上 下
115 / 702
8(中学編)

許婚殿は激怒する

しおりを挟む
「……は?」

 私がやたらと綺麗に微笑む真さんに、そう返事をした時だった。ばぁん、と派手な音がして、勢いよくドアが開かれる。

「樹、くん?」

 私は驚いて、思わずそう呟いた。

「……華から離れてもらえませんか、鍋島さん」

 樹くんは、私をチラリと見た後、いつもより低い声でそう言いながら、つかつかと近づいてくる。
 その後ろから、息を切らせて千晶ちゃんが飛び込んで来た。

「このドヘンタイシスコン野郎、華ちゃんに何してくれてんのよこのシックマザファッカー」
「ちょっと待って千晶、そんな下品な言葉どこで覚えたの」

 真さんは私から離れながら、笑ってそう言った。
 駆け寄るように樹くんが側に来て、自分の後ろに私を隠す。

「華に、なにを」
「プロポーズ」
「華は、俺の許婚です」
「知ってるよ?」

 真さんはクスクスと笑った。

「だから、リャクダツしようとしてたんだ、ま、多少無理矢理にでもね?」

 樹くんが真さんの胸元を掴んだ。2人の身長はそんなに変わらないから、2人の顔は鼻がつきそうなほど近い。樹くんは真さんを睨みつけて、低い声で言う。

「そんなことをしてみろ、絶対に許さない」
「許さない、ねぇ」

 挑発するように微笑む真さん。

「そこに彼女の意思はあるのかな? 自由意志は。彼女が僕を選ぶ可能性は?」
「お兄様いい加減にしてっ!」

 真さんと樹くんくんのあいだに、千晶ちゃんが割り込む。

「樹くん、ほんとごめん、樹くん! わたしからよく言っておくし、お父様に言いつけておくから!」

 千晶ちゃんは2人を引き離しながら、震える声で言う。

「ほんとに、ごめんなさい」
「……鍋島が謝ることでは」
「そうだよ千晶」
「お兄様は黙ってて」

 そう言って千晶ちゃんは振り向いて、私の手を握った。

(あったかい)

 緊張して、指先が冷え切っていたようだ。千晶ちゃんは眉をひそめ「ごめんね」と呟く。

「落ち着くまでここにいて」

 囁くようにそう言って、千晶ちゃんは真さんを引きずって、部屋を出て行った。

「……華」

 辛そうな顔をして、樹くんは私を抱きしめる。どうやらメチャクチャ心配かけたらしい。
 まぁ、あの真さんに迫られてる女の子見たら、私も同じ反応をする。千晶ちゃん曰く「息がかかると妊娠する」らしいからなぁ……彼女とっかえひっかえ、な女の敵だし。

(でも、その話樹くんは知ってたのかな?)

 小学校の時は、真さんのこと品行方正な人だと思ってるっぽかったけど。

「大丈夫?」

 あまりに辛そうだったから、思わずそう尋ねてしまう。

「こっちの台詞だ」

 樹くんの声が、やっと少しいつもの感じになってきた。

「何もされてないか?」
「うん」

 言われて初めて、真さんは本当に私に指一本触れていない、ということに気がついた。

(なんというか、全部計算尽く、っていか)

 多分、後々で問題になるのを回避するためだろう。私たちは純然たる事実だけを述べるなら「書斎でお話していただけ」なのだ。真さんは私の髪の毛一筋にすら、触れていない。

(……正直、何を考えているのか分からない)

 そしてそれが、一番怖い。

「華、少しは自覚を持ってくれ」

 樹くんが吐き出すように言った。

「なんの?」

 抱きしめられたまま、首をかしげる。自覚、とは?

