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分岐・山ノ内瑛
宣告
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新横浜まで島津さんに来てもらい、帰宅すると敦子さんはリビングで雑誌を読んでいた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「災難だったわねぇ」
「でも楽しかったよ」
「そう」
神戸土産を渡す。
「圭は?」
「部屋で絵を描いてるわよ」
「じゃあまたにしよ」
お土産は晩御飯のときでいいかな、と敦子さんの向かいのソファに座ると、敦子さんはゆったりと微笑んだ。
「ねぇ、華」
「なぁに?」
「あなた、もう神戸へ行ってはいけないわ」
「……なんで?」
私はぽかんと敦子さんを見つめた。
「もうじき、樹くんのご両親との顔合わせでしょう。そこまでしておいて、他の男の子と2人で遊ぶなんてもうダメよ」
「え、と、その、敦子さん。それなんだけど」
私はアキラくんのことを伝えようとしたけれど、敦子さんは首を振って私を制した。
「ねぇ華、ごめんなさい、あなたが自分の気持ちに気づかない内に、こうすべきだったわ」
「……なにを」
「あなた、気づいてなかったでしょ? 小学生の頃から、神戸のあの男の子に会うとき、あなた、いつもよりおめかししていたのよ」
「え」
「下手に引き離して、あなたが気持ちに気付いてしまうより、自然と疎遠になればと思っていたけれど、……そうもいかないみたいだから」
敦子さんは立ち上がり、ぴしゃりと言う。
「ひとりであの子に会ってはダメ。行ってはダメ。手紙も、電話も、一切禁じます。最後にもう会えませんとだけ、その手紙だけは許しましょう」
「あ、敦子さん」
私も立ち上がる。
「むり、むりです、私」
「華」
敦子さんはそっと私に近づき、手を頬に当てた。
「華、あなたと樹くんとの婚約は、もう既に当人同士の話ではないの。いえ、最初から……」
私はただ敦子さんを見つめる。
「ねぇ華、泣かないで、樹くんとだったら、あなた幸せになれるわ」
なれるだろうな、と思う。樹くんは優しいし、素敵な人だ。
ぽろぽろと涙が溢れる。
だけど、違うのだ。
私のぽっかり空いた隙間を埋めてくれてのは、アキラくんだったのだ。
だって私、ずっとアキラくんに手を引かれている感じだった。
あの日、病院で言ってくれたアキラくんの言葉、あの言葉がなかったら、私、どうなってたか分からない。
"なんやよお分からんけど、でもーー世界中のヤツがアンタを忘れても、アンタが俺を忘れても、俺はアンタを探し出してみせるわ"
あの日のアキラくんの笑顔、思い出せる。何回も思い出したから。思い返したから。
"それくらい、もう俺はアンタのこと好きやで"
この世界で生きていいんだって、肯定してくれたひと。
"やから大丈夫や。絶対大丈夫や。俺を信じぃ"
信じさせてくれたひと。
アキラくんはずっと私の行き先を照らしてくれてた。優しさで、言葉で。
だから、一緒にいたいと思うのだ。
「勝手に行く」
「口座は凍結します」
「歩いていく」
「……やめておきなさい」
「やだ」
私は泣きながら首を振った。
「やだ」
そんな私に、呆れたように敦子さんはため息をつく。
「よく考えなさい、華。あなたはもう子供じゃないの」
「子供だよ」
敦子さんはひとつため息をついて、それから「明日から外出は全て車でね」と言った。
「島津さんに頼んであるから」
「やだ」
「駄々をこねないで華」
敦子さんはそう言ってリビングを出た。私はソファに座り込み、体操座りでひたすら泣き続けた。
ふと、肩に暖かいものがかかる。薄手の毛布。見上げると、圭くんだった。
「ハナ」
「け、けい、くん、あのね」
泣きじゃくりながら言うと、圭くんも悲しそうに眉をひそめた。
「ハナ、泣かないで」
「う、うう」
圭くんに縋り付くようにして、泣く。
「あのね」
圭くんは私の背中を優しく撫でながら言った。
「おれも、あんまり、その人には会って欲しくないんだけど」
私はびくりと顔を上げる。なんで?
