上 下
96 / 702
6

大人たちは話し合う(side敦子)

しおりを挟む
 いいのしら、と思った。
 でも子供のすることだし、とも思った。

 すやすやと車で眠る華はどうしても起きそうにない。何よ生クリームって。何の夢見てるのよあなたは。
 華を運んでもらう、という段になって、迷わなかったかと言えば嘘になる。

(この子には許婚がいるのに)

 他の男の子に身体を触れさせてもいいのかしら、ということ。

(でも子供のすること)

 あたしには運べないし、大人の男性に運んでもらうのもなんだか抵抗があるし、数瞬迷ってあたしはこの少年に頼ることにした。
 華からよく話は聞いている。ひよりちゃん、黒田くん、秋月くん。信用できる、そう踏んだ。
 華を寝かせて、部屋を出る。あたしより少し背が大きいその少年の目を見て、あたしは既視感を感じた。

(いい目だわ)

 あの人に会った時も、そう思ったんだった。

 送ってくれた黒田一家を玄関で見送り、華に向き直る。

「あなたね」
「はい」
「もう少し自覚を持ちなさい」
「自覚?」

 こてん、と首を傾げる華。
 あたしは笑ってしまう。

(この子に恋愛なんて、まだまだ早いのかもしれないわねぇ)

 妙に大人びたところもある癖に。
 樹くんも苦労するわけだわ。
 ふと、華のネックレスに触れる。

「これ、樹くんからいただいたやつ?」
「うん、可愛いでしょ」
「似合うわよ」
「えへ」

 幸せそうに笑う華。嬉しかったんだろう、と思う。

「せっかく起きたんだから、お風呂入っちゃいなさい」
「はぁい」

 華はぱたぱたとバスルームへ向かって行った。
 リビングで一息つこうとしていると、スマートフォンが鳴った。

「……まったく」

 あたしはそう言いながら電話を取る。

「相良さん。あなたね、気づかれてるんじゃないわよ」
『いやいや、僕じゃないですって僕じゃ』
「でも責任者はあなたでしょ」
『あは、いやぁ』
「……まぁいいけど。本人が気づかなければ、それで」
『いっそ僕が専任で近くで護衛するってのもアリでは?』

 そうしたそうな口ぶりだ。

「嫌よ、華にはね、そんなの意識してほしくないの。普通に育って、普通にお嫁に行ってほしいわ」
『あなたの普通は既にあんまり普通ではないような』
「そうかしら」
『そうですよ』
「なんでもいいわ、とにかく華には幸せになってもらわなくちゃ」
『幸せってなんでしょうかね? 結婚イコール幸せ?』
「揚げ足をとらないでくださる?」
『それって鹿王院樹じゃないとダメなんですか?』
「だって他の人には無理だもの」

 あたしはハッキリ言った。

「だれが常盤のドロッドロした血筋と思惑からあの子を守れるの? 樹くんと婚約してなきゃ、高校か大学を出てすぐにでも、あの子はどっかのおっさんの後妻にでもされるかもしれないのよ」
『は?』
「そういう人たちなのよ、あたしたちの親戚って」
『……、それはまた』
「最初ね、あたしが華引き取るって話を兄にした時、あの人なんて言ったと思う? そういえば鍋島さんは独身だったな、よ」
『鍋島……真? 独身もなにも、この間高校生になったばかりでは?』
「バカね、父親の方」
『……マジですか』
「マジなのよ」
『……』

 流石に絶句したらしい。鍋島さんには華と同じ年の娘さんまでいるのに。
 あたしははぁ、とため息をついた。

(新年祝賀会にはさすがに顔を出さなきゃよねえ)

 今から冬のことを思い、気が重い。
 お陰でつい、グチっぽくなってしまった。

(前回はえみの喪中で不参加にしたけれど……無理よね)

 大人のしがらみ、というものは本当に面倒くさい。

(願わくば、華にはそんな苦労をさせたくはないわ)

 とにかく常盤とはできるだけ関係を持たせたくない。

(あんな人たち、とは)

『……事情は了解しましたが、まぁいざとなれば僕が華さん連れてどこかへ逃げてもいいですよ』
「は?」
『イギリスかな。まぁ中東も土地勘ありますし、比較的治安の良いところに』
「バカなことを」

 相変わらず人を煙にまくのが好きな人だ。あたしは笑う。

『あは。まぁとりあえずは報告書メールしておきました、というご連絡でした、この電話』
「ああ、そう。確認しておきます」
『では』

 そう言って、電話が切れる。

「幸せね」

 自分で言っておいて、なんと曖昧な言葉だろうと思う。
 廊下をパタパタと走る音がして、ガチャリとリビングのドアが開く。

「ねぇ敦子さん、そういえば再来週ね」

 髪も乾かさず、楽しそうに話す華にあたしは微笑み返す。

「なぁに?」
「神戸に行ってくる! 日帰りで。水族館行こうって」
「ああ、神戸のお友達ね」

 あたしは笑いながら、いつまであたしはそれを許すだろう、と考える。
 あなたには許婚がいるのだから、他の男の子と遊んではいけません、といつか言うのだろう。

 その時この子は、なんと言うのだろうと、ふと考えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華
恋愛
テンプレ悪役令嬢であるセリーナは、乙女ゲームの舞台から穏便に退場する為、処女を散らそうと決意する。そのお相手に選んだのは能面執事のクラウスで…… ちょっとお馬鹿なお嬢様が、色気だだ漏れな狼執事や、ヤンデレなお義兄様に迫られあわあわするお話。 ※ギャグとシリアスとホラーの混じったラブコメです。寸止め。生殺し。 完結感謝。後日続編投稿予定です。 ※ちょっとえっちな表現を含みますので、苦手な方はお気をつけ下さい。 表紙は、綾切なお先生にいただきました!

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

処理中です...