「自分が魅力的だ、ということのだ」
「魅力的ぃ?」

 思わず復唱した。なんだか的外れなことを言われている気がする。

「モテたことないんだけど」
「自覚がないだけだ」

 そうは言うが、本当に前世含めてモテた記憶というものはない。
 前世では、モテなさのあまり、そこそこ知ってて仲がいいような人に「好き」と直接言われると「もうこの人以外私のこと必要としてくれないかもしれない……!」という思いが暴走して、その場でその人に恋をしてしまうという悲しき性格だった。自分で言うのもなんだけど、相当ちょろいよね。お陰で男に振り回されまくった前世でした。悲しい。
 今だって、まだ周りもお子様だし、恋愛って感じでもないし。たぶん。

「真さんだって、私のこと好きとかじゃないんだよ。条件的にいい、とかそんなんで」
「……華は、あの人と結婚したいと思うか?」
「は!?」

 なぜそんな展開になるっ!

「思うわけないじゃん!」
「……そうか」

 そう言って、また私をぎゅうぎゅう抱きしめる樹くんの背中を、私はしばらくぽんぽんと撫で続けた。

「ね、樹くん、今日帰りに水槽見に行っていい?」

 ぎゅうぎゅうされたまま、なんとか樹くんを見上げてそう尋ねる。

「……ああ」
「また餌あげていい?」
「生き餌?」
「コオロギは苦手なの!」

 例のアレな虫にちょっと似てるんだもん!

 私がぷうっと頬を膨らませると、樹くんはやっと笑ってくれた。優しく身体を離す。

「冗談だ」
「虫嫌いなの知ってるくせに」

 時々、お魚に虫を(栄養があるらしい……)あげているらしく、私には絶対見せないでね! と強く言ってあるのだ。

「知ってる」

 樹くんは笑った。

「虫が嫌いなのも、甘いものが好きなのも、一度寝るとなかなか起きないことも、案外意地っ張りなことも」
「……半分くらい悪口じゃない?」
「華の魅力について語ったつもりなのだが」
「語られてないよ」

 樹くんは、ふ、と優しく笑う。そして私の頬に手を添えた。

「そんなことも知らない男に、華を奪られる気は更々ないから安心しておけ」
「……? はぁい」

 私は首を傾げながら頷く。
 とにかく真さんと婚約させるのは阻止するから安心してろってことなんだろう。

(あんなヒトと婚約したらほんとにオモチャにしかされないからねっ)

 とにかく今後、真さんには近づかないでおこう。
 私はそう心に強く決め、しかしそう現実は甘くない、ということを後々知るのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。

完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。

ヒロインを虐めなくても死亡エンドしかない悪役令嬢に転生してしまった!

青星 みづ
恋愛
【第Ⅰ章完結】『イケメン達と乙女ゲームの様な甘くてせつない恋模様を描く。少しシリアスな悪役令嬢の物語』 なんで今、前世を思い出したかな?!ルクレツィアは顔を真っ青に染めた。目の前には前世の押しである超絶イケメンのクレイが憎悪の表情でこちらを睨んでいた。 それもそのはず、ルクレツィアは固い扇子を振りかざして目の前のクレイの頬を引っぱたこうとしていたのだから。でもそれはクレイの手によって阻まれていた。 そしてその瞬間に前世を思い出した。 この世界は前世で遊んでいた乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢だという事を。 や、やばい……。 何故なら既にゲームは開始されている。 そのゲームでは悪役令嬢である私はどのルートでも必ず死を迎えてしまう末路だった! しかもそれはヒロインを虐めても虐めなくても全く関係ない死に方だし! どうしよう、どうしよう……。 どうやったら生き延びる事ができる?! 何とか生き延びる為に頑張ります!

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

モブ令嬢ですが、悪役令嬢の妹です。

霜月零
恋愛
 私は、ある日思い出した。  ヒロインに、悪役令嬢たるお姉様が言った一言で。 「どうして、このお茶会に平民がまぎれているのかしら」  その瞬間、私はこの世界が、前世やってた乙女ゲームに酷似した世界だと気が付いた。  思い出した私がとった行動は、ヒロインをこの場から逃がさない事。  だってここで走り出されたら、婚約者のいる攻略対象とヒロインのフラグが立っちゃうんだもの!!!  略奪愛ダメ絶対。  そんなことをしたら国が滅ぶのよ。  バッドエンド回避の為に、クリスティーナ=ローエンガルデ。  悪役令嬢の妹だけど、前世の知識総動員で、破滅の運命回避して見せます。 ※他サイト様にも掲載中です。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

処理中です...