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8(中学編)

借り物競走

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 借り物競走って、何かモノを借りるんじゃなかったっけ?
 私は自分に出されたお題である「好きな人」という紙を見つめて首を傾げた。

(「好きな人」ねぇ)

 考えている内に、放送部のアナウンスが入る。

「1組、スーツの人、2組、体育以外で足が速い先生、3組、好きな人、4組、英語が得意な人!」

 私は3組だ。うーん、と首を傾げた。

(ふたり、でもいいかなぁ)

 私はさっさと走り出す。まず、近い応援席にいた、1組のひよりちゃん。

「ひよりちゃーん」
「こうなると思ったー!」

 楽しそうに「いやぁ申し訳ないなぁ」なんて笑う。誰に申し訳ないのかな。
 それからウチのクラス。

「千晶ちゃん!」

 千晶ちゃんを呼ぶと、千晶ちゃんはなぜか、泣いた。

「ええええ、え、なんでっ!?」
「は、華ちゃん、わたしのことなんか、好きでいてくれる、の!?」
「あ、当たり前じゃんなんでっ!?」
「だ、だってあんな兄いるのにっ」
「千晶ちゃんは千晶ちゃんでしょ!」

 私はちょっと強引に千晶ちゃんの手を引いた。ひよりちゃんも笑って言う。

「行こ!」
「……うん!」

 泣きじゃくっている千晶ちゃんを、ひよりちゃんと2人で支えながらゴール。4人中3位。ふうギリギリ。

(てか、そんなに真さんのこと気にしていたとは……!)

 もっとフォローしておくべきだった。千晶ちゃんは、人より少し優しすぎるし、気にしすぎるところがあるから。

「てかこれ、借り物じゃなくてヒトだね」
「ね」

 千晶ちゃんがすんすんと鼻を鳴らしながら頷く。

 1組の"スーツの人"が一番難しかったみたいだ。先生達はみなジャージだし。結局来賓席から市議会議員を引っ張ってきていた。もちろんビリでゴールだけど、議員さんも楽しそうなので良かったよね。

「いや、ははは、この歳で走るとは」
「ありがとうございましたー!」

 笑いながら来賓席へ向かう議員さんが、ちらりとこちらを見て、それからぽかん、という顔をした。

「え、千晶様」
「あ」

 半泣きの千晶ちゃんは、ぱちぱちと目を瞬かせて、それから首を振って、ぺこり、と頭を下げた。
 議員さんも軽く頭を下げて、それから来賓席へ戻った。

「千晶ちゃん、知り合い?」
「うん。えっと、お父さんの知り合い……」

 ひよりちゃんの言葉に、気まずそうに答える千晶ちゃん。千晶ちゃんは特別扱いを恐れて、とにかく家のことは隠し続けているのだ。
 気まずそうに反対側に視線を逸らした千晶ちゃんは、再び固まった。そして吐き捨てる。

「あんのドヘンタイクソ兄貴、どのツラ下げて華ちゃんの前に」
「ん? え? 千晶ちゃん? 兄貴?」

 戸惑うひよりちゃんと共に、目線をそちらに向けた私も、少し身体を強張らせる。

(真さん)

 真さんのお父様から、私に対して接近禁止命令が出ていたはずなのに!
 真さんは飄々とした顔で、保護者席に堂々と座っていた。ビデオカメラ片手に。

(うーん、言うこと聞かないとは思ってたけど)

 あれだけ堂々とされると、こちらも毒気を抜かれる。

(とはいえ、近づかないのが最善)

 ほんとに何考えてるんだか、と目を逸らして、視界にひよりちゃんが入った刹那、私はこれはマズイと心から思った。

(ひ、ひよりちゃんの目が)

「……ね、千晶ちゃんのお兄さん、イケメンだね?」

 ほんのり頬をピンクに染めて、ひよりちゃんはにっこり笑った。
 私と千晶ちゃんは目を見合わせる。

((これはものすごくマズイ))

 同時に同じことを考えたと確信し、私たちはひよりちゃんの気を逸らしにかかった。

「あっUFO」
「ほんとだっ」
「え、どこどこ!?」

 物の見事に引っかかってくれている間に、私はひよりちゃんを応援席に引きずるように戻し、千晶ちゃんはお兄さんを追い出しにかかる。

「なんで来てるのっ、おにい……じゃなくて、お兄ちゃん!」
「……!?」
「なんで泣くのお兄ちゃん!」
「お兄ちゃんと言われる日が本当に来るなんて。お兄ちゃん呼びなんて都市伝説だと思ってた」
「訳がわからない!」
「もう一度呼んでくれ千晶」
「とにかくでてけー!」

 真さんは今日も元気に変態みたいだ。

 私はため息をつきながら、借り物競走(済み)の列に戻る。しばらくして全員の競技が終わり、退場門から退場する。
 応援席に戻ると、疲れ切った表情の千晶ちゃんが麦茶をひたすら飲んでいた。

「……おつかれ」
「ヤケ麦茶よ」

 ぽん、と千晶ちゃんの背中をねぎらうように叩いた時、黒田くんの声がした。

「設楽、鍋島。俺ら今から片付け班なんだけどいけるか? なんか知らねーけど、疲れてんな」
「あ」

 競技で使った道具類は、順次片付け班で倉庫へ戻すことになっている。私と千晶ちゃんと黒田くんで、今やってる一年生玉入れの道具を片付けなくてはいけないのだ。他のクラスからも3人ずつ出る。

