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悪役令嬢は初詣に行く

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「その子は? 華」
「圭くん。昨日から私の弟」

 雑な紹介に、樹くんは「そうか」と笑った。

「こうなるんじゃないかと思っていたんだ」
「圭くんのこと知ってたの?」
「話には聞いていた」

 肩をすくめる。
 それから私の後ろに隠れるようにしている圭くんに「鹿王院樹だ。よろしく頼む」と挨拶をした。

「……よろしく」

 圭くんは首を傾げながら、小さく呟く。
 樹くんは少し目を見開きながら「俺も弟が欲しかった」とちょっと羨ましそうに言うから、笑ってしまう。圭くんはなんだか庇護欲をそそる子なんだよなぁ。
 ロビーまでお迎えに来てくれた樹くんと静子さん。静子さんは敦子さんと少し離れたところで爆笑していた。なんの話してるのかな。

「はぁ、あー、笑った。あたしも居たかった、なにそれ、華ちゃんやるわねアナタ」
「? はい?」
「樹はボケーっとしてるからね、それくらい気が強い方がいいわ。ふふふふふふ」

 静子さんはそう言うと、また耐えきれないというように笑い出した。
 それからふと圭くんに目をやって微笑みかける。

「綺麗な目ね」
「あ、ありがとう」

 照れくさそうな圭くんに静子さんは「えっなにこの子可愛すぎない……?」と口に手を当てた。

「樹の弟にならない?」

 冗談っぽく言ったその言葉に、圭くんは不安そうに私にしがみついて「ハナの弟がいい」とぽつりと言う。

(……可愛いの極みかな?)

 私が悶絶していると、敦子さんが笑う。

「懐かれたもんねぇ、華」
「あは」

 でも"ゲーム"では背もヒロインよりは高かったし、ちゃんと高校生男子になってた。可愛い系ではあったけど。

「圭くんは初詣やめておく? もしそうなら家に帰ろうか」
「なんで?」

 私の質問に、圭くんは首を傾げた。

「えと、喪中だし」
「朝から聞こうと思ってたんだけど、モチューてなに?」

 不思議そうな圭くん。

「えと、日本では誰か近しい人が亡くなったら一年間は慶び事を控えるんだよ」
「そうなの? イギリスではしなかったかな、みんなクリスマスも普通に祝うし」
「そっか」

 日本の風習なのかな。

「おれもとうさんも、プロテスタントだから日本のフーシューは関係ない、と思う」
「そうなんだ」
「うん、きっちりなんでも教えを守ってるってわけでもないけど、なんとなく一応」
「日本人もそんな感じだけどね。じゃあ行ってみる? 出店とか出てて、美味しいものたくさんあるよ」
「うん」

 ちょっと嬉しそうに圭くんは頷いた。

「ジンジャって見てみたかったんだ」

 行った先の箱根の神社は、もう、人、ヒト、ひと。人間しかいない。
 だから、というのは言い訳だけど。

「圭は敦子さんたちといるようだ」
「あー、よかった」

 私は大きく胸を撫で下ろす。
 人混みで繋いでいた手が離れてしまって、半ばパニックになっていたのだ。こんなところで迷子にさせるわけにはいかない!

「とりあえず各自参拝して、駐車場の前に集合、だそうだ」
「そのほうがいいね」

 まとまって動くと、また迷子になりそう。
 私と樹くんは5円玉を握りしめ参拝の列に並ぶ。

「うう、やっぱりお正月は混むねぇ」
「うむ……、今度、人が少ない時にまた来よう」
「そうしよ」

 樹くんの提案に、彼を見上げて微笑みながらそう返す。樹くんは嬉しそうに笑った。
 その時、どん、と人に押されて樹くんに寄りかかる形になる。

「あ、ごめん」

 離れようとした私を、樹くんはそのまま片腕で抱きしめるように支えた。

「……このほうが安全だ」

 人波から庇ってくれる、らしい。

「え、ごめん。大丈夫だよ」
「俺が心配になるから、こうさせておいてくれ」
「そう?」

 12歳に心配される中身アラサー。そんなに頼りないかしら。うう。
 やっと順番が来て、5円玉を投げ込む。
 何からお願いしよう、と思い、まずは圭くんが幸せだと思ってくれますように、とお願いする。
 それから。

(いい一年になりますように!)

 くれぐれも去年みたいなトラブルは! 全力回避で! お願いします!
 じっくり頼み込む。こうなりゃ神頼みだ。
 ちらりと樹くんを見上げると、樹くんも何か一生懸命にお願いしていた。

(意外)

 私の視線に気づいた樹くんが、目だけで不思議そうに私をみた。
 本殿の前から移動し、はぐれないように手を繋いで境内を歩きつつ「や、意外で」と笑う。

「何がだ?」
「樹くんって、神頼みとかしなさそうって思ってたから」
「ああ、あれは……神頼みというわけでは。単に新年の抱負を改めて誓っている、という方が近いかな」
「まじめであらせられる……」

 性格が違うと、初詣一つとっても趣旨が違う。そういうの、面白いなぁって、ちょっと思う。

「たこやき」
「買えばいい」
「りんご飴」
「買えばいい」
「焼き鳥」
「買えばいい」
「どれか迷う!」
「全部買えばいい」

 そんな会話をしつつ、私たちは参道を歩く。歩くたびに増えていく美味しい荷物。
 樹くんは文句も言わず、それを持つのを手伝ってくれた。

「毎年さ」

 私が綿あめを食べながらぽつり、と口を開くと樹くんは「ん?」と私を見る。

「樹くん、お祭りしてくれるじゃん」
「ああ」
「あれ、嬉しいなぁって、思って」
「そうか」
「屋台沢山出てるの見て、思い出して」
「うん」
「嫌じゃなければ、今年もお願いしてもいい?」
「嫌なわけがあるか、好きでやってるんだ」

 そう言って、樹くんは笑う。

「華とこれからの約束がたくさんできることが、俺は嬉しい」

 あまりにも幸せそうに笑うから、私は少しだけ、何か勘違いしそうになる。

(そんなわけないのにね?)

 駐車場の入り口で、私たちは3人を待つ。

(圭くん、私とはぐれて寂しがってないかなぁ……)

 そんな心配は杞憂だった、と3人がこちらに歩いてくるのをみて、吹き出しながら思った。
 圭くんは、少し嬉しそうに上気した顔で、頭にお面を2つつけ、右手に綿あめ、左手にりんご飴を持ち、両サイドにいるおばあちゃまズは満面の笑みで大量のビニール袋を抱えていた。

「ハナ、ハナ、ハツモーデってすごいね!」

 少し興奮気味に言う圭くんに、私の心は暖かくなる。

「つい」
「つい、ね」

 おばあちゃまズは嬉しそうな圭くんを見て目尻を下げられるだけ下げていた。

(とりあえず最初のお願いは叶えてもらったかも)

 神社の方を見て、そう思う。

(あとは私の平穏な日々を!)

 よろしくお願いします、と私はもう一度、柏手を打った。
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