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悪役令嬢、首の運動をする

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「あんまり京都感ない」

 観光バスに乗るために八条口へ降り立った私たちだったけど、最初の感想はこのひよりちゃんの一言に集約されると思う。

(まぁ京都タワー反対側だしね)

 八条口側は、ホテルと某ショッピングセンターが並んでる感じだし。

『それでは皆様。こんにちは』

 バスガイドさんの一言に、こんにちは、と全員で返す。
 バスガイドさんはにっこりほほえんで、自分と運転手さんの自己紹介をしてくれた。

『では、今からこのバスは奈良へと向かいます』

 今日のスケジュールは、今から奈良へ向かい、三輪そうめんを食べ、お寺だのをみて回ったあとまた京都へ戻ってくる、というスケジュールだ。

(三輪そうめん……)

 名前は聞いたことはあるが、食べるのははじめましてだ。
 私はしおりの他に個人で持参しているガイドブックを開く。

(他にも葛なんかが有名なのね。茶粥もいただきたいけど、そんな余裕はないかもな)

 真剣な顔をして検討していると、隣の席のひよりちゃんが「ねぇ華ちゃん」と声をかけてきた。

「なぁに?」
「華ちゃんのお友達? のほら、樹くん」
「うん」
「私立の初等部の子なんでしょ?」
「そうだよ」
「修学旅行、イタリアってほんと?」
「あ、うん」

 私は苦笑する。

「イタリアぐるっと周るらしいよ」

 しかも2週間近くかけて。
 それでも樹くんは「かなり早足のスケジュールだな、何もみられないではないか」と言っていた。なんじゃそりゃ。
 とりあえず、ガイドブック見ながらサラミとチョコとパスタソースをお土産に希望してみた。楽しみです。

「うえ、いいなぁ」

 ひよりちゃんは羨ましそうに言う。

「ちょうど行ってるはずだよ」
「イタリアかぁ」

 ひよりちゃんは少しうっとりした後、それからにやりと笑って「それは樹くんからもらったやつ?」と私の腕についているブレスレットを指差した。
 銀色の、ちょっと太めのシンプルなもの。

「あ、うん。なぜか修学旅行中は付けとけって」
「ほえーん。俺のものアピール?」
「? なにが?」

 首をかしげると、ひよりちゃんは「ま、いーけど」とまたにやりと笑って「我がいとこ殿も頑張んなきゃね」と呟いた。

「いとこ? 黒田くん?」
「ふふ、そーそー…….って痛い! なにすんのよタケルっ」

 ひよりちゃんの脳天に、お菓子の箱を突き刺さんばかりにぐりぐりしているのは後ろに座っていた黒田くんだ。

「ひより、黙って聞いてりゃテメェは」
「いたたたた、ごめん、ごめんって」

 涙目になって頭を抱えるひよりちゃん。

(仲良いよなぁ)

 私は微笑む。

(やっぱり、好きな人ってひよりちゃんじゃないのかなぁ)

 "ゲーム"ではそうなっていた、訳だし。と、なんだかほんの少しだけ、不思議な気持ち。

(なんだろ?)

 首をかしげる。

(???)

 もう一度、反対に首をかしげる。

(あ、そっか。ゲーム通りに行くと、ひよりちゃんケガしちゃうし、いじめられるしなんだ)

 絶対阻止。千晶ちゃんと約束したんだ!
 首を元に戻して納得していると、ひよりちゃんに「首の運動?」と不思議そうに聞かれた。

 やがてバスは奈良に入り、少し古めのホテルに入る。このレストランで昼食らしい。しおりには「三輪そうめん」とだけ書かれていたが。

「茶粥も葛餅もあります」
「すごい、華ちゃんすごい、今日一番の笑顔だよっ」

 さすがホテルの昼食で、もちろん修学旅行向けのメニューだとは思う(揚げ物多目)が、きちんと食べたい奈良の名産が揃っていた。
 まずは茶粥をぱくり。

(ああ、胃に優しいお味)

 ほうじ茶で炊かれたそれは、ふんわりお茶の香りで、バニラアイスに冷やされた胃にジワリとしみこむ。

「お前ってほんと幸せそうにモノ食うよな」

 黒田くんは少し嬉しげに言う。

「うんうん、分かる。すごい幸せそう」

 ひよりちゃんにも同意された。

(……?)

