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大人と少年は話し合う

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 あたしが帰宅すると、玄関に見慣れたスニーカーが置いてあった。可愛い孫の婚約者の靴だ。

(お土産でも持ってきたのかしら)

 すこし、しげしげと眺めてしまう。初めて会ったときは小さな赤ん坊だったのに、もうこんなに大きな靴を履いている。
 リビングのドアをガチャリと開けると、件の婚約者殿は、華をお姫様抱っこして立っていた。

「ああ敦子おばさん、お帰りなさい。華が寝てしまったので、布団に運びます」

 淡々と言う少年。

「……ただいま」

(そんな、当たり前のように)

 この子にとっては、当たり前のことのんだろう、とも思う。この子は……古い言い方になるが、もう華に骨抜きにされている。願わくば、華もそれに応えてあげて欲しい、と思うものの。

(あの子は少し鈍感だし、何かズレてるものねぇ)

 少し肩をすくめ、苦笑すると樹くんは華を抱きかかえたまま「では」とスタスタとリビングを出て行ってしまった。

(まー、軽々と。しっかりしちゃって。こないだまで赤ん坊だったくせに)

 自分が抱っこされる立場だったのにね。
 あたしはキッチンで紅茶をいれて、テーブルにノートパソコンを広げる。
 ローテーブルには中華の残骸があり、あの子が大好きなエビチリを堪能した様子がうかがえた。
 じきに、樹くんはリビングへ戻ってきた。

「敦子おばさん」
「なに?」
「華が、トラブルに巻き込まれました」

 あたしはタイピングする手を止めた。
 トラブル?

(そういえば、さっき声が変だった)

 胸に重いものが詰まったような感覚。手の先が冷たくなった。

「ですが、心配ありません。すでに対策を講じてあります」
「……そう」

 あたしは振り返って、可愛い孫の婚約者を見上げる。
 堂々とした瞳。

「問題は華が何かと隠したがることです、心配させたくないのでしょうが」
「……そうね」

 そのあたりは、笑と似ている。

「まぁその辺りも、近々手を打とうと思います」
「助かるわ」

 あたしは肩をすくめて返事をした。

「あなたを華の許婚に選んだのは、どうやら正解だったみたいねぇ」

 こんなにしっかりしてくれる、なんて。
 褒め言葉にも、樹くんは「恐縮です」と答えただけで、あとは静かにローテーブルの中華の残骸を片付け始めた。
 まったく、しっかりしている。

「……、静子さんが心配してたわ。あなたがしっかりしすぎている、って」

 あたしの言葉に、樹くんは眉を寄せる。

「あのバアさんは、俺にしっかりしろと言ったり、しっかりしすぎていると言ったり、どうして欲しいんですかね」
「あは、心配なのよ結局。あなたのことが」
「そうでしょうか。最近仕事を手伝わされる頻度も増えました」
「そりゃあなたは跡継ぎだし」
「俺は、」

 樹くんはすこし言い淀んだ。

「サッカー選手になりたいんです」
「なればいいじゃない」

 即答したあたしに、樹くんは目を瞬かせた。

「引退してから跡継げば」
「そんな簡単に」

 呆れたように少年は言う。

「ま、たまには周りに甘えなさい」

 あたしが笑うと、彼は「甘えさせてもらってます、特に、華には」とぽつりと言った。
 見ると、耳がほんのり赤い。

(あらあらまぁまあ)

 わたしは微苦笑する。まったく青春もいいところだわ。

「早く寝なさい、少年。泊まるんでしょう? 客間を使っていいわよ。あなたも疲れているんでしょうし」
「そうします……おやすみなさい」

 樹くんはぺこりと頭を下げ、リビングから出て行く。

(さてさて、どうなるかしらね)

 あたしはパソコンに向き直りながら、考える。
 華のトラブルも気にかかるが、鹿王院樹が「問題ない」というなら問題ないのだと思う。念のため、こちらでも手を打っておくけど。

(どうか、平穏に日々が続きますように)

 それだけを願ってやまない。
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