「ん、大丈夫、いける」

 千晶ちゃんはフラリと立ち上がり、応援席から出る。私と黒田くんも続くが、しばらく歩いたところで千晶ちゃんはふと立ち止まり、私を覗き込んだ。

「華ちゃん、大丈夫?」

 気遣わしげな視線。
 私はにこりと微笑んで見せた。

「大丈夫大丈夫!」
「……何かあったのか」

 黒田くんは心配そうに眉をひそめた。

「や、えーっと」
「うちのクソ兄貴が華ちゃんに迫ったの、ほんと、無理矢理」

 余りのストレスに耐えかねたのか、愚痴っぽく千晶ちゃんは吐き捨てるように言った。

「あのクソ兄貴、本当に許せない、わたしの友達に」
「は!?」

 黒田くんはバッと私を見て、それから周りを見渡した。

「……どこ行った」

 低い声。完全に怒っている。

(なぜに怒る!?)

 いや、怒るか。黒田くんの性格的に、友達がそんな目に遭ってたら絶対怒る。

(でも千晶ちゃん言い方悪いよー!)

 たしかに迫られたと言えば迫られたんだけど、多分黒田くんが思ってる感じじゃない! 未だに私にも意味分かんないし。

「え、だ、大丈夫大丈夫、指一本触れられてないの」
「でも華ちゃん、怖かったでしょ」

 また千晶ちゃんの目が潤んだ。

「ほんと、ごめ……」
「千晶ちゃんのせいじゃないって。ほら、片付け片付け」

 半泣きの千晶ちゃんと、多分真さん見たら殴りかねないんじゃないかってくらいピリピリしだした黒田くんを引きずって、グラウンドから玉入れの道具を回収する。古い手作りの玉入れの棒というかポールは、竹製でちょっと重い。
 他のクラスの子たちと協力して、グラウンド隅の体育倉庫まで運んだ。

「え。あれ、どうしたのタケル? めっちゃ怖いんだけど」
「……、ひよりか。鍋島兄見かけたか?」
「え、知らない! どこ行ったのかな、わたしも会いたい」

 テンションが上がるひよりちゃん。

(ぎ、ぎゃー! もう二度と会わせないようにしなきゃ)

 私が千晶ちゃんとアイコンタクトを取った時だった。
 別のクラスの片付け班の子が、何かふざけて、倉庫ではしゃぎ始める。

「……コラてめえら、ふざけてんじゃねぇ、」

 黒田くんは注意しようとして、最後まで言い終わらなかった。
 ふざけていた男子が、バランスを崩して黒田くんにぶつかった。その拍子に、黒田くんは立てかけてあった玉入れの棒にぶつかる。

「……っ、ひよりっ」

 その先には、ひよりちゃんが。
 近くにいた私は、ひよりちゃんに覆い被さるように抱きつく。

(これが"ゲーム"で黒田くんとひよりちゃんの関係を歪なものにしてた"ケガ"!?)

 なら絶対にケガなんかさせない!
 衝撃を覚悟し、ひよりちゃんを抱きしめながら、ぎゅっと目を閉じていた。が、いつまでも衝撃はこない。
 恐る恐る目を開けると、黒猫な真さんと、相良先生がいた。
 相良先生は厳しい顔つきで私とひよりちゃんを見て、それからふと微笑んだ。

「ケガないね?」
「あ、はい」

 そう答えて、ひよりちゃんと一緒に立ち上がる。
 真さんが微笑みながら続けた。

「大丈夫かな?」
「……は、はい……」

 ぽう、っとしたひよりちゃんが、棒を両手で支える真さんを見上げて、そう返事をする。
 真さんは「危ない危ない」と言いながら笑う。

「こんなのでも、顔なんかに当たったら大変だ。特に可愛い女の子たちのには、ね」

 そう言って微笑むものだから、私の心にはブリザードが吹き荒れ、ひよりちゃんは両手を組んで「お、お名前をっ」なんて言っちゃってる。

「ふふ、名乗るほどのものでもないよ」
「いいえっ、このお礼を、ぜひっ」

 真さんとひよりちゃんのよく分からない会話を尻目に、相良先生が厳しい声で「何してんだお前ら!」と怒鳴る。こういう相良先生は珍しくて、ちょっと目を瞠った。

 黒田くんと、ふざけていた男子たちが玉入れの棒を持ち直し、元の場所に戻す。それから三三五五、私たちに謝った後、相良先生と真さんに頭を下げる。

「すんませんっした」

 黒田くんは少し複雑そうに謝る。そりゃ真さんは直前まで激怒してた相手、だし。

「いいよ、ふふ、ケガなくて良かったね」

 真さんはまた優美に笑い、そして去っていった。

「つかなんでまだいんのクソ兄貴。なんで倉庫にいたのクソ兄貴」
「で、でもそれで助かったし……」

 助けられた身として、一応フォローを入れてみた。でも多分、あれ単に帰ったフリして倉庫に潜んでただけだよね。

「そう、だけど……ひよりちゃんどうしよ」
「……ね」

 完全に恋する乙女の瞳で、真さんが去っていった方向を見つめるひよりちゃんをみて、私たちは大きくため息をついた。
 なんでこうなっちゃったかなぁ。もう。
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