「落ち着いて、ハナ。でもね、おれはお別れは直接言うべきだと、思う」
「お、おわかれ」
「……うん、もし、もしハナが、もう少しオトナになって、きちんとイツキとの婚約、解消できたら、……そしたらまた考えたらいいと思う。でも今は、おわかれ、するしかないんじゃないかな」
ヤダヤダ、と私は首をふる。
「ね、ハナ、もしハナが直接お別れ、言うんだったら、おれ、手伝うよ」
「え」
「神戸まで連れて行ってあげる」
圭くんは少し微笑んだ。
「任せておいて」
「おかえりなさい」
「ただいま」
「災難だったわねぇ」
「でも楽しかったよ」
「そう」
神戸土産を渡す。
「圭は?」
「部屋で絵を描いてるわよ」
「じゃあまたにしよ」
お土産は晩御飯のときでいいかな、と敦子さんの向かいのソファに座ると、敦子さんはゆったりと微笑んだ。
「ねぇ、華」
「なぁに?」
「あなた、もう神戸へ行ってはいけないわ」
「……なんで?」
私はぽかんと敦子さんを見つめた。
「もうじき、樹くんのご両親との顔合わせでしょう。そこまでしておいて、他の男の子と2人で遊ぶなんてもうダメよ」
「え、と、その、敦子さん。それなんだけど」
私はアキラくんのことを伝えようとしたけれど、敦子さんは首を振って私を制した。
「ねぇ華、ごめんなさい、あなたが自分の気持ちに気づかない内に、こうすべきだったわ」
「……なにを」
「あなた、気づいてなかったでしょ? 小学生の頃から、神戸のあの男の子に会うとき、あなた、いつもよりおめかししていたのよ」
「え」
「下手に引き離して、あなたが気持ちに気付いてしまうより、自然と疎遠になればと思っていたけれど、……そうもいかないみたいだから」
敦子さんは立ち上がり、ぴしゃりと言う。
「ひとりであの子に会ってはダメ。行ってはダメ。手紙も、電話も、一切禁じます。最後にもう会えませんとだけ、その手紙だけは許しましょう」
「あ、敦子さん」
私も立ち上がる。
「むり、むりです、私」
「華」
敦子さんはそっと私に近づき、手を頬に当てた。
「華、あなたと樹くんとの婚約は、もう既に当人同士の話ではないの。いえ、最初から……」
私はただ敦子さんを見つめる。
「ねぇ華、泣かないで、樹くんとだったら、あなた幸せになれるわ」
なれるだろうな、と思う。樹くんは優しいし、素敵な人だ。
ぽろぽろと涙が溢れる。
だけど、違うのだ。
私のぽっかり空いた隙間を埋めてくれてのは、アキラくんだったのだ。
だって私、ずっとアキラくんに手を引かれている感じだった。
あの日、病院で言ってくれたアキラくんの言葉、あの言葉がなかったら、私、どうなってたか分からない。
"なんやよお分からんけど、でもーー世界中のヤツがアンタを忘れても、アンタが俺を忘れても、俺はアンタを探し出してみせるわ"
あの日のアキラくんの笑顔、思い出せる。何回も思い出したから。思い返したから。
"それくらい、もう俺はアンタのこと好きやで"
この世界で生きていいんだって、肯定してくれたひと。
"やから大丈夫や。絶対大丈夫や。俺を信じぃ"
信じさせてくれたひと。
アキラくんはずっと私の行き先を照らしてくれてた。優しさで、言葉で。
だから、一緒にいたいと思うのだ。
「勝手に行く」
「口座は凍結します」
「歩いていく」
「……やめておきなさい」
「やだ」
私は泣きながら首を振った。
「やだ」
そんな私に、呆れたように敦子さんはため息をつく。
「よく考えなさい、華。あなたはもう子供じゃないの」
「子供だよ」
敦子さんはひとつため息をついて、それから「明日から外出は全て車でね」と言った。
「島津さんに頼んであるから」
「やだ」
「駄々をこねないで華」
敦子さんはそう言ってリビングを出た。私はソファに座り込み、体操座りでひたすら泣き続けた。
ふと、肩に暖かいものがかかる。薄手の毛布。見上げると、圭くんだった。
「ハナ」
「け、けい、くん、あのね」
泣きじゃくりながら言うと、圭くんも悲しそうに眉をひそめた。
「ハナ、泣かないで」
「う、うう」
圭くんに縋り付くようにして、泣く。
「あのね」
圭くんは私の背中を優しく撫でながら言った。
「おれも、あんまり、その人には会って欲しくないんだけど」
私はびくりと顔を上げる。なんで?
「落ち着いて、ハナ。でもね、おれはお別れは直接言うべきだと、思う」
「お、おわかれ」
「……うん、もし、もしハナが、もう少しオトナになって、きちんとイツキとの婚約、解消できたら、……そしたらまた考えたらいいと思う。でも今は、おわかれ、するしかないんじゃないかな」
ヤダヤダ、と私は首をふる。
「ね、ハナ、もしハナが直接お別れ、言うんだったら、おれ、手伝うよ」
「え」
「神戸まで連れて行ってあげる」
圭くんは少し微笑んだ。
「任せておいて」
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