上 下
176 / 702
分岐・黒田健

転校生

しおりを挟む
 "いじめ"騒動からしばらく経って、すっかり寒くなってきた12月の初め。
 何がどうなったのか、詳しいことは分からないけれど、東城さんと男子2人は転校して行った。

(東城さんは渋ってたみたいだけど)

 かなり強いハートの持ち主、だと思う。尊敬はできないけれど。
 ともあれ、流石に親御さんが転校させたらしい。
 それから男子2人はーーこれ、敦子さんが絡んでそう。無表情にブチ切れてたし、敦子さん。2人揃って、"急な親の転勤"でお引越し、だそうで……

(まぁ、私ももう顔見たくなかったし)

 怖気が走る、というか。
 渦中にいた時はテンション高かったし、そこまで「怖い」感覚はなかった。けれど、時間をおいて冷静になると、さすがに怖かったみたい、で。
 思い返すと、心に冷水をかけられたかのような気持ちになっていた。
 そして、なんとなく日常が返ってきた。取り巻きさんたちは、気まずそうだけど皆学校に来ている。
 とにかく、そんな12月の初めに、その子はやってきた。

「転校生の、石宮瑠璃さんです」

 相良先生が紹介した転校生、その子を見つめて私は呆然としたし、ぱっと振り返って見てみると、千晶ちゃんは固まってたし、黒田くんは片眉を上げて少し目を細めた。

(……うそでしょ)

 夢かと思って頬をひねるけど、うん、ふつうに痛い。

(え、え、え、なんで?)

 石宮さんはおどおどとした態度ながらも「よ、よろしくお願いします」とハッキリ言って、大人しく空いた席に座った。

「かわいー」
「おにんぎょさんみたいな子だね」

 クラスの皆からのささやき声が聞こえてくる。
 当の瑠璃は、何やら考えている顔で、きゅっと唇を結んでいた。
 授業前の五分休み、私は千晶ちゃんのところへ駆け寄る。

「ち、千晶ちゃん」
「……想定外ね、これは」

 眉間のシワを親指でほぐしながら、千晶ちゃんは言う。

「……そういえば、おばあちゃんちが鎌倉だって言ってたね」

 海の帰りに遭遇したときの話だ。

「あー……え、わざわざ引っ越したの? なんのために」
「……なんでだろ」
「親の都合? ううん、"ゲーム"ではそんな展開はなかったはず、だし……あーもう分かんないめんどくさい」

 頭を抱える千晶ちゃん。

「とりあえず、様子、みよっか」
「それしかないかー……」

 千晶ちゃんは小さく伸びをした。

「何を企んでるかは分からないけど、まぁ、大したことではない、と思うのよねー……謎の正義感に突き動かされてはいるみたい、なんだけど」

 私も頷く。
 でも後から、本当に後から思えば、石宮瑠璃のあの「謎の正義感」は、人に利用されやすいものだった。それに私が気づくには、あまりにもピースが足りなさすぎた、んだけれど。
 ともあれ、授業は特に問題なく進む。合間合間の休み時間にも、特に私達に絡んでくることもなかった。

(……?)

 私は不思議に思う。やっぱり、ただの偶然?
 そんなことを考えていると、石宮さんは動いた。昼休みのことだ。
 給食後、石宮さんは教卓をばん、と叩き、皆の注目を集めた。

「め、名探偵、皆を集めてサテと言い、という伝統に則って、さて、という言葉から始めたいと思い、ます」

 皆は首をかしげるーーというよりは、「何この子」という少し引いた視線がほとんどだったと思う。
 そんな視線を知ってか知らずか、瑠璃は少しびくつきながらも、こう続けた。

「松影ルナを殺したのは、あなたですね、設楽華さんっ」

 突然に名前を呼ばれて、私はびくりと教卓に立つ石宮さんを見た。

「え? ええっ!?」
「ふ、ふんっ、演技が上手、ですねっ」

 (なぜか)勝ち誇ったように言う石宮さん。自分の机で固まっている私のところに、黒田くんが来て横に立ってくれた。見上げると、超不機嫌そうな顔で石宮さんを見ている。

「何ほざいてんだてめー」
「く、黒田くんっ、あなたも騙されているんですっ。そ、そうでなければっ、あなたが恋する相手はべ、べつにいるからですっ」

 私は思わず、肩を揺らした。
 "ゲーム"のシナリオ通りなら、黒田くんは、ひよりちゃんに恋をしていたはずなのだ。
 思わず、黒田くんの学生服の裾を少し掴む。

「は?」

 黒田くんの眉間のシワが一層深くなる。
 それから、私を見て「お前もいちいち不安になってんじゃねー」と言って乱暴に頭を撫でてくれた。撫でる、というか、もはや髪の毛をぐちゃぐちゃにかき混ぜられた、というか。

