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分岐・山ノ内瑛

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「寒くなったね」
「せやなぁ」

 コートを着込んでマフラーも巻いて、くっついて晩秋の空をながめる。いつもの、裏門近くの人気のないところ、だけど。

「さ、寒すぎる~」
「場所考えなあかんな」

 アキラくんは笑って立ち上がった。

「アキラくん?」
「とりあえず歩こかー。動いたほうがあったまるやろ」
「だね」

 とはいえ、アキラくんが見つかるわけにはいかないので、こそこそと校舎裏をウロウロするだけ、なんだけど。

「こうなったらバスケ教えたろか? したらあったかいで」
「うー、肉離れとかになりそう」
「そうそうならんて」

 アキラくんは快活に笑うけど、運動不足の自覚がある私はすこし自信がない……。どこへ行くにも車になっちゃったし。

(ジムにでも通っちゃう?)

 そんなことを考えながら歩いていると、ふと人の気配、というか、ボソボソとした話し声がして、私とアキラくんは身を潜めた。

「ふっふ、スパイみたいや」
「楽しそうだね」
「華と一緒なら何でも楽しいねん、俺は」

 私は笑って、アキラくんの背中におでこをつける。

「私も」

 そう呟くと、アキラくんは振り返って私の髪をぐちゃぐちゃにした。

「な、なんで」
「可愛すぎるから、ちょっと不細工にしたろ思て。……ムダやったけど」

 そう言って、私のおでこにキスをした。
 赤くなって見上げていると、さっきの話し声が、少しずつ大きくなっていることに気づく。近づいてきているのだ。
 ふたりで見つからないようにくっつきながら、その話を聞く。

「東城さ、やりすぎだよ」
「ね。やり方エグい」
「大友さんも怖いのに目ぇつけられたよね」
「よりにもよって、あの東城だよ」
「強いよねー……」

 私は、その会話に出てきた「大友」に目を見開いた。

(ひよりちゃん!?)

 今にも飛び出したいのをぐっと抑えて、2人の話に聞き耳をたてる。

「どーすんの。行く? 倉庫」
「あー、どうしよ。行かないと東城にガチギレされそうだけど、……大友さんカワイソすぎて」

 それがはっきり聞き取れた最後の言葉で、そのまま2人はぶらぶらと歩いて行ってしまう。

「……華?」

 私が青い顔をしているのにきがついたのか、アキラくんは心配そうに私の顔をのぞきこむ。

「ひよりちゃんが……!」
「ひよりて、あの子か。華の友達の」
「そう」

 私は頷く。

「なにか、酷いことが起きてるみたい」
「……やな。倉庫、言うてたな」
「裏門とこのじゃないよね、人が何人も入れる大きさじゃないし……となると、体育倉庫かな」

 運動場のすみっこの、と呟く。

「体育館、やなくて?」
「体育館は昼休み、開放されてるから人目があるの」

 私は走り出す。

「アキラくんは帰ってて! 先生たちにみつかるとマズイでしょ」
「なんや華、俺のこと巻き込んでくれへんの?」

 私に簡単に追いついたアキラくんは笑う。

「何遍も言ーてるやろ、巻き込まれたほうが俺は幸せや、っつーか」

 アキラくんの目が、少し真剣みを帯びる。

「なんや、危なそうなとこに自分の彼女ひとりで行かせるかいな」

 こんな時なのに、私の胸はぎゅうっとなる。
 校庭の隅にある体育倉庫にたどり着くと、かすかに人の声が聞こえる。何人かの人の笑い声。小さく聞こえる「やめて」というひよりちゃんの声。
 顔色が変わった私の顔を見て、アキラくんは言う。

「間違いなさそうやな?」

 鉄製の扉に手をかけた。内鍵はそもそもないので、簡単に開くかと思いきや、なにか突っかえ棒のようなものがしてあるのか、全く動かない。
 扉をガンガン、と叩く。

「ひよりちゃん! いるの!?」

 しん、とする倉庫。

(どこか、どこか、入れる場所を)

