上 下
119 / 702
8(中学編)

姉は笑う(side山ノ内光希)

しおりを挟む
 あたしはさっきから桜の下、敷かれたビニールシートのその上でゴロゴロ転がりながらぶうぶう言っている13歳下の弟に、ついに蹴りを入れた。

「痛っ! なにすんねんミツキ!」
「文句言うたかてしゃあないやないか、華ちゃんは遠い鎌倉の空の下や」
「しゃーないやん、なんか桜咲いたら華に会いたなるんや」
「なんでやねん」
「華って桜っぽいんやー」

 意味わからん。

「つか、せっかくの家族揃ってのお花見やんけ、ちょっとは手伝えやアホ。優希ゆうき見習えやドアホ。準備途中参加やねんから一番張り切ってや」
「家族揃って言うても、おとんおらんやんけ」
「もう少ししたら来るやろ」
「ほんまかなぁ」

 あたしには家族が多い。父方の祖父母、両親、それから妹ふたりに弟ふたり。
 今目の前で文句ぶうぶう垂れている、やたらとデカく育ち中の弟、瑛はしぶしぶと立ち上がり、母さんのところに「皿並べるわ俺」と言いに行っていた。よし。
 珍しく父さんがお花見でもしよう、と母さんに言ったのが昨日、土曜日の夜。
 なのに肝心の父さんは「少しだけ様子見てくる」と朝から職場に行ってしまったらしい。スーツで。なんぼなんでも戻ってくるとは思うけど。

 海が見える公園の桜がウチの近くでは一番のお花見スポットで、朝から(父さんと午前練の瑛以外)総出で、ビニールシートだのアウトドア用の机だの、ビールやジュースが詰まったクーラーボックスだの、を搬入したのだ。重い重い。
 周りの人もそんな感じで、まだ正午過ぎなのに既に酔っ払いもちらほら。
 そんな中、午前だけ部活(日曜の午後は一軍練習だけらしい)に参加して直接公園に来た瑛は、桜を見るなり「華に会いたい」とぶうぶう言いだしたのだ。

 華ちゃんとは、瑛が骨折(港でチャリでチキンランごっこしてコケて海に突っ込んだ。ほんまアホや)で入院していた時にできた友達、というか瑛に言わせるとそのうち嫁になるらしい。ほんまかな。
 でもバスケ以外に飽き性の瑛が、もう何年も好きでいるんだから、よほど素敵な子に違いない、とは思う。
 さつきは会ったことがあるらしい。「とんでもなく可愛かった」とのことなので、本当に一回会ってみたい。

「あー、華何しとるんかな」
「ほんまウルサイ」

 皐にも頭をはたかれていた。
 瑛はちらりと姉をにらんで、それからまた「あーあ、華はお前らと違ってオシトヤカなんやからな」とぶつぶつ言う。

「そういう子のほうが怒ったら怖いねんで」

 あたしがアドバイスしてやると、瑛は笑って「怒っても可愛いに決まっとるやかないか、アホか」と言うのでほんまこいつ重症やなと思う。ほんまに。

「待たせたな」

 父さんの声。我が父親ながらシブイ声だ。振り向くとスーツ姿だった。

「いや、着替えーや」

 伊希いつきが突っ込む。

「別にいいだろう」
「汚したらクリーニングに出すん母さんやで、ちょっとは迷惑考えや」
「汚さへん」
「せめて上だけ脱いで!」

 伊希が父さんのジャケットを無理やり脱がせ、皐が持ってきておいたウインドブレーカーを渡す。

「着といて」
「はい」

 父さんはなんやかんや、あたしたちには弱い。娘に甘いのもあるし、仕事仕事で家庭を省みきれてない、という負い目もあるかもしれない。

「せやけど、なんで急にお花見?」
「瑛の入学祝いをしていなかったなぁと」
「なんやそんなんか! おとん抜きでやったで」

 明るく言い放つ瑛に、ちょっと眉を下げる父さん。

「俺も参加させてくれや」

 情けなくいうと、みんなが笑った。まったくしゃあないな。
 皆でテーブルにすわってワイワイとお昼ご飯にする。桜なんか瑛が時々ため息とともに見上げる以外、誰も見ていない。

「あー、ほんま華、なにしとるんかな」
「しっつこいな瑛、華ちゃんそのうち向こうで彼氏くらいできるて、めちゃくちゃ美人なんやから」
「せやから不安なんやんけー! あほ! あーやっぱ俺あっちの学校にしとけばよかった」
「それでフラれたら何も残らんで、やめとき」

 瑛と皐の会話に、不思議そうな顔で入ってくる父さん。

「ハナ?」
「え、父さんしらないの!?」

 ほぼ全員が驚いた顔をした。瑛本人も「情報遅っ!」と言って笑う。

「瑛の彼女?」

 父さんの問いに、瑛は胸を張る。

「せやねん」
「ちゃうやろアホか、一方的な片想いやんけ。華ちゃんそんなん言われて可哀想に」
「なにがカワイソーやねん、近々彼女や」
「どんだけそれ言うてんねん」
「う」

