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サッカー少年はカンノーロを食べる(side???)

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 鹿王院樹というやつが、俺は結構好きだ。変なやつだけど、ノリも合ってる気がするし、面倒見もいい。

 周りのやつは「やたらと大人っぽい」「近寄りがたい」とかいうけど、あいつ結構ムキになることもあるし、ゲームとかも普通にする。

 まぁスペックが異常に高いのは、正直羨ましい。同時期に始めたサッカーで、たった1年と少しで樹はトントン拍子にナショナルトレセンにまで呼ばれてしまった。
「俺は背が高いからな、ラッキーだ」とは言うけれど、それだけじゃない。元からの運動能力もあるとおもうけど、あいつは努力を惜しまない、というか、はっきり言うと単純に負けず嫌いなんだ、あいつは。

 けど、サッカー以外でそこまでのめり込むものってなかった。まぁ何でも持ってるやつは執着なんかしないのかな、と思ってたらもうひとつ、樹が執着するものができた。

 許婚の、設楽華、という女の子だ。

 最初に聞いた時は「あいつに許婚? 興味なくてすぐ解消するんじゃないの」とか思ってたけど、日を追うごとにその執着度合いは増していった。気を抜けば華ちゃんの話に持って行きたがるし、もう惚気はお腹いっぱい、って感じ。
 まぁとにかく、そんな樹が修学旅行中、シチリアでふと言ったのだ。

「先日祖母と観た、ふるい、映画でな」
「なんだよ唐突に」

 ランチのデザートを食べていた時だった。カンノーロ。丸い揚げた生地に、クリームが包まっている。結構好き。

「これに毒が入っていたんだ」
「……」

 俺は一瞬咀嚼する口を止めた。なんで今言うんだ、食べてる時に。

「マフィアのボスが毒殺を」
「ストップ、なぜ今言う」
「? 思い出したからだ」
「なんかヤだろ食べてる時に」
「そうか? それはすまん」

 樹は大して気にする様子もない。

「華ちゃんそーいうの嫌がらないの」
「? さぁ、華なら笑うかな」
「そうかよ」

 愛しい許婚を思い出したのか、樹は頬をゆるめた。

「てかさ、それってカヴァレリア・ルスティカーナが流れるやつ?」

 イタリアオペラ。間奏曲が有名だ。

「ああそうだ、なんだ、映画観てたのか? あれは」
「や、すまんちゃんとは観てない。父親が夜観てるのをチラッと見ただけ」
「そうか、面白いぞ」

 そうだろうか。

「あのオペラ、シチリアが舞台だな」

 樹は皿をすっかり綺麗にして笑う。

「ああ」

 俺は少し前に母親に連れられていった、それのオペラ公演を思い出した。ほとんど寝ていた。すごく怒られたけど興味ないのは仕方ない。が、筋書きはなんとなく記憶している。

「あれだよな、兵士になって戦争から帰ってきたら、恋人が別のやつと結婚してたってやつ」
「確かそうだ。確かご母堂がオペラ好きだったな」
「うん、付き合わされる」
「俺もだ。眠くなる」
「わかる……」

 樹もおばあさんに色んなところに付き合わされているらしい。
 こういう同じ苦労をしている、っていうのもウマが合う要因なのかもしれない。
 まぁもう少し大人になったら、そういうのも楽しめるのかもしれない。そうなるといいけど。

「でもさ、樹ならどうする?」
「なにがだ?」

 俺は例のオペラの筋書きを思い出しながら言う。

「戦争から帰ってきたら、華ちゃんが別のやつと結婚してたら?」

 確かあのオペラでは決闘になったんだった、夫と、元恋人で……なんて思い出しながら、なんとなく聞いて、その瞬間には、俺はその質問をしたことを後悔した。

(うーわ、想像だけでそんな顔する?)

 ぴん、と空気が凍った。
 別のテーブルのやつも不穏な空気を察して、こちらをみやる。すまん、こんなに怒ると思わなかったんだ。

「……、そうだな、奪い返す。何があっても」
「うん、ほんとすまん、だからその目をやめてくれ」

 マジで人を殺しそうな目。怖いよ。
 肩をすくめると、樹はやっと少し笑った。

「すまん、華のこととなるとムキになる」
「お前全然そういうの隠さないよな」
「なにを?」
「普通隠さない? 許婚なんかレアじゃん、今時。いるやつもいるけど」

 俺なんかそんな話どころか、彼女さえできたことがない。樹は引く手数多なのに、さっさと許婚決めてしまって毎日のろけている。不公平だぜ。

「隠さんな。なぜ隠す?」
「うーん」

 聞かれてもわからない。なぜならいないから。

「ま、俺は樹が幸せならなんでもいいと思うよ」

 そう言うと、樹は笑って「ああ、とても幸せだ」というのだった。
 ほんとにご馳走さまって感じだよ、ほんとに。末永くお幸せに。
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