だから早めに移動しよう、と千晶ちゃんとふたり、更衣室に向かいながら、そんな話をしている時だった。
 体育館へ向かう渡り廊下から、体育館裏方面に、人影が見えた気がして何気なく覗き込む。

「あれ、ひよりちゃん?」
「わ、華ちゃんストップっ」

 千晶ちゃんに腕を引かれる。そして耳元で囁かれた。

「告白じゃない?」
「え、あ、ほんとだ?」

 ひそひそ、と私たちはささやき合う。
 ひよりちゃんの前には、多分1組の男子。
 ひよりちゃんの「ごめんなさい、好きな人がいるの」がやたらと大きく聞こえて、男子は気まずそうに笑いながら去っていった。

「……好きな人」
「お兄様よね、やっぱ」
「秋月くんはなにをしてるの」
「彼はなんやかんやヘタレだからなぁっ」
「え、あれ、華ちゃんに千晶ちゃん!?」

 ひよりちゃんの声がして、びくびくと顔をだす。

「ご、ごめん立ち聞きするつもりはなかったんだけど」
「いーのいーの、良くあるから」
「良くあるの?」
「あるある」

 ひよりちゃんは苦笑いする。

「そんなさ、すぐ付き合えそうに見えるー?」
「そういうんじゃない、と思うけど」

 ひよりちゃんは可愛いし、明るいし、そりゃ好きになっちゃうよなぁと思う。

「そかなー。好きな人には振り向いてもらえないのにね? なんかフクザツだよ」

 渡り廊下へ上がってきつつ、ひよりちゃんは切なそうな顔をする。

「土足で出ちゃったや」
「まぁ人目を避けたらそうなるよね」
「そーゆーもんかな、あ、ごめん」

 体育館から出てきた女子と、ひよりちゃんがぶつかる。
 ぶつかった女の子は、無言でひよりちゃんを見ると、サッサと行ってしまった。

「え、感じ悪っ。誰? タイの色からしたら同じ学年だね」

 千晶ちゃんが眉をひそめて言う。
 この学校では、セーラー服のタイの色が学年ごとに違う。私たちは白、ひとつ上が赤、ひとつ下は緑。
 さっきの子は白いタイだったので、同じ学年のはずだ。

「あ、同じクラスの子。東城さん。キツイ子で有名だから、多分機嫌悪かったんじゃない? いつも、わたしにはあんなだし」

 ひよりちゃんが肩をすくめる。

「嫌われてるっぽいんだよねー」
「え、ほんとに」

 私もさすがに眉をひそめ、そして考えていた。

(もしかして、あの子が"いじめ"を起こすんじゃないかな……)

 そんな風に心配していた、数日後の放課後のことだ。
 帰りのホームルームが終わって、少し周りの子たちとおしゃべりタイム。
 その子たちもぼちぼち部活に向かったりなんかし始める。
 私もカバンに教科書を詰めつつ、でも実は千晶ちゃんとこっそり話したいことがあって、ちらりと千晶ちゃんを視界にいれながら悩んでいた。

(いつものカフェで待ち合わせ、とかのほうがいいかな?)

 下手に学校で話して、誰かに聞かれてもなぁ、なんて考えていると、千晶ちゃんの方から声をかけてくれた。

「華ちゃん、後でカフェ来れる? いつもの」
「うん」

 二つ返事でそう返して、急いで帰宅、着替えてすぐカフェへ向かうと、千晶ちゃんはすでに来て待ってくれていた。
 挨拶もそこそこに、本題に入る。

「ひよりちゃんの様子、変、だよね?」
「うん……」

 廊下ですれ違った時とかに、いつも一緒にいた同じクラスの子がいない。
 話しかけると、いつも通りに笑ってくれてはいる。けれど、元気はない。
 休み時間にひよりちゃんを訪ねてみたら、ぽつりと一人座って外を眺めていた。胸がぎゅうっとなってしまった。

