上 下
182 / 702
分岐・黒田健

中学編エピローグ(side健)

しおりを挟む
 俺が作った鮭のホイル包みを嬉しそうに食べながら(これは親父の好きな料理だから)親父は「まぁ言える範囲のことだけたけど」と石宮、というかあの事件について教えてくれた。

「石宮さんはしばらく取り調べ……というか、まぁ、ぶっちゃけ入院してる。どこかは教えられないけど、まぁ一般の人は面会とか無理なところに」
「いやまぁ、面会とかは行かねぇけどよ」

 言ってから思う。どうかな、設楽は行きたがるかもしんねー。

「精神的なケアがね。元からちょっと変わった子だったみたいだけど」
「ちょっとじゃ済まねーよアレは」
「まぁね。でも今は比較的落ち着いてるみたいだよ」

 言われて思い返すのは、あの石宮の笑顔。ちゃんと笑えんじゃねーか、と思った。

(設楽が)

 あいつが庇ったからかな、と思う。何をどう感じたのかはわかんねーけど、何かが石宮の琴線に触れたんだろう、なんて想像する。全部俺の勝手な妄想かもしんねぇんだけど。

「で、まぁニュースにもなってるから知ってるだろうけど、他の子たちも見つかったよ。各県の施設だったり、教会だったりで」
「SNSでうまいこと勧誘してたんだって?」
「そうそう。その子たちはね、誘拐なんかされたつもりはなかったんだ。ただ真剣に修道女として神に仕えていただけ、と。まぁほとんどの子はそう主張してるみたいだね」

 俺は黙って肩をすくめた。

「で、石宮さんは彼女たちを勧誘するのに一役買ってたってわけ。同じ年頃の女の子から誘われた方が、警戒心も低くなるだろうし」
「ふーん」
「気持ちわからない、とか思ってるだろ健?」
「まぁ」

 素直に答える。そういうのわかんねーから。

「皆が皆、迷わず生きられるわけじゃない。お前だって」

 俺は親父を少し睨んだ。

「わーってるよ。つか、毎日迷ってんぞ俺だって。色々」

 悩み多き思春期男子に何言ってんだボケ、と言うと親父は楽しそうに笑った。

「し、思春期男子、健が」
「…….バカにしてんのかクソ親父」
「してないしてない、はは……まぁ、話戻すけど、その子たちだって年明けには殺されてたんだけどね」
「は?」

 そんな話はニュースにもなってなかった。

「同物同治、っていう考え方があって」
「なんだそれ」
「東洋医学? 漢方? ちょっとよく分からないんだけど、治したいところと同じところを食べたら良い、って話」
「よくわかんねーんだけど」

 つか、なんでそんな話になってんだ。

「あのね、例えばだけど、心臓悪い人は焼き鳥でハツ食べて、肝臓悪い人はレバー、胃が悪い人は焼肉でミノ食べるみたいな?」
「ああ」

 俺はうなずく。焼肉行きてーな。

「で、ね。ええと、健はイエス・キリストは知ってる?」
「そんくらい知ってるわ、キリスト教作った人だろ」
「知らないじゃないか、まぁ……いいや、本筋と関係ないから」
「違うのかよ」
「その分だと、キリスト教とイスラム教、同じ神を信仰してるのも知らないね?」

 あとユダヤ教、なんていい添えられるけど余計に知らない。

「は?」

 俺は眉をひそめた。

「あいつら仲悪ぃじゃねーか」

 いっつもドンパチしやがって、と言うと親父は少し苦笑いした。

「案外そんなもんなんだって」
「へぇん」

 分かったような、分からないような。

「でね、あの教祖様っていたでしょ。女の人」
「おう」
「あの人ね、聖母マリアになりたがってたの」
「は?」

 聖母マリア?

「なんだそりゃ」
「なんだそりゃだよねー、俺たちもそう思ったんだけど、どうやらマジで。わたくしは救世主を産むのですって言ってたみたい。世界をハルマゲドンから救うために? みたいな」
「余計わかんねー」

 その感覚がわからない。

「で、なんでそれで中学生攫って、殺そうとしてたんだよ」
「聖母マリアがイエスを産んだのが大体まぁ、13歳前後から15歳とか、みたいでね」
「は? 若っ。身体大丈夫なのかよそれで」
「まぁ、普通だったんじゃない、昔なら」
「でもなぁ」

 生まれる時に母さんも俺も死にかけたって知ってるから、なんか複雑だ。

「だから、それくらいの年頃の女の子の血が必要だったみたい」
「なんでだよ」
「自分にはもう生理が来てる。それを治療するために、まだ生理がきていない、マリアがイエスを産んだのと同じ年頃の女の子の血を飲もうとしてた、みたいだ」

 俺はしばらく言葉を失った。……治療?