「わぁ」
「お前以外見えねーから」

 目が合う。不機嫌そうな表情だけど、その目にはとても優しい光があって安心する。

「うん」

 少し微笑んで答えて、それから周りからの生温い視線に気がついた。
 北山さんが後ろの席から「らぶらぶう~」とニヤついて言ってくる。あ、これ後でからかわれるパターンだぞ……。

「ま、まったく、とんでもない女狐ですっ。玉藻前もかくや、という感じですねっ」

 石宮さんは、ひとつ息をつく。
 教室の皆のドン引きしてる雰囲気にも、黒田くんの冷たい視線にも怯むことはない。

(つ、強い)

 鈍感なのか、異常にハートが強いのかは分からないけど、この子は思っている以上に……、なんていうか「やっかい」なのかもしれなかった。

「さ、さて! 設楽華ッ! ここで、あ、あなたの罪の一つを、だ、断罪しますっ」
「……罪?」

 私は首を傾げた。

(断罪、って)

 心が騒つく。だって"悪役令嬢"は、断罪されるものだから。

「そ、そうです……! ま、松影、松影ルナちゃんを殺したのは、設楽華、あ、あなたですねっ!?」
「……え?」

 ぽかん、と石宮を見つめる。

(さすがに、……え?)

 私が、松影ルナを殺した?

(な、何をどうやったらその結論に!?)

 私はおたおたと黒田くんを見上げる。黒田くんは「なんだあいつ」と小さく呟いて目を細めた。

「そうでなければっ、松影ルナちゃんがあんなとこで死ぬ、なんてこと、あるはずないから、ですっ」

 得意げに石宮さんは続ける。

「る、ルナちゃんと小学校が同じだった、って子から、聞きましたっ。あなたは、ルナちゃんとトラブルになってたって。ルナちゃんは、あなたを許さないって、何度も言ってたって」

 私は目を見開く。
 そう、松影ルナはたしかに言っていた。私を許さない、と。

「調べたところによりますとっ、ルナちゃんが家からいなくなったのは夜8時前後っ。あなたはそれくらいの時間にルナちゃんを呼び出して、海へ行き、そして殺したんだわ! そして久保とかいう人も殺して、罪をなすりつけた! そうに違いない、んですっ」

 ふん、と石宮さんは得意げに鼻息をついた。

(ええと?)

 どうしたらいいんだろ、こんな時?

「設楽」
「なに?」
「無視するか? ただのアホみたいだ」
「え、あー」

 黒田くんは不機嫌を通り越して呆れ顔になっている。

「あのさぁ」

 北山さんが手を挙げて言った。

「設楽ちゃんには、そもそも無理だと思うんだけど、その、夜にそのルナって子を呼び出すの」
「な、なぜですか」
「設楽ちゃん、暗い屋外に出るの無理なの。発作起こすの、皆知ってるでしょ」

 周りも頷く。キャンプでやっちやったから。

「な、なるほど、ですっ」

 瑠璃はひとりでうんうん、と頷く。

「そういう、アリバイ工作ですねっ。それは演技ですっ」
「演技ぃ?」

 北山さんは眉をしかめた。

「演技であんな風になるわけないじゃんっ」
「どんな風かは分かりませんが、みなさん騙されてますっ。あの子は、悪役令嬢なんですよ? 悪いんですっ」

 力説する瑠璃と、引いていく面々。

「やばっ」なんて言葉も聞こえている。
 黒田くんが、大きくため息をついて口を開いた。

「……クソどーでも良くて黙って聞いてたけどよ、設楽に妙な噂がこれ以上立つのも業腹だから言っとくわ」
「な、なんですか?」
「その日、設楽にアリバイ工作も何もねーんだよ。夜8時過ぎまで、設楽は俺といたよ」
「ん、え?」
「アリバイ工作もクソもねぇっつってんだよ、そもそも設楽にはアリバイがあるんだよ。8時に松影に連絡なんかムリだ」
「ほ、ほええ?」
「分かったらその煩せぇ口閉じとけ」

 それからつかつか、と教卓まで行って、教卓を叩く。かなり抑えてる感じではあったけど、それでもびくり、とした石宮さんに、黒田くんは低く言う。

「次、設楽に変な話してみろ、女だからって容赦はしねー」

 石宮さんはそれには答えず、ただ私を(なぜ!?)ただ強く睨みつける、のだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華
恋愛
テンプレ悪役令嬢であるセリーナは、乙女ゲームの舞台から穏便に退場する為、処女を散らそうと決意する。そのお相手に選んだのは能面執事のクラウスで…… ちょっとお馬鹿なお嬢様が、色気だだ漏れな狼執事や、ヤンデレなお義兄様に迫られあわあわするお話。 ※ギャグとシリアスとホラーの混じったラブコメです。寸止め。生殺し。 完結感謝。後日続編投稿予定です。 ※ちょっとえっちな表現を含みますので、苦手な方はお気をつけ下さい。 表紙は、綾切なお先生にいただきました!

処理中です...