「大丈夫かな」
「いじめ、始まってる気がする」
「テニス部の子に聞いたらいつも通りだって。だから、やっぱり多分……クラスだと思う」

 千晶ちゃんの言葉に、私は眉をひそめる。決めつけはダメだって分かってるけど、やっぱり東城さんのあの態度が気になっているのだ。
 
「明日……は土曜日だから無理か。土日は部活だよね、ひよりちゃん。月曜日、昼休みに話聞こう」
「うん」

 その、翌日の夕方のことだ。

「ごめんね、買い物付き合ってもらって」
「いいんだ、俺も色々見て歩きたかったから」

 背が(ほんの少し)伸びたのもあって、冬服が足りなくなってきたのだ。横浜まで出て、デパートなんかを見て回る。
 室外には出ないけど、なんとなく不安で練習終わりの樹くんに来てもらったのだ。
 上下ジャージでバックパック背負ってて、デパートでそれは浮く格好なはずなのに、なぜか溶け込んでいた。

(なんでだろ……)

 イケメンだから……?
 不思議に思いつつ見上げると、樹くんも不思議そうに私を見た。つい、くすっと笑ってしまう。

「そういえば、私、敦子さんと一緒だと、よく着せ替え人形にされてたな」

 ちょっとさみしい。着せ替えされないのは助かるけど。

「クリスマスには帰国するんだろう」
「うん、楽しみ」

 ふふ、と笑う。

「新婚さんの惚気話も聞かなきゃ」
「そうだな。メールはしてるんだろう?」
「うん、毎日」

 ……そう、ついにスマホを手に入れたのだ! お子様スマホというのか、決まった機能しか使えないやつだけどすごく嬉しい。写真も撮れるし。
 そんな風なことを考えていると、ふと樹くんが気がついたように言った。

「駅ナカも見て回っていい?」

 カジュアル系の洋服屋さんとかも見てみたい。敦子さんとはデパートとかでしか服を買ってなかったけど。

「ああ」

 樹くんとデパートを出て(といっても直結だけど)駅方面に向かう。
 ふと、窓ガラスの向こうが騒がしいことに気がつく。
 窓の外から大きな音楽と、拡声器で音割れした男の人の声が響き渡った。

「選挙?」
「いや、これは」

 樹くんは少し目を細めた。

「最近騒がしい新興宗教だな」
「なにそれ」
「なにやら派手で過激な布教でな、マスコミが面白がって取り上げているんだ」

 窓の外を、街宣車がゆっくりとしたスピードで走っていく。西洋風なような、お経のような、ちょっと不思議な音楽も聞こえた。
 車に付けられた看板には「世界の終わりが近い」とおどろおどろしい赤文字で書かれている。

「不安を煽って信者を得ようとしているんだろう」

 少し呆れたように樹くんは言う。

(世界が終わる、かぁ)

 なんだっけ、覚えがある。恐怖の大魔王が降りてくるってやつ。ええと、そうだ。

「あは、思い出した、ノストラダムスみたい」
「ノストラダムス?」

 樹くんが不思議そうに私を見る。
 私は「えへへ」と曖昧に笑った。
 そうか、中学生めっ、生まれてもないのか……!

(なんとなーく、覚えてる)

 幼稚園だったか、小学校だったか。お姉ちゃんに「もう世界が終わってみんな死ぬんだ」って随分と脅されたなぁ……。

「あのね、ノストラダムスの大予言っていう、世界が終わるだの終わらないだの、そういう噂があったんだよ、20世紀末に」 
「ほう?」

 樹くんは首をかしげる。

「信じてどうするんだ」
「さぁ、……でも結構信じてた人、いるみたい」

 私はちらり、と窓の外を見遣る。少しずつ遠ざかる音楽。

「まぁ、似たようなものか。死にたくなければ信仰しろと煽っているらしいからな、彼らは。自分たちではキリスト教……、カトリックを名乗ってはいるらしいけど、もちろんバチカンは認めてない」