 きょろきょろ、としているとゴトリ、と音がしたあとガラガラと扉が開く。

「ひよりちゃんっ」

 そう叫んだ私を、扉近くにいた男子が引きずり込んだ。

「華っ」

 すぐにアキラくんも倉庫に私を追ってくれるけど、私は振り向いて(しまった!)と思う。別の女子に、すぐに扉が閉められてしまった。

「離せや!」

 アキラくんが私の腕を掴む男子から、私を引き離す。
 男子は「おーこわ、関西弁じゃん」と少し笑って、一歩後ろに下がった。
 アキラくんにお礼を言って離れつつ、私はソイツらを睨みつける。
 女子3人に、男子2人。
 ひよりちゃんは、正座して前屈した状態で、女子2人に頭と背中を押さえつけられている。1人の男子はスマホ片手にその様子を撮っていたようで、女子のもうひとりは、扉の方からニヤニヤ笑いながらこちらに歩いて来ていた。

「は、華ちゃん」

 ひよりちゃんが、必死にこちらを見る。

「と、東城さん、華ちゃんは関係ないよ」
「知らないよ、この人から来たんだから。てか、誰」

 ひよりちゃんを押さえつけている2人の女子のうち1人が、私を睨む。

(この子が東城さん? ……ってか!)

 その横で、スマホ片手にニヤついている男子には見覚えがある。

(……プールでからかってきた人)

 よりにもよって、な組み合わせ。

「女子は設楽さんだろ、黒田の彼女」

 その男子がそう言って、私は少し慌てて手を振る。

「付き合ってないよ! てか、ひよりちゃんを離して! 何してるの!?」
「何って、……ふざけてただけよ。ねぇ?」

 東城さんは笑いながらひよりちゃんを立たせる。

「ねー、ひよりちゃん?」

 ひよりちゃんは、びくりと肩を揺らした。

「……お前ら、女子1人にこないなことして、恥ずかしくないんか」

 アキラくんがイラついた声で言う。

「汚い真似すなや」
「え、なに、関西のヒト? 関西弁、こわっ」
 
 ケタケタ、と東城さんたちは笑う。
 それから、ふと低い声になってアキラくんを睨みあげた。

「……てかほんと誰よ」
「……誰でもええやろ」

 2人は睨み合う。

「その制服、青百合? なんで私立のオボッチャマがこんなとこいんのよ」
「関係ないやんけ。謝れや、その子に」
「だーかーら、ふざけてただけだって。友達と。ね?」

 笑いながら東城さんは、ひよりちゃんの腕をとった。

「ねー?」
「……うん」
「ほらっ!」

 勝ち誇る東城さんを無視して、私は言う。

「ひよりちゃん、絶対守るから一緒に行こう」

 手を差し出す。ひよりちゃんはウロウロと目線を動かした。

「守るって!」

 あははは、と東城さんは笑った。

「あっは、正義の味方気取り!?」
「気取りでも何でもええやんか、お前らよりは少なくとも正義寄りなんは確かなんやから」

 アキラくんは東城さんを睨む。

「だからさ、関係ないでしょ、アンタたちには」
「関係あるよ」

 私は言う。

「友達だもん」

 ひよりちゃんは目を見開く。その目から、ぽろりと涙がこぼれた。

「友達! 友達だってさ!」

 東城さんは嘲るように笑って、それからひよりちゃんから手を離した。そして明らかにバカにした口調で言う。

「感動的ぃ」
「つーかさ。コイツ、返せばいーんだろ? ほら!」

 横にいた男子が、どん、とひよりちゃんを押した。

「、あ」

 ふらり、とひよりちゃんは傾いで、倒れかかった。その先には、ハードル競争のハードルが並べてある。

(ぶつかる!)