 あたしたちの会話を聞いて、父さんは嬉しそうに笑った。

「写真とかないんか」
「お、見る?」
「え、あんの」

 あたしも身を乗り出した。

「あんま見せたくないねん、減るから」
「なんも減らんわアホか」

 瑛の取り出したスマホを、家族みんなで回しながら見ていく。

「あら、少し大人っぽくなった?」

 とは、入院中に何度か会ったことのある母さん。

「ほんまや、もう中二やもんな」

 これも会ったことのある皐。

「美人やんけ」
「釣り合わなーい」

 少し悔しそうな優希と、からかう口調の伊希。
 おじいちゃんおばあちゃんも「へぇかぁいらしいやんけ」「お嫁に来てくれるん楽しみやなぁ」なんて言ってる。
 私は渡されたスマホを見て、うん、正直驚いた。

「……うわ、かっわいい」
「せやろ」
「なんで自慢気やねん」
「つか、これどこ」
「須磨離宮。3月初めくらいに来てくれてん。梅とか咲いてるかなって」
「あーそ」

 時々、華ちゃんがこっちまで遊びに来てくれているのは知ってたけど、交通費とかどうしてるんやろ。

「次会うん多分6月やわ」
「せやったらそれくらいがええんちゃうん、須磨離宮。薔薇咲いてるで」
「ほんま? ほなそうしよ」
「つか、中学生のデートコースちゃうよな」
「俺らは話せたらそれでええねん」
「あ、そ」

 お惚気ご馳走さま。付き合ってもないけど。
 少し呆れながらスマホを父さんに渡す。

「……」

 驚いた顔をしている。でもそれは、華ちゃんが可愛らしいから、とかじゃないとおもう。何か別の驚き。

「どないしたん?」
「いや」

 父さんはスマホを瑛に返しながら言った。

「綺麗な子やな」
「せやろ」
「元気そうで良かった」
「? せやな、元気みたいやで」
「笑えている。なによりだ」
「なんやねんさっきから」
「なんでもない」

 父さんは笑った。

「今度、ご挨拶しておこうかな」
「やめてや、なんかおもなるやん」

 瑛が本気で嫌がって、それから場の会話は別のものに流れていった。
 あたしは笑って話しながら、なんとなく父さんのあの反応が気になって、帰りしに父さんにこっそりと話しかけた。

「父さん、華ちゃんのこと知ってた?」
「ん、ああ、まぁ」
「なんで」
「……、瑛には言うなよ」
「うん」
「とある事件の、被害者のお嬢さんや」
「え、あ、そうなん」
「どうしているか、気になってたんや。こんなとこで知れるとは思わんかったが、元気そうで良かった」

 少し遠い目をして、ゆっくり微笑む父さん。

「……せやな」

 あたしはどう返事したらいいか分からなくて、とりあえずそう言って瑛を見た。

「あいつに支えられるんかな、そんな子」
「それは大丈夫やろ」

 父さんは笑う。

「瑛は一生懸命やからな」
「それ関係あるう?」

 あたしはそう答えながらも、多分大丈夫やろなと思う。
 瑛はお調子モンやし、かっこつけしいやし、ワガママやけど、その分明るくて優しくて、一途な男やから。姉の欲目もあるかもやけど。

「瑛!」

 あたしが声をかけると、折りたたんだ机が入った袋を肩から下げた瑛は「なんや!」と振り向いた。

(あんな重いもん、軽々運べるようになったんや)

 あんなに小さかった瑛が。
 ママ、ママ、言うて泣いてた瑛が。

(う。ちょっとなんか、胸に来た)

 滲みそうになる視界をごまかすように、あたしは大声で言う。ちょっと酔っ払ってるかも。

「応援したるから、頑張りや!」

 その言葉に、瑛は笑って返す。

「おう!」

 その笑顔には、一点の曇りもなくて、あたしは少しだけ、そんな恋をしている弟が羨ましくなるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華
恋愛
テンプレ悪役令嬢であるセリーナは、乙女ゲームの舞台から穏便に退場する為、処女を散らそうと決意する。そのお相手に選んだのは能面執事のクラウスで…… ちょっとお馬鹿なお嬢様が、色気だだ漏れな狼執事や、ヤンデレなお義兄様に迫られあわあわするお話。 ※ギャグとシリアスとホラーの混じったラブコメです。寸止め。生殺し。 完結感謝。後日続編投稿予定です。 ※ちょっとえっちな表現を含みますので、苦手な方はお気をつけ下さい。 表紙は、綾切なお先生にいただきました!

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

処理中です...