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8(中学編)

許婚殿は相談する(第三者視点)

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 スロベニアの聖フランシスコ教会をモデルに(もちろんそれのミニチュア版でしかない、のだが)建てられた、という青百合学園の教会。
 希望者が参加する毎日のミサのほかには、卒業生が時折結婚式をあげる以外で使われることは殆どない。
 ゆえに、ほとんどの生徒は立ち入ったことすらないであろうこの施設、その祭壇の美しい受胎告知の絵を見上げるように、鹿王院樹とその友人である如月翼は、整然と並べられたベンチのひとつに並んで座っていた。他には誰の姿もない。ただマリアが、その身にイエスを宿したことをガブリエルによって告げられているだけ。

「初めて来た。派手だな」
「ここは大抵人気ひとけがないからな、何か話をするにはぴったりなんだ。樹は、リュブリャナには?」

 樹の淡々とした感想に、翼は首を傾げて問いかけた。ここのモデルになった教会がある都市、リュブリャナ。

「いや、スロベニア自体行ったことがないな」
「そうか。変わらなければ、高等部の修学旅行はあの辺りだ。楽しみだな」
「……珍しい両生類がいるらしい」
「スロベニアに?」
「ものすごく楽しみにしてる」
「……そうか」

 翼は苦笑した。幼稚舎から変わらず変わった生き物が好きな男だな、と彼は思う。一見完璧なようなこの幼馴染の、人間臭いところが垣間見えるので、翼は樹のそういった趣味には好感を抱いていた。

「で、なんの話だ」
「うむ」

 樹はふう、と息を吐き出した。

「華が」
「また華さんの話か」

 翼は笑った。この幼馴染が、冷静さをかなぐり捨てる相手は世界にその少女ひとりきり、だ。

(会ってみたいような、会ってみたくないような)

 翼はそう考えて少し苦笑いする。デレデレしている樹なんて想像もできないが、きっと甘い顔をしているに違いないのだろう。

「その華だ。……鍋島さんを知ってるな?」
「真さんか? まぁ、ジイサンつながりでそこそこ」

 翼の父親は会社を経営しているものの、祖父は参議院議員。じきに父親も地盤を継ぐのだろうと目されている。政治家一族の鍋島家とはつながりは深い。

「華が、真さんにプロポーズされた」
「……は?」

 樹の言葉に、翼はぽかんと彼を見つめる。

「プロポーズ? 真さんが、中学生相手に?」
「そうだ。何か知らないか」

 樹の知っている「鍋島真」という人間は、いつも穏やかで人当たりも良い、尊敬すべき人間"だった"。その見目の良さからか、少々女性関係が派手だとの噂も聞くが、おそらくそれはやっかみ半分の噂話なんだろう、とも思っていた。ほんの数日前までは。

「……そういえば」
「なんだ」
「関係ないかもしれないけど」

 そう前置きして、翼は続けた。

「真さんのお父上が、来年の国政選挙に出られると聞いた」
「地盤を継ぐのか? お祖父様の」
「いや、どうやら北関東の方に落下傘で出馬らしい」
「ほう?」
「ご親戚であちらが地元の方がおられるんだってさ、ただ次の選挙には出ないらしくてね。それで白羽の矢が当たったようだけど、まぁいずれは国政ということだっただろうから、早いか遅いかの違いだけだね」
「それが華と?」
「常盤コンツェルンは、もともとあちらが地盤だろう」

 そう言われて、樹は眉をひそめた。

「……まさか」
「そのまさか、じゃないかなぁと僕は思うよ。鍋島的にはあちらの組織票が欲しい。地元ではないから、余計にね。常盤コンツェルンは幕末まで遡ればだけど、もともとあちらの企業だし、未だに影響力は大きい」
「……傘下の会社や工場も多いはずだ」
カバン資金も代々政治家っていうカンバン知名度もあるヒトだけど、地盤だけはね。落下傘ってことで向こうの後援会からも反発あるかもだし、一枚岩ではないでしょ」

 翼は天井画をなんとなく見つめつつ、続けた。

「常盤がバックにいれば、当選は間違いないだろうね。同じ選挙区の前回比例当選の野党議員、票が毎回伸びてるみたいだし」
「……そんなことで」
「そんなこと、っていうけどね樹」

 翼は肩をすくめる。

「君と華さんの婚約だって、似たり寄ったりだろう。幸い君は華さんに惚れちゃったし、華さんも君が嫌ではないみたいだ、君の話を聞く限りではね。でも、世間一般的に見れば、小学生のうちから結婚相手が決められるなんて異常だよ」
「……そうかもしれないが」
「言いたいことは分かるよ、樹。でもそれが世間の見方だ」

 樹は押し黙る。

「……、ごめん、樹、そんなつもりじゃなくて、ええっと」

 言い過ぎた、と慌てる翼に向かって、樹は苦笑いしてみせる。

「大丈夫だ、事実だと思う……それに真さんにも言われたんだ。華の意思はあるのか、と」
「華さんの意思?」
「ああ。俺は……俺が幸せだから、華も俺の側で幸せになってくれたらいいと、そう思っていて」
「うん」
「その思いは今も変わっていない。それに真さんに譲ってやる気もない」

 何かを思い出したように、樹の目つきが鋭くなる。

「……華のことを想っているとは、到底思えない態度だった」
「……そうか」
「だから、あんな男に奪られる気こそない、だが」

 樹は一瞬だけ、夋巡する。が、すぐに続けた。

「だが、言われて……それから、俺なりに考えた。俺は何があろうと、俺から華を手放す気はない。だが、……もし、万が一、華が、誰かと……、俺以外の誰かの側にいることを望むなら、俺は多分、身を引く」
「マジで?」

 翼の声が教会に響く。

「なんだその反応は」

 少しムッとした表情で言い返す樹。

「いや。意外で」

 翼は少しまだ驚いた表情のまま、答える。

「……、俺以外のことを想う華の側にいるのなんか、地獄でしかないだろう」

 樹は、やや目を伏せてそう言った。想像するだけでも辛い、そんな表情で。

「死んだほうがマシだ」
「え、マジで死なないよな?」
「死ぬわけがあるか」

 樹は笑う。

「そんなことをすれば、華は悲しむ」
「俺も悲しむからな」
「ただの比喩だ、大袈裟に取るな。と、いうかだな、華が俺に惚れてくれれば万事解決なわけだ」
「はぁ、まぁ。てか弱気になってた訳じゃないんだな」
「弱気になどなるか」

 樹はにやりと笑う。

「華の心も身体も全部手に入れる」
「そうですか……」

 翼は呆れたように笑い返した。
 負けず嫌いで、強気で、諦めることを知らない。それが彼の知っている鹿王院樹だったから。

(それでこそ僕の幼馴染)

「どうすればいいと思う?」
「そうだなぁ」
「恐ろしいくらい鈍感なんだ」

 年相応の明るい声に戻った2人は、少し楽しげに"コイバナ"に花を咲かせる。
 教会に楽し気な声が響いて、そして祭壇のマリアは、ただ穏やかに微笑み続けていた。
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