 私はひよりちゃんを支えようと手を伸ばしたけれど、支えきれずにひよりちゃんを抱きしめる形でそれに突っ込む。
 がたあん、と大きな音ともに後頭部から背中にかけて痛みが走った。

「華っ!」

 アキラくんが大きく私の名前を呼んで、走り寄ってくる。

「大丈夫か」

 私たちは、優しく抱き起こされる。

「う、うん、ひよりちゃんは」
「わたしは大丈夫、ごめん、華ちゃん、ごめん」

 綺麗な目からは、相変わらずポロポロと涙が。怪我はないみたいだ。
 ふ、と安心する。
 と同時に、足に痛みが走った。

「……っ、た」
「華」

 アキラくんの顔色が変わる。どうやら足首をひねったみたいで、立てそうにない。

「あっは、勝手に突っ込んで勝手に怪我してんの、ダッサ」

 私たちを見て、東城さんは笑う。アキラくんが睨むと、私を引きずり込んだ男子が嘲るように言った。

「でも大友怪我してないじゃん、良かったな。設楽、胸にエアバッグみたいなのつけてるもんな」

 その一言に、もう1人の男子、去年プールで私をからかった男子も、ケタケタと笑い出す。
 そして、去年黒田くんをキレさせた一言を、また言った。

「ほんとそれ! やっぱさ、そのでけーのでさ、俺の挟んで」
「ブッコロス」

 アキラくんが低く言って、立ち上がる。

「何ヒトのオンナに下ネタぶっこいとんねん、ダボ、あ?」
「あ、アキラくん」

 眉間に深くシワを寄せて、アキラくんはその男子に詰め寄る。

「え、は、そんなキレんなよ」

 身長差も結構あるし、男子は少したじろぐ。

「つか、え、オンナて、彼女?」
「せや。俺は自分の彼女そないに言われて黙ってられるほど大人ちゃうねん」

 むしろそんなんやったらオトナになんかならんでええわ、と言いながらアキラくんはその男子の胸ぐらを掴む。

「マジになんなよ、関西人だろ、ジョーク通じろよ」
「おもんないねん関東人は」

 おでこがぶつかりそうな程の距離で、アキラくんは低く言う。

「センス無いわぁ」

 そう言って、もう片方の手をきつく握りしめる。

(な、殴る!?)

 それはダメだ。アキラくんはバスケ推薦で青百合にいるんだ、暴力沙汰なんか起こしたら退学間違いなしだ。

「ま、待って」

 私は痛む足を無理やり動かして、アキラくんの背中にしがみつく。

「だめだめ、だめだって」
「華は下がっとけ」

 怒ってる、でもその中からも優しさを感じる声でアキラくんは言う。

「大丈夫やから」
「あのねぇ、大丈夫じゃないよ。部外者がなにしてくれてんの」

 突然倉庫に響いた大人の声。
 いつのまにか倉庫の扉が開いて、そして相良先生が立っていた。

(え、いつのまに)

 驚く私たちをよそに、先生はつかつか、と入ってきてアキラくんの腕を掴む。

「……離せやオッサン、俺はコイツ殺さなあかんねん」

 アキラくんは相良先生を睨みあげた。

「バスケできなくなるっ」

 私はぎゅうっと背中にしがみついたまま、何とかそう言った。

「私は大丈夫。ほんとに」

 少し振り向いたアキラくんの目を見ながら、必死で訴えかける。

「ね?」

 アキラくんは小さく舌打ちをして、男子をもう一度睨むと、いかにも渋々と言った表情で掴んでいた手をぱっと開く。

「次は無いで」

 アキラくんは男子にそう言って、静かに私を抱き上げた。

「え、アキラくん」
「あー、ひよりちゃんやっけ、すまん、保健室教えてもろうてええ?」
「え、あ、うん」

 ひよりちゃんは立ち上がる。
 歩いていく私たちに、相良先生は「保健室で待ってなさい」と声をかけた。小さく頷く。
 倉庫から出たところで、ひよりちゃんは、ぺこっと頭を下げた。

「ふたりとも、ありがとう」
「ううん、そんなこと……ってか、アキラくん! 私、歩けるよっ」
「あかん、腫れてきてるやんか」

 言われて見てみれば、確かに赤く腫れ上がって来ていて、私は今更ながらに痛みを自覚する。思わず眉をしかめると、アキラくんは悲しそうに眉を下げた。

「……すまん、守れんで」
「何言ってるの」

 私はぱちぱち、と目を瞬いた。

「アキラくんが居てくれたから、私勇気が出たんだよ」

 そう言って見上げると、アキラくんはほんの少し笑って、それから、少し私を抱く手に力が入ったのだった。
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