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分岐・鹿王院樹

手のかかる悪役令嬢(side樹)

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 大事にしたい、と思う。

「一緒に寝よ?」

 華がそう首を傾げて、頬を赤らめて言った時、俺は喜びと同時に自分の迂闊さを呪った。

(何をホイホイと2人きりで旅行なんかに連れ出したんだ、俺は)

 喜ぶだろうか、と思ったのだ。
 元々は"仕事"の手伝いで知ったホテルだ。どんなところか、実地調査にも来ていた。その時にずうっと、華の好きそうなところだなと思っていたのだ。
 実際喜んでくれて、海や空をキラキラとした眼で見る華はとても可愛らしかった。
 目の前で耳まで赤くして俯く華。もちろんそんな華だって可愛らしく思う。
 俺は、そっと華の頭を撫でた。

(大事にしたいから、してるから)

 伝わればいいのに、と思う。
 うまく言葉には、まだできそうにないから。俺は子供で、きっと自分が思うよりもっと幼いのだろう。特に、華を目の前にすると、何をどうしていいか見当もつかなくなるのだから。

 このホテルのビュッフェは有名で、地元の特産の郷土料理がアレンジしてあってとても美味しい。華も気にいるだろうなと思っていたら、予想通りすっかりお気にめしたようですっかりご機嫌だ。

「なかみじる、すごい好き……」

 華はうっとりと、モツスープのお椀を眺める。

「沖縄料理のお店行けば食べれるかなぁ?」
「店によるのではないか? かなりの手間がかかるらしいから」
「問い合わせしてみよ~。あ、イノシシのチャンプルも美味しい」
「臭みがないな」
「ねっ!」

 華はニッコリと笑う。

「ラフテーもカニも美味しい!」
「ノコギリガザミだな。本州でも採れることもあるが」

 言いながら、明日はどうしよう、と思う。本島の水族館にも行きたいが、せっかく来たのだから別の島に渡って華に水牛も見せたい。

(二泊では足りなかったな)

 また来よう、と思う。南十字星を見る約束もしている。

(1週間くらいはいるな)

 うむ、と頷くと華は不思議そうに首を傾げて、生クリームたっぷりの黒糖パンケーキをぱくりと食べた。

 部屋に戻ると、華は明らかに眠そうだった。なんとかシャワールームに突っ込み、シャワーを浴びてもなお眠そうな華の髪はまだ濡れている。

「華、寝る前に髪」
「んー? うん」

 移動疲れもあるのだろう、ソファでウトウトしだす華を抱えて鏡台の前の椅子に座らせる。
 抱き上げた時に、甘えるように胸に頬を寄せるからドキリとする。可愛くて仕方ない。

「最近の華は手がかかる」

 照れ隠しで何となくそう言うと、華は半分寝かかりながらもムッとした顔をして「そんなことないもん」と言う。

「手間のかかる私はきらい? 許婚やめる?」
「そんな訳ないだろう」

 バカなことを、と少し笑って言うと、華は安心したように頬をゆるめる。

「私、ちゃんと樹くんの許婚?」
「? もうしばらくは、そうだ」

 そのうち結婚するのだから、そうなれば許婚は卒業だ……18になったら、卒業を待たずして籍を入れたい、なんてことも思っている。ダメだろうか。
 華は不思議な顔をして「ふふ」と笑う。可愛らしいような、少し切なそうな顔。
 華の髪は短いので、比較的すぐに乾かし終わる。

「終わったぞ」

 そう言うと、鏡の中の華は半分目を閉じて、少し寂しそうな顔をした。

(華)

 俺は素直に嬉しい。華が俺を意識してくれていることも、甘えてくれていることも、ワガママを言うようになってくれたことも。
 髪の毛をひとすくい、持ち上げてキスをする。

「明日の朝、浜辺を歩こう」
「うん」

 寝ぼけ眼で振り返った華は、ゆったりと笑う。だが、ほんの少し頬に赤みがさしていて、俺はそれをすごく嬉しいと思う。

(伝えるべきだ)

 許婚で、許婚だけど、それだけではない、と。きちんと好きだと。家のことなど関係なく、将来の伴侶になってほしいのだと。

「華」

 ドライヤーを洗面台の棚に置き、部屋に戻りつつそう口を開いたときと、華の可愛らしい寝息が聞こえたのとは、ほぼ同時だった。
 鏡台にもたれかかるようにして眠る華の瞼にキスを落とす。

「疲れていたんだな」

 そう言いながら頭を撫でる。スヤスヤと眠る横顔。

"あんだけ美人でも、そのうち飽きるんじゃない?"
"中学の時に付き合ったひとと、世の中の何パーセントが結婚してると思う?"
"単に決められているから、あの子が好きだと錯覚してるんじゃない?"

 ふと、そんな言葉を思い出す。
 すべて、学校の同級生に言われた言葉だ。それぞれ別の人間。わざわざ忠告のように言われることもあれば、雑談のついでのように言われることもあった。

(お前らには、関係ない)

 正直、そう思った。人生で華以上に好きになる人間が出てくるとは思えない。にもかかわらず「ご親切に」アドバイスをしてくるのだ。さも、自分の方が俺のことを知っている、と言わんばかりの風情で。

(あれは、何なんだろうなぁ)

 いつも不思議に思う。
 やたらと口を出してくるのは、たいてい女子だ。

(放っておいてくれたらいいのに)

 そう思いながら、華を抱き上げる。こんなに面白くて可愛いひとのことを、錯覚なんかで好きになるものか。ましてや、飽きるなどあり得ない。
 夕食前、"華の方から"手をつないでくれた、それだけで信じられないくらい、幸せになれるのに。
 ベッドルームに運んで横たえて、しっかり布団をかけてやる。

(おやすみ)

 いい夢を、と願いながら、もう一度だけ瞼にキスをした。
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