 私は首をかしげる。

「え、逆に聞くけどご飯食べてる時が一番幸せじゃない?」

 他の人は違うのだろうか。結構な驚きだ。

「わたしは寝てる時かなぁ」

 ひよりちゃんは笑う。

「お前昔から寝てばっかだもんな」
「えーもーほんとうるさい、タケルの前でそんなに寝てない」
「いや寝てる」

 ぷうと頰を膨らませ唇を尖らせるひよりちゃんと、楽しげにからかう黒田くん。
 やっぱりちょっと、アヤシイかもなんて、ちょぴりだけど、思ってしまった。
 
 昼食後到着した奈良公園には、鹿がいた。いやむしろ、鹿しかいない。鹿だ。オンリー鹿。あと丸っこいフン。

「お寺の見学、待機組は鹿せんべいをあげてもいいよー。ただし、怪我しないように、鹿に意地悪しないようにね。看板の注意書きをよく読んで!」

 相良先生のお達しで、皆喜んで鹿せんべいを買う。もちろん私も。気になるし。いや味じゃないですけど。美味しいのかなとは思うけど。

「あっ可愛い、おじぎする!」

 ひよりちゃんが喜んではしゃぐ。

「え、あ、ほんと」

 なんと鹿たちは、鹿せんべいを持っている人を目ざとく見つけては、ペコリと可愛らしくお辞儀をして、せんべいをねだっていたのだ。

(えっ、ちょーーかわいい)

 私は喜んで、集まってきた鹿たちに鹿せんべいを配る。

(ツノが少し怖いけど)

 つぶらな瞳、もぐもぐと動かす口、かわいいかわいいと見ていたが。

「も、もう持ってないよう」

 全てあげ終わったのに、まだあるでしょ、チョーダイチョーダイとばかりに鹿たちはぐいぐいと寄ってくる。
 そのうちの小柄な一頭が、私の胸に前脚をかけるように立ち上がった。

「ひえええ」

 変な声が出る。

「コラ鹿野郎こっちだ」

 黒田くんが妙な呼び方で、鹿せんべいと共に鹿を呼ぶ。
 黒田くんは数枚を直接あげたあと、残りをバッと地面に撒いた。鹿たちはすぐさま地面に落ちたせんべいに夢中になる。

「あ、ありがと…….てか、うまいね?」
「こうやれって看板にあったぞ」

 黒田くんが指差す方をみると、たしかに「最後の数枚は地面に落としてあげてください」と書いてあった。イラスト付き。

「あ」

 完全なる私の見落としだ。
 しゅん、と肩を落とす。

(アラサー何してるのよ……)

 大人なのになぁ。

「大丈夫か?」
「え、あ、うん。そんな汚れてないし」

 デニムのシャツワンピースだから、汚れも目立たない。白い服とかじゃなくて良かった。

「怪我は」
「え、な、ない」
「ならいーよ。けど気をつけろよ、骨折れたりするらしいぜ、さっきの設楽みたいになって倒れ込んだら」
「ええ」

(あ、危なかった)

 たまたま小柄な鹿さんが集まっていたから良かったものの、大柄な鹿だったら確実に怪我をしていた。

(野生動物だもんね……)

 人馴れしてるとはいえ。
 またまたシュンとしていると、ぽそりと黒田くんは呟いた。

「しかし、鹿にまでヤキモチ焼くとは思わなかった」
「? 焼き餅? 名物?」

(お土産やさんとかで売ってるのかな)

「鹿の焼き餅? 有名? 美味しいかな」

 小首を傾げていると、近くでせんべいをあげていた秋月くんが「タケちゃんよく心折れないよね」と苦笑いして言った。

「もう慣れたわ」

 黒田くんは肩をすくめた。

(……鹿に?)

 確かに慣れた態度でせんべいをあげていた。

「あのさ、はっきり言わないと」

 ひよりちゃんが謎のアドバイスをして黒田くんに睨まれている間に、私達の班番号が呼ばれた。

「あ、呼ばれたよ! 鼻の穴くぐらなきゃ!」
「え、なにそれ」

 きょとん顔のひよりちゃん。

「このお寺、柱に穴があいてて、その大きさが仏像の鼻の穴と同じなんだって! で、それくぐるとお願いがかなうの!」
「え、ほんと!?」

 そういう系が好きなひよりちゃんは、すぐに乗ってきた。

「くぐらなきゃじゃん!」
「くぐろう!」

 私たちはさっきまでの鹿騒動などすっかり忘れ、手に手を取ってバスガイドさんの旗へ向かって一気に走るのだった。
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