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分岐・山ノ内瑛

中学編エピローグ

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 今年の桜は、少し早かった。
 桜の花が、フェンス越しに見えた。花弁は濃い桜色、散っていく花びらをアキラくんと並んで見つめる。いつもの裏門近く。
 花びらは春の日差しをうけて、キラキラと輝いた。

「あ、これ」

 私はアキラくんにカードを渡した。

「? なんこれ」
「石宮さんから」
「え、あいつ?」

 少し驚いたようにアキラくんはカードを受け取る。クマのキャラクターが印刷されたカード、そこには「ほんとうにごめんなさい」と小さく書かれていた。

「石宮さんから、弁護士さん経由で手紙が来てね。これ同封されてて、あの時いた人たちに渡してくださいって」
「ほぇーん。反省してたんやなアイツ」
「彼女なりに、ね」

 千晶ちゃん誘拐事件は、あのカルト教団の教祖をはじめ多くの人間の摘発で幕を閉じた。石宮さんもその1人だ。
 彼女は結局のところ、かなり深くあの教団に関わっていたらしい。

「というか、あの女の子たちの失踪、っていうか誘拐は石宮さんが中心だったみたい」

 私はアキラくんにカードを見つめながら説明した。

「SNSのメッセージで女の子たちを勧誘してたみたいなんだけど」

 女の子たちは、誘拐された自覚はなかった。ただ、修道女として神様に仕えていただけ、そう主張していたらしい。

「あいつにそんな器用なことできたん?」
「んー、なんかほとんど教団の人の指示に従ってただけっぽいんだけど」

 それでも、あの子があの子の意思でやったことだ。

「……あの子はね、本気でハルマゲドンが来ると思ってたわけじゃないんだって」
「そうなん? ほな、なんであいつらに協力なんか」
「認めてくれたからなんだって」
「なにを?」
「自分を?」

 私は肩をすくめた。

「あの子はね、自分が特別だと思ってて」

 私は言いながら思う。

(でも、そう思ってしまうのも仕方ないのかもしれない)

 自分がヒロインとして、生まれ変わったことを知ったなら。

(もし私も、悪役令嬢じゃなくて、ヒロインだったら、もしかしたら)

 石宮瑠璃は"私"だったかもしれないのだ。
 自分は特別なはずなのに、周りはそう接してくれない。特別なはずなのに、そのように物事は動かない。

(当たり前だーーまだシナリオ開始前だったんだから)

 そしてそれ以上に、ここは"現実"なんだから。

(でも)

 私は考えたのだ。
 たとえ現実でも、私は悪役令嬢として生きることは可能なのだろうか?

「特別、なぁ」

 アキラくんは不思議そうに言う。

「前世があるだとか、自分が主人公なんだとかをSNSに書き綴ってたみたいなんだけど。それを教団側で見つけて」

 教団側は、利用しやすい女の子を探していたらしい、とのことだ。
 なぜ女子中学生集めていたのかは、公表されていないし、石宮さんからの手紙にもなかったので分からないのだけれど。

(やたらと血にこだわってたな、あの教祖さん)

 もしかしたら、そこにヒントがあるのかもなんだけど。

「前世なぁ」

 アキラくんは苦笑いした。

「本気で信じるやつおんねんな」
「……あは」

 おります。ここに。

「でも前も言ったけど華、華にもし前世があったなら、俺ときっと出会ってたで」
「……そかな?」

 私は曖昧に笑った。

「何回生まれ変わっても、絶対恋に落ちてるわ俺ら」

 ふっふ、とアキラくんは楽しそうに笑う。

(もし)

 前世、あそこで死んでなかったら、"アキラくん"と出会えてたかな?

(そうなのかもしれないな)

 過去のことは変えられないけれど、でもIFを想像することは自由だ。

「だね」

 だから私も笑う。

「きっとそうだね」
「せやろー?」

 アキラくんは楽しそうに笑って、私の頬にキスをした。

「あー、ほんま華かわいっ」

 私は頬を抑えて、ほんの少し照れる。女の子扱い、されまくってるのに慣れない。
 ふと、風で桜の花びらが舞い上がる。それらはフェンスを越えて、私たちの周りでキラキラと舞った。

「わぁ」

 思わず見上げる。春色の空に、桜の花びら。

「綺麗やな」
「そう、」

 そうだね、と言えなかった。アキラくんの唇が私のそれに重なる。

「ん、」

 すぐに離れていくのが寂しくて、追いすがるように私からもキスをする。何度も、何度も。

「華」
「ん?」

 アキラくんが、私の上唇を甘く噛んでから言った。

「桜の花言葉知っとる?」
「? 知らない」
「精神的な美しさ、らしいねんけど」
「うん」
「不思議やない? こんなに綺麗やのに潔さのほうが花言葉になってんねん」
「そだねぇ」

 日本人はそういうの、好きなのかも。

「華も」
「ん?」
「華もな、見た目すっごい可愛いし綺麗やしお姫様みたいやしもはや天使やし」
「な、なになになに!?」

 急にべた褒めだ。

「せやけど、華の中身がなぁ、俺好きやわ」
「ん?」
「華は桜の花みたいや」

(……それ)

 私は首を傾げる。ゲームでは、アキラくんがヒロインちゃんにいう言葉。

(ヒロインちゃんから、…….とっちゃった)

 いいのかな、とほんの少し思うけど、でも、それでも。

(でも、私、アキラくんを譲る気はない)

「華、高校は青百合にせえへん?」

 アキラくんは切なそうに言う。

「華と離れ離れなんの無理やわ」
「アキラくん」
「俺、多分、死ぬ」
「……私も」

 大げさだ、と私の中の大人が言う。それくらいで死なないよ、中学生っていちいち大仰なのよ、ほんと視界が狭いっていうか。周りを見てないよね。てか、そうなったらそうなったで楽しい出会いとかもあるよ? なんて言ってる。クソみたいだと思う、そんなの。そんな意見は断固として認めない。

(だって私はまだ"中学生"なんだもん)

 これが人生最後の恋だって、そう思って命がけで恋して、何が悪いの?
 視界が狭くて構わない、周りが見えなくたって構わない。私は今、全身全霊で恋をしてる。
 私はアキラくんの手を握った。アキラくんは優しく握り返してくれる。

(たとえアキラくん以外の世界中の人に嫌われたって、私はきっとこの恋を選ぶ)

 そう思えない恋なんか、私はいらない。

(ワガママなのも、自分勝手なのも知ってる、わかってる)

 でもそれはしょうがないじゃない?
 私はほんの少し笑った。

(だって私は、"悪役令嬢"設楽華なんだもの)

 周りの意見なんて気にしない。どう見られてるか? 知ったことか。

(ゲームで華も言ってたなぁ、そんなこと。確か……"わたくしは、わたくしの好きなことしかいたしません")

 ゲームの華は、樹くんが好きで、好きで好きで好きでーーヒロインに嫌がらせを繰り返していた。
 ゲームしてる時は、なんてワガママな女だと思ったけれど、でも、私は決めたのだ。
 恋する相手は、ゲームとは違うけれど。
 正々堂々と、悪役令嬢らしく、一途な恋に生きていく。
 破滅エンド? 断罪? 勘当? まとめてウェルカムだ。退学にはなりたくないから、いちいちヒロインちゃんに関わろうとは思わないけど。

「受験勉強、頑張るね」

 そう言って見上げたアキラくんの顔が本当に嬉しそうで幸せそうで、私はそれだけでいいと思ってしまう。
 この人以外、何もいらない。
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