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分岐・山ノ内瑛

転校生

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「いいわよ帰ってて」
「せやけど」
「昼休みおわっちゃうじゃない」

 保健室、白衣姿の小西先生は時計を見て言う。

「走れば間に合う?」
「あー……、ギリ、間に合うと思いますけど」

 アキラくんも時計を見上げた。

「じゃあ。ほら、あたしに設楽さんたちはまかせて」
「相良サンに待っとけ言われとんですけど」
「あんな三十路は無視してヨシ。大ごとになったら、もうこっち来れないわよ」

 アキラくんは小西先生にぐいぐい、と連れて行かれる。

(ご、強引)

 昼休みにコッソリ会っていたことを小西先生に話すと、ウンウン、と頷いた。何故だかやたらと深い相槌だった。
 そして、アキラくんに「帰っていいわよ」と言い出したのだ。

(なんで小西先生、こんなにアキラくんのこと庇ってくれるんだろ?)

 首をかしげる。単に、いい人なのかもしれない。

「他の先生に声かけられないように、職員玄関まで送ってあげる」

 そこから帰りなさい、と先生はアキラくんを引っ張って行った。

「ほな、華、またな」
「うん、……ありがと!」

 アキラくんはにっ、と笑った。私も小さく手を振り返す。
 じきに小西先生が戻ってきて、氷で冷やしていた私の足を固定してくれた。

「あまりに痛むようなら病院ね?」
「はーい」

 そう返事をしたとき、がらり、と保健室の扉が開く。相良先生だ。

「大丈夫? 設楽さんも大友さんも」
「はい」

 私たちは揃って返事をする。

「じゃあ、ちょっと話を……あれ、関西弁バスケ少年は?」
「帰しました」

 小西先生が淡々と言って、相良先生は「は!?」と小西先生を見た。

「や、あの子、一応関係者……」
「別に山ノ内君がいてもいなくても話の内容に大差はないでしょう」
「そうだけど……そうだけど、さー」

 納得いかないっぽい相良先生だったけど、切り替えたみたいで、その後は淡々と何があったかを聞いてきた。

 結局、後日いろんな話をまとめてみると、いじめの原因は、東城さんが好きな男子からの告白をひよりちゃんがが断ったことに端を発するらしい。
 東城さんの告白を「好きな人がいるから」とその人が断ったことで、余計東城さんは捻くれて、その怒りの矛先がひよりちゃんへ向かった、と。

「なにそれ」
「何それだよね」

 千晶ちゃんはいつものカフェで、暖かいカフェオレ片手に口を尖らせる。

「まぁ多分口実で、元からひよりちゃんが気に食わなかったっぽいよ、東城さん」

 ひよりちゃん可愛いから、と千晶ちゃんが呟く。

「なるほどねぇ」
「でも、まぁ」

 千晶ちゃんは、ひとくち、カフェオレを口にした。

「これで"いじめ"は解決、だし。華ちゃん、お疲れさまでした」
「ううん、たまたま居合わせて。ほんとに良かった」

 私たちは笑い合う。これで、当面の問題は解決したと、そう信じていた。
 しばらくして別の話題に話が変わる。このところの数学の課題が難しいとか。

「中学生っぽい話題よねぇ」
「ふふ、まぁソトガワは中学生だからね」

 私がそう言ったとき、窓の外から大きな音楽と、拡声器で音割れした男の人の声が響き渡る。

「選挙?」
「や、これあれだよ」

 千晶ちゃんが窓の外を見る。

「最近騒がしい新興宗教。派手な勧誘とか過激なパフォーマンスでワイドショーとかに取り上げられてるの」
「え、なになに」

 私も窓の方を見る。
 窓の外を、街宣車がゆっくりとしたスピードで走っていった。西洋風なような、お経のような、ちょっと不思議な音楽。
 車に付けられた看板には「世界の終わりが近い」とおどろおどろしい赤文字で書かれていた。

「やだね。ああいうの。不安煽って」

 千晶ちゃんが眉をしかめる。

(世界が終わる、かぁ)

 なんだっけ、覚えがある。恐怖の大魔王が降りてくるってやつ。ええと、そうだ。

「あは、思い出した、ノストラダムスみたい」
「ノストラダムス? あ、うわぁ懐かし」

 千晶ちゃんが笑う。
 幼稚園だったか、小学校だったか。お姉ちゃんに「もう世界が終わってみんな死ぬんだ」って随分と脅されたなぁ……。

「どんなんだっけ、ノストラダムスの大予言」

 千晶ちゃんが首を傾げた。

「世界が終わるだの終わらないだの、そういうんじゃなかった?」
「あー、そうそう、恐怖の大王が降ってくる? そんな話だっけ。アンゴルモア」
「それね、99年7の月ね」

 外側中学生でも、中身は結構なオトナなので、そんな話で盛り上がる。

「小さかったけど、怖かったからよく覚えてるよ」

 千晶ちゃんが苦笑して、それから続けた。

「でもあの人たちもほんと、似たようなかんじ」
「そうなの?」
「しかも、死にたくなければウチに入って神を信じなさい、的な」
「はー」
「一応カトリックを名乗ってるらしいけど、もちろんバチカンからは認められてないみたい……信じちゃダメよ?」
「信じないよ!」

 私はそう言って、笑った。
 その翌日、のことだった。窓の外は、ちらちらと雪が舞っていた。ひどく冷え込んだ12月初めのその日、ひとりの女の子が転校してきた。

「石宮瑠璃さんです」

 相良先生に紹介されたその子に、私は見覚えがあった。ふわふわの色素の薄い髪、綺麗な顔立ちの女の子。

(……誰だっけ?)

 首を傾げていると、ふと千晶ちゃんが視界に入る。目を見開いて、呆然としていた。
 授業前の休み時間、千晶ちゃんに声をかける。

「大丈夫?」
「え、あ」

 千晶ちゃんは、ハッとしたように私をみた。それから小声で言う。

「華ちゃん、あの子。ヒロインだよ」
「え」

 私はバッと振り返る。数人の子たちに囲まれて、色々な質問をされている、その子。

「え、なんで……」

 そう言いながら、私は思い出していた。昔、小学生の頃、樹くんといるところに絡んできた"ゲームの記憶"がある女の子!
 その話をすると、千晶ちゃんはハァとため息をついた。

「記憶か~、どうなんだろ、こっちも邪魔しないからアナタも関わらないで、で通じる相手かな?」
「……小学校のときなら微妙なかんじだけど、今ならいける、かも」
「なんとか2人きりになれないかな」
「え、大丈夫? 私も行くよ」
「"悪役令嬢"と2対1だと、警戒されちゃうかもだから」

 千晶ちゃんは肩をすくめた。

「とりあえずダメなら報告するね」

 そう言って笑う。私はほんの少し、なんだかよく分からない不安を残しながらも、それに頷いたのだった。
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