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悪役令嬢とイリュージョン

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「結局こうなるのね」
「大丈夫だって華ちゃん! もうこうなったら楽しむしかないよっ」
「せやで! 絶対おもろいで!」

 ハイテンションで笑うひよりちゃん、それを見て何だか嬉しそうな秋月くん、何故だか至って普段通りの黒田くん、バレやしないかとビクビクしてる小心者の私、そして迎えに来てくれたアキラくんを乗せて、アキラくんのお姉さんが運転する、初心者マークが付いたミニバンは京都市内の東西の通りである今出川通をひた走る。
 時刻は20時過ぎ。21時半の消灯の点呼に間に合えば、バレずに済む。多分。きっと。

(アラサーにもなって先生にガチ怒られしたくないよう)

 不安そうな私をバックミラーで確認して、アキラくんのお姉さんは申し訳なさそうに言った。

「ごめんなぁ、弟が強引で」
「いえ、お姉さんのせいではっ」

 私は運転席のお姉さんに向かって、手をぶんぶんと振った。

「てか、あれやな、ほんまに可愛いんやな華ちゃん」
「え?」
「アキラが毎日言うてんねん。華は可愛い華は可愛いて。アキラが女の子のことそんなん言うん初めてやったから、どんな子やろ思ててん」

 お姉さんは面白そうに笑う。

「ほんまに可愛かったからびっくりしたわ」
「せやから言うてるやん! 華は可愛いて」
「はいはい。まぁ今後もアキラと仲良うしたってな、華ちゃん」
「え、あ、はい!」

 なんだか良く分からないが、褒められたということでいいんだろう、と思う。

「でもびっくりしたよー。急に今ホテルの下いるってメッセージ来てさ」

 秋月くんが笑う。
 件の誘拐事件の時に、メッセージのやりとりするために、SNSをお互いフォローしてたらしい。

「いやそれがやな、リハ見せてもろたらすっごかってん。ほんまに。まじで。これ絶対見せたろ思て」

 すでにイベント自体は始まっているらしいが、このイリュージョニストさんの出番は20時半くらい予定、らしい。それだけでも見せたい、とわざわざお姉さんに車を出してもらったとのこと。

「てかさぁ」

 ひよりちゃんは首をかしげる。

「イリュージョンとかって料亭でやること?」
「ああ」

 それに返事をしたのはお姉さんだった。

「アキラ、あんたテキトーにしか説明しとらんやろ」
「うん」
「ほんまにもう。あんな、ウチのばあちゃんの料亭て、ふっるいねん。文政やねんできたん」
「文政?」
「えっと、創業200年やね」
「すご!?」
「それでやね」

 お姉さんは笑った。

「200年を記念してなんかイベントやろいうことになって。ほんで料亭の建物自体も市の文化財でな、それやったら一緒になんかやりましょってなったんやって」
「へぇー」

 さすが京都だ、歴史のスケールがでかい。
 お姉さんにそう伝えると、お姉さんはまた笑った。

「でもな、こんなん浅い方やで歴史。お菓子屋さんしてはるとことか、室町やらゴロゴロおるもん」
「む、室町」
「千年創業の和菓子屋さんとかもあるで」
「千年!?」

 それはすごい、と思う。いや千年って。平安時代?

「西暦1000年な。ちょうど紫式部とかが活躍してたころやで」
「……」

 紫式部。彼女に罪はないが、源氏物語に良い思い出がない。
 アキラくんも「変なショーセツ書きおって!」とぶつくさ言って、お姉さんに「アンタ読んだこともないやろ」と突っ込まれていた。

「でも華ちゃんたち、鎌倉やろ? そういうお店たくさんあるんちゃうん」
「あると思いますけど、千年はさすがにないんじゃないでしょうか」
「そうなん? まぁそれでやね、敷地全部使っての、規模は小さいねんけどプロジェクションマッピングやら、コイツがやたらと騒いどる手品……やなくて、イリュージョンやらをな、やることになってん」
「ほえー」
「あは、華ちゃん、ちょっと楽しみになってきてるでしょ」

 ひよりちゃんがにやりと笑う。

「え、あは、うん」

 こうなったら楽しんじゃえ! という気持ちになってきたことは否めない。

(ま、みんなに付き合ってあげますか)

 中身はアラサーだし? 大人ですから?
 そう思ってたんだけど。

「うわぁ、わぁ、どうやったのいまの!?」
「な!? な!? すごいやろ」
「結局、華ちゃん、一番テンション上がってるじゃーん」

 くすくすと笑うひよりちゃん。
 私は少し唇を尖らせて「だってさぁ」と言い返した。

「こんなにすごいと思わなかったんだもん」
「それは確かに!」

 だって動物が本当に喋っているように見えたり、次々に消えては現れたりするのだ。布で隠すとかもしない、本当に何もない空間から、ぱちりと指をならすだけで!
 興奮しないほうが変というものだ。

「それでは最後の出現マジックと参りましょう」

 壇上のマジシャン……、じゃない、イリュージョニストの男の人は笑ってそういった。シルクハットとタキシード、男の人にしては長い髪で、優しげな目元。

(なんか見たことあるかも?)

 うーん、と首をかしげるが、特に記憶はない。と思う。
 ひよりちゃんに尋ねると、「あの人有名な人だよ」との答え。なるほど、テレビはないにしても雑誌の表紙とかで見かけたことがあったのかな?
 ひとりで納得しているとイリュージョニストさんは言った。

「ではご注目」

 そして、一度、指をならす。舞台の上にフワッとした光が満ちたかと思うと、一瞬だけ炎が眩しく光った。次の瞬間には壇上にひとりの男の人が現れた。
 私たち以外は皆、拍手している。アキラくんのお姉さんも。

「……、なんで?」

 私は呆然と言う。

「さぁ」

 ひよりちゃんも不思議そう、というか、固まっている。

「やっば、めっちゃ怒ってるやん」

 壇上のイリュージョニストさんの横でニコニコ笑顔で怒っていたのは、私たちが絶対に見つかりたくなかった学校の先生、つまるところ……相良先生だった。

「……やばー」

 秋月くんはぽかんとしたまま呟いて、黒田くんは何故だか驚きもせず黙って先生を見ていた。
 拍手とともに客席へ降りてきた先生は、なぜだか黒田くんの前にスッと立つ。

「さて、黒田くん。これで答え合わせってことで。手打ちにしてくれるかな? 深入りは良くない」
「そっスか。ま、そのうちっすかね」

 謎の会話を相良先生と黒田くんは交わした。
 そして先生は「じゃ、帰りましょうか」と笑った。めっちゃ怒ってる顔で。
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