 樹くんは肩をすくめる。

「それに自称、隠れキリシタンの末裔、らしいがそもそも創設が最近だ。隠れるも何もない」
「長崎とかの? ほんとかもよ?」

 私が樹くんを見上げると、樹くんは苦笑した。

「本物の潜伏キリシタンの方のやり方とは全然違う。別物だ。さっきも言ったが、あそこは騙ってるだけ」
「えー、ダメじゃん」
「カルトだからな。興味持つなよ、華」
「え、持たないよ、ってか、引っかからないよ」
「そう言っている人こそ引っかかるんだ。特に若年層の入信者が多いらしいから」

 樹くんはぽん、と私の頭を撫でた。

「万が一世界が終わるとなっても、華だけは守り抜くから心配するな」
「……ひとりで生きてたって意味なくない?」
「ふ、それもそうだ」

 ふと、樹くんは遠くに視線をやる。

「華、あれ、友達だろう」

 樹くんに言われて目線をやると、そこにはひよりちゃんが辛そうな顔つきで歩いていた。横には、東城さんと、その友達らしい子数人。

「……、変な雰囲気だな」
「どういうこと」

 ひよりちゃんは部活帰りっぽくて、ジャージ姿。わざわざ横浜まで連れてこられたの?
 私は簡単にひよりちゃんと東城さんの確執について、説明をする。

「絶対おかしい、普通に遊んでるとかじゃ絶対ないと思う」
「なるほどな、……つけてみるか」

 何事もなければそれでいいんだから、という樹くんの提案に、こくりと頷く。
 やがて、雑貨や化粧品なんかも置いているバラエティショップへ入っていく。

「どうしよ、入ったらバレるかな」

 そんなに大きくない店舗だ。鉢合わせする可能性はある。

「俺だけ行こう。華はここにいろ。何かあれば叫べ」
「え、あ、うん」

 叫ぶも何もないと思うんだけど、と柱に寄りかかってお店方面を眺める。
 雑貨の詰まった棚の向こう側に、時折ひよりちゃんや東城さんの姿が見えた。
 樹くんは目立つと思いきや、そんなこともない。

(彼女へのプレゼント選んでる感、すごい)

 イケメンはどこにいても肯定的に見られるのではないかなと思う。攻略対象スペックずるい。
 ぼけっとそんなことを考えていると、ふと声をかけられる。

「ねえ、なにしてるの?」

 目線をあげると、高校生くらいの男子、というか男の人、というかの2人組。
 私は首をかしげる。

(ナンパだあ)

 久しぶりすぎる。前世ぶり。
 私は眉をひそめた。そんなホイホイ付いていきそうな子に見えたでしょうか、私は。

「……彼氏待ってます」

 眉をひそめて、端的にそう答える。"彼氏ときてます"、ナンパ断る時の常套文句。決して樹くんのことじゃないんだよ、と心の中で樹くんに謝った。ゴメンね。

「えー、そうなの? ほんと? 今からさぁ、オレらカラオケ行くんだけど、きみ、どう?」
「ほんともう彼氏くるんで」
「ちょっとだけ! 一曲だけ!」
「彼氏ってほんと? いるの?」

 はぁ、と俯く。

(めんどくさー)

 靴の先を見つめながら、こいつらどっか行かないかなー、と無視しているけど、めげずに話しかけてくる。

(もー、しつこいなぁ)

本当に叫んじゃおうかな、と思っていると、頭の上からほんの少し、怒った声がした。

「俺がその彼氏ですが」

 樹くんだった。私は身体を引き寄せられて、ぽすん、と樹くんの腕の中に収まる。

「彼女に何かご用ですか」
「……あー、ほんとにいたのね」
「ごめんごめん」

 高校生2人は、苦笑いしてさっさと歩いていく。

「樹くん」
「華、大丈夫か」

 心配そうに言われる。

(彼氏、って言わせちゃった)

 フリ、してくれた。

(嘘でも嬉しーや)

 ちょっと、きゅんとしてしまう。
 樹くんは眉を下げた。

「すまない、やはり1人にすべきではなかった」
「あ、ぜんぜん大丈夫、ね、ひよりちゃんは」

 私は向き直って、樹くんを見上げて言った。
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