「だからね、」
「いやいーよ、分かったよ。理解はできねーけど、その女は中学生の血を飲んで体調管理をしようとしやがってたわけだな」
「体調管理って。まぁそうだね」

 親父は妙な顔をしてうなずく。

「まぁそんな教祖サマも、なにやら取り調べは素直みたいなんだけど」
「へえ?」

 あの狂信的な女がか。一瞬しか見てねぇけど、そんなに簡単に罪を認めそうには見えなかった。

「いや、なんでもね、……常に怯えちゃっててね、刑務所にいた方が安全なんだとさ」
「は? なにに?」
「それは絶対に口を割らないんだなぁ、あの人も。うーむ」

 親父の顔を見ながら考えた。それってもしかして「ハルマゲドンより怖いもの」か?

(鍋島兄、何したんだ)

「ところで健は食べないのか」
「あー、走ってからにするわ」

 俺は立ち上がりながら言った。

「へえ? 走り込み?」
「まずは体力づくり」
「なんで?」
「強くなりてーから」

 俺はウインドブレーカーを羽織りながら言った。今回の騒動で分かった。いや、分かってはいたけど痛感した。俺はまだまだ、だ。

「高校、厳しいとこ行きてー」
「青百合誘われてたんじゃないの」
「あそこも強ぇけどなー」
「ま、ゆっくり考えなよ」

 俺は頷いて、リビングを出た。玄関で靴を履き、外へ出るとピンとした、冬の寒い空気。軽くストレッチをしてから走り出す。
 しばらく走っていると、見た顔がいて俺はつい声をかけた。

「鹿王院」
「む? ああ、黒田か」

 ペースを崩す事なく走る鹿王院に追いつきながら「よう」と挨拶した。しかしでけえな相変わらず。何センチあるんだ。

「ロードワーク、こっちの方まで来てんのか? 遠くねぇの」
「そこまでは。黒田もか」
「ここうちの近所だから」
「そうか」

 それから無言でしばらく走って、ふと鹿王院が立ち止まる。俺も立ち止まって鹿王院を見上げた。

「俺は華が好きだ」
「……」

 俺は黙って、鹿王院の言葉を聞いていた。

「正直、譲る気にはなれん」
「譲るって言い方は気にくわねぇな」

 俺は腕を組む。

「彼氏は俺だ」
「ふ、それもそうだ」

 鹿王院は少し笑って「まぁ」と肩をすくめた。

「長い人生だ、俺以外との恋愛経験かあってもいいだろう」
「……上からだなお前」

 堂々としてるので、腹も立たない。

「最終的に俺を選んでくれればいい訳だ」
「残念ながらそれはねぇわ」

 ほんの少し睨み合って、それから鹿王院は笑った。俺は笑わなかったけど。

「しかし華のことは置いておいて、俺はお前個人は結構好きだ」
「藪から棒だな」
「筋の通った人間が好きだからな」

 微笑む鹿王院は、まぁ男の俺から見ても整った顔立ちで、背後に月なんか出てるから余計に際立った。濃紺の空と、白い満月。
 そこからぽつぽつと色んな話をして、俺もどうやらこの男が嫌いではないなと思った。設楽は絶対渡さねーけど。

「それで俺は思ったわけだ、そうだ淡水エイを飼おう」
「脈絡ねぇわ」
「まぁそう言うな」

 楽しそうに飼ってる魚の話をする鹿王院は、なんだか普通に友達みたいで楽しい。

「黒田は何か飼ってないのか」
「魚系はねぇなー……。昔はカブトムシとか」
「ああ、いいよなカブトムシ。俺も昔は山に分け入ったものだ」
「お前もそのクチ?」
「うむ、じゃあきっと楽しいぞ、アクアも」
「いや脈絡ねぇよ」

 俺は笑う。鹿王院も笑った。
 いやでも、まさかその内にコイツと山やら海やら出かけるような仲になるとは、この時は全く想定もしていなかった。人の縁って妙なもんだよな、って後から俺は思ったりする。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...