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8(中学編)

桜と墓石

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 桜は咲く。何度でも咲く。春が来れば。春さえ来たならば。

 ちらちらと落ちていく桜の花びらを見ながら、私と黒田くんは、灰色の御影石の間を歩いていた。
 そのうちの1つを見つけ、私は花を供える。まだ祈れそうにはない、彼女の冥福。

「去年も来たのか」

 真っ黒な詰襟の制服を着た黒田くんが、ぽつりと言う。
 あの時より高くなった背と、少し低くなった声。
 誘拐騒動から2年。私たちは中学二年生になった。
 同じく真っ黒なセーラー服の私は、ゆっくりと首を振る。

「ううん、去年は……まだ整理がつかなくて。今もまだだけど」
「そうか」

 黒田くんも、小さな花束を供える。
 真新しい「松影」の名前が彫られた御影石。この下に、あの子は眠っている。

(もしかしたら、どこか別の世界にまた産まれているのかもしれない)

 でもそれは、確かめる術がないことだ。きっと永遠に。

 しばらくじっとその石を見つめ、私たちは無言で歩き出す。
 霊園の出口へ向かう道、桜が植えられたその道を、私は少し先を歩く黒田くんの背中を見ながら歩く。
 ざあ、と強く風が吹いて、目の前を覆い隠すように桜が舞う。反射的に目を瞑り、もう一度あけると、黒田くんの詰襟が目の前にあった。

「桜が」

 黒田くんはそれだけ言うと、そっと私の髪に触れた。ちょっと神妙な顔つきで、ゆっくりと髪についた花びらをとってくれた。髪を撫でるような手つきが気持ちよくて、少し目を細めてしまう。

「ありがと……あ」

 私は黒田くんの髪にも花びらがついているのを見つけた。

「ちょっとかがんで」

 そう言うと、黒田くんは素直にかがんでくれる。短い髪についた花びらを、私も丁寧に取る。

「とれたよ」
「……ん」

 黒田くんはなぜか少し勿体無いような、そんな顔つきで身体をのばす。

「飯でも食ってくか」

 今日は始業式で、午後の授業がなかった。学校からお花屋さんに寄って直接来たので、たしかにお腹が空いていた。
 ぐう、とお腹が鳴る。

「あは」

 私のお腹の音に、黒田くんは「なに食う?」と少しだけ笑った。

「駅までもどる?」
「じゃあバス乗るか」

 霊園の中にあるバス停で、バスを待つ。ベンチに並んで座って、ただ桜を眺める。
 ぼうっとしていると、黒田くんが口を開いた。

「設楽」
「んー?」
「今年、よろしくな」
「あ、うん!」

 私は黒田くんを見上げてうなずく。

「こちらこそ! また同じクラスで嬉しい」

 笑いかけると、黒田くんは「俺も」と眉を寄せた、ちょっと照れ気味の顔で言ってくれた。中一は別のクラスだったのだ。

「ひよりちゃんと離れちゃったのは、寂しいけど」
「鍋島と同じだからいーじゃねぇか。仲いいだろ」
「うん……」
「ひよりもそこそこ仲いいヤツ、同じクラスだしよ」

(そこが問題なんだよう!)

 千晶ちゃん経由でその部分の"ゲーム知識"がある私は頭を抱えたくなる。

(だって、多分"いじめ"があるとしたら、今年!)

 1年生の1年間は、同じクラスだったのでひよりちゃんに何か起きないか、近くで見守ることができた。
 しかし今年は別クラス。秋月くんも見事に離れてしまった。

(こまめに様子見に行こう……)

 クラスの話も聞いて。それくらいしか、とりあえずはできない。
 難しい顔をしている私の頭を、黒田くんはぽんぽんと叩く。

「何が不安なのかわかんねぇけどな、何かあったら言えよ。頼れよ」
「うん」

 私が素直に頷くと、黒田くんは片頬で笑った。

(ひよりちゃん、任せて! ひよりちゃんには沢山味方がいるんだからね!)

 私はぐっと手に力をいれた。
 やがてバスが来て、私たちはバスに乗り込む。
 ぽかぽかとした春の太陽が窓から入り込んで、バスの揺れもいい感じで、まぁ正直眠い。少しウトウトしかけていると、隣に座っている黒田くんが、先に寝てしまった。

(珍しっ!)

 というか、初めて見るかも。寝顔。

(意外にまつ毛長い)

 あの意志の強い目が閉じられると、なんだか思ってるよりも幼い顔つきなのかもな、と思う。

「?」

 すやすや眠る黒田くんの手が、気づくと私の指先をそっと握っていた。

(無意識的な?)

 ちょうどいいとこに私の指があったのかな、とそれを見つめる。

(まぁこれで眠れるならいっか)

 空手の練習とかで疲れてたのかもだし。私は思ったより幼いその寝顔を見て微笑んだ。なんだか得したような、不思議な気分。
 しばらくそうしていただろうか。

「……?」

 黒田くんが薄く目を開ける。

「目、さめた?」
「うお、設楽、いつから」
「5分くらい前?」
「起こせよ」
「あは、寝顔見てた、ずっとじゃないけど」
「……なんで」
「なんとなく?」
「……そうかよ」

 少し耳が赤い。

(寝顔見られるの、やだったかな?)

 そう答えた後に、黒田くんは不思議そうな顔で自分の手元を見て「は!?」と言いながら手を離した。

「俺、いつ、手」

 あまりに慌てるので、私は笑う。そんなに焦らなくても。

「黒田くんが繋いできたのに! そんなに私と手繋ぐのやだったの」

 冗談めかしてそう言いながら、ふと黒田くんには好きな人がいたんだっけな、と思う。

(いまも好きなのかな)

 それなら、私と繋ぐのは不本意だったかなぁと思う。
 黒田くんは少し迷った顔をした。それから「嫌じゃねぇよバカか」と呟いて、もう一度私の手を握った。

「?」

 別に握り直さなくても。

「……着いたら起こしてくれ」

 黒田くんは難しい顔をして、また目を閉じた。

(寝不足なのかな)

 あと、なんか握ってないと寝れないタイプとか? たまにいるよね、使い慣れたタオルとかないと寝れない人。
 私はタオル代わりの手をそのままに、微笑んで「おやすみ」とゆっくり言った。
 眠れ眠れ少年。
 思春期とは眠気との戦いでもあるのだ。
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