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悪役令嬢は胎内めぐれない

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 修学旅行、最終日。本日も晴れ。

「ではこちら、胎内めぐりと言いまして」

 清水寺の、とあるお堂の前でバスガイドさんは微笑みながら解説を始めた。

「この建物の中は、仏様のお腹の中をイメージして作られています。ところで皆さんは、お母さんのお腹の中を覚えていますか~?」

 バスガイドさんがそう聞くと、覚えてなーい、とあちらこちらで声がする。覚えてるー! なんておちゃらけた男子の声もして、そんな反応にも慣れきってるバスガイドさんは微笑み、先を続けた。

「中は真っ暗で、壁に巡らされた数珠を頼りに奥へと進んでいきます。この数珠がへその緒なんですね。お母さんのお腹にいた時、こんな風だったかなぁなんて思いながら歩いてみてください」

 バスガイドさんはお腹を撫でた。幸せそうな顔。もしかしたら、もうお子さんがいるのかも。

「出てきたら生まれ変わった気持ちになれますよ。心機一転ですね! 真っ暗ですが、頑張って辿ってくださいね」

 はぁい、と皆が返事をする中、私はどうしたものかと固まっていた。

(真っ暗なのかぁ。建物の中だし大丈夫、だとは思うけど)

 しかし、万が一ということもあり。
 私は夜道が歩けないのだ。要は暗い道が苦手。
 昨日だって、夜道が無理という私のために、少し離れたとこに停めてたはずのアキラくんのお姉さんの車を出入り口近くまで移動してもらった。

(多分、それでバレたよね)

 ホテル帰って、もうこってり絞られた。絞り切るくらい怒られました。廊下で並んで正座です。
 あの後、どうも私たちが寝ちゃった後にアキラくんのお母さんまで謝りに見えていたらしい。申し訳ない……。

(んー、でも、胎内めぐり……、生まれ変わった気分、か)

 実際私は生まれ変わった訳だけど、どうなんだろ。姿形以外で、何か変わったのかな、私は。

(変わってない、気もするし、変わっちゃった気もする……あ)

 というか、早く決めなきゃだ。列が進み始めている。

(……これ室内だし、イケるかな)

 どうなんだろ、とは思うけど。ちょっと気になるし。

(でもなぁ、パニックになっちゃったらみんなに迷惑かけるよねぇ)

 というわけで、私は辞退することにした。潔く。

「相良先生、私これ無理です」
「あ、そっか。聞いてます。これ室内だけど無理そう?」
「半々ですかね……」
「無理しなくていいよ。じゃあ外で先生と待ってようか」
「行かないの華ちゃん!?」

 ひよりちゃんは残念そうに言う。

「うん、暗いの苦手」
「あ。そっかあ、でもこれ奥にお願い叶う石があるらしいよ」
「またもや石」

 京都、お願い叶う石だらけじゃないか。

「あは、私の分までお願い頼みます」
「らじゃ、だよ!」
「俺もパス」

 黒田くんは少しかったるそうに言った。

「めんどくせえ」
「めんどくさいとかパスとかじゃなくて」

 相良先生は黒田くんの頭に手を置いた。ぎゅうっと頭を握るようにする。片手で。

「いててててて」
「行ける人は行きなさい」
「……、ッス」

 黒田くんはなぜかこちらを見て心配そうにしながら、皆の列に戻っていく。
 それを眺めながら、相良先生は「設楽さんって」と口を開いた。

「好きな人いる?」
「ふぇっ!?」

 思わず大きく振り返る。

(と、唐突すぎる)

 一体なんの話の流れだろう。

「い、いませんけど」
「そうなの? それくれた人とかは?」

 相良先生が悪戯っぽい目で指したのは、樹くんにもらったブレスレット。

「え」
「許婚がいるって聞いてるけど」
「あ、はぁ……」

 敦子さん、話したのかな? 家庭訪問で。そんなこと言う必要ないと思うけど。

「まぁ、よいお友達というか」

 なんか芸能人熱愛発覚! の事務所コメントみたいになってしまった。いや、熱愛が発覚したわけではないんだけど。

「ふーん?」

 先生は目を細めた。

「でもまぁ、先生としてはどうかなとは思うんだよね。敢えてこう言う言い方するけど、幼いうちから結婚相手決めちゃうなんて」
「まぁ」

 そりゃ当然の感想だとは、思う。

「でもまぁ、大人になったら自由にできるんじゃないかなと思います」

 好きな人できたら考えるって言ってたし。

「そうなの? じゃあ逆に、設楽さんがその許婚くん好きになったらそのまま結婚するの?」
「す、好きに?」

 ぽわわ、と浮かぶのは少し前の千晶ちゃんの言葉。「樹くんだっていつか大人になるんだよ」。
 ひとりで赤くなってしまう。

「赤いね?」
「あわわわ」

 手を顔の前でふって煩悩を散らす。散れ散れーい!

「まぁ先生としてはさ」

 先生はぽんぽん、と私の頭を撫でた。

「設楽さんが本当に好きな人と幸せになってほしいと思ってるよ」
「……? はい」
「ちなみにクラスに気になる人とかいないの?」
「クラスですか?」
「うん、例えばくろ「戻りましたけど!?」

 肩で息をしている黒田くんだった。

「早いね?」
「先頭にしてもらってまわってきたんで」

 それを聞いて先生は破顔した。

「いやぁ、頼もしいナイトがたくさんで先生助かっちゃう」

 黒田くんはナイトっていうよりお付きの武士って感じだけど、と笑う。

「なんかセンセー信用できねんすよね」
「あはは」

 先生は見たことないくらい、楽しげに笑った。

「ほんとに君って刑事向きかも」
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